永井孝尚ブログ

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高級カメラをしのぐスマホ。他人事ではない

「イノベーションのジレンマ」という言葉があります。

実はこの言葉は邦訳する過程で印象を強めるために意訳した言葉で、実は英語のオリジナルでは「イノベーターのジレンマ」です。英語オリジナルの方がより正確なので、ここでは「イノベーターのジレンマ」で統一します。

「イノベーターのジレンマ」とは、イノベーションを起こし業界リーダーになった企業が改良だけに注力する傍らで、新興企業が新たなイノベーションで新しい顧客を獲得し、技術を進化させて成長し、業界リーダーを市場から追い落としてしまう理由を説明した理論です。

2024年9月30日に日本経済新聞に掲載された記事「スマホ、高級カメラのみ込む」は、まさにこの「イノベーターのジレンマ」を実感させる内容でした。ご興味がある方は、ぜひお手元の新聞記事をあわせてご覧になると面白いと思います。

この記事では、同じ被写体を、2023-2024年発売の最新スマホ(iPhone16 ProとXiaomi(シャオミ)14 Ultra)と、日本メーカーが2019年に発売した高級コンパクトデジカメで撮影して、画像を比較しています。

高級コンパクトデジカメのセンサーサイズは、スマホと比べてはるかに大きいので、従来は「高級コンパクトデジカメはスマホよりも画質は圧倒的に優れている」と言われてきました。

しかし本記事に掲載された画像は、ほとんど違いが感じられません。記事ではこんなことが書かれています。

・3つとも新聞の印刷には十分すぎる高い水準の写真
・SNSを活発に利用する高校生10人に聞いたところ、10人全員が「シャオミの写真が一番きれい」
・別の被写体を最大ズームで撮影すると、スマホの画像は平たんで絵の具で塗りつぶした絵画のような画像になっている。

これは、通常のデジカメとスマホカメラの違いによるものです。

スマホカメラは「センサーサイズが小さい」という弱点がありますが、「スマホの演算能力はデジカメよりもはるかに高い」という強みもあります。そこでスマホは強力な演算能力にモノを言わせて、撮影した画像を短時間のうちにあの手この手で加工しまくり、見映えがいい画像に仕上げているのです。

その結果、普通に見る分には高級コンパクトデジカメを凌ぐ画像を叩き出します。しかし拡大すると色々加工しまくった粗が目立ってくるわけです。

一方でスマホは、携帯性と無限といってもよいアプリとの連携というの圧倒的な利点を持っています。

つまり、このスマホカメラの特性を理解して使うことで、これまで高級コンパクトデジカメでカバーしていた領域をほとんどカバーできるわけです。

たとえば私はこの数十年間、年賀状では自分の写真作品をポストカードにしてきました。10年前まではデジカメ一眼レフで撮影した写真を使ってましたが、数年前からはスマホで撮影した写真を使っています。

庵野監督は映画「シン・仮面ライダー」で、戦闘シーンを撮影する際に、通常の映像用カメラに加えて、十数台のiPhoneで同時に動画撮影して、一部の映像はiPhoneで撮影した動画を採用しています。つまり商業用映画でもスマホ動画は十分に使える、ということです。

デジカメはかつて、まさに「イノベーター」として、カメラ市場を席巻しました。しかし記事によると、デジカメの総出荷額は2008年の2兆円超から、直近では7000億円台に沈んでいます。

一方でiPhoneが2007年に登場した頃、スマホのカメラは「こんなのはオモチャ。たいして使えない」と言われてきました。しかし十数年が経過し、その「オモチャ」にデジカメ市場は壊滅させられつつあるわけです。

まさに「イノベーターのジレンマ」です。

この「イノベーターのジレンマ」は、様々な市場で起こってきました。

・古くはフィルムカメラも、デジカメに壊滅させられました。
・ビデオレンタルも、Netflixのようなストリーミングサービスに壊滅させられました。
・日本のi-modeなどの携帯電話も、iPhoneやアンドロイドのようなスマホで壊滅しました
・電卓、腕時計、手帳、お財布なども、スマホに置き換わりました
・最近では、コロナ禍で対面型セミナーも、オンラインセミナーに突然置き換わりました

技術は常に進化し続けます。 「イノベーターのジレンマ」は、私たちにも突然襲いかかる可能性があるのです。

あなたの業界では、この「スマホ」に相当するモノは何でしょうか?
あなたはこの「イノベーターのジレンマ」に、どのように対処しますか?

