新商品開発は、大きい市場は捨てて、”弱いシグナル”を感じ取れ

多くの企業は新商品開発で、大きな市場を狙い、その市場で勝とうとします。

「大きな市場には、多くのお客様がいるし、お金も使っている。だからチャンスも大きい」というわけです。

しかし大きな市場にはライバルもいます。
市場が魅力的なほど、強いライバルも多いわけです。
そんな市場に新規参入しても。勝つのは極めて困難です。

そこで考えを180度変えてみると、新たな可能性が広がります。

まず大きな市場は捨てます。

そして将来大きな市場になりそうな、小さな市場または存在しない市場を見つけます。

このためには、アンテナを張り巡らし、実際に「お客様の生の声」を掴みます。そして、変化の兆候をいち早く見つけて確信が持てたらば、そこに全力で投資するのです。

1987年創刊の料理系雑誌『レタスクラブ』は「まじめで丁寧な暮らし」をコンセプトに、食に関心が高く一生懸命な主婦に支持されて部数を伸ばしてきましたが、一時、最盛期の1/5にまで部数を落とし、低迷していました。

そこで読者8名を選び、LINEやオフ会などで徹底的に本音を聞いたところ、夫への不満・借金・不妊など、少人数だからこそ話せる悩みや本音が次々と出てきたのです。

創刊当時とは違って現代の読者は多忙で、ワーママに限らず専業主婦も「何とか買い物に行く時間を確保している」という状態でした。求めていたのは、「まじめで丁寧な暮らし」ではなく、「なるべく楽をして、毎日を楽しむ」ことだったのです。

雑誌の内容と読者の本音との間には、大きなギャップがあったのですね。

こんな本音は、表面的な読者アンケート調査や短時間のインタビューではわかりません。少数読者の本音に向き合い、徹底的に聞き続けたからこそ、引き出せたわけです。

2017年3月、『レタスクラブ』は隔週刊を月刊に切り替えました。このタイミングで、コンセプトを「考えない、悩まない。あなたの生活をもっとラクに、楽しく!」に一新。

夏休みの手抜きご飯特集では「暑いから! 調理時間を半分に!」「これを料理と呼んでいいのか?」

今までタブーだった離婚やセックスレスもテーマに取り上げました。

すると3号連続で完売。2018年上期には発行部数でライバルの『オレンジページ』を抜き、料理系雑誌でトップに立ったのです。

 

今をときめくエヌビディアもそうです。
同社の時価総額は、現在3兆ドル超。なんと日本のGDPと並んでいます。
2兆ドルから3兆ドルまで、わずか96日。
まさに爆速で成長しています。

エヌビディアが成長したのは、現代の生成AI市場で必須となる半導体チップ「GPU」を事実上独占していることです。

そしてエヌディアもお客様に向き合い、変化の兆候をいち早く見つけて、そこに全力で投資したのです。

最新の日経ビジネス2024.12.16号の特集「エヌビディア  ジェンスン・ファンの世界最速経営」で、その経緯が紹介されています。

もともとエヌビディアは、1990年代にゲームなどの画像処理に特化した半導体チップGPUを開発していたニッチメーカーでした。

この画像処理というプロセスは、単純だけれども、膨大な量の計算を、できるだけ高速に処理しなければいけません。GPUはこのプロセスに特化していたのです。

2006年、同社はこのGPUを高速化する開発環境「CUDA(クーダ)」を公開しました。もともとCUDAは、GPUを画像処理以外の汎用的な計算で利用することを狙っていました。(当時はAI前提ではありませんでした)

2008年、同社のインターンだったブライアン・カタンザーロ氏は、「GPUは、AIの分析技術である機械学習に、非常に適しているのではないか」と考えました。

機械学習も、単純だけれども膨大な量の計算を、できるだけ速く処理する必要があります。ゲームの画像処理と同じ性質を持っていました。

2011年、カタンザーロ氏は同社に正式入社すると、機械学習の一種であるディープラーニングとGPUについて研究を始めました。

2012年、のちに2024年のノーベル物理学賞を受賞するヒントン氏らが、たった2基のGPUを使ってAI画像処理コンテストで優勝する、という出来事が起こりました。AI界隈ではこのことは大きな話題になりました。

この頃から、カタンザーロ氏を中心とする同社エンジニアチームは、デュープラーニング向けにしたCUDAを開発。

そして2013年、カタンザーロ氏は米スタンフォード大学と共同で、グーグルの1000台のCPUを、わずか3台のGPUで置き換える実験に成功しました。GPUの圧倒的な性能を示したわけです。

カタンザーロ氏は、こうして盛り上がっている様子を、ファンCEOに報告。

そして2014年3月、同社の年次イベントで、ファンCEOはそれまでほとんど語っていなかったAIやディープラーニングについて語り始めました。

エヌビディアがAI市場に大きく舵を切ったのは、まさにこのタイミングです。

こして2013年当時はごく小さかった市場は急速に成長を始めて、同社はその市場をGPUで独占したわけです。

 

大きな市場にいる多数のお客様から得られる平均的な意見は、すでにライバルも知っている表面化したニーズです。ですから、ライバルとの消耗戦に陥りがちです。

ヒット商品のヒントは、まだ多くの人が気づいていない潜在的なニーズの中にあります。

レタスクラブとエヌビディアに共通するのは、市場の変化を示す”弱いシグナル”をいち早く掴み、まだ小さい市場に全力投球していることです。

そしてその市場には、他の選択肢がなくて困っている少数のお客様がいます。

そのお客様に徹底して向き合うことです。

御社は、お客様が発する”弱いシグナル”を感じとっていますでしょうか?

     

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新規事業の市場規模と売上は「円柱」をイメージせよ

私は様々な企業様で、新規事業立ち上げのワークショップを行っています。
ここで皆さんが苦労されることがあります。それは…

「新規事業の市場規模と売上を見積もること」

色々な市場調査データを探して、数字を引っ張ってきて、色々と計算する人もいます。かく言う私も、若手製品プランナー時代はそうやっていました。

でも、いくら市場データを調査しても、なかなか上手くいかないものです。

ここで市場規模と売上を予測するコツがあります。

それは、円柱をイメージすること。

図のように、

・円柱の体積 = 市場規模
・底面積 = 顧客の数
・高さ = 課題の深刻さ
・円柱の水の高さ=自社シェア
・水の量 = 自社の売上

と考えると、

円柱の体積(市場規模) = 底面積(顧客の数) × 高さ(課題の深刻さ)
水の量(自社の売上)  = 市場規模 × 自社シェア

になります。

具体的な例で考えてみましょう。ペットフード市場です。

・日本国内で犬や猫といったペットの数は、約1600万匹です。
・ペット一匹にかかるペットフードの支出を、年間4万円程度と想定します。
・市場規模は、1600万匹 × 4万円 = 6400億円です。
・自社がペットフード市場で強みがあり、シェア20%が取れれば、売上1280億円です。

ちなみに矢野経済研究所によると、2022年のペットフード市場規模は6083億円です。こんな大雑把な計算でも、市場規模の見積りはほぼ合っています。

この円柱がイメージできれば、色々なパターンが考えられるようになります。

【残念なパターン】
顧客は多いけど、顧客に刺さらないパターンです。市場を大きく取りすぎて、自社の強みが活きないのです。

多くの人は「市場規模は1兆円だ。シェア1%取るだけで、売上100億円になる!」というように考えがちですが、市場では激しい競争が繰り広げられています。たいていの場合、強みがなければ1%すら取れずに、失敗プロジェクトとなります。

【新市場開発パターン】
逆に顧客にはすごく刺さるのですが、ターゲット顧客数が少ないパターンです。ニッチ戦略により、まだ勝者がいない市場で強みを活かしてダントツのシェアを確保し、市場を押さえます。

その市場に成長性があれば、化ける可能性もあります。1998年頃にニッチ市場で混戦状態だったネット検索市場で、後発にもかかわらず技術的優位性を活かし、市場を制覇して巨大化したグーグルはまさにこのパターンです。

さらに隣接する市場で数をこなしていけば、無双化する可能性もあります。最初に書籍オンライン販売市場を制覇した後、CD/DVDオンライン販売市場に進出し、徐々に商品群を広げたアマゾンはこのパターンです。

【理想パターン】
既存市場で、顧客はそこそこいて、かつ顧客に刺さるパターンです。ここではウォンツ(=ありそうでなかったモノ)の発掘が必要になります。

成熟している家電商品市場で、コードレス掃除機、サイクロン掃除機、速乾性能と髪ダメージを軽減したヘアドライヤー、羽根がない扇風機など、様々なヒット商品を生み出しています。

改めて、新規事業を考える際には、この円柱をイメージしてみてはいかがでしょうか?

