「運も実力のうち」の本当の意味

よく「運も実力のうち」といいます。

スピリチュアルな感じもしますが、これをマジメに研究した人がいます。 英国の心理学者リチャード・ワイズマンです。

ワイズマンは、いつも運がいい人と運が悪い人がいることに興味を抱きました。そこで8年間かけて数百人の運がいい人と悪い人に対してインタビューを続けて、実験したのです。

当初ワイズマンは「もしかしたら、運は予知能力ではないか?」という仮説を考えました。

そこで、運がいい人と悪い人700名に宝くじの当選番号を予想してもらいました。結果は、当選率はまったく同じでした。運は予知能力ではなかったのですね。

しかし実験で発見がありました。運のいい人は、運の悪い人の2倍以上「当選する自信がある」と答えていたのです。

そこでワイズマンは「運は自信と関係があるのでは…」と仮説を変更。考え方や行動を分析し始めました。

その結果、発見した次の4つの法則を、著書『運のいい人の法則』(Kadokawa)にまとめています。(拙著『世界の起業家が学んでいるMBA経営理論の必読書50冊を1冊にまとめてみた』では43冊目で紹介しています)

【第1法則】チャンスを広げる … 運のいい人は、日常生活で「運のネットワーク」を広げています。多くの人と出会い、偶然のチャンスに出会う確率を高めているのです。要は人付き合いがよく、人から好かれる仕草や表情で人を惹き付けるということです。

【第2法則】直感を信じる … 運のいい人は自分の直感に頼ります。直感は驚くほど頼りになります。運の悪い人は自分の直感を無視して後で悔やみます。ここで必要なのは、「これ、何となくヤバいことになりそうだなぁ」という「虫の知らせ」を無視しないということです。「虫の知らせ」とは、いわば「ヤバそうなコトのセンサー」のことですね。

【第3法則】幸運を期待する … 運のいい人は楽観的です。「不運は長続きせず、すぐ終わる」と考え、少しでも可能性があれば努力し、手を替え品を替えて挑戦します。運の悪い人は、逆に「幸運な出来事はすぐ終わり、不運が起こる」と考え、悲観的です。失敗すると思い込み努力も工夫もせず、失敗が現実になります。

【第4法則】不運を幸運に変える … 著者の「銀行強盗に遭遇し腕を撃たれた。運がいいか?悪いか?」という質問に、運の悪い人は「質問が変だ。運が悪いに決まってる」と即答。しかし運のいい人は「幸運。頭だと即死だ。腕でよかった」と答えました。運のいい人は、悪いことがあってもより不運な可能性を考えてダメージを減らし、将来に高い期待を抱いて幸運になります。運の悪い人は、運のいい人と自分を比較して嘆き、ダメージを引きずります。

この4つを改めて眺めると、「あの人、何か持っているよね」という人は、大抵この通り行動している人が多いことに気付きます。

これら4つの法則は、マーケティング戦略の実践で、仮説検証を繰り返していく場合でも、大切な心得ですよね。

第2法則の「直感を信じる」のは非科学的に思えるかもしれません。しかしこれは、今年1月2日に当ブログ『商品開発では、お客様に問うな。自分に問え』で書いた、『自分に問い続けて直観を掘り下げろ』ということでもあります。

本書は自分の幸運のスコアを診断できるテストも付いています。私は第2〜4法則はハイスコア、第1法則は普通でした。「人付き合いを広げると、もっと運がよくなる」という診断でした。

私たちも意識して考え方や行動を変えることで、「運のいい人」になれるのです。

 

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サラリーマン起業は脱サラせず、ゆるく副業で始めよう

「生半可な覚悟で起業に挑戦するなんて論外だ。オレの経験では、自ら退路を断ち、いちばん乗りを目指し、アイデアを絞り込んで本気で取り組まない限り、起業は成功しないね」

このように自分の成功体験を語る起業家は、世の中に少なくありません。

しかし元々、起業とは成功確率が低いもの。

「退路を断って起業するぞ」と脱サラして、失敗して再就職しようとすると、なかなか就職できないのが現実です。日本では脱サラして起業に失敗した人が再就職するのは難しいのが、厳しい現実なのです。

サラリーマンの起業は、いわゆる起業家の起業とは若干事情が異なります。そこでぜひお勧めしたいのが、最近話題の「副業」による起業。

これは私自身の経験でもあります。

30代の頃から独立を考え、週末を使って写真家を目指したりと、色々とあれこれ試行錯誤していました。やっと具体的になったのが40代後半。会社の承認を得て、マーケティングの本を副業で書き始めたときです。

執筆を始めて3年目に『100円のコーラを1000円で売る方法』がベストセラーになりましたが、素人芸人が一発芸で話題になり独立後は全然売れないという話も多いので、「独立はまだ早いな」と思って会社員と執筆の二足のわらじを続けていました。

そのうち講演・研修依頼をいただくようになりました。平日の依頼は勤務中なので丁重に辞退しましたが、週末の依頼は会社と利益相反しない限り、無償で引き受けていました。

ある日、「ぜひ謝礼を払いたい」という会社がありました。 当時、私は人材育成部長として外部に社員研修を発注する立場。その発注額と同額でした。
「IBMを辞めても、私に依頼しますか」と尋ねると、「独立してくれると、お願いしやすくなるので助かる」というご返事。

ちょうど『100円のコーラ』第3弾の刊行直前でした。第2弾の感触から確実に売れると予想できましたし、著書刊行後に講演・研修依頼が急増することも予想できました。

そこでこのタイミングで独立。今年で起業9年目ですが、おかげさまでビジネスは常に順調です。

実はこの方法、「ハイブリッド起業」と名付けられています。

組織心理学者のアダム・グラントの著書『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』(三笠書房)で、成功する起業家は後発で、リスクを徹底的に避け、アイデアの量で勝負していることを、圧倒的な数の事例と研究で実証しています。

また経営学者の入山章栄教授は著書「ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学」で、スウェーデンのハイブリッド起業に関する研究結果を引用して、「会社勤務と並行して起業するハイブリッド起業は、起業リスクを軽減できる。現代の日本は、脱サラして起業に失敗した人が再就職するのは難しい。ハイブリッド起業は、起業の失敗リスクを大きく軽減できる可能性がある」と述べています。

起業で大事なのはリスクを取ることではありません。リスクのバランスを取ることです。ある分野で収入を確保しておくことで、別分野で大胆にオリジナリティを発揮する自由が得られます。中途半端な状態で焦ってビジネスを始めるプレッシャーからも逃れることができます。

一方で時間もかかるので、人生の中での時間を含めたリスクのバランスをどう考えるかも重要です。

このテーマは、2月2日の朝活永井塾でも取り上げます。もしよろしければ、ぜひどうぞ。

   

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永井さんは、なぜ強者が多い出版業界で勝負しているの?

ある企業様の講演会で、こんなご質問をいただきました。

『「自社の強みを探せ」ということですが、難しさも感じています。永井さんは出版業界という強者が多い業界で、どのようにご自分の強みや自分にしかできないことを見つけたのですか?』

実に的確なご質問で、しばし自分のこれまでを顧みてから、お答えしました。

結論から言うと、まず「これをやりたい」という気持ちが出発点で、試行錯誤を繰り返していくうちに気がついたら収まるところに収まっていた、という感じです。

まず現在までに至った経緯を簡単にまとめます。

■2006〜2008年頃…当時は日本IBM社員でした。IBMのマーケティング・プロフェッショナルとしてソリューションやソフトウェアビジネスに関わる一方、社内マーケティングコミュニティの活性化もしていました。そんな活動をするうちに、「マーケティングの本を出版したい」と考えるようになりました。しかし出版社には全て断られました。そこで『戦略プロフェッショナルの心得』を自費出版しました。自分がマーケティングの現場で学んだ事を理論で裏付けした本です。

■2009年頃…本を1冊書き上げて刊行したことで、「この人は一冊書き上げる力はありそうだな」と思って下さった出版社からお声が掛かりました。編集者と何度も話し合い、試案を何回か破棄した末に、「物語形式にしよう」ということになり、書き上げて出版しました。しかし残念ながら全く売れず、1年半で絶版になりました。

■2011年頃…出版社の担当編集者から、「絶版は残念でした。でもいい本なので、書き直して他出版社から出しては?」というアドバイスがありました。そこで中経出版(のちにKADOKAWAと統合)から全面的に書き直して出版しました。それが『100円のコーラを1000円で売る方法』。ありがたいことにシリーズ60万部を達成しました。

■2013〜15年頃…IBMを退職、独立しました。編集者と話していくうちに「永井の強みは、物語でマーケティングを語ることでは?」ということになり、100円のコーラ・シリーズ後も、ストーリー形式のマーケティング本を何冊か出版しました。マーケ理論を物語に落とす力量は恐らく徐々に向上していたと思います。しかしビジネス書分野でストーリー本が氾濫して「レッドオーシャン化」し始め、徐々にこの路線では売れないことがわかりました。(たった3-4年で市場が一変するのですから、世の中の流れは速いものです)

■2016年以降…さらに色々な編集者と話したり意見を伺っているうちに、『永井さんの強みは「難しい理論を噛み砕いて、面白く分かりやすく書ける」というように、もっと広く捉えた方がいい』というところに落ち着きました。おかげさまでその後、『これいったい、どうやったら売れるんですか』『なんで、その価格で売れちゃうの? 行動経済学でわかる「値づけの科学」』、さらにMBA50冊シリーズを出版するに至っています。

改めてふり返ると、「これ(=本の出版)を何としてもやりたい」と夢中になるものがあることが出発点だったことです。

本を書き始めた頃は、IBMのマネジャーとして会社では多忙な日々を過ごしつつ、夜は帰宅後毎日ブログを書き、週末は合唱団の事務局長として団の運営をしながら、1年1冊のペースを崩さずに執筆を続けました。

これもシンプルに、「どうしても本を書きたかったから」。

こうして夢中でやるうちに、自分ならではの「個性や強み」が徐々に見えてきます。ありていにいえば「実行した結果から学びが得られる」ということです。さらに私が様々な編集者と話し合いを繰り返したように、第三者の視点は実に参考になります。こうすることで、次第に自分の強みも見えてきます。

一方で強みには賞味期限があるので、常に見直しが必要です。私の場合も「マーケティングを物語形式で書く」という力の賞味期限は、3〜4年間と意外と短期間でした。

「自分の強みはコレ」と決め打ちするのもいいのですが、強みかどうかを判断するのはあくまでもお客様や市場状況なので、あまり強く拘らずに柔軟に見直していくことが必要ではないかと思います。

ところでご質問では「強者が多い出版業界で…」という部分があります。

実は私は、ライバルについてはあまり考えませんでした。これは当初からマーケティング発想で「自分のバリュープロポジションがあることが大事」と考えていたためです。

ライバルのことはそれなりにチェックしました。目的は「ライバルのやり方を取り込む」のではなく、「ライバルがやっていないことをやる」ためです。この発想の違いが生む結果は、実に大きいと思います。私はライバルが自分と同じことをし始めると「そろそろ河岸を変えるタイミングかなぁ」と警戒し始めるようにしています。

ですのでご質問にある「出版業界は、強者が多い業界」と言うことはほとんど意識はしませんでした。

おかげさまで強者が多いビジネス書の分野で出版した本はコンスタントに売れ続けて、現在は累計106万部を超えましたので、この戦略はそんなに間違っていないのではないかと思います。

企業が商品開発を考える際も、このパターンは同じではないかと思います。ご参考になれば幸いです。

   

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商品開発では、お客様に問うな。自分に問え

商品開発をする時、多くの人は「まず市場調査だ」とか「顧客に聞いて情報を集めよう」と考えます。しかしこのやり方は上手くいかないことが多いのです。

成功する商品開発では、お客様に質問しません。

ジョブズは顧客に聞いたり、市場調査しなかったことで有名です。彼自身が最も厳しいアップル商品のユーザーだったからです。自分が欲しい商品を作り続けました。

ソニーの盛田昭夫さんは、ウォークマン発売10周年のビデオでこう語っています。

『「カセットプレイヤーを持ち歩いて音楽を聴きたい。録音機能を外し軽いヘッドホンを作ったら楽しめるのでは?」と井深さんが言うんですよね。周囲は「録音機能のないプレイヤーは売れたためしがない」といっていましたけど、考えてみたらカーステレオも録音できない。「それならば持ち歩くステレオも、プレイヤーだけでいい」と考えたんですよ』

盛田さんも、お客様に質問しませんでした。

家電でヒット商品を連発するバルミューダの寺尾玄社長も、お客様に質問しません。競合商品のことも考えません。自分で「どんな商品が求められているか」をひたすら考え抜いて商品を開発し、商品発表会ではその物語を語ります。

彼らは必ずしも百発百中ではありません。しかしヒット商品を生み出す打率はライバルを圧倒しています。

彼らがライバルと違うのは、お客様に問うのではなく、自分に問い続けている点です。

「お客様に問うのが正しい」と考える人は、「答えはお客様が持っている」と考えて、「どんな商品欲しいですか?」「どうすれば買いますか?」と問い続けています。しかし現実にはお客様は答えを持っていないことが多いのです。

「自分に問い続けるのが正しい」と考える人は、「答えは自分が持っている」と考え、「なんで自分はそう考えたのか?」「どうすればいいのか?」と自分の直観を掘り下げます。顧客の情報は、考えるための一つのきっかけであり、材料なのです。

しかしこの方法は、商品アイデアを生み出す段階でのみ有効です。
商品を世の中に出した後は、モードを反転させる必要があります。

常にお客様の声に耳を澄ませて、果てしない商品改良が始まります。ただしここでも、そのお客様が正しいお客様なのかを判断することが重要になります。すべてのお客様に対応しようとすると、個性を失った商品になり果ててしまうのです。だからあえてお客様を切り捨てる判断も必要になります。

あなたは商品開発で、自分に徹底的に問い続けていますか?

