昨日(1/20)の日本経済新聞最終面の記事「『執着』集めた企画展示、『一人快芸術』展」は、広島市現代美術館で開催中の「一人快芸術」展について書いています。
30年間増改築を続けた世界最大級のセルフビルド住宅「沢田マンション」を、数十枚の写真をつないで表現した写真とか。
以前、このブログでも紹介した佐藤修悦さんの鉄道駅での案内表示新作とか。
50年間、戦後広島の復興の様子を数十万枚の膨大な数の写真に収め続けた大段徳市の展示とか。
—(以下、引用)—
展示されているのは、何かの「行為」にこだわり続け、その成果の中に「芸術」が認められる数々の例だ。
……
執着が芸術を生むことが分かる個性的な企画展だ。
—(以下、引用)—
「行為」にこだり続ける、といことそのものが、芸術と評価されているようです。
このように考えると、私達の仕事も、こだり続けているのであれば、その仕事が一つの作品なのかもしれない、と思いました。
ワシはコンピュータシステムは決して作品では無いと思います。ユーザさんに使い倒してもらってこそ価値のあるモノなのだと。
コピー機やボールペンと同じ扱いのシステムにこそ価値があり、作品としての出来を意識した瞬間、ワシのシゴトは間違っていたと思っています。ワシの考えるソリューションとはそういうコトです。