     

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P&Gが製品販促で、P&Gブランドを重視しない理由

日本では、特にB2Cマーケティングの世界では、P&G出身者が大活躍です。P&Gが世界的な消費財メーカーであり、B2Cの世界でダントツのマーケティング力を持っているからです。

でも、P&Gがどんな製品を売っているのかは、意外と一般的には知られていません。P&Gが製品販促で「P&Gブランド」をP&Gの名前を極力目立たせないようにしているからです。

実はこれは、P&Gの用意周到なブランディング戦略なのです。

このことを理解するには、最初に簡単な「ブランドの構造」を理解する必要があります。

 

■ブランド構造の3つのパターン

ブランド構造には主に以下の3つのパターンがあります。

これは図のように、テーブルの天板(企業ブランド)と、天板を支えるテーブルの脚(製品ブランド)の関係で考えるとわかります。

①単一ブランド戦略

企業全体で1つの強力な企業ブランドを訴求します。単一事業を展開する企業に適しています。代表例はBMWやメルセデスです。

②複数ブランド戦略(エンドースト型)

企業ブランドと製品ブランドを組み合わせます。ソニーのように、企業ブランドが安心感を与えつつも、製品ブランドも個性を発揮します。

③個別ブランド戦略

企業ブランドは控えめにして、製品毎に強いブランドを育てる戦略です。幅広い商品カテゴリーを持つ企業に適しています。代表例がP&Gです。

 

■P&Gが「P&Gブランド」を強調しない理由

「個別ブランド戦略」のP&Gは、製品で独自ブランドを立ち上げ、製品毎に異なるポジショニングを打ち出します。理由は2つあります。

理由1:製品ポジショニングを最優先に考えているため

P&Gは、自社製品ブランドが消費者の特定のニーズに応えるために、市場で明確に差別化されることを最重要視します。そのために「P&G」の企業ブランドを強調せず、製品ブランドを強調しているのです。

理由2:ブランドイメージの希釈化を避けるため

ある一つのブランドが複数の製品にまたがると、消費者のそのブランドの認知がぼやけてしまうリスクがあります。これが「ブランドの希釈化」です。これを回避するため、P&Gは製品ごとに新しいブランドを立ち上げているのです。

■P&Gの実際の事例

具体的なP&Gの商品事例を見てみましょう。

【洗剤カテゴリー】
「洗浄力重視」のTideとは異なる「香り重視」のブランドとして、GAINを展開。

【シャンプーカテゴリー】
「フケ予防」のhead&shouldersに対し、「美髪ケア」をテーマにPANTENEを展開。

【食器洗剤カテゴリー】
「油汚れ特化」のDAWNとは異なり、「泡立ちと香り」を重視したJOYを展開。

【紙おむつカテゴリー】
「高品質追求」のPampersとは別に、「高コスパ」のLUVSを新たに展開。

このように、P&Gは一つの商品カテゴリーで複数のブランドを展開し、それぞれ異なるポジショニングを持たせているわけです。

でもついこう思ってしまいますよね。

「ブランド立ち上げって、莫大な予算が必要だよね。製品毎にブランドを立ち上げるって、ムダが多くない?」

■P&Gが「ブランド拡張」を採用しない理由

様々な企業のブランド戦略を見ていると、多くの企業はこの真逆をやっています。強力な既存ブランドを活かして、類似製品を展開する「ブランド拡張」を行っているのです。

例えば、強力なPampersの既存ブランド力を活かして、「Pampers light」のような高コスパ版を出す方法です。

一見、効率的な方法に思えます。

しかし、P&Gはこの方法を嫌います。ブランド拡張はブランドの希釈化を招き、既存の強力ブランドのイメージを損なう可能性があるからです。

高コスパ版「Pampers light」が世に出ると、「Pampers」の「高品質追求」という消費者のブランド認知は大きく損なわれてしまうわけです。

そして企業の想定する以上に、破壊的にブランドイメージが損なわれます。効率的どころか、逆に大きな損失を生んでしまうリスクがあるのです。

「ポジショニング」という概念を確立したマーケティングの大家アル・ライズ「ブランド拡張はNG」と指摘しています。

このようにP&Gが製品販促で「P&Gブランド」を重視しないのは、製品ブランドの希釈化を防ぎつつ、各製品ごとに明確なポジショニングを確立するためなのです。

こうしてP&Gは多様な商品群を抱えながらも、それぞれが消費者にとって明確な価値を持つブランドとして認識されることを狙っています。だからP&Gの商品群は強いのです。

     

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185店舗から、10年後に1000店舗に急成長を目指すワタミのSUBWAY戦略

2週間前に本コラムで、ワタミのSUBWAY日本事業買収について書きました。ポイントは下記でした。

・ワタミは米SUBWAYから日本サブウェイを買収、国内外食事業での成長を目指す
・渡辺美樹会長は「ゴール逆算思考」で、長期目標から逆算して戦略を立てて買収を決断した
・健康志向のSUBWAYのサンドイッチは、ワタミの有機野菜生産と組み合わせることで、マクドナルドに対抗する独自の強みを築こうとしている
・長期的には国内SUBWAY3000店舗を目指す

11月14日に行われたワタミの決算発表で、渡辺社長が今後のSUBWAYの事業について語っておられます。

先日のブログで書いた内容をさらに解像度を高めて考察できるので、ご紹介したいと思います。

・SUBWAY買収から3週間が経過した。強いブランドで、手応えを感じている

・SUBWAYトップと2時間会議し、「日本で味を決めてもよい」という権利を勝ち取った。美味しいものを提供できるので、これは大きい。

・現行の国内SUBWAY店舗185店舗は1店も赤字がない。2000万円の投資で6000万円の売上を上げている強い収益力をもった業態である

・そして小さな商圏で成り立っている。

・そこで日本全土を3000店舗から逆算し、どの地域にどういう出し方をすれば3000店舗になるかを検討し始めている。・SUBWAYの中国、韓国のFCオーナーとの交流も始めている

その上で、国内SUBWAYの店舗数計画も発表しています。

2025年 215店舗 (+35店舗)
2026年 265店舗 (+50店舗)
2027年以降は100店舗ずつ新規出店
2034年には、1065店舗

先日のブログでも紹介したように、SUBWAYの国内展開についても、渡辺社長はまさに「ゴール逆算思考」で考えていることがよくわかります。

□長期的に、国内3000店舗を展開
→そのために、2034年までに1000店舗
→そのために、2027年以降から100店舗毎に出店
→そのために、2026年は50店舗出店
→そのために、来年2025年は35店舗出店
→これらを実現するために、SUBWAYの小さい商圏を前提に、日本全土への3000店舗の出店計画を策定
→そのために、まずはSUBWAYトップと、「日本で味を決めてもよい」と合意

当然ながら、まだ渡辺社長が公にしていない「長期的なゴール」もあるはずです。

そもそもワタミは、グローバルカンパニーを目指しています。

それはもしかしたら、ワタミ自身がグローバルなSUBWAY事業を展開する姿なのかもしれません。

ちなみに渡辺社長は決算発表でも「ワタミ=SUBWAYですね、と世の中の人が言ってく入れるようになった」と嬉しそうにおっしゃっています。SUBWAYという強いブランドが伝える立場を手に入れたことが、いかに自社の強みになるのか、よく理解しておられることがわかります。

実はSUBWAYは2023年に米投資ファンドと買収で合意しており、当時の入札額は96億ドル(1.5兆円)と言われています。一方でワタミの時価総額は現在400億円。ワタミはSUBWAYの1/40程度で、ビジネス規模はまだまだ雲泥の差です。

こんな状態で「将来、ワタミが米SUBWAYを買収するかも」と言うと、確実に「あり得ない」と一笑に付されるでしょう。

しかし今後「ゴール起点思考」で指数関数的なビジネス成長が実現出来れば、超長期的には可能性があるかもしれません。


そんなことも妄想しながらワタミのSUBWAY事業をみてみると、なかなか面白いと思います。

     

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製品の差別化はすぐ追いつかれる。ではどうする?

ライバルがいないブルーオーシャン市場で、斬新な製品を出して、顧客に支持されて、売れたとします。

しかし成功が大きいほど、ライバル企業が多数その市場に参入して、その斬新な製品を模倣してきます。

こうなると数年〜10年程度で、ブルーオーシャン市場はレッドオーシャン市場と化して、競争が激化します。

どうすればいいのでしょうか?

エアウィーヴは2007年、最初の製品『マットレスパッド』を発売しました。

当時市場になかった高反発素材を使った寝具を開発し、試しに使った顧客からも「よく眠れる」と高評価でした。しかし残念ながら、初年度は売れませんでした。

この時、エアウィーヴは、色々と反省しました。

まずライバルにない製品機能で売ろうとしたのですが、それでは売れなかったわけです。

実は寝具市場は特殊で、お客さんはまず「寝具を買おう」と考えて、特にどの商品を買うかを決めずに、デパート最上階などにある寝具売り場に行きます。こんな買い方をするので、デパートなどの売り場でどれだけ商品陳列面積を取るかで勝負が決まる世界だったのです。最後発のエアウィーヴは、売り場がほとんど取れていませんでした。

売り場面積を最後発で押さえるのはとても難しいので、エアウィーヴは「指名買いされるようにしよう」と考えました。つまりブランドを確立する、ということです。

そこで経営者の高岡社長がブランドの専門家に相談したところ、「ブランドって実績だよ」と言われました。

一方で初年度に製品はあまり売れませんでしたが、「質の良い睡眠」を求めるアスリートたちから高評価を得ました。当時、「質の良い睡眠のための寝具」という製品=市場はなかったのです。

「質の高い睡眠を求める人たちがいる」と気がついたエアウィーヴは、アスリートに特化して製品改良を始め、オリンピック選手も使うまでに実績を積み上げました。

この実績をPR(パブリックリレーション)活動で広げ、ある程度認知が広がったところで、さらに大規模に広告戦略で訴求を拡げていきました。

そして「Quality Sleep = エアウィーヴ」というブランド認知を築き上げました。

一方でエアウィーヴが売れ始めると、5-10年ほど遅れて、ライバルの寝具メーカーも「質の良い睡眠のための寝具」の市場に次々と参入してきました。

いまやライバル達も独自の技術を使っていかに質の高い睡眠を実現するかを考えています。そしていまや、この市場は広く認知されるようになりました。

その中でも、エアウィーヴのブランド認知は高く評価されています。

このエアウィーヴの戦略は、「斬新な製品は模倣される」というジレンマへの対抗策を教えてくれます。

最初の段階では、機能の差別化が有効です。エアウィーヴがアスリートに支持されたのも、当時は質の高い睡眠を実現する寝具がなかったからです。

しかし商品が広がっていくと、類似の機能を持つライバル商品が増えてきます。この段階で必要なのは、商品に対する顧客の認知、つまりブランディングです。

つまり「斬新な製品は模倣される」というジレンマへの対抗策は、最初からブランディングを考えて、実績を着実に積み上げることなのです。

御社の斬新な新製品は、どのように実績を積み上げてブランディングを実現するか、考えているでしょうか?