   

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ウィズ・コロナで自ら顧客体験を損なうサービス

コロナ禍の先行きは予断を許しませんが、そんな中でも苦しいのがサービス業。お客様がコロナ前まで戻らない中、売上確保に苦戦しておられます。

私がとても気になるのが、売上を確保しようとして、顧客体験を大きく損なっているサービス業があることです。それを実感したのが、妻が美容院から帰ってきた時のこの一言です。「もうあの美容室、行くのイヤかも」

この美容院はややお高めですが、ゆったりしたソファーで順番待ち。店の居心地も良く、リラックスして髪をいい感じにセットしてくれていました。

コロナ禍で妻はなかなか美容室に行けませんでしたが、先日久しぶりに髪をカットに行きました。

まず驚いたのが、それまでお客が座っていたソファがある場所に、美顔器や化粧品、シャンプー、ドライヤーなどの様々な商品がズラッと並んでいたこと。

お客は入口近くにあるパイプ椅子に座って順番待ちです。売り物の商品にお客が押し出されている感じがします。

順番が来てカットを始めると、美容師さんからの売り込みが始まります。

「このシャンプーお勧めですよ。当店でも売ってます」

「このドライヤーもいいですよ。当店で売ってますよ」

「こんど当店でアロマセラピーのお教室をやるんです。とてもいいですよ〜。ぜひどうですか?」

妻が「そのお教室、どんな感じなんですか?」と聞くと…

「…私は参加したことがないんです。でも、とってもいいそうです!」

販売は確率戦なので、こうして売り込むと、買うお客さんが一定数出てきます。数字だけ見ると一時的に売上は上がるでしょう。しかし「居心地が良く、リラックスして髪をいい感じにセットしてくれる」という顧客体験は、大きく損なわれています。

妻は「ずっとこの店でお世話になったけど、変わっちゃった。もう行きたくないかも」。こうして一定の確率で客離れも上昇するわけで、長期的に見ると客離れが増え、売上は下がっていきます。

ちなみにこの店で腕利きのある美容師スタッフは、お店から独立を決めました。しかもこの店から徒歩5分の場所に店を出します。このスタッフは自分のお客に「独立するので、ぜひ来て下さいね」としっかりと声をかけています。この店の様子を見て(チャンス)と思ったのかもしれません。

さて、売上データで見ると、この状況は次のように見えます。

①売上が激減する(コロナ禍で来店客が減ったため)
②一時的に平均顧客単価が上昇し、売上が上昇する(接客中の営業のおかげ)
③ゆっくり顧客数が減り、売上が減る(顧客体験を損なうことによる客離れ)
④腕のいいスタッフが辞め、顧客がゴッソリ消える(見切りを付けたスタッフ離れ+顧客の大規模離脱)

確かに顧客単価を上げることは必要なことです。しかし同時に大事なことは、絶対に顧客体験を損なわないことです。

ウィズ・コロナの時代は、むしろそれまで出来なかったより高い顧客体験を提供するチャンスです。髪のコンディションをいい感じに維持するための仕組みは、スマホやサブスクと連動させれば色々と実現できる可能性があります。

逆に顧客体験を犠牲にして、目の前の売上を追いかけてしまうと、奈落の底に落ちてしまうのです。

あなたの会社では、ウィズ・コロナで自ら顧客体験を損なっていませんでしょうか?

   

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「ウチはリピート客が多い。既存客に販促しよう」が、ジリ貧になる理由

ワークショップ研修でこんな意見をいただきました。

「当社は市場トップシェアです。市場調査すると、当社は競合よりもリピート客比率が多いんですよね。だから既存客を意識した販促を行いたいと思います」

このように考える会社はとても多いのですが、この考え方で販促すると、ジリ貧になって市場シェアが落ちます。

これはバイロン・シャープが著書「ブランディングの科学」で指摘していることです。この本は実に素晴らしい内容なのですが、内容がやや難しいので、なかなか理解が広まっていません。とても残念に思っています。

そこで噛み砕いてご説明します。

まず、業界トップシェアの会社ほど、顧客離反率が低くなります。

単純化して、市場に顧客が100人いて、A社が80名(シェア80%)、B社が20名(シェア20%)の顧客を持っていると仮定します。市場全体では、常に一定比率で顧客が入れ替わっています。仮に今年、顧客10人が入れ替わたとすればと、A社(シェア80%)の顧客離反率は10÷80=12.5%、B社(シェア20%)の顧客離反率は10÷20=50%になります。

このように市場をモデル化して考えると、市場シェアが高いと顧客離反率が低いことがわかります。でもこれは机上の計算。現実にはどうなのでしょうか?

バイロンシャープは著書の中で、米国の車ブランド、オーストラリアの金融機関、英国とフランスの車ブランドで市場シェアと顧客離反率を調査した詳細な結果を示しています。下記はそこからの一部抜粋です。

■米国車ブランド(1989-91年)
 1位 ポンティアック シェア 9%、顧客離反率 58%
 ↓
 9位 ホンダ シェア 4%、顧客離反率 71%

■オーストラリア金融機関
 1位 CBA シェア 32.0%、顧客離反率 3.4%
 ↓
 7位 Adelaide Bank シェア 0.8%、顧客離反率 7.0%

■英国車ブランド(1986-89年)
 1位 フォード シェア 27%、顧客離反率 31%
 ↓
 11位 ホンダ  シェア 1%、顧客離反率 53%

実際の市場データを調べても、トップシェアのブランドは顧客離反率が低いことがわかります。逆に言うと、トップシェアのブランドは顧客定着率も高いということです。

つまり冒頭の「リピート率が高い」のは、必ずしもその会社のお客様の特性ではなく、単にその会社の市場シェアがトップだからなのです。

では、なぜ既存客だけを意識した販促でジリ貧になるのでしょうか?

バイロン・シャープは著書でその理由も説明しています。

次の図は、バイロン・シャープの著書から引用したもので、英国のコーラ購買者の分析です。横軸に年間購入回数、縦軸に全体の人数の比率を取っています。

左側のユーザーがライトユーザー、右側のユーザーがヘビーユーザーです。

一般に「パレートの法則で、上位20%の購買客が売上の80%を占める」といわれますが、これはミスリーディングです。

実際に数年程度の長期間で調べると、売上の50%は稀に買うライトユーザーによるものです。そして実際に調べてみると、実に多くのブランドでは同じパターンになっています。

さらにこの分布の中で、ヘビーユーザーとライトユーザーは頻繁に入れ替わっています。つまりある特定のヘビーユーザーが、急にライトユーザーになったり、全く買わなくなったりするということです。

せっかく得意客を意識した販促をしていても、そのお客さんが離脱するのであれば、販促の効果は出ませんよね。

むしろ販促では、この図で左側に固まっているライトユーザーや、この図に現れない非ユーザーをターゲットにした方が、はるかに効果が出ます。

冒頭の「当社は競合よりもリピート客比率が多いので、既存客を意識した販促を行う」だと、市場のごく狭い範囲だけにしか販促できません。この結果、ジリ貧になって市場シェアが下がり続けるのです。

必要なのは、もっと市場全体に視野を広げたマーケティング戦略なのです。

   

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仮説検証、どこまでやるの?

ある企業の事業本部で講演と研修を行ったところ、後日、参加者からこんなご質問をいただきました。

 『「仮説検証は何度もやるものだ」ということですが、どこまでやれば良いのでしょうか?』

これはお近くにあるセブンの店舗をよく観察すると、わかります。

セブンの強みは「仮説検証」です。

コンビニでは一店舗に3000品目しか陳列できませんので、「その店で売れる商品」を発注することが収益を大きく左右します。言い換えれば、1日に数回行う商品発注が生命線なのです。

セブンではこの商品発注でも、毎回「何が売れるのか?」という仮説を立てて発注し、実際に発注して売り上げた結果を検証しています。

セブンのすごいところは、この商品発注を高校生のアルバイトでもできるように権限委譲していること。そのための仕組みも持っています。「何が売れそうか」という仮説を立てたり、売上結果をすぐに検証できるような発注端末を開発し、そこで必要なデータも用意しています。

そして店舗を運営する間は、四六時中この仮説検証プロセスを回しています。

このセブンの取り組みを見ると、このご質問の答えがわかると思います。

仮説検証はビジネスを行う以上は、常に行い続けるべきプロセスなのです。

   

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誰にも注目されない零細企業が、世の中に知られる方法

永井経営塾でこんな質問をいただきました。

「当社は零細企業で、メディアも注目してくれません。どうすればいいでしょうか?」

零細企業はお金もないので広告も打てません。しかしそもそも広告を一本打っただけでは、翌日には忘れられます。これではコスパは悪いですよね。

そこで必要なのがPR(パブリックリレーション)、つまり広報活動です。
新聞やWebニュース会社などのメディア各社にニュース価値がある情報を提供して、取り上げていただく方法です。

そこで2つの観点で、誰にも注目されない零細企業が、世の中に知られる方法をまとめたいと思います。かく言う私もIBM社員時代にやっていた方法なので、大企業の担当者もぜひ参考にして下さい。

①伝えるコンテンツ

絶対間違ってはいけないのは「メディアはお金がかからない広告だ」…とは考えないこと。

広告ならばメッセージを100%自分でコントロールできるので、伝えたいことをストレートに言えます。

しかしPRでは、メディア会社が自社視点でメッセージを作ります。自分が情報を提供した後は、メッセージを全くコントロールできません。「情報出したけど掲載してくれたメディアはゼロ」ということも多いですし、最悪の場合はネガティブ情報として掲載される場合すらあります。

メディア各社は「読者や視聴者にとって価値がある」と感じていただける情報を常に探しています。まずはメディア会社が持つ外部視点で、自分の会社にどんなニュースバリューがあるかを考えること。

メディアが欲しがるのはこんな具体的な情報です。

・世界、国内、業界で初
・世界、国内、業界で最大(又は最小)

一方で、こんな情報はメディアには無視されます。

・自社の新戦略や新しいビジョン

GAFA級の超大企業の全社戦略ならば別ですが、普通の会社の戦略やビジョンには、メディア会社は興味ありません。(ちなみに私もIBM社員時代、担当する事業の新戦略をメディアにお伝えしましたが、ほとんど掲載いただけませんでした)

②担当者リストを、リッチにしていく

あなたは連絡を取るべきメディア会社の担当者リストを持っているでしょうか?
メディア会社のリストではありません。個人名が入った担当者のリストです。

会社という組織は、判断しません。
情報掲載の可否を判断するのは、メディア会社の担当者です。
ですから、まずは担当者リストを作ることです。

「日本一の星空の村」として全国区ブランドになった長野県阿智村の仕掛け人である松下さんも、担当者リストを持っていました。この挑戦は2012年から始めましたが、新しい挑戦を始めると、メディアの視点で記事情報を整理し、マメに担当者リストに基づいて情報を配信。最初は信濃毎日新聞などの地方紙に取り組みを取り上げられました。

さらに新しいメディア担当者の名前を追加したり、担当者が異動したら新任担当者に差し替えたりしているうちに、担当者リストは次第にリッチになり、日経や朝日新聞などの全国紙、さらにテレビ局などにも取り上げられるようになりました。

①と②を地道に続けながら、メディアが取り上げたくなるような情報に加工した情報を、②の担当者にマメに発信することです。たとえば…

「今年、阿智村の『日本一の星空』を見るために、10万人が来場!」

メディア会社の担当者が「この分野は、この人からの情報が役立つ。手間と時間をかけてでも話を聞く価値がある」と思われるようになると、しめたもの。メディアで情報が掲載されるようになります。

正しい方向を決め、具体的な活動を地道に続けることが王道なのです。

   

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それは「日本特有の問題」ではなく「アナタの組織の問題」です

色々な方々から、こういうご相談をよくいただきます。

「これって、日本特有の問題ですよね」

たとえば「なかなか意見を言えない、言わない」「情報や不祥事の隠蔽」「新しいことに挑戦しない」。これらをすべて「日本特有の問題」で一括り。言外に(だからどうしようもないんですよ…)というニュアンスを匂わします。

東京電力・福島第一原発事故でも、黒川清委員長は事故報告書にこんな言葉を残しています。

「根本原因は日本文化に深く染みついた慣習──盲目的服従、権威に異を唱えないこと、『計画を何がなんでも実行しようとする姿勢』、集団主義、閉鎖性──のなかにある」

私は、これらはすべて真の原因から目を背けて、見たくないモノを見ようとしていない、「単なる言い訳」だと思います。

真の原因から目を背けている間は、問題は解決できません。

2018年刊行の著書”The Fearless Organization” (邦訳『恐れのない組織』英治出版)で「心理的安全性」という概念を提唱した組織心理学者のエイミー・エドモンドソンは、福島第一原発の事故報告書についてこう述べています。

「黒川が挙げた『深く染みついた慣習』は、いずれも日本文化に限ったものではない。それは、心理的安全性のレベルが低い文化に特有の慣習だ」

(エドモンドソンが提唱する「心理的安全性」については、東洋経済オンラインに寄稿した記事に詳しく書きましたのでご興味ある方はご一読下さい)

確かに中根千枝著『タテ社会の人間関係』や山岸俊男著『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』にあるように、日本文化は特有の性格を持っています。しかしそれは様々な性格を持つ人間がいるのと同じであり、単なる「性格の特徴」でしかありません。

日本文化特有の性格を活かして好業績を上げ続ける企業もあります。トヨタはその筆頭でしょう。

トヨタは生産現場で問題があれば一作業員でも製造ラインを止める権限を与えられています。ボトムアップで社員の力を引き出し、積極的に失敗と改善策を見つけるトヨタ生産方式(TPS)も、かつて「日本型経営」と呼ばれていました。そしてこのTPSは、古いGM工場 + 元GM米国社員で構成されたGMとの合弁工場NUMMIでも見事に稼働して、生産性を大きくアップしました。いまやTPSは中国、東南アジア、欧州の工場でも現地社員により実践されています。日本型経営と言われたTPSは、世界的に普遍性があったのです。

「これは日本特有の問題だ」という単なる言い訳が、現在の日本企業の閉塞状態を生んでいるのです。

あまり精神論の話はしたくないのですが、この問題の本質は「やる気」の問題です。

日本特有の問題はありません。
その組織(=企業)に特有の問題があるだけなのです。

   

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お客様の声、聞くべきか? 聞かないべきか?