     

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朝活永井塾 第92回「マーケッターが学ぶべきボードリヤールの『消費社会の神話と構造』」を行いました

10月2日は、第92回の朝活・永井塾。テーマは「マーケッターが学ぶべきボードリヤールの『消費社会の神話と構造』」でした。

ロレックスの腕時計は数百万円します。しかし時間を知るだけなら、100円ショップの腕時計で十分です。

では、なぜ高級腕時計が売れるのでしょうか?

この仕組みを解明して消費社会の本質を示したのが、1929年生まれのポスト構造主義の哲学者でもある社会学者ボードリヤールです。

本書の刊行は半世紀前の1970年。20世紀後半に生産中心の社会から消費社会に変わり、ボードリヤールは「消費社会の社会構造がどう変わったかを解明しよう」と考えたのです。

現代社会のあり方を予言した50年以上前の本書は、今読んでも多くの学びがあります。

そこで今回の朝活永井塾では、下記書籍をテキストにして、消費社会におけるマーケティングの本質を学んでいきました。

『消費社会の神話と構造』(ボードリヤール著)

ご参加下さった皆様、有り難うございました。

【プレゼン部分】

またリアルタイムに参加できなかった方々には動画配信をお送りしました。

次回・11月6日(水)の朝活勉強会「永井塾」のテーマは『世の中の裏構造が見えてくる ヘーゲル「精神現象学」』です。申込みはこちらからどうぞ。

ドーナツ市場に再挑戦するセブン。ミスドはどう対抗する?

「セブンが来年2025年2月までにドーナツを全国販売する」というニュースが流れました。2024年9月に首都圏5,000店舗で販売したところ、2週間で240万個売上と好調だった結果を受けてのことだそうです。

でも、こう思った人もいるのではないでしょうか?

「あれ? そう言えばコンビニはついこの前まで、大々的にドーナツ売ってたよね。最近見かけなくなったけど」

2014年、コンビニ業界は大規模にドーナツを売っていたのです。

当時、ドーナツ業界でシェア8割を占めるドーナツ市場最強のミスタードーナッツ(以下ミスド)は、年間売上500億円弱。

このドーナツ市場に、セブンは「年間6億個/売上600億円」という販売目標を掲げて参入。ローソンとファミマも参戦。「ドーナツ戦争」とも呼ばれました。

コンビニとしては、コンビニの100円コーヒーのお供にドーナツは相性がいいので、合わせ買い需要が狙えるわけです。

ミスドは「ドーナツ市場では最強」とは言え、当時の店舗数は1,400店舗弱。
大手コンビニ3社の店舗数は、50,000店舗を超える規模で、ミスドの40倍弱。
大きな目で見ると、まさに弱者ミスドと、強者コンビニの闘いです。

当時、「さすがに専業のミスドは潰れるのでは?」と思う人も少なくありませんでした。

結果は?

コンビニドーナツは予想したほど売れませんでした。
2年後にはドーナツ特製の棚も撤去。ドーナツは単品売りになりました。

2014年当時、私もコンビニドーナツを買ったことがあります。
でも正直言って、味はイマイチ。「ドーナツを食べ過ぎるとカロリー過多だ。しょっちゅう食べられるわけではない。限られた数少ないチャンスでドーナツを食べるなら、美味しいミスドがいいな」と思いました。

つまり「専門店と比べて味がイマイチ」だったために、コンビニドーナツは失敗したわけです。ミスドは、死に物狂いでドーナツの強みを尖らせ続けました。

そして2025年、セブンは改めて、ドーナツ市場に再挑戦するわけです。

今回は、店内調理による「揚げたてドーナツ」を武器に展開するとのことです。一度発行させた生地を加熱後、冷凍して工場から各店舗に供給、店舗で揚げる最終工程を行い、ふわふわ食感と風味を維持する仕組みです。