     

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ワタミのSUBWAY日本事業買収は、「ゴール逆算思考」の結果

先週の2024年10月29日、居酒屋チェーン大手のワタミが、サンドイッチチェーン世界最大手SUBWAYのフランチャイズ(FC)店を展開するというニュースが発表されました。

ワタミは10月25日付けで、米SUBWAYから日本で180店舗を展開する日本サブウェイを買収しました。10年で店数を2倍強の430店舗に、長期的には3000店舗を目指します。

つい「何で居酒屋のワタミが、サンドイッチをやるの?」と思ってしまいますが、私はこの発表を見て、思わず唸ってしまいました。

「この戦略は凄い。まさに『ゴール逆算思考』だ」

『ゴール逆算思考』とは、まず長期的に目指すゴールを考えた上で、そこから時系列的に逆算して「いつ、何をやるか」を考え抜き、その上で「今何をやるか」を考える思考方法です。

『ゴール逆算思考』は、ハロルド・ジェニーンが著書『プロフェッショナル・マネジャー』に書いた方法論です。

ジェニーンは米国でITTという企業のCEOに就任して58四半期連続増益を達成、18年後に辞任するまでに売上/利益20倍に成長させ、「フォーチュン500」で第11位の企業に育てた経営者です。

本書にはその方法論が書かれており、ファーストリテイリングの柳井社長は本書を「ボクのバイブル」と賞賛し、経営に取り入れています。

ワタミのサブウェイ日本事業買収は、『ゴール逆算思考』によって、ワタミが目指すゴールから逆算し、考え抜いた上で、チャンスを掴み取った結果なのです。

■そもそもワタミの経営課題は?

まずワタミの経営課題を考えてみましょう。

ワタミは1984年に居酒屋「つぼ八」のFC加盟店として創業・自社ブランドの居酒屋「和民」で成長し、シニア向け弁当宅配などにも参入しました。

しかしコロナ禍で本業の居酒屋事業は壊滅状態に。唐揚げブームに乗って「から揚げの天才」なども展開しましたが、唐揚げブームが去ると失速しました。

今後の成長をどうするかが、大きな経営課題だったわけです。

■ワタミはどう考えたか?

2024年10月30日の日経MJの記事「サブウェイFC マック対抗軸に」よると、ワタミの渡辺美樹会長兼社長は、日本経済新聞の取材に対し「総合外食企業を目指す。マクドナルドの対抗軸になりたい」と述べています。

この渡辺会長の戦略思考は、まさに『ゴール逆算思考』そのもの。そこで本記事を参考に、私なりに解釈してまとめたいと思います。

まず渡辺会長は、長期的なゴールをこう考えています。

→88歳で引退する24年後の2048年までに、グループ売上1兆円を実現したい

そして、ゴール地点の事業構成を、こう考えています。

→そのためには国内外食で3000億円、宅食で2000億円、アジアで1500億円、米国で3500億円

そして、「国内外食で3000億円」をどう実現するかを考えました。

→外食で主力業態を作り、国内3000店舗を展開する

しかし日本は人口が減り、市場は縮小します。
祖業である居酒屋は守りますが、もはや居酒屋だけでは成長できません。
日本の外食でダントツに強いのはマクドナルドです。
そこで、 マクドナルドに対抗するブランドを展開することを考えました。

そこで渡辺会長は、米国の人気バーガーチェーン『イン・アンド・アウト・バーガー』や『チックフィレイ』に接触していたそうです。

そしてその最中に、サブウェイが日本でパートナーを探している話が来て、「これだ!」と思いました。

■なぜサブウェイを買収したのか?

日本ではマックは、圧倒的なマーケットリーダーです。多くのハンバーガーチェーンがマックに挑んできましたが、巨人マックになかなか勝てません。ワタミがハンバーガーで戦っている限り、同じ状況に陥る可能性がきわめて大です。

しかしサンドイッチ対ハンバーガーの構図を作れば、「健康の軸」で対抗できます。 しかもワタミは、『ワタミファーム』で有機野菜を自社で作っています。サンドイッチならば、この強みも活かせます。

渡辺会長は記事でこう述べています。

「成長するためには何か武器が必要だった。このまま居酒屋や焼き肉の店舗をじわじわと増やしていっても、大きな成長は見込めない。拡大が見込める市場であるサンドイッチで勝負していこうと考えた。約300キロカロリーで(健康的な)おいしいものが食べられるというのはなかなかない」

サブウェイとの交渉には1年以上かかりましたが、ワタミが外食や野菜栽培といった現場と市場を知っており、さらに現場のオペレーションができることが評価されたようです。

「なぜ居酒屋がサンドイッチのフランチャイズを?」と思ってしまうワタミのサブウェイ日本事業買収は、渡辺会長が徹底した『ゴール逆算思考』を考え抜き、出会ったチャンスをしっかりモノにした結果だったのです。

「サブウェイがパートナーを探している」というタイミングに出会ったのは、一見すると偶然の幸運に見えます。しかしこの幸運を引き寄せられたのも、『ゴール逆算思考』を積み重ねて、この幸運がワタミにとって具体的に何を意味するかが見えたからです。

『ゴール逆算思考』で考え抜けば、偶然の幸運を引き寄せ、目指すゴールを実現する可能性をより高めることができるのです。

     

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変わりつつある日本企業と、変わらない日本企業

今月の日本経済新聞「私の履歴書」は、KKR創業者のヘンリー・クラビスです。

昨今の企業の買収劇でも、KKRの名前はよく出てきますよね。

KKRはグローバルな投資会社で、業績不振で成長余地がある企業に投資し、経営変革を行って企業価値を高めて、最終的に売却やIPO(上場)を行うことで、利益を得る、というビジネスを行っています。

欧米で成功したKKRは日本市場進出を検討し、2006年に東京に拠点を設けました。

2024年10月17日掲載の「私の履歴書」で、クラビスさんは日本市場進出を始めた頃のことを回想しています。

—(以下、引用)—

(日本では)若手が活躍する場も限られている。日本企業との会議で、多くの若手は無言でメモを取っている。握手の順番も後になりがちだ。ジョージは会食で、隣の会長ではなく遠くに座る若い人と話して気まずい雰囲気になった。

KKRの投資決定会議では、最も若手から意見を述べる。多くの面で、若手は企業を一番知っている。若手が先輩に遠慮して言いたいことが言えないのはやや危険だ。

—(以上、引用)—

私は長い間、外資系IT企業に在籍して日本の大企業や官公庁のお客様とビジネスしてきましたし、2013年に独立後も、外資系や日本企業のお客様に研修やコンサルティングをご提供してきました。

ですので長年、外資系企業と日本企業の両面を見る立場にいます。

クラビスさんのご指摘は、いまも日本企業と接していて感じる事です。

よい言い方をすると、日本企業の社員は年長者の意見を尊重して聴きます。しかし言い方を変えれば、年長者に忖度して、自分の意見をほとんど言わない傾向もあります。世の中の変化を掴んでいるのは現場で働く若者です。これではなかなか変化に対応出来ません。

外資系企業では「各自は独立した自由な個人」という価値観が浸透しているためか、若手でも割と自由に発言ができる雰囲気もあります。

この数年間、超名門といわれた多くの日本の大企業で、信じられないような不祥事隠しをしてきたことが発覚するようになりました。

そこで「高い心理的安全性が大事」(=本音で議論できる組織にしないといけない)という危機意識が、企業のマネジメント層を中心に浸透して始めています。

そして多くの日本企業でこの傾向がだいぶ変わりつつあることも、私は感じます。

クラビスさんもこう述べています。

—(以下、引用)—

それでも日本企業は変わった。女性や外国人の登用も徐々に増え、最高経営責任者(CEO)を外部から受け入れた会社もある。訪日のたびに若い起業家と会食をするが、変化に対する意欲も明らかに高まってきた。

—(以上、引用)—

ここでのポイントは「変化はまだら模様で起こっている」といことです。
言い換えれば、急速に変わり始めている日本企業と、なかなか変わろうとしない日本企業があるのです。

私は有り難いことに、様々な企業様からマーケティング研修のご依頼をいただきます。

この際に心がけているのは、最初に経営幹部とお話しをさせていただき、まずその企業の組織文化について理解することです。

経営幹部が「本音で議論できる組織に変えたい」と本気で考えている場合は、マーケティング研修を実施した結果、社員のスキルが上がり、成果につながります。

しかし中には経営幹部が、言葉には出さないものの「従来のやり方が正しい。何も変える気はない」とお考えの企業様もおられます。こういう企業様の場合、仮に社員がマーケティング研修を新たなスキルとして学んでも、その力を活かす場が与えられずに、結局、成果につながりません。ですので、このような企業様のご依頼は辞退をさせていただくこともあります。

今後10年単位で考えた場合、成長して生き残る企業はどちらかは、自明ですよね。

あなたの会社は、「本音で議論できる組織に変わろう」としているでしょうか?
「従来のやり方が正しい。何も変えない」と思っているでしょうか?