永井経営塾ライブで、獺祭を製造・販売する旭酒造の桜井会長にご登壇いただいたときのこと。桜井会長はこのようにおっしゃいました。

「お客様の声は、聞かないんですよ」

一見、常識外れに聞こえますが、お客様は「辛口がいい」「やっぱり自分は甘口だな」「美味しさよりも安い方がいい」というように色々なことをおっしゃったりします。こういう話を一つ一つ聞くと、酒造りがブレます。だから桜井会長は、あえてお客様の意見を聞かずに、自分たちが「これが最高のお酒」と納得できるお酒造りを追求しているのです。

このようなお話しを紹介すると、こう思う人もおられるかもしれません。

「なるほど。お客様の声は聞かなくてもいいんだな。やはりいい製品づくりに邁進しよう」

実は「お客様の声を聞かずにいい製品づくりに邁進する」という姿勢は、必ずしもあらゆる状況で正しいわけではありません。

日本酒のように、お客様に価値を提供する単体製品で「美味しさ」というシンプルな評価基準がある場合は、「最高の製品づくりを追求する」という姿勢が成功のカギです。

また全く新しい商品を創り出す時は、お客様の声は参考になりません。アステリアの平野社長も、永井経営塾ライブに登壇された時に「お客さんの声は聞かないで、先を見据えて自分たちが必要だと信じた商品を開発しますね」とおっしゃってます。

一方で、パナソニックの樋口泰行専務は日経ビジネスのインタビューでこのように語っています。

「2018年春ごろから、パナソニックはソフトも重視しなければ生き残れないことを社長の津賀一宏に言い続けてきました。…例えばソリューションビジネスでは、顧客から相談を受けた後でコンサルティングをして、システムを構築していくという流れです。ただし国ごとにビジネススタイルが異なるため、ノウハウを一朝一夕に蓄積することは難しい。この感覚は、いい製品さえ作れば、国境を越えて販売していけるというビジネスを経験してきたパナソニックの幹部には理解しづらいのです」(日経ビジネス 2021/10/25号)

現実に多くの製造業がサービス化しています。「製造業のサービス化」という流れです。たとえばGE。長年ジェットエンジンを製造していますが、今やジェットエンジンにセンサーを付けてモニタリングすることで、性能や故障を事前予測し、エンジンの稼働率向上を支援するサービスを提供しています。エンジンの稼働率向上は、顧客である航空会社の収益に直結します。

樋口専務がおっしゃっているのは、このようなソリューションビジネスでは、こちら側ではなかなかわからないお客様の課題把握が、成功のカギになっているということです。

そして残念ながら、お客様の課題について思い違いをしていることも多いのです。そのような場合は、お客様の声をちゃんと聞いて理解する必要があります。

ちなみに「全く新しい商品を開発する時は、お客様の声は聞かないですね」とおっしゃるアステリアの平野社長も、商品を出した後はお客様の声を真剣に聞いています。

ものづくりメーカーでも、今や好むと好まざるとに関わらずソリューションビジネスの分野に足を踏み入れています。しかしものづくりの成功体験が邪魔をして、本来はお客様の話を聞かなければいけないのに、お客様の話を聞こうとしないところに、ものづくりメーカーが陥っている低迷の原因があるのかもしれません。

  

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「は? QB…って何?」という美容師さん

知人(女性)が美容室で体験した話です。美容室で髪をカットしてもらっている最中に、美容師さんからこう聞かれました。

「ご主人、最近いらっしゃらないですね」

かつて知人の夫は、その美容室の常連でした。その美容室は腕も確かでサービスもよかったのですが、予約制で、カットに1時間かかります。

知人の夫は多忙なビジネスマン。「1時間もかかるのは嫌だな」と思っていた数年前、自宅近くにQBハウスができました。10分でカットできます。どうもカットの品質もいいようです。(ちなみに料金は1200円)

彼が試しに近所にできたそのQBハウスで、以前美容室でカットした直後の写真を見せて、「こうして下さい」をお願いしてカットしてもらったところ、十分に満足いく仕上がりだったそうです。

その後、彼はQBハウスでカットするようになりました。店を変えた最大の理由は、1時間かかっていたカットが10分で済む点と、美容師さんとの煩わしい会話をせずに済む点だったそうです。

さて、美容師さんに聞かれた彼女は、正直にこう答えました。

「最近、QBハウスでカットしてますよ。結構忙しいので、家の近所だし、カットが10分だからいいそうですよ」

「は? QB…。それってなんですか?」

「10分カットの散髪屋さんですけど」

「はぁ…」

美容師さんは(よくわからない話ね)と思ったようで、別の話題を話し始めました。その美容師さんは、美容師を数十名抱える美容室チェーンで、その店を任された店長さんだったのでしたが、どうもQBハウスを知らなかったようです。

私はこの話を聞いて、こう思いました。

「色々な意味で、この店、ちょっとヤバいんじゃないかなぁ」

まず、美容師さんがQBハウスを知らない点。その美容室は男性もカットしています。多くの男性客は、知人の夫のようにQBハウスも選択肢に入れてカットする店を選んでいます。QBハウスはその美容室のかなり強力な競争相手なのです。しかしその強力な競争相手を、店長である美容師さんは認識していません。

もう一つは、知人が「10分カット」と言った時点で、全く興味を失っている点。

この美容師さんは、恐らくこう考えているのではないでしょうか?

「は? 10分カット? そんなQBなんとか言うのなんて、敵じゃないわ。だって10分カットって、髪を切るだけでしょ。ウチの美容室の方がずっとサービスが豊富だし。ウチはカットだけじゃなくって、シャンプー、整髪、マッサージ、ドライヤーの仕上げもあるし、マッサージも念入りだし、お客様との会話も気をつかっているわ」

確かに店が提供するサービスだけを比較すると、確かにQBハウスは一見はるかに見劣りします。しかしこれは機能中心にサービスを見ているからです。言い換えれば製品中心の視点で見ているのです。

顧客である知人の夫から見ると、まったく違う風景が見えてきます。

「あの美容院、確かにサービスは素晴らしいんだけどね…。シャンプーとか整髪とかは過剰サービスで、いらないんだよね。疲れているから寝ていたいのに、話しかけられるのも面倒だし。そもそも予約しなきゃいけないとか、1時間もカットにかかるとか、ほんとカンベンして欲しい。QBハウスなら、好きな時に行って10分でカットできるから、もし料金が高くても、こっちの方がいいね」

知人の夫の視点は、顧客中心の視点です。

どんなに店がゴージャスで高級サービスを提供していても、顧客中心視点がなければ、お客は質素でも顧客中心の店を選ぶのです。

自分が気がつかないうちに、美容師さんのような製品中心の視点で考えている人は、私も含めて、意外と多いかもしれません。気をつけたいですね。

  

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本気でお客様を考えれば、自ずから最強のマーケティングになる

先週土曜の朝は、月1回の永井経営塾ゲストライブ。獺祭で有名な旭酒造の桜井博志会長にお話しをお伺いしました。

冒頭、桜井会長は「ウチはマーケティングやらないんですよ」。「マーケティング=販促」とお考えだったのでこのご発言だったのですが、実は桜井会長は最強のマーケターでした。

社長就任の1984年に9700万円だった売上を、社長退任の2016年に108億円と100倍以上にした桜井会長の挑戦は、先週のブログでも書きました。

ゲストライブでは素晴らしいお話しを沢山伺いましたが、その中の一つがチャネル戦略です。

獺祭が世の中で急に人気になった時のことです。どの酒屋も品薄になって品切れするようになりました。品薄で人気な状況だと、登場するのが転売ヤー。定価の3〜4倍で売られるようになりました。

「獺祭を飲みたいお客さんが、こんな価格で買わなければいけないのは問題だ」

そう思った桜井会長は、問屋に「獺祭はもっと出荷できます。品薄の酒屋に獺祭を卸してもらえませんか」とお願いしました。すると問屋は「他の造り酒屋さんとのお付き合いもあるので、獺祭だけを売るわけにはいきません」とやんわり断られました。

でもこれでは、困りますよね。

そこでこれをきっかけに、桜井会長は旭酒造で、問屋を通さずに小売店と直取引を始めました。当時の日本酒業界では、小売店との直取引は非常識でしたが、今では造り酒屋と小売店の直取引は一般的になりました。

桜井会長は、「流通と生産者の間には、どうしても溝があるものです。そこで必要なのは、どうしたらお客様に一番快適にモノをお届けできるかを、一緒に探ること。よく私が酒屋さんに申し上げているのは、『ウチとあなたはイコールパートナーです。お客様は、お酒を飲む人たちですよね。だからお客様にお届けして両者が利益を出せるようにしましょう』と言ってます。ちょっと偉そうかもしれませんけどね」とおっしゃっているそうです。

でも普通に考えると「お客様=消費者」は当たり前ですよね。ですので、もしかしたら桜井会長の「お客様は消費者です」というお話しは、流通ビジネスに関わっていない方には、「それって当たり前じゃないの?」と思われるかもしれません。でも、現実にはそうなっていないことがとても多いのです。

数年前に、私がある食品メーカー関係者が集まる会で講演を行い、その後に懇親会をした時のこと。ある食品メーカーの部長さんからお叱りをいただきました。

「永井さんは『価値で勝負しろ』っておっしゃいますが、私に言わせればそれって理想論です。現実は値引きばかりですよ」

そこで、私はこんな質問をさせていただきました。

「なるほど…。ところで御社の商品の品質はどうなんでしょうか?」
「絶品ですよ。いまの人は本物を知りません。ウチの商品を食べると、皆が驚きますよ」
「御社の商品は本物で美味しいのに、値引きする理由は何ですか?」
「あれ…。うーん、そう言えば……ナゼナンダロウ……」

詳しくお話しを伺うと、部下のセールスの方々は、消費者にはほとんど会わないそうです。普段の商談相手は問屋。この会社のセールスにとって、「お客様=問屋」なのです。このようなメーカーって、意外に多いのですよね。

桜井会長は、チャネル関係者を巻き込み、パートナーとして、一直線で消費者に価値を提供しています。

ハーバードビジネススクールで、V・カストゥーリ・ランガン教授という流通チャネルの専門家がいます。ランガン教授はこうおっしゃっています。

「チャネル戦略のすべての始点は、顧客ニーズだ。チャネルメンバー全員が一体となり、レーザービームのように消費者に焦点を当てて、顧客価値最大化を考え、顧客ニーズを満たすためにチャネルを構築せよ」

桜井会長が行っていることは、まさにランガン教授が提唱するチャネル戦略を実践しておられることがわかります。

ただ意外なことに、桜井会長はマーケティング理論は学んだことはないそうです。

桜井会長の全て活動の出発点にあるのは、「より美味しいお酒を、お客様にお届けしたい」という強い想いです。

桜井会長のお話しをお伺いして、マーケティングとは決して複雑なことではなく、「本気でお客様を考えれば、自ずからマーケティングになる」というとてもシンプルで単純なことであることが、改めて実感できました。

そしてこのシンプルで単純なことを、徹底的に首尾一貫して実践し続けられるかどうかが、私たちに問われているのですね。

  

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常識を疑い、売上9700万円から100倍以上に成長した獺祭・旭酒造

先日、獺祭で有名な桜酒造の桜井博志会長が書かれた著書「獺祭の口ぐせ」を読み感銘を受けました。

桜井会長はお父様が亡くなられた1984年、旭酒造の社長を継ぎました。この時、売上9700万円。しかし2016年の売上は108億円。なんと100倍以上の成長です。日本酒業界は1973年をピークに売上規模が1/3に縮小していることを考えると、これは凄いことです。

あえて一言で言えば、これは「お客様が幸せになる酒造り」「もっと美味しいお酒をお客さんにお届けしたい」を出発点に、あらゆる業界の常識を疑ったこと。同社のあらゆる活動は、この出発点に繋がっています。

旭酒造が行っていることは、業界の常識を大きく外していることがとても多いのです。

たとえば日本酒造りは、酒造りの最高製造責任者である杜氏(とうじ)が中心になって行うのが常識です。しかし旭酒造には杜氏がいません。

桜井会長が社長に就任した時、酒造りに色々と口を出すほうでした。高品質な酒造りを求めたからです。しかし旭酒造がある事業で経営危機に陥った時、杜氏は会社に見切りを付けて辞めてしまいました。そこで桜井会長は「自分たちで酒を造ろう」と考えました。

杜氏は60〜70代が多いのですが、この時に同社で酒造りに挑戦したのは、桜井会長以外には4人。全く酒造りに経験がない若手社員ばかり。そこで精米、洗米、蒸米、麹作り、仕込み、上槽、瓶詰めといった酒造りの各プロセスの様々な情報をデータ化。酒造りを徹底的に「見える化」しました。そうして作った日本酒は吟醸酒らしい香りが出ました。「今にして振り返れば、杜氏に逃げられてよかった」と桜井会長はおっしゃいます。

また従来の日本酒造りの常識は、冬場に行われるものでした。しかし獺祭を仕込む旭酒造では、四季醸造。発酵室は365日24時間、5度に保って、春夏秋冬どの季節も同じ環境で酒造りをしています。「勘と経験」に頼らない酒造りのおかげで、純米大吟醸を安定的に通年で造ることができるようになりました。加えて需要変動にも柔軟に対応できるようになりました。

こうして獺祭は徐々に人気になってきましたが、品薄になることが増え、取引がない店で獺祭が定価の3−4倍の価格で売られるようになりました。「獺祭を飲みたい」というお客さんに商品がスムーズに届かなくなってしまったのです。

問屋が獺祭を積極的に売らなくなったためでした。一つの理由は、問屋は一つのブランドが突出して売れると、他の酒蔵から文句を言われるために、都合が悪いこと。そこで旭酒造は問屋を通さずに、直接小売店とお付き合いするようにしました。すると小売店は取引を維持してくれただけでなく、逆に多くの注文がはいるようになり、販売が増え、品切れの問題は徐々に解消に向かいました。

一升2500円という値付けも、お客様視点で決めました。居酒屋で2000円でお酒を飲むには、お酒はとっくり2本で1000円に抑える必要があります。一本(0.8号)で価格500円にするには、0.8合の原価を200円にする必要があります。だからまず一升2500円という価格を先に決めました。

このような桜井さんの様々な戦略は、

「お客様が幸せになる酒造り」
「もっと美味しいお酒をお客さんにお届けしたい」

これが出発点なのです。

市場規模が1/3に縮小する中、徹底的な顧客目線で常識を根本的に疑って、100倍以上に成長した旭酒造を見ていて、感じることがあります。

伝統に固執し、低迷する業界は、逆に大きなチャンスが眠っている。

そのような業界では、多くの場合、顧客目線を失っています。 その古い常識を見直して、新しいことをやれば、大きく成長できるのです。

これは、まさに今の日本で求められていることだと思います。

10月23日(土)の永井経営塾のゲストライブでは、その旭酒造の桜井博志をお招きして、1時間お話しを伺う予定です。永井経営塾の会員の方は、ぜひご参加ください。桜井会長へのご質問も大歓迎です。

  

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AIで、店舗の出来事を全て把握できるか?