さらにドーナツ以外にも、メロンパン・クロワッサンなどの温かい焼きたて風パンを提供します。

これらは恐らく、前回の反省を踏まえて施策ことだと思います。

この愚直な仮説検証がセブンの強みです。セブンはコンビニコーヒーも1980年代から挑戦を繰り返し、2010年代に5度目の挑戦となるあの「セブン・カフェ」で大成功しました。

2013年の「ドーナツ戦争」では、ミスドは防戦一方でした。コンビニでのドーナツ大量販売の影響でドーナツが飽きられてしまったこともあり、売上は2013年の488億円から、2019年は354億円と27%も減少。赤字が続き、不採算店舗の整理で店舗数も減りました。

しかしミスドはここを耐え忍び、ムダを徹底して省きました。2020年のコロナ禍でテイクアウト需要が起こると、店舗あたりの売上は2017年の6850万円を底に、2022年は9490万円まで伸びました。

結果としては、実質的にドーナツ市場から撤退したコンビニ各社に対して、ドーナツ市場を守り抜いたミスドの辛勝と言えるでしょう。

2025年、果たしてセブンのドーナツ市場への再挑戦は成功するのか?
ミスドはどう対抗するのか?

今後を見守りたいと思います。

     

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水をサービスで提供し、成長する栗田工業

半導体ビジネスに、いま世界的に注目が集まっていますよね。

日本の半導体メーカーはかつてと比べて今一つ元気がなく、官民挙げて投資が始まっています。

一方で日本がいまだに圧倒的に強いのが、半導体製造プロセス。最先端半導体は何十段階もの細かい製造プロセスを経て、生産されます。この領域で、様々な企業が各フェーズで世界トップシェアを取っています。

その中には、意外な企業もあります。「超純水」を提供する栗田工業です。

半導体製造工程では、各工程で洗浄作業があります。ただ超微細加工です。普通の水だと不純物が含まれるので、半導体の配線にゴミがはいり、不良品になってしまいます。

そこで栗田工業は、超純水を作る製造装置や分析装置を作っています。その純度はドーム球場一杯の水に砂糖1グラムという純度レベル。

ここで注目したいのが、栗田工業は「超純水を売っている」のではなく、「超純水をサービスとして提供している」という点です。

超純水は、生産プロセスのちょっとした変化で純度が下がります。こうなると製品の歩留まりは一気に悪化します。素早い対応が必要になります。そこで栗田工業は、生産工程に入り込んで、常に高純度の超純水を提供するようにしています。

日経ビジネス2024.9.23号に掲載されている栗田工業の特集で、このようなビジネスにした経緯が書かれています。一部抜粋します。

—(以下、引用)—

半導体メーカーからすれば、一度栗田工業の超純水設備を採用すると他社の装置に切り替えづらい。同社は顧客の信頼を得て長期的な利益につなげるという意味で、「顧客親和性」という言葉を重視する。

(中略)

装置ではなく水を売る継続課金型のサービスも広げる。保守・運用まで一体で引き受ける。10年程度の契約を結び、水野供給量に応じて収益を得る。

(中略)

天野執行役は「単純なモノ売りだとレッドオーシャンから脱却できない」と語る。サービスなら装置の価格競争を避けて利益率を高められる。超純水は顧客工場の稼働にかかわらず一定量を消費するため、安定成長を見込める。

—(以上、引用)—

栗田工業は半導体工場以外にも、製油所、自動車工場、製紙工場、製鉄所、食品・飲料工場など、国内で2万件の顧客を抱えています。栗田工業の2024年3月期売上は3848億円。10年前から倍増し、営業利益率は2.8倍です。

さて、モノ製品の宿命は「コモディティ化」です。どんなに素晴らしいモノ製品も、いつか価格勝負になります。

そこでマーケティング分野で、21世紀になって急速に発展する分野が「サービスマーケティング」です。この中でも重要な概念が「製造業のサービス化」であり、それを実現するための「サービス・イノベーション」です。

サービス・イノベーションでは、長期的に顧客をより深く満足させる卓越したサービス提供の仕組みを作っていきます。

サービス・イノベーションで重要なポイントが、「いい商品を提供する」(栗田工業の場合は「いい超純水製造装置を提供する」)という「モノ売り発想」から、「いい体験価値を提供する」(栗田工業の場合は「常に超純水を提供して不良品ゼロを実現する」)という「顧客との価値共創の発想」への転換です。

あなたの会社は、「モノ売り発想」でしょうか?
それとも、「顧客との価値共創の発想」でしょうか?