     

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高級カメラをしのぐスマホ。他人事ではない

「イノベーションのジレンマ」という言葉があります。

実はこの言葉は邦訳する過程で印象を強めるために意訳した言葉で、実は英語のオリジナルでは「イノベーターのジレンマ」です。英語オリジナルの方がより正確なので、ここでは「イノベーターのジレンマ」で統一します。

「イノベーターのジレンマ」とは、イノベーションを起こし業界リーダーになった企業が改良だけに注力する傍らで、新興企業が新たなイノベーションで新しい顧客を獲得し、技術を進化させて成長し、業界リーダーを市場から追い落としてしまう理由を説明した理論です。

2024年9月30日に日本経済新聞に掲載された記事「スマホ、高級カメラのみ込む」は、まさにこの「イノベーターのジレンマ」を実感させる内容でした。ご興味がある方は、ぜひお手元の新聞記事をあわせてご覧になると面白いと思います。

この記事では、同じ被写体を、2023-2024年発売の最新スマホ(iPhone16 ProとXiaomi(シャオミ)14 Ultra)と、日本メーカーが2019年に発売した高級コンパクトデジカメで撮影して、画像を比較しています。

高級コンパクトデジカメのセンサーサイズは、スマホと比べてはるかに大きいので、従来は「高級コンパクトデジカメはスマホよりも画質は圧倒的に優れている」と言われてきました。

しかし本記事に掲載された画像は、ほとんど違いが感じられません。記事ではこんなことが書かれています。

・3つとも新聞の印刷には十分すぎる高い水準の写真
・SNSを活発に利用する高校生10人に聞いたところ、10人全員が「シャオミの写真が一番きれい」
・別の被写体を最大ズームで撮影すると、スマホの画像は平たんで絵の具で塗りつぶした絵画のような画像になっている。

これは、通常のデジカメとスマホカメラの違いによるものです。

スマホカメラは「センサーサイズが小さい」という弱点がありますが、「スマホの演算能力はデジカメよりもはるかに高い」という強みもあります。そこでスマホは強力な演算能力にモノを言わせて、撮影した画像を短時間のうちにあの手この手で加工しまくり、見映えがいい画像に仕上げているのです。

その結果、普通に見る分には高級コンパクトデジカメを凌ぐ画像を叩き出します。しかし拡大すると色々加工しまくった粗が目立ってくるわけです。

一方でスマホは、携帯性と無限といってもよいアプリとの連携というの圧倒的な利点を持っています。

つまり、このスマホカメラの特性を理解して使うことで、これまで高級コンパクトデジカメでカバーしていた領域をほとんどカバーできるわけです。

たとえば私はこの数十年間、年賀状では自分の写真作品をポストカードにしてきました。10年前まではデジカメ一眼レフで撮影した写真を使ってましたが、数年前からはスマホで撮影した写真を使っています。

庵野監督は映画「シン・仮面ライダー」で、戦闘シーンを撮影する際に、通常の映像用カメラに加えて、十数台のiPhoneで同時に動画撮影して、一部の映像はiPhoneで撮影した動画を採用しています。つまり商業用映画でもスマホ動画は十分に使える、ということです。

デジカメはかつて、まさに「イノベーター」として、カメラ市場を席巻しました。しかし記事によると、デジカメの総出荷額は2008年の2兆円超から、直近では7000億円台に沈んでいます。

一方でiPhoneが2007年に登場した頃、スマホのカメラは「こんなのはオモチャ。たいして使えない」と言われてきました。しかし十数年が経過し、その「オモチャ」にデジカメ市場は壊滅させられつつあるわけです。

まさに「イノベーターのジレンマ」です。

この「イノベーターのジレンマ」は、様々な市場で起こってきました。

・古くはフィルムカメラも、デジカメに壊滅させられました。
・ビデオレンタルも、Netflixのようなストリーミングサービスに壊滅させられました。
・日本のi-modeなどの携帯電話も、iPhoneやアンドロイドのようなスマホで壊滅しました
・電卓、腕時計、手帳、お財布なども、スマホに置き換わりました
・最近では、コロナ禍で対面型セミナーも、オンラインセミナーに突然置き換わりました

技術は常に進化し続けます。 「イノベーターのジレンマ」は、私たちにも突然襲いかかる可能性があるのです。

あなたの業界では、この「スマホ」に相当するモノは何でしょうか?
あなたはこの「イノベーターのジレンマ」に、どのように対処しますか?

     

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ドーナツ市場に再挑戦するセブン。ミスドはどう対抗する?

「セブンが来年2025年2月までにドーナツを全国販売する」というニュースが流れました。2024年9月に首都圏5,000店舗で販売したところ、2週間で240万個売上と好調だった結果を受けてのことだそうです。

でも、こう思った人もいるのではないでしょうか?

「あれ? そう言えばコンビニはついこの前まで、大々的にドーナツ売ってたよね。最近見かけなくなったけど」

2014年、コンビニ業界は大規模にドーナツを売っていたのです。

当時、ドーナツ業界でシェア8割を占めるドーナツ市場最強のミスタードーナッツ(以下ミスド)は、年間売上500億円弱。

このドーナツ市場に、セブンは「年間6億個/売上600億円」という販売目標を掲げて参入。ローソンとファミマも参戦。「ドーナツ戦争」とも呼ばれました。

コンビニとしては、コンビニの100円コーヒーのお供にドーナツは相性がいいので、合わせ買い需要が狙えるわけです。

ミスドは「ドーナツ市場では最強」とは言え、当時の店舗数は1,400店舗弱。
大手コンビニ3社の店舗数は、50,000店舗を超える規模で、ミスドの40倍弱。
大きな目で見ると、まさに弱者ミスドと、強者コンビニの闘いです。

当時、「さすがに専業のミスドは潰れるのでは?」と思う人も少なくありませんでした。

結果は?

コンビニドーナツは予想したほど売れませんでした。
2年後にはドーナツ特製の棚も撤去。ドーナツは単品売りになりました。

2014年当時、私もコンビニドーナツを買ったことがあります。
でも正直言って、味はイマイチ。「ドーナツを食べ過ぎるとカロリー過多だ。しょっちゅう食べられるわけではない。限られた数少ないチャンスでドーナツを食べるなら、美味しいミスドがいいな」と思いました。

つまり「専門店と比べて味がイマイチ」だったために、コンビニドーナツは失敗したわけです。ミスドは、死に物狂いでドーナツの強みを尖らせ続けました。

そして2025年、セブンは改めて、ドーナツ市場に再挑戦するわけです。

今回は、店内調理による「揚げたてドーナツ」を武器に展開するとのことです。一度発行させた生地を加熱後、冷凍して工場から各店舗に供給、店舗で揚げる最終工程を行い、ふわふわ食感と風味を維持する仕組みです。

さらにドーナツ以外にも、メロンパン・クロワッサンなどの温かい焼きたて風パンを提供します。

これらは恐らく、前回の反省を踏まえて施策ことだと思います。

この愚直な仮説検証がセブンの強みです。セブンはコンビニコーヒーも1980年代から挑戦を繰り返し、2010年代に5度目の挑戦となるあの「セブン・カフェ」で大成功しました。

2013年の「ドーナツ戦争」では、ミスドは防戦一方でした。コンビニでのドーナツ大量販売の影響でドーナツが飽きられてしまったこともあり、売上は2013年の488億円から、2019年は354億円と27%も減少。赤字が続き、不採算店舗の整理で店舗数も減りました。

しかしミスドはここを耐え忍び、ムダを徹底して省きました。2020年のコロナ禍でテイクアウト需要が起こると、店舗あたりの売上は2017年の6850万円を底に、2022年は9490万円まで伸びました。

結果としては、実質的にドーナツ市場から撤退したコンビニ各社に対して、ドーナツ市場を守り抜いたミスドの辛勝と言えるでしょう。

2025年、果たしてセブンのドーナツ市場への再挑戦は成功するのか?
ミスドはどう対抗するのか?

今後を見守りたいと思います。

     

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水をサービスで提供し、成長する栗田工業

半導体ビジネスに、いま世界的に注目が集まっていますよね。

日本の半導体メーカーはかつてと比べて今一つ元気がなく、官民挙げて投資が始まっています。

一方で日本がいまだに圧倒的に強いのが、半導体製造プロセス。最先端半導体は何十段階もの細かい製造プロセスを経て、生産されます。この領域で、様々な企業が各フェーズで世界トップシェアを取っています。

その中には、意外な企業もあります。「超純水」を提供する栗田工業です。

半導体製造工程では、各工程で洗浄作業があります。ただ超微細加工です。普通の水だと不純物が含まれるので、半導体の配線にゴミがはいり、不良品になってしまいます。

そこで栗田工業は、超純水を作る製造装置や分析装置を作っています。その純度はドーム球場一杯の水に砂糖1グラムという純度レベル。

ここで注目したいのが、栗田工業は「超純水を売っている」のではなく、「超純水をサービスとして提供している」という点です。

超純水は、生産プロセスのちょっとした変化で純度が下がります。こうなると製品の歩留まりは一気に悪化します。素早い対応が必要になります。そこで栗田工業は、生産工程に入り込んで、常に高純度の超純水を提供するようにしています。

日経ビジネス2024.9.23号に掲載されている栗田工業の特集で、このようなビジネスにした経緯が書かれています。一部抜粋します。

—(以下、引用)—

半導体メーカーからすれば、一度栗田工業の超純水設備を採用すると他社の装置に切り替えづらい。同社は顧客の信頼を得て長期的な利益につなげるという意味で、「顧客親和性」という言葉を重視する。

(中略)

装置ではなく水を売る継続課金型のサービスも広げる。保守・運用まで一体で引き受ける。10年程度の契約を結び、水野供給量に応じて収益を得る。

(中略)

天野執行役は「単純なモノ売りだとレッドオーシャンから脱却できない」と語る。サービスなら装置の価格競争を避けて利益率を高められる。超純水は顧客工場の稼働にかかわらず一定量を消費するため、安定成長を見込める。

—(以上、引用)—

栗田工業は半導体工場以外にも、製油所、自動車工場、製紙工場、製鉄所、食品・飲料工場など、国内で2万件の顧客を抱えています。栗田工業の2024年3月期売上は3848億円。10年前から倍増し、営業利益率は2.8倍です。

さて、モノ製品の宿命は「コモディティ化」です。どんなに素晴らしいモノ製品も、いつか価格勝負になります。

そこでマーケティング分野で、21世紀になって急速に発展する分野が「サービスマーケティング」です。この中でも重要な概念が「製造業のサービス化」であり、それを実現するための「サービス・イノベーション」です。

サービス・イノベーションでは、長期的に顧客をより深く満足させる卓越したサービス提供の仕組みを作っていきます。

サービス・イノベーションで重要なポイントが、「いい商品を提供する」(栗田工業の場合は「いい超純水製造装置を提供する」)という「モノ売り発想」から、「いい体験価値を提供する」(栗田工業の場合は「常に超純水を提供して不良品ゼロを実現する」)という「顧客との価値共創の発想」への転換です。

あなたの会社は、「モノ売り発想」でしょうか?
それとも、「顧客との価値共創の発想」でしょうか?