先週水曜朝の朝活永井塾は「ショッピングの科学」でした。テキストはパコ・アンダーヒル著「なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学」です。

ショッピングの科学とは、買い物客が購入したくなるように店や商品を変えていく考え方です。著者のパコさんは、店舗で何が起こっているのかを調査員に全て記録させ、膨大な記録を分析し、商品を買うヒントを炙り出します。このためパコさんは「ショッピング界のシャーロック・ホームズ」とも評されています。

たとえばパコさんが会社を創業した頃、こんな話がありました。

百貨店の入口で買い物客を観察していました。特に人通りが多い所にネクタイ売場があったのですが、パコさんは、ネクタイの品定めをする客が後ろから他の客に少し押されると、そこでネクタイ探しを諦めることに気がつきました。売り場の売り上げも低い状態でした。

そこでパコさんは「売上が低いのは、尻がぶつかるからだ」と報告。驚いた店長が、即刻ネクタイの棚を移動したところ、売上は急上昇。パコさんは、後ろから押されると買い物を諦めるこの現象を「尻こすり効果」と名付けました。

朝活永井塾では、このショッピングの科学について、様々な事例を交えてご紹介しました。するとプレゼン後のQ&Aで、こんな質問をいただきました。

「最近はAIのおかげで、店舗の色々なことがわかるようになりました。AIの登場で、ショッピングの科学は変わるのでしょうか?」

今回は、この時にお答えした内容をご紹介したいと思います。

確かにAIカメラやスマートショッピングカートの登場で、店舗内のお客さんの様々な行動がわかるようになりました。しかしながら、「尻こすり効果」のような現象をAIが発見できるかどうかは、まだ難しいのではないかと思います。

パコさんは「ショッピング界のシャーロック・ホームズ」と呼ばれていますが、仮にAIに名探偵ホームズが持つ様々なデータを読み込ませて、ホームズと同じ結論を導き出せるかというと、恐らくムリでしょう。なぜなら、ホームズは膨大な知識を元に様々なデータの相関関係を読み解き、さらに直観を働かせて仮説を導き出しているからです。そして導き出した仮説を容疑者や関係者にぶつけて検証し、真犯人をあぶり出します。

おそらくショッピングの科学も同じです。データを元に仮説を考えて検証するのは人間しかできません。

一方で「ショッピングの科学」の作業の中で、AIやITが代替できることもあります。たとえば従来調査員が手間をかけて行っていた店舗の入店人数や性別・年齢層・店内の導線などの記録作業は、AIが自動的に記録してくれるようになるので、人手が大幅に削減できる可能性があります。おかげで、人間は仮説を考えて検証する作業に集中できるようになります。

このように考えると、AIのおかげでショッピングの科学はさらに進化していくのではないかというのが、私の結論です。

皆様はどのように考えますでしょうか?

  

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朝活永井塾 第56回「ショッピングの科学」を行いました

10月6日は、第56回の朝活・永井塾でした。全国からのご参加をいただき、有り難うございます。

テーマは『ショッピングの科学』でした。

かつて企業は広告を使って消費者に「この商品を買いたい」と思わせ、来店させて売っていました。しかし現代の私たちは、たとえばコンビニや書店になんとなく入って、何となく店内で何を買うか決めています。

 売る側の人たちは、意外なほどこのような客のことを知りません。 この秘密を解明したのが、マーケティング・コンサルタント会社エンバイロセル社の創業者・CEOのパコ・アンダーヒルです。

たとえば彼は、百貨店のネクタイ売場で品定めする客が、他の客に尻を押されると、そこで買い物をやめることを発見しました。そこで、売場を通路から離れた場所に移すと売上は急上昇。同じ現象がさまざまな売場で起こっていました。

売上に悩む店は少なくありませんが、パコ・アンダーヒルは 「ほんの少しの工夫で、店の売上はグンと伸びる」 と言います。彼の会社は全世界でサービスを展開し、『フォーチュン』誌の上位100社の3分の1がクライアントです。 

そんな彼が書いた『なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学』は世界的なベストセラー。海外のMBAでも教科書として使われています。 

副題のショッピングの科学とは、買物客が購入したくなるように店や商品を変える考え方です。彼の会社は企業の依頼を受け、訓練された調査員がさまざまな店で気づかれぬように買物客を尾行し、全行動を記録・分析して、客が商品を買うためのヒントをあぶり出していきます。

マーケティングというと大がかりなマーケティング戦略に目が行きがちです。しかし実際には、現場での実践がビジネスの結果を大きく左右することも多いのです。

そこで今回の朝活永井塾では、下記をテキストにお店での施策を考えていきました。

 『なぜこの店で買ってしまうのか ショッピングの科学』(パコ・アンダーヒル著)

ご参加下さった皆様、有り難うございました。

【プレゼン部分】

またリアルタイムに参加できなかった方々には動画配信をお送りしました。

次回の朝活勉強会「永井塾」は11月10日(水)。

テーマは「失敗の科学と偶然の科学」です。申込みはこちらからどうぞ。

お客様に刺さるマーケティングメッセージは、コミュニケーションから生まれる

一昨日(10月3日)の「永井経営塾ライブ」のテーマは、「マーケティングコミュニケーション」「お客様に刺さるメッセージをいかに作るか」について議論しました。

お客様の心に刺さるメッセージを作るには、「WHAT(何ができるか?)」からではなく「WHY(なぜ必要なのか?)」から語ることが必要です。

例えばジョブスは、2007年にiPhoneを発表した時、こう言いました。

「スマホっていうけど、世の中にあるスマホって大きなキーボードが付いている。全然スマートじゃないよね」(WHY)

「だから、iPhoneを作ったんだ」(WHAT)

MacBook Airを発表した時、こう言いました。

「世の中のノートPCって、薄型ノートっていうけど分厚いよね」(WHAT)

「(封筒から製品を出しながら…)だからMacBook Airを作ったのさ」(WHY)

一方で当日の永井経営塾ライブでは、こんな質問がありました。

『現実の新商品や新サービス発表では往々にして、「はて? この製品のWHYって、何だっけ?」と悩む状況になったりします。こんな場合、どうすればいいのでしょうか?』

これは色々な原因が考えられますが、その一つが、社内コミュニケーション不全です。

製品を開発した人は多くの場合、「こんな問題を解決したい」と考えて製品を開発しています。しかし往々にして大手企業では、製品発表の担当はマーケティング部門や営業部門。その人たちに、製品を開発した人たちのこの強い想いが伝わっていないことが多いのです。(私も製品開発にいた時、よく経験しました)

本来、ジョブスのように、作った本人が影響力を持って製品への深い想いを語り尽くすべきなのでしょう。

しかしあくまで一般的な話ですが、大手家電メーカーでは数十人にチームで役割分体して商品企画、商品開発、テスト、発表、販促、セールスをしています。その結果、「このメッセージじゃないよ〜」ということも、よく起こるのです。

一方で最近は、大手家電メーカーを退職して新興家電メーカーに転じる熟練技術者も増えています。

転職先の新興家電メーカーでは人が少ないので、一人で商品企画→商品開発→テスト→発表→販促→セールスをしたりします。「一人で全部やるの? 大変だ」と思いがちですが、いい点もあります。商品企画時点の想いを、首尾一貫して市場に発信し、お客様に直接語れることです。

これは一つのヒントになると思います。

たとえば現在、湖池屋社長の佐藤章さんは、キリンビバレッジのマーケティング部長時代にFIREなどのヒット商品を量産しました。佐藤さんはチームを徹底して重視し、商品コンセプトからパッケージ、広告までを一手に手掛けました。

大手企業でも、商品チーム内でコミュニケーション重視で常に密接にやり取りすることで、WHY(なぜ必要なのか?)から語れるようになり、その結果、顧客に刺さるメッセージが作れるようになって、マーケティングメッセージ力は格段に上がっていきます。

「WHYから語る」という目的意識を持って、チームでメッセージを首尾一貫して作り込んでいくことが必要なのだと思います。

 

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経営陣が悪い戦略を指示してきた。マネジャーはどうする?

先日のオンラインセミナーで、「良い戦略、悪い戦略」(ルメルト著)をテーマにお話しをところ、こんなご質問をいただきました。

「自社の経営陣が悪い戦略を指示してきた時、現場部門の管理職はどのように行動すればいいのでしょうか?」

講義の時にお答えした内容と、その後に考えたことをまとめたいと思います。

まず良い戦略と悪い戦略について、ザックリご説明します。(講義では数十分かけてご説明したのですが、さわりの部分です)

良い戦略は、単純明快です。非常に複雑で錯綜している状況の中で、1つか2つの決定的要素を見極め、狙いを絞り込んで、全リソースを投入し、首尾一貫した行動で攻めます。

ただ単純明快ですが、考え抜くことが必要です。

ルメルトが良い戦略の例として紹介しているのが、1805年の英国海軍の戦い。この時期、欧州を制覇したフランスのナポレオンは英国侵攻を計画し、英仏海峡で物量に勝るフランス・スペイン艦隊が、英国艦隊と戦うことになりました。この艦隊決戦で英国が負けると、港で待ち構えている35万人のフランス軍が、一気に英国本土に上陸します。

海戦では物量に勝る艦隊が圧倒的有利です。英国、絶体絶命です。

ここで英国海軍のネルソン提督は、従来の艦隊決戦の常識を覆し、「少数の艦隊で敵の真ん中を突き破る」というシンプルな戦略を立てました。「敵の練度は低いし、当日は荒波なので、正確に打てない。先頭は危険だが、被弾は少ないはず」と考え抜いた末の結論です。

結果は、英国艦隊の大勝利。英国は危機を脱しました。ただ、先頭で戦い続けたネルソン提督は銃撃で戦死。亡くなる際に、ネルソンは兵士たちへの感謝の言葉を述べたそうです。ネルソンは英国の歴史上、祖国を救った英雄になりました。

このネルソンの戦略は、良い戦略の代表例です。

一方で悪い戦略は、一言で言うと狙いが絞り込めていません。たとえば、目標と戦略を取り違えている(例:「当社の戦略は売上1兆円達成。皆で頑張りましょう」)。あるいは、重要な問題を無視する(例:各部門に資料を作らせて立派な戦略資料を作ったけど、資料のどこにも問題や解決策が書いていない)。こんな戦略で成功する訳がありません。

そこで冒頭の話に戻ります。ご質問の内容は、「では経営陣が悪い戦略を指示してきたら、どうすればいいのか?」ということです。

まず最もダメな方法は、「そんな戦略、ぜんぜんダメです。こっちの方がいいですよ」というパターン。これでは何も解決しません。その上、お声もかからなくなります。(ちなみにこれ、私が若い頃によくやらかしていたパターンでもあります。今から思えば、とてもイタい奴でした)

経営学者アダム・グラントは、ハーバード・ビジネス・レビュー2021年8月号への寄稿論文「耳を貸さないリーダーに聞く耳を持たせる方法」で、アップルのジョブスを取り上げて一つの解決策を示しています。

ジョブスは頑固で気難しいことで有名です。実はiPhoneについても、何年間も「携帯電話は絶対に作らない」「スマホなんてダサいオタクの持ち物だよ」と言い続けて反対でした。

しかしiPhone開発チームは真正面から衝突しませんでした。その代わり、粘り腰で様々な質問をジョブスに投げかけて、ジョブスが「これはボクのアイデアだ」と思えるように働きかけたのです。

まず反対するジョブスに対して、部下たちは「確かにスマホ、ダサいですよね。でもアップルが携帯電話を作れば、美しく洗練されたものができるんじゃないですか?」と言ったり、「いずれウィンドウズを搭載した携帯電話が登場するのでは?」とジョブスのマイクロソフトへの闘争心を刺激しました。

その一方で秘かに試作品を作ってジョブスにデモしたり、デザインを練り直したりして、少しずつジョブスが賛成するように変えていきました。

一方でアップルが携帯電話ビジネスをするには大きな問題がありました。当時、通信会社が圧倒的に携帯電話メーカーに強い影響力を持っていました。彼らの言いなりになっていると、中途半端な携帯電話しか作れません。

そこでチームメンバーがジョブスにこう問いかけました。
「携帯電話会社に、こちらの希望を飲ませることなんてできますかね」

考えるジョブスに対して、チームリーダーがこのように畳みかけました。
「強力な製品があれば、こちらの言い分を全て相手に認めさせて、問題が一掃できるはずですよ」

iPhone開発チームは、時間をかけて様々な質問をジョブスに投げかけながら、ジョブスが「iPhoneはボクのアイデアで、ボクが育てたんだ」と考えるようにしたのです。ジョブスが強い当事者意識を持てるようにしたわけですね。その後のiPhoneの大成功は、ご存じの通り。

経営陣が悪い戦略を立てた場合でも、「真正面から敵対せずに、様々な質問を投げかけていく」というこの方法は有効だと思います。

必要なのは、忍耐力と強い当事者意識。じっくり時間をかけて、悪い戦略を良い戦略に変えていきたいものです。

 

