「経営者の年収は、上限2000万円でいい」という話


$

日本でも、10億円を超える高額年収を得る経営者が現れていますが、これに対して2015年3月9日の日経ビジネス「異説異論 億単位の高額報酬は無意味 経営者が保身に走るだけ」で、城南信用金庫の 吉原毅理事長が次のように述べておられます。

—(以下、引用)—

……こうした高額報酬は、経営者の意欲を高めることにはつながらない。それどころか逆効果だと私は思う。なぜか。人間は大金を目の前にすると保身に走るものだからだ。そもそも「お金で経営者は動く、人は動く」というその発想自体が大間違いと言える。

……米国を中心に何が起きたか。多くの経営者が巨額の報酬に目がくらみ、長期的な視点を捨て、目先の経営に走るようになった。不正な経営、不正な経理も多発した。揚げ句の果てに起きたのがリーマンショックだ。

 だから経営者、役員の報酬は低くていい。「大企業の経営者こそ収入制限を設けるべき。それは一般社員の給与よりも低いぐらいでもいい」と声を大にして言いたい。規模や業種など企業ごとに状況が異なるため一概に言うのは難しいが、あえて制限ラインの金額を言うなら年収2000万円くらいだろう。

 私自身、理事長に就任後、自らの報酬を大幅に減額、支店長の給与水準以下にした。ほかの役員報酬も順次、減額した。つまり役員になっても報酬は増えない。報酬だけ考えたら支店長のままの方がいい状況を作った。

—(以下、引用)—

「積極果敢な経営をしていない」と言うと、高額を得ている多くの経営者は「そんなことはない」と真っ向から反論するでしょう。

しかし吉原理事長のポイントは、「短期的視点は『積極果敢』ではない。長期的視点の思い切った経営判断こそ重要。長期的視点よりも短期的視点を優先し、目先の経営にこだわることが問題だ」ということです。

短期的視点にこだわることがむしろ保身に繋がる、ということですね。

 

城南信用金庫の吉原理事長は思い切った経営をなさる方と聞いていましたが、自らの給与を大幅に減額したというのは、このコラムで初めて知りました。

では、結果はどうなのでしょうか?

—(以下、引用)—

 そうすれば「会社を変えたい。もっと大きなチャレンジがしたい」というお金が目的ではない、高い志を持った人だけが役員になろうとするからだ。

……私自身の経験から、高額報酬がなくなれば経営者はかえって自由になれると実感している。思い切った経営判断をしても失うものはない。仮に失敗して役員失格となっても、一般社員として出直せばいい。給与面ではダメージがないから腹をくくれるのだ。

—(以下、引用)—

自らの痛みを伴いながら実際に実行なさっているところに、凄みを感じます。

 

1980年代に私が社会人になった頃、日本企業の新入社員と社長の年収差は、欧米企業と比べてかなり低いと言われていました。正確な数字は記憶していませんが、大企業でも10倍以内だったように思います。

当時、日本企業の強みは、短期的な利益追求に走らず長期的に考え、人材をじっくり育成して定着させているところにある、と言われていました。

その後30年かけて、日本企業は徐々に欧米型経営(というより米国型経営)を取り入れてきました。よい面も確かにありましたが、悪い面もあったように思います。

 

日本史教科書にも載っている西暦600年頃の遣隋使・遣唐使のように、古来より日本は海外からの文化や習慣を様々な形で取り込み、自分のモノにしてきました。日本に取り入れる過程で試行錯誤もあったのでしょう。

米国型経営の取り込みも、今後見直されていく方向にあるのかもしれません。