     

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新規事業のチャンスは、意外と足下に転がっている

「新規事業を立ち上げよう」

こう考えても、「さて、何をやろうか?」と考え始めると、なかなか難しいものです。そして堂々巡りに陥って「何をやればいいのか、さっぱりわからない」という状況になりがちです。

ここでヒントになるのが、自分自身の何げない体験です。実際に、新規事業のきっかけは、ささやかな体験がきっかけということが多いのです。

たとえばAirBnBは、お金がなかった創業者たちが、家賃が払えずにアパートを追い出されそうになったので、家賃を工面するために、当時アパートの近所で予定されていた大規模イベントで、ホテルが満室が宿泊場所がつけられなかった人たちに寝室のベッドと朝食を提供したことが、起業のきっかけになりました。

Dropboxは、バス停でノートパソコンで大事な仕事を始めようとした創業者が、自宅にUSBメモリーを忘れたことに気づき、「どこでもデータにアクセスできるクラウドストレージが欲しい」と思ったことが起業のきっかけです。

相乗りサービス「ニアミー」は、創業者が埼玉方面にある自宅に帰る際に、最終バスを逃した人たちでタクシーに行列ができていて、「帰宅する方向は同じなのにタクシーに乗るのが一人一台なのはもったいないな」と思ったのがきっかけです。

そして「シェアして乗れば、安くなり、待ち時間も減り、タクシー会社も複数組乗せることで、走行距離が伸びて嬉しいはず」と考え、まずはハイヤー会社と組んで、2019年から需要の多い空港輸送を始めました。新宿駅と羽田空港間は、通常タクシーで7300円のところ、2980円で済みます。(参考記事:「気詰まりの壁 崩せた?ニアミー」日経MJ 2024.9.13)

簡単にネットショップを開設できる「BASE」は、大分県で小売業を営む創業者の母親が「ネットショップを始めたい」と言い始めたのがきっかけです。「ネットに詳しくない母親も、ネットショップを作りたい時代なんだな」と思ったわけですが、「待てよ。誰でも簡単にネットショップで商品を売れる仕組みがないぞ」と気付き、BASEを立ち上げました。

かくいう私が、「永井経営塾」を立ち上げたのも、同じです。

当初は2019年末にKADOKAWAさんとの協業で、リアルで対面の研修コース(一人当りの参加費は年間で数十万円)として、「永井経営塾」を立ち上げようと考えていました。しかし翌年2020年からのコロナ禍で、中断を余儀なくされました。

この時期、私は大手食品メーカー様の年間研修も対面で行っていました。しかしコロナ禍で、途中からZoomによるオンライン期に切り替えました。すると受講者の満足度が10ポイントも上がったのです。講義を動画で何回も見ることができて理解が深まり、かつ自宅から参加できて利便性と受講の負荷も低くなったためでした。

この発見のおかげで、KADOKAWAさんと「永井経営塾も完全オンライン前提に再設計した方がいい」と合意して、2021年に現在の「永井経営塾」を立ち上げました。おかげさまで会員数は順調に伸びています。

新規事業で何よりも大切なのは、こういった「ウォンツ」の発見です。

「ウォンツ」とは「みんなが欲しいのに、ありそうで、実はないモノ」のことです。

多くの人は「ウォンツの卵」を発見しても、それ以上考えるのは面倒なのでスルーします。だからこそ、自分が身近に感じた何げない体験や「困りごと」を突き詰めて考えると、意外と「ウォンツの発見」に直結して、新規事業の種になるのです。

あなたの足下にも、「ウォンツの卵」はないでしょうか?

     

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ネットで知名度爆上がりの新人候補が、なぜ惨敗したのか

現職のベテラン市長。
任期満了間際で汚職疑惑。
市長選挙では選挙カーを走らせたり地味な街頭演説を繰り返すばかりで、演説には20人も集まりません。

一方で若い新人候補。
無党派ですが好感度抜群。SNSフォロワー数も急上昇。
ネットで叩かれてもいますが、知名度は爆上がり。
「騒がしい選挙カーなんて迷惑なだけで逆効果」と考えて、ネット中心で選挙活動。動画配信には毎回100人単位で集まり、リアル会場で行った決起集会は大盛り上がりです。

で、選挙結果は…。

現職のベテラン市長の圧勝。新人候補は惨敗です。

この話は、週刊モーニングに連載中の「票読みのヴィクトリア」の第1回・2回からの抜粋です。(まだコミック化されておらず週刊モーニング 2024/6/20号と2024/6/27号で読めます)

この作品、マーケティング視点でも実に面白いので、一推しです。

さて、あなたは選挙で投票する際に、事前に候補者のことを、ネットや動画できめ細かく調べるでしょうか?

もちろんそういう熱心な方もおられると思います。しかし現実には、選挙当日になって「あ〜。今日は選挙か。行かなきゃな。候補者誰だっけ?」という人も多いと思います。

マジメな人は、当日おもむろに選挙公報を見たり、スマホでちょっとだけ検索すると思います。でも「とりあえずこの人、名前は知ってるなぁ」と思って投票する人も多いものです。

有権者全員が熱心に選挙を考えるのが理想であることは、言うまでもありません。しかし現実の認識もまた、大事です。

ほとんどの人にとって選挙は「面倒くさい」のです。

選挙で勝つためには、まずこの事実を認識することが出発点です。

この物語の主人公である選挙コンサルタントは、こうなった結果を語っています。ポイントは下記です。

・全体の票数の中で、新人候補が期待できる票数は、無党派・若年層がもつ1割弱。本来、新人候補に必要なのは、ここから多数派に浸透する戦略である。しかしやったのは真逆

・最大の敗因は、SNSに頼り切ったこと。ほとんどの有権者はSNSなんて見ない。いくら盛り上がっても、票のごく一部である

・大多数の有権者にアプローチして印象づける方法は、地味な電話や選挙カー。新人候補はこれを「有権者に迷惑だから」と全部をやめた。一方の現職ベテラン候補は地道にやりきった

・本当に意識すべきは「顔が見えない大多数」。彼らに候補者自らが懐に飛び込む必要がある

・つまり現職ベテラン候補は、地道に大多数へアプローチした。新人候補はごく一部のSNSユーザーだけにしかアプローチしなかった。選挙結果は必然だった。

この話、マーケティング視点で考えると、実に納得します。

実は最近のマーケティングで実にありがちな間違いが、「顧客を絞り込むこと」なのです。

「え? 顧客を絞り込むって、マーケティングの基本じゃん」と思ったとしたら、要注意です。

現実には「顧客を絞り込んでいる」つもりで、現実には「顧客のごく一部にしかアプローチしていない」ということが多いのです。まさにこの新人候補がやっていることですよね。

やるべきことは、

① まず市場全体を俯瞰して、その市場にいる顧客を細分化してそれぞれの特徴を見極める

② 自社のビジネス目標を達成するためには、それら細分化した市場でどれだけの顧客を獲得すればよいかを、把握する

③ ②で把握した顧客を獲得するために、様々なマーケティング施策を考えた上で、実行する

これを地道にやっていくことが必要なのです。

一時期、マーケティングの世界では「マスマーケティングはもう古い」と言われてきました。確かに市場全体を一つと考えて、単一のマーケティング施策(たとえば大がかりなテレビCM)でガッと市場を獲る戦略は、もう時代遅れかもしれません。

しかし、マスマーケティングはいまだに有効です。以前とは違うのは、マス市場を獲るためには、市場を細分化して、それぞれの細分化した市場に合ったきめ細かなマーケティング施策を考え、実行していく必要があることなのです。

皮肉なことに「マスマーケティングはもう古い」という考え方自体が、実はもう古いのです。

ただここで、勘違いしがちな点もあるので最後に補足したいと思います。

「顧客を無意味に絞り込む」のはNGですが、「顧客の課題を絞り込むこと」はいまだにとても大事だということです。

「顧客の課題を絞り込むこと」と「顧客そのものを絞り込むこと」は、全く違います。

例えば1990年代、散髪はどこも数千円で1時間かかっていました。多くの男性が内心、「10分/1000円で髪をカットしてほしいな」と思っていました。この課題に絞り込んで成長しているのが、QBハウスです。

QBハウスは「顧客を絞り込む」のではなく、「顧客の課題を絞り込む」ことで、大きく成長しています。

顧客の課題を絞り込みつつも、マスマーケティングをきめ細かく展開することがカギなのです。

     

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普通の人が天才に対抗する唯一の武器は、「仮説検証」の徹底継続

世の中には「天才」と呼ばれる人たちが数多くいます。

一方で世の中の99%の人、言い換えれば私たちは、「普通の人」です。
しかし「普通の人」でも、「天才」に勝てる武器があるのです。

科学者ニュートンと言えば、私たちは「天賦の才能の持ち主」と思いがちです。実際にニュートンは、ニュートン力学を確立し、微積分法を発見し、英国造幣局長として兌換率も決定しました。凄い業績ですよね。

しかしアンジェラ・ダックワース著「やり抜く力 GRIT」によると、ニュートンのIQは130くらいだった、という調査があります。

IQ 130は、50人に1人の割合です。普通の中学や高校で、同学年が150人いたとして、学年で上位3人目くらいのレベルです。

確かにニュートンは頭がいい人ではありましたが、「世間離れをしている知能の持ち主」という程ではありません。実は意外と普通の人だったのです。

ダックワースはこの著書で「現実の偉人は、そこそこの才能の持ち主が、コツコツ努力し、偉大な成果を生んだケースが多い」と述べています。

では、どのようにコツコツ努力すればいいのでしょうか?