     

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新規事業のチャンスは、意外と足下に転がっている

「新規事業を立ち上げよう」

こう考えても、「さて、何をやろうか?」と考え始めると、なかなか難しいものです。そして堂々巡りに陥って「何をやればいいのか、さっぱりわからない」という状況になりがちです。

ここでヒントになるのが、自分自身の何げない体験です。実際に、新規事業のきっかけは、ささやかな体験がきっかけということが多いのです。

たとえばAirBnBは、お金がなかった創業者たちが、家賃が払えずにアパートを追い出されそうになったので、家賃を工面するために、当時アパートの近所で予定されていた大規模イベントで、ホテルが満室が宿泊場所がつけられなかった人たちに寝室のベッドと朝食を提供したことが、起業のきっかけになりました。

Dropboxは、バス停でノートパソコンで大事な仕事を始めようとした創業者が、自宅にUSBメモリーを忘れたことに気づき、「どこでもデータにアクセスできるクラウドストレージが欲しい」と思ったことが起業のきっかけです。

相乗りサービス「ニアミー」は、創業者が埼玉方面にある自宅に帰る際に、最終バスを逃した人たちでタクシーに行列ができていて、「帰宅する方向は同じなのにタクシーに乗るのが一人一台なのはもったいないな」と思ったのがきっかけです。

そして「シェアして乗れば、安くなり、待ち時間も減り、タクシー会社も複数組乗せることで、走行距離が伸びて嬉しいはず」と考え、まずはハイヤー会社と組んで、2019年から需要の多い空港輸送を始めました。新宿駅と羽田空港間は、通常タクシーで7300円のところ、2980円で済みます。(参考記事:「気詰まりの壁 崩せた?ニアミー」日経MJ 2024.9.13)

簡単にネットショップを開設できる「BASE」は、大分県で小売業を営む創業者の母親が「ネットショップを始めたい」と言い始めたのがきっかけです。「ネットに詳しくない母親も、ネットショップを作りたい時代なんだな」と思ったわけですが、「待てよ。誰でも簡単にネットショップで商品を売れる仕組みがないぞ」と気付き、BASEを立ち上げました。

かくいう私が、「永井経営塾」を立ち上げたのも、同じです。

当初は2019年末にKADOKAWAさんとの協業で、リアルで対面の研修コース(一人当りの参加費は年間で数十万円)として、「永井経営塾」を立ち上げようと考えていました。しかし翌年2020年からのコロナ禍で、中断を余儀なくされました。

この時期、私は大手食品メーカー様の年間研修も対面で行っていました。しかしコロナ禍で、途中からZoomによるオンライン期に切り替えました。すると受講者の満足度が10ポイントも上がったのです。講義を動画で何回も見ることができて理解が深まり、かつ自宅から参加できて利便性と受講の負荷も低くなったためでした。

この発見のおかげで、KADOKAWAさんと「永井経営塾も完全オンライン前提に再設計した方がいい」と合意して、2021年に現在の「永井経営塾」を立ち上げました。おかげさまで会員数は順調に伸びています。

新規事業で何よりも大切なのは、こういった「ウォンツ」の発見です。

「ウォンツ」とは「みんなが欲しいのに、ありそうで、実はないモノ」のことです。

多くの人は「ウォンツの卵」を発見しても、それ以上考えるのは面倒なのでスルーします。だからこそ、自分が身近に感じた何げない体験や「困りごと」を突き詰めて考えると、意外と「ウォンツの発見」に直結して、新規事業の種になるのです。

あなたの足下にも、「ウォンツの卵」はないでしょうか?

     

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