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チャネル戦略で、大きな差が付く

ある日本を代表するメーカーは、海外進出の販路確保のために数千億円を投資し、海外販社を買収しました。

しかし買収で難しいのが、買収後に買収した会社を自社に統合する作業。全く違う企業文化や社内業務、人事施策を持つ会社が一緒になるのはなかなか難しいものです。

このメーカーは数千億円を投じたものの、買収後の統合が上手くいきませんでした。結果、数千億円を投資したにもかかわらず海外進出は頓挫。会社は大きな損失を出しました。

世の中の買収は「成功確率は半分以下」と言われており、そもそもリスクが高いのです。

しかしここで「自社で販路を持とう」ということに固執するのはやめて、マーケティング発想で「自社で売らずに売上を拡大しよう」と考えれば、新たな可能性が見えてきます。

それは、チャネル戦略を考えること。

たとえば通信機器大手シスコシステムズは、優れたチャネル戦略で成長してきました。

創業直後は直販9割でしたが、付加価値再販業者(VAR)と呼ばれる販売パートナー経由で売上の9割をあげるようになりました。

そのシスコは、当初売上が大きな販売パートナーに対して値引率を高く設定していました。売れば売るほどシスコからの卸値が安くなり儲かるわけです。これでシスコは成長しました。

しかし2001年、ITバブルが崩壊して市場が縮小。同じシスコの販売パートナー同士で、売上を伸ばすために値引き合戦をするようになってしまいました。これってパートナー同士は消耗戦ですし、顧客も一見安くなりますがサポートレベルは下がりかねません。長期的に見てシスコも困ります。

そこでシスコは売上で販売パートナーの値引率を高くするのはやめて、新技術スキルを積極的に獲得する販売パートナーの値引率を高くするようにしました。

この結果、3年後には自社も販売パートナーも業績は回復しました。

シスコは、販売パートナーを育てる優れたチャネル戦略を構築し、常に変革し続けることで業績をあげたわけです。

日本から海外へ進出するメーカーの中にも、進出先で現地に合わせた優れたチャネル戦略を構築し、成果を挙げている会社もあります。

マーケティング戦略の中で、つい疎かになりがちなのがチャネル戦略です。

後回しにされがちな理由の一つは、チャネル戦略には利害関係者が多いためです。

たとえばシスコのように販売パートナーに「これから売上での値引きはやめて、新技術スキル獲得での値引きに変えます」と言ったりすると、販売パートナーから…

「儲けが減るじゃないか!」
「変えられると困るんだよ!」
「これまでのお付き合い、何だったのよ!」

というクレームが殺到しがちです。

そこで問われるのが、顧客価値最大化のために、

「それでもやる!」

という、迎合しない断固たるリーダーシップです。

ちなみにシスコが先に書いたチャネル戦略を変革した時は、販売パートナーの半分がパートナーを辞めてしまいました。しかし3年後、残った販売パートナーの運転資本利益率は3倍増。顧客満足度も大きくアップしました。「顧客の価値最大化」に賛同して新技術に投資したパートナーは利益を大きく上げ、顧客もそのことを高く評価したわけです。

後回しにされがちだからこそ、チャネル戦略はやる気次第で一気に差が付くのです。

明日9月8日(水)の朝活永井塾のテーマは、このチャネル戦略についてです。今回も多くの方々と、このテーマについて一緒に考えていきます。

 

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一番乗りを目指すな。後発を目指せ

多くの起業家は一番乗りを目指します。しかし「これは間違い」という研究があります。

組織心理学者のアダム・グラントは著書「ORIGINALS」で、マーケティング研究者ピーター・ゴールダーとジェラルド・テリスが「先発企業」と「後発企業」を比較した研究を紹介しています。

彼らが30以上のカテゴリーで数百のブランドを分析した結果はこうなりました。

■先発企業は、失敗率が6倍
先発企業…47%
後発企業…8%

■生き残った場合、後発企業の市場占有率は3倍近い
先発企業…10%
後発企業…28%

なんと先発企業は失敗率が後発企業よりも6倍高い上に、生き残ってもシェアも1/3に留まります。

先発企業でも、iPhoneのように大成功することもあります。「iPhoneは大成功した。だから一番乗りがいいんだ」と思いがちです。しかしこの研究が示しているのは、「市場全体を見た場合、確率的に言うと後発の方が圧倒的に有利」ということです。

先発者は未知の分野ですべてを自分で試行錯誤して学ぶ必要がある上に、市場参入時期が早すぎると失敗します。リスクは非常に高いのです。対して後発企業は先発者が試行錯誤した結果を学べます。タイミングも見計らえます。Googleもネット検索で13番目の後発でした。

一番乗りにこだわりすぎると、失敗するということです。
要は「顧客が求めるベスト・タイミングで、他よりも優れていればいい」のです。

「既に先発企業がいるから、この市場は諦めよう」と早々に結論を出さずに、じっくりとその市場を観察することが必要なのです。

 

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「方針を決めた。皆で頑張ろう」は戦略ではありません

時々、こんなトップを見かけます。

「経営陣で戦略を話し合った。2030年の目標を○○○とした。みんなで知恵を出し合って頑張ろう」

えーと。あのー。ちょっと待ってください。
それって戦略って言わないんですけど。

「戦略は明確だ。○○○を達成することだ。あとは現場に頑張ってもらう」

真剣にこう考えているトップをみかけます。
しかし目標設定は、戦略ではありません。
単なる願望です。

戦略とは、その目標をどのように達成するかという方法です。

でもこう言うと…

「それはキミ、明確だよ。2023年には□□□を達成して、2025年には◇◇◇を達成、2028年には◎◎◎、そして2030年には○○○を達成するんだ。しっかり決めているよ」

と真剣な顔をして反論する人もいます。

うーん。これも違います。これは目標を細分化しているだけ。
目標をどのように達成するかは、相変わらず何もありません。

でもこれは目標を細分化しているだけ。
目標をどのように達成するかは、相変わらず何もありません。

問題は、目標と戦略を取り違えていることです。
世の中ではこれを「希望的観測」と呼びます。
「いかに目標を達成するか」をトップが考えずに、部下に丸投げしている状態なのです。

戦略とは具体的で明確なものです。

たとえば、もはや古典的な事例になりましたが、私が在籍していたIBMが破綻寸前に陥っていた時にCEOに就任したガースナーは、戦略を明確に示しました。

ガースナーに与えられた課題は、破綻寸前のIBMを復活させ、成長させることでした。

当時、IBMは大型コンピュータ主体の会社でしたが、世の中の動きについて行けずに低迷していました。当時の圧倒的多数派の意見は「IBMは図体が大きすぎる。解体すべし」でした。これを受けて、IBMも分社化の準備を進めていました。

しかしガースナーはCEO就任前にIBMの大手ユーザー企業のトップでした。彼はこう考えました。

「コンピュータ業界では、ソフト、ハード、データベース、PCなど、様々な分野への細分化が進行中だ。みなバラバラで顧客は困っている。一方でIBMは全分野に通じている。これは顧客にとっていいことだ」

その上で、彼はこう考えました。

「IBMの問題はこの総合的なスキルを活かしてないことだ。むしろ統合化を進めるべきだ。バラバラなIT製品を統合する顧客向けソリューションを提供しよう」

そこでこんな方針を出しました。
「顧客向けにオーダーメイドのソリューションを提供する」

さらにこの方針を実現するために、こんな施策を立てて実行しました。
・既存のハードウェア事業部とは別に、新たサービス事業とソフトウェア事業を立ち上げる。
・従来のIBMのタブーを破って、他社製品も取り扱いを開始する
・これまでの地域別・製品別の組織では世界で展開したい大手顧客を支援できないので、顧客別の組織へ再編する

このように本来の戦略とは、課題を解決するために、具体的で、首尾一貫しており、さらにビジネスの場合は顧客目線であることです。

改めて言うと「方針決めたので皆で頑張ろう」は戦略ではありません。

最近気のせいか、色々なところでますます多く見かけるような気がします。特に政府の発表に多い気がします。

自分たちは気をつけたいものですね。

     

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歴史上の天才的な創作者ほど、駄作が多い理由

史上最高の発明家といえば、エジソンでしょう。1000を超える特許の中には電話・白熱電球・蓄音機・映写機など世界を変えた発明もあります。しかし一方でエジソンの発明の中には、フルーツ保存技術、おしゃべり人形、電子ペンなど世に知られていない発明も実に多いのです。

現代でエジソンに比肩するのは、ジョブスでしょうか。Mac、iPod、iPhone、iPadなどで世の中を大きく変えましたが、ジョブスはGIZMODEが「スティーブジョブス失敗集」という記事で取り上げたように失敗作も実に多いのです。

エジソンやジョブスのような天才といえども、現実には悪いアイデアのオンパレードなのです。

実際に調査すると、ある分野の天才的創作者は他の人よりも必ずしも創作の質が優れているわけではありません。大量に制作しているだけなのです。

天才と称されるモーツァルトは600曲、ベートベンは650曲、バッハは1000曲以上作曲しています。ピカソは絵画1800点・彫刻1200点・陶芸2800点、デッサン12000点を制作しました。シェイクスピアは20年間で37の戯曲と154の短編詩を書きました。

これら膨大な作品の中で、傑作として世に知られているのはごく一部。彼らの多くの作品は、知られていません。

組織心理学者のアダム・グラントは著書『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』の中で、「いいアイデアを生む唯一の方法は、大量生産すること。ともかく沢山作り、大量に失敗することだ」と述べています。

理由は天才といえども自分で作ったモノを正しく評価できないからです。これが「確証バイアス」。作っている本人は、自分が作っているモノの長所ばかりが目に付き、欠点を過小評価してしまうのです。

かく言う私もそうです。おかげさまで拙著は多くの方に読んでいただいていますが、残念ながら私はあまり売れなかった本もたくさん書いています。でも書いている最中はどの本も例外なく、編集者と一緒に「これは、今までで最高の本になる!」といいながら書いています。やはり当事者になると、確証バイアスの罠からは逃れられないのですね。

この確証バイアスの罠から逃れる方法が、沢山作ることなのです。その結果、天才的な創作者は傑作も多いのですが、それ以上に駄作も多くなります。

日々仕事をするビジネスパーソンも同じです。仕事でより多くの挑戦をすれば、失敗の数も増えます。しかし同時に成功の数も増えていきます。

まずは打席に立つこと。そしてバットを振ることです。
バットを振ると必ず空振りの可能性があります。
しかしバットを振らないと、ヒットは出ません。

日々、より多く打席に立ち、より多くバットを振りましょう。

     

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極上コーヒーは障がい者の「強み」から生まれた

美味しいハンドドリップ・コーヒーを淹れるコツがあります。

コーヒーの生豆には、実は虫食いや欠けた生豆が混入しています。これらは渋みやえぐみのもと。これを丹念に取り除いて選び抜いた生豆をロースターで焙煎し、焙煎したコーヒー豆を細かく挽いて、適温のお湯を丁寧に注ぐと、極上のコーヒーが出来上がります。実に様々な手順を経ますが、それぞれの段階に独特のワザが必要になります。

5月18日放映のテレビ東京「ワールド・ビジネス・サテライト」を見ていたら、このコーヒーを美味しく淹れる店の特集がありました。東京・神保町にある「Social Good Roasters千代田」というお店です。

ここは店内で豆を焙煎し、一杯ずつハンドドリップで丁寧にコーヒーを淹れています。お値段は一杯500円から。決して安くありませんが、お客さんからは「苦みや渋みを感じない。凄く素直に飲める。香りがいい」と好評です。

実はこの店で働いているほとんどの従業員には発達障害などがある障がい者です。彼らはここで働きながらコーヒー技術を学んでいます。彼らが作るコーヒーが、とても美味しいのです。

ポイントの一つは、冒頭で紹介した生豆の選別。

生豆に混入している虫食いや欠けた豆などを丁寧に取り除くのが、「ハンドソーティング」という工程。一粒ずつ、見た目だけでなく感触を確認しながら、丁寧に取り除いていきます。ついつい投げ出したくなる作業ですが、一つのモノゴトに徹底的に集中できるのは彼らの強み。ジックリと集中しながら高品質な生豆を選び抜いていきます。

そんな彼らは、この店で一流のバリスタを目指しています。

番組を見て、とても感動しました。

「一つのモノゴトに集中して周りのことが目に入らない」という彼らの特性は、この店ではお客様に高い価値を提供できる大きな強みになっているのです。

よく人の「強み」とか「弱み」といわれますが、これは状況次第。そこにあるのは「その人ならではの特性」でしかないのだと改めて思いました。

「弱点を克服しよう」と考えるのではなく、一見すると弱点に見えるかもしれない自分の特性を「強み」に活かせる居場所を多くの人たちが見つけられれば、人々がより幸せに暮らせる社会になっていくのではないか、と思いました。

 

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私がコンサルティングで、お客様から徹底的に教えていただく理由

   

たまにこんなコンサルタントを見かけます。

『お客さんから「どんな商品が売れるでしょうか?』ってよく聞かれるんですけど、売れるモノがわかっていたらオレ自分で作るよ、って話ですよ。そもそも自分で何やりたいのかわからない人が多いんですよね。いつも「で、どうしたいんですか?」って口から出かかってます』

これはとてももったいない話だな、と思います。

相談されている方は、困っています。必要なのはその人の悩みに寄り添い、一緒に悩み考えながら新しいアイデアを創り出していくことだと思います。

このケースでも、コンサルティングの切り口は、いくらでもあります。

たとえば私が「どんな商品が売れるでしょうか?」という同じご相談を受けた場合、まずお客様からこんなことを教えていただきながら、一緒に考えます。

「あなたは、どんな商品がいいとお考えですか?」
「御社の強みは、何だと思いますか?」
「いまの商品は、どんなお客様に売れていますか?」
「いまの商品で、あなたが想定もしなかったお客様はいますか?その方はどんなお客様ですか?」
「いまの商品で、あなたが想定もしなかった使い方をしているお客様はいますか?そのお客様は、どのように使っていますか?」
「これまで売ってきて、『これは意外だったなぁ』という発見って何かありますか?」

各質問はお客様の知識を引き出すための糸口です。それぞれに対して参考になる成功事例や理論を二重・三重に用意した上で、議論を深めていきます。

その相談をしているお客様しか持っていない知識(暗黙知)や経験、商品知識やお客様に関する知見は、私たちコンサルタントは逆立ちしても絶対に敵いません。中にはお客様ご自身も気付いていない暗黙知もあります。これらは徹底的に尊重して謙虚に教えていただき、できる限り引き出していくべきです。

一方でお客様が持っておらず私たちが持っているのは、様々な問題解決の方法論や、他業界での事例や経験、さらにお客様が知らない人とのコネクションです。

100年前にシュンペーターが喝破したように、イノベーションの本質は既存知と既存知の組合せです。

お客様が持つ現場の知識や経験という既存知と、私たちが持つコンサルタントの知識や経験という既存知を、深いレベルで組み合わせて相乗効果を生むことで、全く新しいイノベーションの種が生まれるのです。