そのカギが「仮説検証の徹底継続」です。

「仮説検証? もう耳タコだよ」という人もいるかもしれませんね。

でも意外とやっている人は少ないのです。

①まず「こうすれば上手くいく」という仮の答え(仮説)を立てる
②できる限り早く、実際にサクッと実行して、結果を出してみる
③①の「仮の答え(仮説)」と②の「結果」を照合し、改善すべき点を見つける
④改善すべき点を反映して、新たに仮の答え(新しい仮説)を立てて、上記の②に戻る(再び実行する)

これを何回も何回も、しつこく行い続けることで、学びが急速に進化し続けて、成功に近づきます。

ニュートンがやっていたことも、仮説検証です。

①ニュートンは惑星の運動やリンゴが落ちる現象を見て「全ての物体はお互いに引き合うんじゃないかな」と考え、「万有引力」という仮説を立てました。
②そこでケプラーの惑星運動の法則や、実際に地上での物体の落下現象の観測データで、仮説を検証し続けました
③観測結果は仮説と一致しましたが、一部合わない部分もありました。惑星の軌道が完全な円ではなく楕円の場合、当てはまらないのです
④そこで楕円軌道でも説明できるように法則を修正し、再び②に戻って検証しました

ニュートンは、こういったことを何回も愚直に繰り返したわけです。

ニュートンを例に挙げると「すごく遠い話」に聞こえてしまいますが、私たちの仕事でも基本はまったく同じです。

たとえばあなたが「新しいオンラインサービスの販促」を検討中だとします。

①たとえば「見込客が試用できる無料体験プログラムを提供すると、課金ユーザーが増えるかも」という仮説を立てます。そこで予算を組み、目標の課金ユーザー獲得人数を設定し、ウェブ広告を出してみます。
②ウェブ広告などで集客し、無料体験プログラムを実際に提供します。この際、実際の広告金額、ウェブ広告表示回数、クリック数、無料体験申込み人数、課金ユーザー数などのKPIも記録しておきます
③結果(広告金額、広告表示回数、クリック数、無料体験申込み人数、課金ユーザー数)を確認し、①の目標値と照合して、KPIを見て改善点を把握します。たとえばクリック数が少ないのは広告メッセージが弱いのかもしれませんし、クリック数は多いのに無料体験申込み人数が少ないのは、申込みページがわかりにくいのかもしれません。
④③の改善策を反映した上で、再び②に戻って検証します

これを何回も繰り返すことで、販促効果が急速に上がっていきます。

この「仮説検証サイクル」は回数勝負です。短い時間内に仮説検証サイクルをできる限り数多く回して、より多くの学びを積み重ねることで、ライバルよりも多くの学びを得て、有利に立ちます。

つまり「まずやってみる」「結果を検証する」「改善してまたやってみる」をひたすら繰り返し、実行した結果から学び続けるのです。

「そんなことで、本当に天才に勝てるの?」と思うかもしれません。

実は天才を含む大多数の人は、仮説検証サイクルを愚直に回し続けません。途中で飽きて、やめてしまうのです。

「ウサギとカメ」の逸話をご存じかと思います。

走るのが速いウサギに鈍いカメが勝てるのは、カメが突然速く走れるようになるからではありません。ウサギが途中で休んでしまうのに、カメが歩き続けるからです。言い換えれば、カメは時間を味方に付けているのです。

仮説検証プロセスは、カメが時間を味方に付けてウサギに勝つように、普通の人が時間を味方につけて天才に勝つ仕組みなのです。

     

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「対話」できないビジネスパーソン

あなたのチームは「対話」ができていますか?

この10年間、大企業を中心に分かてリーダーやマネジャーに、マーケティングやマネジメントの研修をワークショップ形式で行ってきましたが、実感することがあります。

それは「なかなか対話できない組織が多い」ということです。
そしてこのことが、企業の競争力を大きく下げているのです。

会社は、顧客課題に対して、様々な社員が集まって知恵を集めて、解決策を編み出して提供しています。

知恵を集めるためには、チームで対話することが必要です。

このチームの対話は、突き詰めると2段階で進みます。

第1段階:アイデア発散フェーズ アイデアを否定せずどんどん出します
第2段階:アイデア収束フェーズ 出したアイデアを絞込んで1つにします

多くのチームは、第1段階では色々なアイデアが出てきます。
しかし第2段階のアイデア収束が、とても苦手です。その理由は、出てきた様々なアイデアを取捨選択し、多くの場合、捨てたり否定する必要があるからです。

私たちはこの「否定する」「捨てる」が苦手です。

この際に必要なのが「対立しているのは私たちの意見であって、私たち自身は対立していない」と考えることです。

でもこれって、ちょっと分かりづらいかもしれないので、もう少し深くご説明しましょう。

話し合いには、2種類あります。

■ディスカッション(議論)やディベート(論戦)

→意見を主張して、議論に勝つことが目的です。勝者と敗者が生まれます

■ダイアログ(対話)

→各自の考えを明確にして、チームの解決策を作り、全員で勝者を目指すことが目的です。

仕事で必要なのは、厳密に言うと「ディスカッション(議論)」ではなく、「ダイアログ(対話)」です。

組織学習の第一人者であるピーター・センゲは、著書「学習する組織」で、「ダイアログで必要な3点」を挙げています。

①自分の考えは「叩き台」。意見に固執しない
②参加者は仲間。肩書きや序列はもち込まない
③全員でひとつの答えを探求する

この3点、一見すると簡単そうに見えますが、現実の対話を見ていると、現実にはなかなかできていません。

必要なのは「意見対立を恐れない」ことです。そして「誰が正しいか」ではなく、「何が(どのアイデアが)正しいか」という基準で、正しいモノを突き詰めることです。

ここで意見の対立を恐れて、「ここは丸く収めましょう」なんてやっていると、チームは何も学習できません。当然ながらビジネスの競争力も落ちます。場合によっては不祥事が野放しになります。

しかし現実には、事実に基づいて意見を対立させて対話すべきなのに、意見の対立を恐れて、相手を誉めるばかり…という人は、むしろ増えているのが現実です。

「相手の言うことは、絶対に否定しない」いう人もいたりします。

実は最近流行の「心理的安全性が高い組織」とは、この「意見対立を恐れない組織」のことです。しかし多くの人が「心理的安全性が高い組織とは、意見対立がない組織である」という逆の理解をしています。

相手を誉めてばかりいるチーム、相手を絶対に否定しないチーム、意見対立を回避し続けるチームは、居心地がいいかもしれませんが、実は「対話」ができていません。

この結果、何が正しいかを見極めることができません。

ビジネスの競争力が落ち、場合によっては不祥事が起こっても見て見ぬふりをするようになり、組織は衰退していきます。

私はマーケティングやマネジメントの企業向けワークショップ研修を行う際には、この点を常に意識していただくように、最初の受講される皆様にガイドするようにしています。

さて改めてお尋ねします。あなたのチームは「対話」ができていますか?

     

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新規事業のマーケティング戦略と、最初に狙うべき市場は、全く異なる

商品や事業は永遠ではありません。必ず寿命があり、いつかは終わります。
そこで企業にとって必要なのが、新規事業開発を続けることです。

新規事業では、どんなターゲットお客様のどのようなお悩みに、いかなる解決策を提供するかを考えるわけですね。

これがマーケティング戦略の基本STP(セグメンテーション→ターゲティング→ポジショニング)です。

しかし新規事業で、よくありがちな間違いがあります。
製品を市場にリリースして立ち上げる初期段階で、STPの「T=ターゲット」の顧客に売り込もうとすることです。

でもこう言うと、こんな反論が聞こえてきそうです。

「え? マーケティング戦略をSTPで考え抜いたから、そこで考えたターゲット顧客に売り込めばいいんじゃないの? 戦略って首尾一貫すべきでしょ」

実はマーケティング戦略(STP)で考えたターゲット顧客と、実際に製品を市場にリリースして最初に攻めるべき市場は、ちょっと違うのです。

具体的に言うと、最初に攻めるべき市場は、STPで考えたターゲット市場の中でも、特にお客様の課題が明確、かつ小さい市場で、できれば自社の強みが活きる市場です。

たとえばアマゾンは、インターネットが急速に普及し始めた1993年に、創業者のジェフ・ベゾスがインターネット物販の可能性を予見し、「世界最大のオンラインストアを作ろう」と考えて作られた会社です。

しかしベゾスは、最初からあらゆる商品を揃えませんでした。逆に「オンライン販売可能な商品」を20種類挙げた後、5種類(CD、コンピュータハード、コンピュータソフト、ビデオ、書籍)に絞込んで、最終的に書籍に決めたのです。

当時、オンライン販売最大の障壁は「人は実際に商品を手に取らないと、なかなか買わない」。しかし書籍ならば、書籍タイトルが同じ新品の書籍ならば、どれも同じ商品です。

そしてアマゾンは書籍オンライン販売を制覇した後、同じ商品の性質があるCDに商品を広げて、再び制覇しました。そして次第に書品ラインアップを広げて、今に至っています。

セブン-イレブンも、1974年に東京江東区豊洲で一号店を開店しました。この時の合い言葉は「江東区から一歩も出るな」。江東区の市場を制覇した後、徐々に商圏を拡げて行きました。47都道府県に全て出店したのも、ローソン・ファミマの後でした。

このように、市場参入時には、市場を広げるのではなく、逆に徹底的に絞り込むことが重要なのです。

市場を絞り込めば、たとえその市場が小さくても、その市場の中では圧倒的強者になり、ライバルは対抗できなくなります。そしてその市場に安住せずに、徐々に周辺市場に拡げていき、周辺市場を制覇する。これをひたすら繰り返していくのです。

このような「絞り込んだ市場」のことを、「TAM」(Total Addressable Market)と呼びます。

多くの新規事業では、初期段階はリソースが十分にありません。だからこそ、市場参入には、マーケティング戦略(STP)で考えたターゲット市場の中でも、ターゲット顧客と顧客ニーズが明確かつ自社の強みが活きるTAMをまず選び抜いて、リソースを全投入して制覇することがカギなのです。

     

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マーケティングの基本「STPと4P」で陥りがちな罠

マーケティングの基本はSTPと4Pです。

しかし日本企業では、マネージャーや経営幹部レベルでも「STP? 4P? それって何ですか?」という人が多いのが現実です。

さらにSTPと4Pを考える上で、多くの人が陥りがちな罠があります。

そこでその「陥りがちな罠」について紹介する前に、そもそもSTPと4Pとは何かを紹介しましょう。

■STPと4Pとは何か?

