10日ほど前の2月2日、アップルはVisionProを米国で発売開始しました。VisionProはアップル初のゴーグル型ヘッドマウントディスプレイ(HMD)です。
ゴーグルで目を覆っていますが、本体前面に付いたカメラで撮影した現実の風景を目の前にあるディスプレイに映し出し、CGで合成した画像を重ねて、拡張現実(AR)空間を創り出します。
価格はなんと3499ドル(52万円)。しかし1月の予約開始以来、既に18万台が売れ、初年度出荷台数は30〜40万台と報じられています。
同じゴーグル型HMDでメタ(旧Facebook)のクエスト3は499.99ドル。7倍もの価格です。
価格戦略のキモは「値ごろ感」だと言われています。以下は、ソニーの創業メンバー盛田昭夫さんの有名な言葉です。
「いいモノでも『いいけど高い』、これは買わないよ。『高いけど、さすがだな』は買ってくれる。このニュアンスは月とスッポンだぞ。値付けはこの呼吸が勝負なんだ」
50万円を超える価格は、さすがに『いいけど高い』=買わない価格に見えてしまいますよね。こんな高い商品を出して、本当に売れるのでしょうか?
VisionProが発表されたのは、半年前。昨年2023年6月5日でした。
そのタイミングで、私は永井経営塾の会員限定メルマガでこんなことを書きました。
—(以下、永井経営塾会員メルマガに書いた情報)—
・VisionProに対し、ネットでは「50万円に絶句」「秒で陳腐化する技術分野で50万円出せるモノ好きが何人いるの?」という意見がある。これらは個人の意見としてはよくわかるが、製品戦略的にはやや的外れ。
・アップルが現時点で狙うのは、革新的であれば飛びつく「イノベーター層」(新しもの好き)。
・過去、アップルはユーザーインターフェイス(UI)革新で世界を変えてきた。たとえば、1980年代のマッキントッシュのマウスとGUI、2007年のiPhoneと指先入力。
・VisionProは、もの凄いUI革新を実現した。目・指・声だけで操作できる。これまでのゴーグル型HMD(メタのクエスト3など)は、両手にコントローラーを持つ必要があった。
・アップルが凄いのは、最新技術と、最新技術に必要なCPU能力やメモリーの成熟度を見極め、ベストタイミングで実用的なUIを市場に出し、一気にブランド認知を確立する点。UI革新が最優先。自前技術にこだわらず、必要ならどんどん外部から調達する。
・ここが、アップルがイノベーターとして高く評価される点。アップルはインベーター(発明家)ではない。あくまで市場を変えるイノベーターだ。
・iPhoneが成熟したのは3代目の3GSから。アップルはイノベーターのフィードバックを元に機能を強化し、3代目あたりでアーリーアダプターに顧客を広げ、キャズム越えを狙う。恐らく2年後(2026年)のVisionPro 3代目あたりで、世の中に本格的な変化が起こる。
・競合のメタ・クエストより高い価格になった理由は、解像度。メタの視野角は100度で解像度は773ppi。VisionProの視野角は160度で解像度は3400ppi。恐らく没入感がまったく違う。
・ハードウェアによるユーザー体験の大切さを知り尽くすAppleは、自前のハードウェアに徹底的にお金を掛ける。そしてアプリはエコシステムでパートナーに作ってもらうのが、基本戦略だ。
—(以上、永井経営塾会員メルマガに書いた情報)—
上記から半年後の今年2月2日、実際に発売されたVisionProはどうだったのでしょうか?
新聞やニュースなどで、実体験した人の話を見ると、やはり皆さん興奮した様子で「没入感が凄い」とおっしゃっています。
目に前に広がるディスプレイに映されたモノを指でつまむと選択され、声で操作できるなど、操作は驚くほどスムーズ。iPhone/iPadなどのアプリもそのまま使えます。
さて、マクルーハンは歴史的名著「メディア論」で、「熱いメディア」と「冷たいメディア」という概念を提唱しています。
【熱いメディア】情報の量が圧倒的に多く人が補完して解釈する余地が少ないので、人の参与も低いメディア。代表的なのはラジオ。
【冷たいメディア】情報量が少なく人の全感覚を支配するほどではないので、意識的に集中し、情報を補完して解釈する必要があるメディア。代表的なのはテレビ。
ちょっと混乱しますが、わかりやすく補足すると、マクルーハンが言う「情報量」とは、「感覚を支配するかどうか」であって、メディアが流す絶対的な情報量のことではありません。
テレビは「何かをしながら見る」ということはできません。意識的に「テレビを見るぞ」と集中して、情報を脳で補完しながら見る必要があります。だからテレビは意外と「冷めて(クールに)」見てしまいます。
ラジオは耳から自然に入り聴感覚を支配します。意識せず、つまり情報を脳で補完することなく、「何かをしながら」でも聞くことができます。そしてラジオなどで熱く語ると、その人の情熱はダイレクトに伝わります。だから『熱いメディア」です。
メタのクエストは、ディスプレイの解像度が低く、しかもコントローラーが付いていました。情報を脳で補完しまくる必要がありました。その意味では感覚は支配されない「冷たいメディア」といえるかもしれません。
VisionProは、解像度は4倍も高く、しかも脳の補完は最小限になるように、視線や手、声で自然に操作できます。まさに「熱いメディア」になり得る可能性大です。
このように考えると、VisionProの可能性が見えてくるのではないでしょうか?
iPhone同様、様々な分野で、従来のやり方を根本的に変え、人々を本格的なデジタル空間への没入体験へと誘(いざな)うゲームチェンジャーになり得る可能性を秘めていると思います。
一方で、VisionProの課題もあります。それは重量。
600gあり、長時間装着すると肩が凝ってしまうそうです。これから2〜3年間で、200〜300g程度に軽量化され、さらに低価格になれば、爆発的に普及する可能性もあります。
ちなみに現在は米国のみの販売。米国以外の地域は2024年下半期とのことです。実機を触るのが楽しみです。
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