「で、どうしたいの?」と突き放すコンサルタントは、せっかくのチャンスを手放しているように見えて、とてももったいないな、と思います。

 

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サブスクモデルだった火縄銃

火縄銃は、戦国時代の新兵器だ。1543年に種子島に漂着したポルトガル人が火縄銃を売った時は二丁で現在の価格に換算すると1億円。実に高価だった。その後、火縄銃は日本各地で生産されるようになった。

この火縄銃に早い時期から目を付けたのが、堺の新興商人・今井宗久だ。武器商人として、諸国大名に火縄銃を売り歩いて儲けていた。

ある日、今井宗久のもとへ部下が駆け込んできた。

「宗久様、大変ですわ。火縄銃の値下がりで、一丁10万円じゃないと売れまへんわ」

当時、火縄銃の価格は下落の一途。戦国時代中頃になると火縄銃は一丁で60万円。安いものは5万円。大量生産のおかげである。
しかし宗久はのんびりと答えた。

「そやろなぁ。いまどき火縄銃なんて誰でも作れるしな」
「…儲かりまへんがな」
「心配あらへん。ちゃんと手ぇ打っとるがな。火縄銃を使うのに必要なのは、何や?」
「…火薬ですな」
「そや。その火薬な、うちらしか売れへんねん」
「は?なんでですか?」
「火薬は、硝石・木炭・硫黄を調合して作るやろ?硝石は日本にはない。中国からの輸入や。硝石の輸入はな。ウチら堺商人の独占や」
「はぁ。確かにそうでしたな」
「だからウチらは鉄砲を売るだけでのうて、『鉄炮薬』ちゅう火薬商品もセット販売しているわけや」
「先を見てますなぁ」
「それにな。ヨソの鉄砲を買うた御武家さんにも、『鉄炮薬』を売っているんや」
「さすが、宗久様や」
「火縄銃一発の鉄炮薬は、米一升分の値段や。まぁ3000円ってとこやな。火縄銃本体で10万円としてな。34発打てば火縄銃より高くなる計算や」
「34発なんてあっという間や。戦場では湯水のように火縄銃使うし、兵の訓練もありますな」
「そや。火縄銃を使う御武家さんが増えるほど、儲かるっちゅう寸法や」

宗久はお茶をすすりながら、ニヤリとした。

「実はな、火縄銃の価格が下がったのは、えらいチャンスやねん。『鉄炮薬』の使用量も増えるしな。本音言うと火縄銃なんてタダで配ってもええくらいや。ま、いやゆるサブスクモデルってヤツやな。儲けるのはこれからや」

 

【参考文献】
■「火縄銃・大筒・騎馬・鉄甲船の威力」(桐野 作人著、新人物往来社)

 

 

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価値の本質を理解していた信長、理解できなかった秀吉

信長が座敷でくつろいでいると、森蘭丸が入ってきた。

「信長様…」
「なんじゃ、蘭丸。申してみい」
「もはや報償で与える領地がほとんどございませぬ」
「そんなことか。ちゃんと考えておるわ。これじゃ」

信長は傍らにあった小さな茶入れを持つと、手にかざして蘭丸に見せた。

「茶器…でございますか?」
「これ一つで、一国分の価値がある」
「なんと、この小さな茶器で!」
「先日も甲斐を攻略した滝川一益に、関東管領の称号と上野一国をくれてやった。なのに一益め、この銘品を恨めしそうに眺めて『珠光小茄子の方がよかった…』とぬかしよったわ。ま。ちゃんと余の教育が効き始めている、ということだな」
「そう言えば、秀吉様も同じようなことをおっしゃってましたね」
「サルめも『信長様から茶道具をごほうびにいただいた。感激で涙が止まらない』とわざわざ書面にしたためて、寄越してきおった」
「すべては目論見とおり、ということでございますか」
「これも堺の商人とつきあい始めた時に、茶の湯が流行っていることを知ったおかげじゃ。『茶の湯は使えるな。そうだ。茶器を恩賞にしよう』と考えた」
「それで千宗易様もおとり立てを?」
「宗易に茶の湯の儀礼を定めさせた上で、『武将ならば、茶道くらいは常識ぞ』と、名物茶器を使った茶会に余の家臣を招き、しっかり教育してやったわ。余の許可がないと、家臣連中は茶会をひらけないようにしてプレミアム感もしっかり高めてやった。 おかげで家臣や豪商達も、余の歓心を買うためにこぞって茶器をプレゼントするようになった」

カラカラカラと高笑いした信長は、ニヤニヤしながら声をひそめた。

「実はな。ここだけの話だが、名物茶器に明確な基準はない。皆が『いい』と思えば『いい』ということだ。そこで目利きに宗易を取り立てた。宗易が『銘品』と認めれば、あっという間にもの凄い値がつく。ま、宗易も堺の茶人たちも商売人だ。あやつらも権力者の余の威光を使えば何でもできる。茶会も主催して儲けているらしいな。おかげで余も武器をふんだんに調達できる。天下布武ももう目前だ」

信長は銘品『珠光小茄子』を目の高さにかざして眺めながら、ニヤリとした。

「しかしなぁ。南蛮の宣教師連中は『単なる粘土の固まりを貴重なダイヤモンドのように有り難がっているのは、なぜだ?』とまったく理解できないようだ。『お前たちも、もう少し『アート』というものを理解した方がいいぞ』と言ってやったが、まぁ、あやつらの気持ちもわからんではない。確かにこれは、粘土の固まりだ。ふっふっふ」

…その十数年後。
本能寺の変で信長は他界。秀吉が権力を握った。

残念ながら秀吉は、無残なほど価値の本質が理解できずに金の茶室などを作って、千利休は「なんと下品な…。信長様の時代が懐かしい」と眉をひそめたりしていた。

そんな秀吉に目を付けたのが、ルソン(フィルピン)と貿易をしていた商売人の呂宋助左衛門。様々な贈り物を秀吉に献上した。その中の一つに「ルソン壷」があった。

「秀吉様、献上品にございます」
「沢山あるな。ん?この壷はなんじゃ?」
「さすが秀吉様、お目が高い。ルソン壷と申しまして、かの国では高名な名品でございます」
「なるほど、これがあの有名なルソン壷か」
「はい。秀吉様もよくご存じの、そのルソン壷でございます」
「そうだ、大名に競売で売ったらどうだ?オレが主催してやる」

秀吉のお墨付きで、貴重な茶入れとして諸大名が先を争い買い求めた。
しかし限定50個。たちまち少なくなり、あわてて秀吉も3つ買った。

実はこのルソン壷、ルソンの現地ではゴミ入れや骨壷としても使われていたありふれた壷で、助左衛門が50個まとめ買いしたもの。真実を知った大名は激怒。ルソン壷のほとんどがたたき壊された。

秀吉の怒りを事前に察知した助左衛門は、余裕でルソンに高飛びして逃げたという。

【参考文献】
■「大系 日本の歴史 8 天下統一」(小学館)
■「日本歴史展望 第7巻 天下びと信長から秀吉へ」(桑田忠親責任編集、旺文社)
■「江戸300年 大商人の知恵」(童門冬二著、講談社+α新書)

 

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ベストセラーが生まれる仕組みから学ぶ、売れるビジネスの方法

私は有り難いことにベストセラーを何冊か書く機会をいただきましたが、一方で全く売れない本も書いています。実は評価が高くても、必ずしも売れると限りません。これって考えてみれば、不思議です。

「偶然の科学」(ダンカン・ワッツ著)を読んでいたら、その理由がズバリ書かれていました。 結論からいうと、人気作品になるには、作品の質も大事ですが、それ以上に「運とタイミング」が大切だということです。

ワッツは、あるソーシャルネットワークの協力を得て、こんな実験をしました。

まず会員1万4000人を8グループに分類。会員は無名バンドの曲を聴いて採点し、欲しい曲をダウンロードするようにします。この時、曲名とグループ内のダウンロード回数だけ表示されます。8グループが完全に切り離された状態で、各グループ内の曲の順位がどう変わるかを調べたのです。

つまり8つの仮想的な「パラレルワールド」を作り、それぞれの世界の順位変動を比べてみたのです。

順位が品質だけで決まるのならば、どのグループもほぼ同じ順位になるはず。 しかし結果は、グループ毎に順位はバラバラでした。ある時点で人気な曲はさらに人気になり、不人気な曲はさらに不人気になりました。また最高評価の曲でも1位になれない時もあり、最低評価の曲でも健闘することもありました。ちなみに高評価な曲は、低評価な曲よりも平均して順位が上でした。

これは、肌感覚にとても近い結果ではないでしょうか。

当初のわずかな優位の差が、時間経過で大きく拡がる状況を「累積的優位性」といいます。ワッツの実験でわかるのは、人気の差はわずかな人気のバラツキによる累積的優位性で決まるということです。

モノゴトの結果は一つの要因では決まりません。たとえばベストセラーを生むには、できる限り高品質の本を書くことは大前提。その上で、偶然と小さい行動の積み重ねと個々の相互作用により結果が決まります。

つまり運とタイミングが重要なのです。

現実の社会でも、最初の小さなランダムな変動が次第に大きくなり、長期的に大きな変動をもたらします。中国で蝶が羽ばたくと、海の彼方でハリケーンが発生するという、カオス理論の「バラフライ効果」にも通じる現象が起こるのです。
しかし人は、この「運とタイミング」をなかなか認められません。今があるのは「何らかの必然」と思い込んでしまいます。これは心理学者が「遅い決定論」と呼ぶ傾向です。

さらに「以前から結果はわかっていた」と考える「あと知恵バイアス」もあります。 ワッツは著書で、ある心理学者が実験で被験者に未来を予測させ、結果が出た後に再び面談した結果を紹介しています。多くの被験者は決まって、当たった予測は「自信があった」、外れた予測は「自信はなかった」と語りました。当たった結果だけは「前から分かっていた」とあと知恵で思い込むのです。

何かに成功した人が「私が成功した理由は、○○○と□□□だ」と語ることがありますが、これも「遅い決定論」と「あと知恵バイアス」の産物です。

このように私たちがなかなか過去を正しく評価できないのであれば、どうすればいいのでしょうか?

ワッツは「測定と対応に専念せよ」と提唱しています。

ファッション業界では流行を予測しますが、外れることも少なくありません。そんな中で、ZARAは流行予測を一切せず、「測定と対応」に専念しています。
繁華街など人が集まる場所に調査員を送り、人々が着ているものを観察させ、何が受けるか案を大量に出し、様々な色、生地、スタイルの商品を少量生産し店に届けて何が売れ何が売れないかを測定し、この情報を元に売れる商品の製造を拡大します。新しい衣料のデザインから全世界販売まで2週間で出来る仕組みを構築しています。

現代のビジネスでは、何が起こっているのかを察知し、即対応できることがますます求められているのです。

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情報コレクターを卒業し、時間を武器にせよ

仕事の成果をわけるのは、意志決定です。

そこで多くのビジネスパーソンは「意志決定を間違いなく行うには、情報は多いほどいい」と考えて大量の情報をかき集めます。そして問題を見つけると、さらに答えを求めて情報を集めます。

ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の元日本代表であり、早稲田大学ビジネススクール教授の内田和成先生は、著書「仮説思考」で「経営陣から現場のビジネスパーソンまでが情報コレクターになっている」と述べています。

この方法でいくら一生懸命に頑張っても、なかなか答えが出ません。
そして時間切れで、手遅れになります。
現代は時間勝負。これでは致命傷です。

過度に頑張らなくても意志決定スピードを上げれば、ビジネスのスピードは一気に加速します。そのための方法はいくつかあります。

数十個の選択肢があれば、そのうち最も正解に近いと思われる2−3個を「答え」と仮説を立てて、検証する「仮説思考」もその一つ。

鍛錬を重ねた剣の達人は、相手の刹那の気配(観察)で攻撃を察知(情勢判断)し、瞬時に抜刀し相手を斬ります(行動)。この動きを組織でも行えるように、社員同士の以心伝心と阿吽の呼吸を重視して、「個の力」を「組織の力」に変える「OODAループ」もその一つ。

戦いで何よりも大事なのは、「スピード」、つまり時間を制すること。スピードがあれば圧倒的に強い敵にも勝てます。いまや時間はヒトモノカネにつぐ第四の経営資源なのです。

「時間」という経営資源はますます希少になります。
時間を武器にできる方法論を、組織に定着させていくことが必要なのだと思います。

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失敗の凄い力「累積淘汰」

進化生物学者リチャード・ドーキンスは著書「盲目の時計職人」で、こんな例を紹介しています。

猿がランダムにタイプライターの鍵盤を打ちシェイクスピアのハムレットの”Methinks it is like a weasel”という一節(28文字)を打ち出すにはどれ位の時間がかかるでしょうか?