STPでは、次の3要素に分けて「どの市場をどう攻めるか」を考えます。

セグメンテーション(Segmentation):市場をどのように細分化し…
ターゲッティング(Targetting):その中でターゲットにするお客を決めて…
ポジショニング(Positioning):そのお客にどう認識してもらうかを考えること。

このSTPが「戦略策定」です。そしてこのSTPに基づいて、具体的なマーケティングを実施するための施策が4Pです。

製品戦略 (Product):どんな価値を顧客に提供するのか?
プロモーション戦略 (Promotion): どうやって製品の価値を伝えるのか?
価格戦略 (Price):その価値にどんな値付けをするのか?
チャネル戦略 (Place):その価値をいかに提供するのか?

つまりSTPで「どの市場をどう攻めるか」を考えた上で、具体的に市場を攻める施策を4Pで考えるわけです。

マーケティングでは、このSTPと4Pを考えるのが出発点です。

海外の先進国にいるマネジメントレベルのビジネスパーソンにとっては、マーケティングは必須科目であり、この「STP+4P」の概念は普通に通じます。

なぜなら、商品開発戦略、営業戦略、さらに経営戦略をちゃんと考えるには、このSTPと4Pが必須になるからです。彼らにとってSTPと4Pは「読み書き算盤」なのです。

しかし先述のように、日本ではマネジャーレベルでも「STP? 4P? それっておいしいの?」状態。そこで私は企業向けマーケティング研修では、先ずSTPと4Pの考え方をお伝えした上で、自社の既存商品のマーケティング戦略をSTPと4Pで読み解くことを考えていただくようにしています。

ただここで大きな課題があるのです。

■STPと4Pを策定する前段階のプロセスがある

STPと4Pをしっかり考えて成果を生み出すには、次の4ステップが必要です。

【ステップ1】顧客の課題とターゲット顧客を考える
【ステップ2】STPを考える
【ステップ3】4Pを考える
【ステップ4】STP+4Pで相乗効果が出てるか、確認する

しかし実に多くの場合、ステップ1の「顧客の課題とターゲット顧客を考える」ができていないのです。具体的には、「顧客は誰なのか?」「何に困っているか?」が見えてこないのです。

マーケティングの出発点は「顧客視点」です。顧客が抱えている誰も解決できない「生の悩み」を発見して、誰よりもいち早く解決策を提供した企業が、市場で勝利します。

つまりSTPを考える前段階にあるのが「顧客の課題とターゲット顧客の把握」なのです。STPはそこで見つけた顧客の課題を、ブレイクダウンして表現したものなのです。

「いや、私はお客様の課題はよくわかってますよ。ただ表現していないだけです」とおっしゃる人も多いのですが、「では、お客様の課題を教えて下さい」というと、うまく説明できないことも多いのです。

実は「わかっているつもり」と「説明できること」の間には、大きなギャップがあります。「わかっているつもり」のことは、言語化できない限り、説明できないのです。そして多くのビジネスパーソンが弱いのが、この「顧客の課題を、わかりやすく表現できる言語化能力」なのです。

この「顧客の課題を、わかりやすく表現できる言語化能力」が弱いので、顧客不在の商品が量産されてしまうのです。

これはスキルです。スキルですから、トレーニングで鍛えることができます。

ですので、「顧客は誰なのか?」「何に困っているか?」を常に言語化した上で、考え続ける習慣をつけましょう

そこでマーケティング研修では、私は受講生の皆様に「お客様は、誰なのですか?」「そのお客様は、何にお困りなのですか?」と常に問いかけ続けて、自分の言葉で言語化するのをお手伝いするようにしています。

私のマーケティング研修を受講されるビジネスパーソンの皆様は、実は答えを自分の中に持っています。それを引き出すお手伝いをしているわけです。言わばマーケティングのコーチングですね。

そうして「ターゲット顧客」と「その顧客の課題」を、考え続ける習慣をつけていただくのです。

これができることが、強いSTPと4Pを考えて、強いマーケティング戦略を策定する出発点になるのです。

     

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衰退市場はない。努力しない会社があるだけだ

企業に勤めるビジネスパーソンの皆様とお話ししていると、こんな話をよく伺います。

「ウチの業界って、衰退市場なんですよね。色々と頑張っているんですけど、市場がシュリンクしているのでどうしようもないんですよ」

今から64年前の1960年に「それは大間違いだ」と言ったのが、マーケティングの大家セオドア・レビットです。こうおっしゃる方は、昔からいたようですね。

レビットは歴史的論文「マーケティング近視眼」でこう述べています。

『事業衰退の原因は経営の失敗にある』

『成長が脅かされたり、鈍ったり、止まってしまったりする原因は、市場の飽和にあるのではない。経営に失敗したからである。失敗の原因は経営者にある。つまるところ、責任ある経営者とは、重要な目的と方針に対応できる経営者である』

『実は成長産業といったものは存在しない、と私は確信している。成長のチャンスを創り出し、それに投資できるように組織を整え、適切に経営できる企業だけが成長できるのだ。何の努力もなしに、自動的に上昇していくエスカレーターに乗っていると思っている企業は、必ず下降期に突入する』

確かに、自社が成長しないのを市場のせいにしている会社の方とお話ししていると、受け身でビジネスしていることが実に多いのです。

「お客さんから値引きの要請ばかり。困ったもんだ」
「コストが増えたけど、価格に転嫁できないんですよね」
「『価値を創れ』なんてアナタは言うけど、そんなの現場を知らない理想論ですね」

そんな方に、「でもいまの商品って必ず寿命がありますよね。新たなビジネスを立ち上げるために、何していますか?」とお伺いすると、「忙しくってそんなヒマ、あるわけはないよ」

まさにレビットが『何の努力もなしに、自動的に上昇していくエスカレーターに乗っていると思っている企業は、必ず下降期に突入する』と言った通りになっていますよね。

成長する会社は、成長市場にいるから成長するのではありません。

成長する会社は、成長するための努力をした結果、成長市場を創り出し、成長しているのです。

ネットフリックスはビデオレンタル業界で創業しましたが、創業間もない弱小企業だった時期に「この市場の正体はヤバい」と考えて、ネット配信の切り替えました。その結果、いまやあのGAFAMに準ずるほどの規模に成長しています。

一方で、ネットフリックスがこの判断をした際に規模が100倍ほどあったビデオレンタル業界最大手のブロックバスターは、リアル店舗運営にこだわり続けた末に衰退を続けて、2010年に破産しました。

ブロックバスターが破産したのは、衰退産業にいたからではありません。ネットフリックスのような努力を怠ったからです。

あなたがいる業界は、衰退産業ですか?
そしてあなたは、成長するためにどんな努力をしていますか?

     

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セブンとマクドナルド、接客技術を競う全国大会から学べること

https://www.mcdonalds.co.jp/sustainability/people/hamburger_university/ajcc/ より引用

セブン-イレブンが接客技術を競う全国大会を行っていることをご存じでしょうか?

2024/7/1付の日経MJに、詳しい記事が掲載されています。

特定の研修を終えた全国63,000人のうち、2,476人が各地の地方大会に出場。決勝では22人が「来店客に対してレジ前で日常会話しながら会計する接客」と「店内に常連客におすすめ商品を提案する接客」という二つの接客を行い、審査員が五項目で採点しました。

優勝は、神戸三宮駅南店(神戸市)の店員で、ベトナム出身のレ・ティ・フン・タオさんでした。

記事では大会の狙いを次のように紹介しています。

「接客大会は、接客の技術を磨くほかに、従業員の定着率を高める狙いがある。セブンによると、人手不足の店舗では、人材が定着せず、採用や退職する人数が多い傾向があるという。接客のレベルを評価する大会や制度を設けることで、外国人も含めて従業員のやりがいを高める」

実はこの大会、第2回目です。第1回目は、昨年の2023年。

その時の優勝者インタビューが、セブンのホームページに『日本一を目指して!お店全体の接客スキルが向上「接客コンテスト」』というタイトルで掲載されています。

この時の優勝者は、長岡中島7丁目店の小西翠さん。小西さんはインタビューで次のように語っています。

「もともとセブン-イレブンの商品が好きで、前職での接客の経験も活かせることからこの仕事を始めました。発注作業を任されるようになると、ますますやりがいを感じ、ご年配のお客様も多いことから、接客に関してもお声かけや対応も自分なりに工夫するようになりました。」

店舗オーナーである藤田浩士さんのインタビューも掲載されていました。

「周辺には競合店や似たような商品・サービスを提供する店が多く、売り上げは今ひとつ。どうしたら差別化が図れるか考えてたどり着いたのが、積極的なお声がけに始まる、徹底したフレンドリーサービスです。」

このセブンの接客大会、素晴らしいですね。

日本マクドナルドも、AJCC(オール・ジャパン・クルー・コンテスト)という全国のクルー(店舗従業員)のオペレーションコンテストがあります、全国店舗から勝ち抜いて年間最優秀者を選びます。

このAJCCが始まったのは1977年。毎年開催していてもうすぐ50年。累計参加者数はなんと300万人です。

7年前に著書執筆の際に、日本マクドナルドさんのご厚意で、私はこのAJCCを取材する機会をいただきました。

都内にある実店舗で、全国選出の精鋭クルーが集まり、実際の接客を審査員が採点していきます。参加クルーは10代後半から20代。

その夜はホテルに集まり、接客各部門の表彰式。

笑顔でガッツポーズする人や、感動のあまり泣き出す人も出て、最後に「今日の店舗の売上は、これまでの最高の○○○万円でした」と発表があると、全員がコンサート会場のように拍手喝采。まるで甲子園で優勝したチームメイトでした。

マクドナルドには「ハンバーガー大学」という研修施設もあります。ここでクルーはハンバーガーの作り方以外に、コーチングの実際のやり方、店舗マネジメントの方法など、実に様々なことを学べます。さらに同社では、新人アルバイトとしてクルーを始めて、店長になるまでのキャリアの道のりも明確です。

これらの仕組みがあってこそ、マクドナルドのクルーは育っていくのですね。

サービスの現場では、職場でやる気にあふれた従業員によって顧客満足が生まれます。従業員満足が、顧客満足を生み出すのです。

そこで大事なのが、内発的動機づけの仕組みを理解することです。

内発的動機づけで重要なのは「自己決定感」です。そして「自己決定感」で重要なのが、「自律性」(「これは自分で選んだことだ」という意識)と「有能感」(「自分ならできる」という意識)です。

セブンの接客大会や、マクドナルドのAJCCや様々な仕組みは、従業員のスキル向上と内発的動機づけを生み出していく仕組みでもあるのです。

さて、いまどき「お客様満足が大事だ」ということを知らない人はいないでしょう。

そしてサービス業に携わる多くの方々は、「お客様満足のためには、従業員のスキル向上と、従業員満足が大事」ということも、百も承知です。

問題は、それをいかに実現するかです。

「お客様満足が大事」「従業員スキル向上と従業員満足が大事」という掛け声だけは勇ましいけども、現実にはコスト削減で頭が一杯。「従業員のスキル向上の仕組みに投資すること」など、頭の片隅にもない…、という会社ほど、「売上減少→コスト削減→モチベーションとスキル低下→さらなる売上減少」という悪循環にはまっていることが、実に多いのが現実です。そしてその先にあるのは、廃業です。

そんな状況を避けるには、今の状況で、どんな仕組みが作れるのか、真剣に考えていくことが必要なはずです。

セブンやマクドナルドの取り組みから、私たちが学べることは、多いのではないでしょうか?