この時間は計算可能です。
鍵盤の文字数は英字26文字と空白1文字の計27文字。鍵盤を28回ランダムに叩くと、27の28乗(=およそ10の40乗)の組合せができます。つまり10の40乗の組合せの中で、1つだけが正解になります。

猿が鍵盤を叩くのは遅いので、代わりに毎秒44京回の計算ができる世界最速スーパーコンピューター「富嶽」を使って鍵盤を叩くのを超高速シミュレーションしてみても、宇宙誕生から現代までの時間138億年をさらに1億倍した膨大な時間が必要です。

ここでドーキンスは累積淘汰の仕組みを応用してみました。
まず猿が打つようなランダムな文章をパソコンで自動的に生成するプログラムを作成しました。ここで一工夫。プログラムでランダムに文章を作るたびに毎回チェックし、目標の一節に少しでも近いものだけ選び、残りは排除。残った文章にランダムな変化を加え続けてチェック…という作業を続けたのです。

第1世代の文章は、WDLTMNLT DTJBKWIRZREZLMQCO P
全く意味不明です。

第10世代の文章は、MDLDMNLS ITJISWHRZREZ MECS P
まだまだ意味不明。

第20世代の文章は、MELDINLS IT ISWPRKE Z WECSEL
やや似てきました。

第30世代の文章は、METHINGS IT ISWLIKE B WECSEL
だいぶ似てきたました。

第43世代の文章は、METHINKS IT IS LIKE A WEASEL
ここで一致しました。

ドーキンスが使ったのは1980年代の旧式パソコンとBASICという古いソフトですが、結果はわずか30分で出ました。

こんなに速く完成できたのは、各世代毎に行った選択を記憶させ、次世代へ、また次世代へと繋いでいく「累積淘汰」の仕組みを組み込んだからです。

生命が単細胞から複雑な人類に進化したのも、累積淘汰のおかげといわれています。突然変異で様々な個体が生まれ、その中から環境に合う強い個体が自然淘汰で残る、という選択のプロセスを積み重ね、まるで知性がある創造主が作ったかのように生命は急速に進化したのです。

この累積淘汰のカギが、「失敗して、その結果から学びを蓄積すること」なのです。

人間社会も同じです。映画「ハドソン川の奇跡」は、ニューヨーク上空でトラブルに見舞われた航空機がハドソン川に不時着水し、乗員乗客全員が無事に生還した実話です。トム・ハンクスが演じる主人公のモデルになった機長は、こう語っています。

「我々が身につけたすべての航空知識、ルール、操作技術は、どこかで誰かが命を落としたために学ぶことができたものばかりだ」

失敗から学び続けることで、長い時間で見ると実に大きな差が生まれるのです。

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アマゾン、大丈夫でしょうか?

私はネットでモノを買う場合、ほとんどアマゾンを使っています。理由はいろいろです。まずアマゾンプライム会員なので、配送料無料。万が一の場合、返品は実に簡単。加えてほとんどの商品は、アマゾンで探せば大抵は見つかります。

「顧客努力」という概念があります。現代の顧客は極度の「面倒くさがり屋」です。注文で商品が見つからない、返品に手間がかかる、というように「顧客努力」が必要な顧客体験は、顧客ロイヤルティを一気に下げます。その結果、顧客はライバルに逃げるのです。

アマゾンはこの「顧客努力を最小限にする」という顧客体験に徹底的に拘って、長年努力を続けてきた結果、ネット通販で世界最強になりました。

しかし最近、気になることもあります。

先日、私はKey Lightという商品を探していました。Web会議などで使える高品質な照明で、米国では人気です。

日本のアマゾンサイトで”Key Light”で検索すると、似たような商品が沢山表示されました。1つずつ調べましたがどれもKey Lightではなく、中には怪しい中国製もありました。この確認って、とても手間がかかりますよね。

かつての顧客体験を重視するアマゾンならば、即「お探しの商品はありません」と表示されていました。

最近のアマゾンは、こんな体験が続いています。私は一部の商品はMonotaROで買うようになりました。MonotaROでは全て1社で商品を提供しているので、安心だからです。

このようにアマゾンで探している商品が見つからないことが起こるのは「アマゾン広告」のためです。アマゾンは商品を売りたい販売主のために、有償広告を出しているのです。

米国のある調査によると、2020年のアマゾン広告売上は130億ドル(1.5兆円)。対前年度で23.5%成長したと見られています。これは数兆円規模の高成長事業が次々と立ち上がるアマゾンの勢いを感じさせます。

一方で、これまでアマゾンは顧客体験を愚直に徹底的に追求し続ける企業でした。アマゾンのビジネスの中核は「顧客体験」なのです。

折しも創業者ジェフ・ベゾスがCEOを退任します。

アマゾンはもの凄い勢いがあるので、当面は成長が続くでしょう。しかし長期的に成長が続くか否か、ベゾス退任後も「顧客体験を徹底的に追求し続ける企業」であり続けるか否かにかかっていると思います。

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会社のビジョンは、トップが作っても動かない

私たちは「会社のビジョンはトップが作り、社員に申し伝えるもの」と思いがちです。

しかし現実には、「トップが時間をかけて作ったビジョンが、現場社員にまったく知られておらず、実行もされない」ということも多いですよね。

ピーター・センゲは世界的に読まれている名著「学習する組織」の中で、「ビジョンはトップが作って申し伝えるものという先入観は、捨てるべき」と言っています。

低迷するIBMのCEOに就任したガースナーは、IBMをコンピューターメーカーからサービス企業へ変革しました。サービス変革ビジョンが作られたきっかけは、ガースナーと社員との対話から生まれました。ガースナーは著書「巨象は踊る」で、その時のことを書いています。

IBMサービス変革のビジョンは、当時IBMの100%子会社だったISSC社の責任者だったデニー・ウェルシュの構想が元になっています。

ウェルシュは筋金入りのIBM社員でした。彼は子会社トップとして、顧客のITシステム構築からアーキテクチャーの決定、管理運用まで全て引き受ける企業を思い描いていました。「顧客にとって必要ならば、ライバル社の製品も採用すべき」との考えでした。

このウェルシュが描くビジョンは、ガースナーがIBMの顧客時代にまさに求めていたものだったのです。ガースナーはアメックスやナビスコなどの社長としてIBMユーザーでした。

一方でウェルシュは、IBMの企業文化の中でこのビジョンを実現する際の課題も把握していました。

ライバル製品を採用して保守も行うという文化は、当時自前主義を貫いていたIBMの文化とは相容れないものでした。さらにサービス部隊を営業部隊から切り離す必要もありました。営業部隊は、他社製品を少しでも販売する可能性があるサービス担当者が自分たちの顧客に接触するのを許さないからです。

またサービスの事業構造は、製品事業と全く違いました。大型のアウトソーシング契約では、初年度は開発費がかさんで赤字になります。売ればすぐ利益が出る製品事業とは全く異なり、営業の報酬制度や財務管理も大きく変える必要があります。

IBMのサービス変革は、子会社の独立した立場で独自のビジョンを持ち、小規模ながらもIBM社内でビジネスを展開して、サービスビジネスの本質を把握していたウェルシュの構想から始まったのです。

ちょうどこの時期、私はIBM社員でした。当時ガースナーがIBM全社員に送った「ISSCの取り組みは、IBMをサービス企業へ変革する可能性がある」と綴ったメールを読んだことを、今も覚えています。

このように企業を動かし社員に共有されるビジョンは、社員個人のビジョンとの相互作用から生まれるものなのです。

「それはIBMだからできたんでしょ」といわれるかもしれませんが、当時のIBMは、実に複雑な組織でした。たいていの日本企業は、当時のIBMほど複雑ではないと思います。

トップと現場社員が自由闊達に話し合い、地に足がついたビジョンを創り上げたいものです。

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2021年、サービスマーケティングが一気に拡がる

サービスには、コアサービスと補完的サービスがある

今年は、昨年来のコロナ禍の影響が本格的に様々なビジネスシーンに浸透し、サービスマーケティングの考え方が一気に拡がると思います。

サービスマーケティングでは、サービスを「コアサービス」と「補完的サービス」に分かけて考えます。 レストランにたとえてみましょう。

「コアサービス」とは、サービスを提供する際に不可欠なもの。レストランだと「食事」です。
「補完的サービス」とは、サービス提供に伴い補完的に発生するもの。レストランだとワイン、会計、予約、ウェイターなどです。最近はテイクアウトや宅配もありますよね。

競争が激しくなるとコアサービスは次第に似てきます。ここで差別化するのは難しくなります。レストランも、食事だけでは差別化がだんだん難しくなりますよね。

そこで補完的サービスによる差別化が必要になります。予約しやすくしたり、最近ではテイクアウトや宅配サービスで売上を確保するレストランも増えています。

補完的サービスは情報系の業務が多いので、ITを活用することで効率化が図れます。

サービスはITで大きく変わる

たとえばWeb経由で予約や受付ができれば、顧客にとっても楽だし、受付業務も効率化できます。私の家の近所にある耳鼻科では随分と前からWeb受付を始めていました。待ち順番もわかり、ムダな待ち時間もなくなるので、私はいつもこの耳鼻科に通っています。

一方でコアサービスは、多くの場合、物的設備が必要でした。しかしコロナ禍でデジタル化が一気に進み、ここでもIT活用が可能になりました。

たとえばレストランはお店があることが大前提でした。しかしウーバーイーツや出前館が普及したことで、宅配前提・キッチン施設だけで客席を持たないゴーストレストランが急増しています。

また講演・研修も会場で行うことが前提ですが、これも変わってきました。

たとえば朝活永井塾は、4年前に御成門近くで早朝7時から使える貸し会議室を見つけて「ここなら早朝から1時間を確保し、出勤途中に立ち寄っていただいて朝活できる」と考えたことがきっかけで、始めました。しかしコロナ禍で対面ができなくなり、Zoomに切り替えました。このおかげで全国から参加できるようになり、参加者が増えました。さらに昨年末にご案内した永井経営塾ではこれをさらに進め、月定額・完全オンライン化を実現しました。

このようにコロナ禍で進んだデジタル化は、サービスを提供するにあたって、大きな利便性も生み出しました。恐らくコロナ前の状態には戻らないと思います。

今年は、デジタル化によりサービスマーケティングが一気に拡がっていく年になると思います。

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いま、もの凄いチャンスがやって来ている

コロナの変異種拡大で往来制限がかかり、GOTOキャンペーンが禁止されるなど、年末に来て再び閉塞感が強まっています。資金繰りなど、厳しい状況の方もおられると思います。

一方でこんな時こそ、大きな新規事業のチャンスでもあります。

新規事業を成功させるポイントは…

①顧客が困っている課題があること
②他の誰も、まだその解決策を提供していないこと

①と②が何かを考え抜くことで、新規事業のタネを見つけることができ、「あるべき姿」を実現して困っている人達を助けることができます。これらは皆が困っている状況だとよく見えます。逆に万事順調な状況だと、なかなか見えません。

言い換えれば、皆が困っている状況は時代の大きな転換点でもあります。

さらに新規事業を成功させるには、

③今の「コンフォートゾーン」(心地よい状況)を脱し、
④新たなテクノロジーを活用すること

です。

コロナ禍で、私たちは「コンフォートゾーン」から否応なく叩き出されました。 一方でデジタル技術活用も一気に進みました。

10年後、「あのコロナ禍は苦しかったけど、それまで想像もしなかった新しいモノが沢山生まれた時期でもあった」と振り返るようになると思います。

その新しいモノを、自分たちで生み出すか?
あるいは他の人が生み出すのを見ているのか?
それを決めるのが、今のタイミングだと思います。

実は先週来ご案内している「永井経営塾」も、このように考えた新しい挑戦です。リアル対面講演・研修が出来なくなった一方で、オンライン会議が当たり前になったことでこのやり方が可能になり、Kadokawaさんとの協業で進めています。MBA必読書50冊シリーズを皆様の読んでいただいているベストタイミングで企画できたと思いますので、何とか成功させたいと思っています。

実に苦しい時期ですが、よく見ると、いまもの凄いチャンスがやって来ています。一緒に頑張って、この苦しい時期を乗り切りましょう。


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売れるヒントは、そこにある

「売れるヒントが見つからない」
「ウチの強みを活かせないか」

…と悩む人、多いですよね。

ヒントは私たちのすぐ身近にあります。

アート引越センターの創業のきっかけも、身近な観察でした。今年9月、日本経済新聞「私の履歴書」で、アート引越センター創業者の寺田千代乃さんがその時のことを書いています。

1970年代前半、日本はオイルショックの不況の真っ直中でした。
当時寺尾さんの会社は、アルミ製の箱車でオムロンの精密機器輸送の下請けをしていましたが、仕事は減る一方でした。

ある日、家族で車に乗って走っていると、夕立が来ました。道に止まっていたトラックから運転手が降りて、急いでシートをかけています。荷台にあるのは引っ越し荷物のようで、少し濡れています。そこで気がつきました。

「ウチのトラックはアルミ箱車なので、荷物は濡れない。オムロンの仕事は平日限定。引っ越しは週末だから箱車は使える」

ちょうどその頃、新聞で「引っ越し貧乏」という見出しの記事がありました。大阪だけで引っ越しで100億円の出費があることがわかりました。住民基本台帳人口移動報告というデータで調べると、市町村をまたいで移動する人は年間800万人います。

実に多くの人が引っ越ししています。鉱脈を探り当てたのですね。

そこで新たに引っ越し事業を始めました。

当時はスマホがないので、引っ越ししたい人は電話帳で引っ越しを調べます。
そこで電話帳で最初に乗る名前を考えました。 50音順ではひらがなよりカタカナ、文字より「ー」(長音)が先に載ると分かりました。

そこで「アー」で始まる社名を考え、「アート引っ越しセンター」になりました。

その後、「荷造りご無用〜0123」のアート引越センターの躍進は、ご存じの通りです。

会社目線を一旦外して、消費者目線で日常を見てみると、消費者の「お困りごと」は意外と見つかるものです。

たとえばニューヨークのレストランでは屋外で食事が推奨されていますが、ニューヨークは極寒。夜に野外で食事なんてツライですよね。そこである日本食レストランでは、屋外にコタツを並べています。これがニューヨーカーには大人気で予約待ちだそうです。

いま、コロナ禍で「お困りごと」が急増しています。そんな時こそ、自分たちの強みを活かして解決策を考え、新規事業を立ち上げるチャンスなのです。


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「成長よりも生き残り」のセコマから学ぶ新たな企業のあり方

コロナ禍で多くの企業が苦しんでいます。
日本では急速に少子高齢化が進み、環境問題もそろそろ本当にヤバイ状況です。

こんな中、我々はどうすればいいのか?

そのヒントがありました。日経ビジネス2020.12.07号冒頭にある、北海道のコンビニチェーン・セイコーマート(セコマ)の丸谷智保会長へのインタビュー記事です。

セコマは商圏人口900人の過疎地(しかも4割が購買力が小さい高齢者)にも出店しています。こんな地域で店が成立するのは、他に店がなく同じ人が毎日何度も会に来るからです。当然店の利益率はギリギリのところもありますが、丸谷会長は「過疎地では収支トントンで十分」と考えています。

—(以下、抜粋)–

そこに住む人の生活を守らなければ、(農業/林業/水産業などの)生産空間も守られなくなります。「地域おこしよりもまず地域残し」といつも言っているのですが、サステナブルな体制をつくることで地域を残さないと、地域振興のローカルプロモーションもできなくなります。

だから店が必要とされているならば、できる限り応えたい。そのためには要するに赤字にならければいいのです。

…どんなときも地域のため、お客様のためを最優先していれば、商売は続けられると私は考えています。

—(以上、抜粋)—

過疎化が急速に進む北海道で、いまやセコマはなくてはならない生活インフラとなっています。

今後も、想定外の大変動はますます増えていきます。
世界全体で豊かになった21世紀は、20世紀のような経済成長は見込めません。

こんな時代こそ、「成長よりも生き残ること」が何よりも大切です。

「お客様のため」を最優先し、北海道に特化して地域の顧客に密着するセコマは、地域の顧客にとって必要不可欠の存在になっています。

セコマは「21世紀にあるべき企業は何か」という問いに、一つの答えを示していると思います。

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10〜20年前に学んだマーケティングの多くは、既に古い


「マーケティングを20年以上やっている」という人、多いのではないでしょうか? かくいう私もそんな一人です。

しかし10〜20年前のマーケティングの常識は、現代では古くなっているものが少なくありません。たとえば、多くのマーケターの常識は…

・顧客ターゲットを絞り込め。マスマーケティングは大量生産大量販売時代の遺物。
・ご贔屓の得意客を大切にして、顧客生涯価値を最大化せよ。
・マーケティングはSTP+4Pで考えろ。

しかしこの通りにしても上手くいかない経験をしている人も多いと思います。

たとえば顧客ターゲットを絞り込んで「全然売れない」…よくありがちですよね。これは知らない間に大きな機会損失をしているのです。むしろ商品やサービスの性格をカッチリと決め、目立たせた上で、顧客に併せてきめ細かくカスタマイズして「いつでも誰にでも販売します」という戦略の方が成功します。(これは11月10日の当ブログでも書きました)

また行きつけの店があっても、もっといい店が出来れば店を変える人は多いと思います。お客様も同じです。「むしろ非顧客層やライトユーザーを含む幅広い顧客にアプローチすることで、成功確率は高まる」という考え方も生まれています。

また、今一番マーケティングでホットなのはサービスマーケティングです。実はこの分野は米国も追いついておらず、北欧が一番進んでいます。このサービスマーケティングでは、マーケティングミックスを4Pでなく8Pで考えます。

またコトラーが提唱するマーケティング3.0では、いまやSTP+4Pだけで考えても消費者は買わない時代なので、社会課題を考えようとします。SDGsやCSVもこの流れにあります。

時代がもの凄い勢いで変わっているので、マーケティングも進化し続けています。結果、ほんの10年でマーケティングの考え方も陳腐化します。ちなみにコトラーは来年「マーケティング5.0」という本を出すそうです。コトラー先生、速過ぎ…。

ただし現行理論は必ずしも完全に否定されません。
多くの場合は、現行理論は新理論に吸収されていきます。
世の中は弁証法的な議論を通じて、進化を続けているのです。

だから現状に安住せずに、最新理論を常に学び続けて活用すれば、半歩先んじて勝てるようになります。

これはこれから新たにマーケティングを学ぶ人にとっては、むしろ大きなチャンスだと思います。

逆に考えると、影響力が大きいマーケティングのベテランほど最新理論を学ぶ必要があるのかもしれませんね。


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「はじめに」を書くのは最初?最後?

ビジネス書編集者でこうおっしゃる方が、意外とおられるようです。

「まず企画段階で、著者に『はじめに』を書いてもらいます」

うう…。私は真っ先に落とされそうです…。
というのは、私が『はじめに』を書くのはいつも最後の最後なので。

今月出版した「MBAマーケティング必読書50冊」もそうでした。 「はじめに」を書いたのは、50冊分の紹介を全て書き終え、「おわりに」も書き終えた後。 しかも何回も書き直しました。

今回の「はじめに」は合計4ページ。
後半2ページは2〜3回の書き直しでほぼ固まりました。
大変だったのが、最初の2ページ。ゼロから書き直すこと5〜6回。それでも決まらず、バージョンを2つに絞り込み編集者と何回も打ち合わせ。

「ヤバイ。決まらない。見切り発車か?」

…なんて考えも頭をよぎりつつ、また書き直し。

最後の文章は、第三校の校了時(3回目の校正を完了して、印刷機を回す直前)に決まりました。 快く「納得いくまで時間をかけてください」とおっしゃっていただいた編集の皆様には深く感謝です。

なぜこんなに「はじめに」で時間をかけるかというと、ビジネス書の場合、「はじめに」の出来次第で売れ行きが大きく左右されるからです。

書店で観察していると、店内をブラブラと歩くお客さんはこんな感じで本を選んでいます。

①面白そうな本を見つけて、手に取る→表紙やタイトルで判断
②パラパラとめくり「本の感じ」を見る→面白そうか否か、印象で判断
③「はじめに」にサーッと目を通す→著者と自分との相性を判断
④最初の十数ページにサーッと目を通す→本当に読み通せるか、面白いかを判断
⑤納得すると、レジに持っていく→ここでお買い上げ

つまり「はじめに」で本のエッセンスを訴求しないと③の試験をパスできず、落第(=買われない)です。

難しいのは、当たり前のことを書いてもスルーされると言うこと。

「マーケティングは重要です。皆さん学びましょう」

「はじめに」にこんなことを書いても、「当たり前だろ。おととい来やがれ」と言われるのがオチです。(もちろん皆さんは、こんな下品な言葉は絶対に口に出しませんが(笑))

ではどうするか?
「単純明快、意外性があり、具体的で、信頼でき、感情に訴求する物語」をわかりやすく訴求することが必要なのです。

ですのでいつも全てを書き上げた後に、本の内容を踏まえ、四苦八苦しながら「はじめに」を書き上げます。

今月出版した「MBAマーケティング必読書50冊」の「はじめに」も、そうして書き上げました。

果たして、狙い通りになったでしょうか?
発売から10日が過ぎて、読者の皆様からの声をドキドキしながら待っている所です。

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「デジタルって何?」というDX先進企業ニトリの似鳥会長

先週は、毎年参加している世界経営者会議でした。
世界のトップ企業の経営者が何を考えているか、生の声で聞くことができる貴重な場です。

ニトリの似鳥昭雄会長が登壇した時のこと。今回は2部構成でした。

第1部は、一橋大学の楠木健先生との対談。
ニトリはコロナ禍でも成長を続けています。要因の1つが、製造と小売に加え物流・貿易を連携させていること。ニトリの商品は95%が海外生産で、国内に届くまで2-3ヶ月分かかります。コンテナ量は年間17万個と日本一の規模で、大型荷物ではヤマト運輸に次ぐ規模です。そこで物流センターを自社で持ち、倉庫オペレーションに投資してきました。

加えてECにも投資。ニトリのアプリユーザーは通常の2倍買うので、アプリの年内目標は700万ユーザー、将来的にアプリ売上1000億円を目指しています。アプリユーザーの7-8割は店とアプリを使い分けています。

ニトリはこのように生産から顧客に届けるまで、デジタルで一気通貫のシステムを構築しています。まさにDXの先進企業ですね。

第2部は、日本経済新聞社 編集委員兼論説委員の中村直文さんとの対談。似鳥会長と中村さんは取材を通じて昔から既知の仲のようで、対談はリラックスした雰囲気でした。

冒頭、中村さんが『視聴者から「DX移行で一番大切なことは何ですか?」という質問が来ていますが…?』と似鳥会長に尋ねたときのこと。

なんと似鳥会長はこう答えました。

『DX?なにそれ?「デジタルなんとか」って、横文字言葉は難しくてよくわからないんだよ』

そしてこう続けました。

『よくわからないけど、お客様にとって何が大切なのかを考えることですよ。自分の立場に居続けると、お客様の立場で考えるのは難しいですね』

お話しを聞いていて、まさに「我が意を得たり」と思いました。

まさに昨今のDX狂想曲の中で見失われているDXの本質を見たからです。(ちなみにDXとは「デジタル・トランスフォーメーション」の略です。世の中では色々な形で定義されていますが、要は「テクノロジーを使って企業の経営のあり方を根底から変化させること」という意味です)

あたかもDXを魔法のように祭り上げる風潮に、私は危うさを感じていました。

DXはあくまでも手段です。

本来必要なことは、お客様にどんな価値を提供すべきなのかを徹底的に考え抜くこと。
そのための手段として、デジタル化が最も優れた手段ならば、活用する。
最初に考えるべきはDXではなく、「お客様にどんな価値をどのように提供すべきか」だと思います。

「デジタルなんとかって、よくわからないだよ」という似鳥会長こそが、DXの本質を掴んでおられると思った次第です。

 

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マーケティング理論は、進化し続けていく

今週「MBAマーケティング必読書50冊を1冊にまとめてみた」を出版しますが、執筆して身に染みて実感したのは、マーケティング理論が常に進化し続けていると言うことです。

たとえばマーケティングの世界では、かつてマスマーケティングが王道でした。

しかし消費者が洗練されてくるとマスマーケティングは廃れ、「顧客を絞り込め」と言われるようになり、ターゲットマーケティングが主流になっていきました。

現代ではこれがさらに見直され、マスマーケティングに回帰しつつあります。しかしかつてのマスマーケティングからは一段進化しているのです。

元々ターゲットマーケティングの発想は、こうでした。

マス市場は、単一のマーケティングミックス(4P)を展開するマスマーケティングでは攻略できない。
だからマス市場は狙わず、顧客を絞り込む。

しかし現代のマスマーケティングは、こう考えます。

マス市場を、きめ細やかなマーケティングミックス(4P)を駆使したマスマーケティングにより攻略していく。

たとえばUSJはかつて「映画のテーマパーク」というポジショニングでしたが、ファン層は大人の独身女性が中心でした。ターゲット顧客を絞り込み過ぎて集客は伸びず、低迷していました。

そこでポジショニングを「世界最高のエンターテイメントを集めたセレクトショップ」に変え、逆向きジェットコースターでスリルシーカーを集客、さらにファミリー客、ハロウィーン客、加えてハリーポッター、マリオ、ポケモン、ワンピースなどで多くの顧客を集め、復活しました。

このように現代のマスマーケティングは、

・細やかな商品・サービス
・細やかなチャネル
・細やかな販促
・細やかなプライシング

つまりターゲッティングは塩味のようにほんの少しに留め、「いつでも誰にでも販売」という戦略を展開しています。あえて顧客は絞り込まず、マスの様々な顧客にあの手この手で働きかけていくのです。

 

世界は変化し続けているので、このようにマーケティング理論も進化し続けています。

勝負は多くの場合、ほんの半歩の差で決まります。
新たな理論を知り活用できれば、敵に半歩先んじることができ、10回戦って9回勝てるようになります。
最新マーケティング理論を学び使えるようにする意味は、ここにあると思います。

「不易と流行」という言葉がありますが、「MBAマーケティング必読書50冊を1冊にまとめてみた」では、昔から変わらない定番書ともいえる「不易」と、新たな時代にあわせて登場した最新理論の「流行」が学べるマーケティング良書50冊を厳選しました。

本書はこの方針に沿ってわかりやすく仕事で活用できるようにするために、昨年11月から書き始めて、完成まで丸1年間かかりました。
ぜひ多くの方々に役立てて欲しいと願っています。

 

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テーマ設定で、戦略の99%が決まる

様々な戦略立案に関わってきて実感するのは、「どんなテーマに取り組むのか」で、その後の戦略の成否がほぼ決まると言うことです。

いいテーマを設定できたときは、その後の戦略策定→戦略実施がサクサクと進み、狙い通りの成果が出ます。これが「筋がいい戦略」です。

しかしテーマ設定の筋が悪いと、戦略策定に苦しみ、戦略実施も苦しむ上に、成果がなかなか出ません。これが「筋が悪い戦略」です。

このテーマ設定で重要なのが、「問題意識」です。

いま、どんな問題に直面しているのか?
いまの状況は、どうあるべきなのか?
あるべき姿になっていない本当の原因は、どこにあるのか?
その原因は、どのようにすれば解決できるのか?

これらを考え抜くことで、よい戦略が策定でき、スムーズに実施策に展開でき、サクサクと実行して成果を上げることができます。

言い換えれば、よいテーマを設定するためには、自分自身が抱えている課題を明確にすることです。

いま自分自身が抱えている課題が、戦略の成否を決めるのです。

 

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ほとんどの人は少しの手間を惜しみ、読書で損している

人は自分の体験から、様々な学びを得ます。
しかし体験できる量には、限界があります。そこで役立つのが読書です。

読書による仮想体験は、自分の直接体験と比べて質は劣りますが、限られた時間内で圧倒的な量の学びを得られます。

「学び」という点で、読書は時間当たりのコスパはかなり高い投資です。

読書の学びは、ちょっとしたことで最大化できます。
心理学者アドラーは著書「本を読む本」という本で、そのヒントを紹介しています。一部を引用します。

「ドライブに行くまえに道路地図を調べるようなつもりで、目次を見るとよい。たいていの人は必要に迫られるまで目次を一瞥すらしないのはあきれる」(p.41)

「著者は読者にこれから読む本の種類をわかってもらうことが大切だと考えている。だからこそ手間をいとわず序文を書いたり、表題や目次にくふうを凝らす」(p.73)

私も本を書く時は、目次や序文、さらにタイトルや表紙の帯などは、編集者と相談しながらかなり時間をかけて作り込んでいます。

これらは本当に読んでいただきたい読者に本を届けるためのメッセージなのです。

しかし、目次や序文をあまりチェックせずに本を読み始める人は多いのではないでしょうか?
これらを見ないのは貴重な自分の時間をドブに捨てているようなものです。

私は本を読む際には、序文や目次、あとがきなどをかなり細かくチェックした上で、読み始めるようにしています。
ネット上の書評などもチェックします。ただネット上の書評は、本の内容を正確に紹介せずに思い込みで書いている場合も決して少なくないので、「信頼性は6−7割位だろう」と思いながらチェックしています。

しかしそれでも読み始めて「でもなんか違う」と思うことがあります。
その場合は、その時点でそれ以上読むのは止めます。
読書は自分のかけがえのない時間を使います。
時間を使って読んでも得られるものが少なければ、その時間とかける労力はムダになってしまいます。

「読書は時間投資」という意識は、大切だと思います。

 

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