    

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自社オーダースーツ+革靴で、槍ヶ岳縦走に挑戦する社長の話

写真はhttps://youtu.be/dJ5R0bUKy5gから引用

以前、ある有名な老舗オーダースーツ屋さんの関係者から聞いたお話です。ここは100万円を超える高価格なことでも有名なお店です。 

「価格ですか? お客の顔を見て決めますね。お金持ちそうだったら当然、高く取りますよ」 

この話し、あなたはどう思いましたか?

私はお話を聞いていて(こういう姿勢って、一体どうなのかなぁ)と思いつつ、(この店では、自分はスーツは作りたくないなぁ)と思いました。

オーダースーツって本当に適正価格なのか、疑いだしたらキリがありません。

そんなことを常々考えていたら、こんな動画が話題になっていました。

【登山】オーダースーツで槍ヶ岳に登ってみた【オーダースーツSADA】【さだ社長】

槍ヶ岳は、飛騨山脈にある標高3180mの山です。先が尖っているので「槍」の名がついています。切り立った稜線と足場の悪いガレ場が続く超難関コースです、時々、滑落事故で死亡者が出ます。私もたまに山登りをしますが、「槍ヶ岳は絶対ムリ」と思ってますので、絶対に寄りつきません。

しかし動画の「さだ社長」は、なんとビジネススーツ+Yシャツ+ネクタイ+革靴+ビジネスバッグというお姿で、ふもとの上高地を出発し、槍ヶ岳の山頂に到達。さらにその先にある奥穂高岳、さらに西穂高岳の縦走に挑戦しているのです。

私はその一番最初のポイントである涸沢ヒュッテまで登ったことがあります。この初心者コースでも、こんな格好ではとてもムリです。

しかし「さだ社長」は、この通勤姿で、並みいる完全装備の登山者を次々と追い越して難所もすいすい登ります。凄い身体能力です。

この「さだ社長」、1961年創業の「オーダースーツSADA」の社長で、その前進である服飾雑貨卸商から数えて4代目です。

なぜこんなことをやっているかというと、「SADAのオーダースーツの耐久性と運動性を確認するため」だそうです。

この動画の最後で、一通り縦走を終えた西穂高山荘の前で「さだ社長」は、こう語っています。

「どうですか? 見てください。このままビジネスミーティングに出られるレベルを維持できていると思いませんか? SADAのオーダースーツは槍ヶ岳、穂高岳、西穂高岳を縦走しても大丈夫です! 以上です!」

実際に自社のオーダースーツを着て、難所の縦走に挑戦し、見事クリアしています。なかなか凄い説得力です。

ちなみにSADAのオーダースーツは、「良いものを適正な価格で市場に提供する」ことを目指して、19,800円からオーダーできるそうです。

そのためにお客さん一人一人のパターンを起こして、CAD上でパターンを設計して、職人のハンドメイドではなくマシーンメイドでフルオーダースーツを作れるようにしています。

サイト上の「有名人お仕立て実績集」には、元首相の菅義偉さんをはじめ、スポーツ選手、芸能人等、様々な人が掲載されています。

現代のマーケティングコミュニケーションは、20年前と比べて大きく変わり、「ありのまま正直かつ誠実に伝えること」が重視されるようになりました。

その理由は、現代では「ウソはいつか必ずバレる」からです。

ネットが存在しなかった20世紀までは、企業は情報をある程度は隠蔽できました。だから消費者と企業に間には情報格差がありました。この情報格差を「情報非対称性」とも言います。

しかしネットやSNSが普及した今、情報格差=情報非対称性は消滅しました。

これまで隠蔽し続けられてきた情報でも、社内で(これってどうなのかなぁ)と疑問を感じた正義感ある社員や取引先によって、いつの間にか社外に漏れたりします。最近の企業の不祥事って、このパターンが多いですよね。

そしてウソがバレると、企業が長年かけて築き上げたブランドは、大きく崩壊します。

自社オーダースーツを着て槍ヶ岳を縦走する「さだ社長」は、このことを身体で完璧に理解していると思いました。

現代のマーケティングコミュニケーションで必要なのは、「過度に盛る」ことではありません。「正直に、誠実に、ありのまま伝えること」です。

あなたの会社のマーケティングコミュニケーションは、正直、誠実で、ありのまま伝えているでしょうか?

    

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21年ぶりのフィルムカメラ「Pentax 17」は、なぜ生まれたのか?

ほんの20年前まで、写真はフィルムカメラで撮影することが当たり前でした。

フィルムカメラは厄介です。撮影しても、写っているかはわかりません。フィルム現像後、はじめて撮影できているかがわかります。フィルム現像を確認する時は、ちょっとしたワクワク感があります。よく写っていると「やったー!」となりますが、私の場合、7〜8割は「ピンボケだ…」「シャッターチャンスを逃した…」とガックリしていました。

デジカメになって撮影結果がすぐ確認できるようになりました。撮影し直しも簡単。便利になり失敗もなくなりましたが、現像前のあのワクワク感はなくなってしまったように思います。

さらにフィルムカメラの写真は、アナログ独特の手触り感もありました。デジカメになって、この手触り感がなくなりました。(これって何なのかなぁ?)と思いますが、写真を拡大した時、デジカメだと各画素が規則正しく正方形の形状になります。でも自然界にはこんな規則正しさはありません。これに対して、アナログ写真を拡大すると、銀塩フィルム独特のゴツゴツした不規則な粒状性を残しています。これがアナログ写真を自然に感じる独特の手触り感に繋がっているのかもしれません。

こんな中で、2024年6月18日、リコーが「国内で21年ぶりとなるフィルムカメラの新型機を発売する」と発表しました。それが

Pentax 17

です。ちなみに往年の名機Pentaxを世に出し続けた旭光学工業は、現在はリコーの子会社であるリコーイメージングとなっています。

このカメラは、当プロジェクトのプランニングとデザインを担当されたTKOさん(鈴木タケオさん)さんが、2022年12月からユーチューブで「ペンタックスフィルムプロジェクトストーリー」として情報発信し続けてきて、情報発信開始から1年半かけて形になったものです。(TKOさんは製品発表時に、YouTubeでこのカメラにかけた熱い思いを語っています。→リンク

「今さらフィルムカメラ?」と思ってしまいますが、現代でもデジタルカメラで失われたあの手触り感を求めてフィルムカメラを愛用する人たちはいます。

一方で問題もあります。

まず現在のフィルムカメラは、中古しかありません。価格は上がっていますし、メーカー保証もありません。故障したら直せないわけです。ちなみに我が家の物置にも、使っておらず動くかどうかもわからない古いフィルムカメラがゴロゴロあります。(笑)

カメラメーカーでも、技術も失われつつあります。

フィルムカメラの図面は残っていますが、製品は図面だけでは作ることはできません。技術者が持つ独特の感覚や技術といった暗黙知は、図面という形式知だけでは表現できないからです。そしてそんな暗黙知を持つ技術者が、定年を迎えて引退しつつあります。

失われつつある技術を伝承し、フィルムカメラを残しているタイミングは、今しかなかったわけです。

そこでフィルムカメラ独特の手動操作の感覚を復活させるために、現代の技術を活用して、引退した技術者も話を聞きながら設計し直したのが、Pentax 17です。

このカメラ、ハーフサイズです。36枚撮りフィルムで72枚撮影できます。

昔フィルムカメラを使った人たちからすると「ハーフサイズカメラ=初心者向け」と思いがちですが、Pextax 17をハーフサイズにしたのは二つ理由があったそうです。

理由1:ハーフサイズだと写真は横長でなく縦長になる。スマホで縦位置で撮影している人が増えているので、現代では違和感なくSNSなどでアップできる
理由2:撮影コストが減らせる

ちなみにPextaxでは伝統的にカメラ名にフィルムサイズを入れることがあります。たとえばPentax 67、Pentax 645、Pentax Auto 110というカメラは、どれもフィルムサイズがカメラ名になっています。

「Pentax 17」という名称も、フィルムのハーフサイズを意味しています。ハーフサイズなので36mm x 24mmの半分。かつてハーフサイズカメラを量産したリコーでは、このサイズを24mm x 17mmにしていました。ここからPentax 17という名前になったそうです。

色々と制約がある中で、カメラ性能にはこだわっています。

まずレンズの性能。いろいろと試した結果、クリアな描写が再現できる名機エスピオミニのレンズを元に再設計しました。

露出は自動です。一方でバルブも可能なので、花火も撮影できます。

またピントは手動になります。「ゾーンフォーカス」といって、「1人」「3人」「山」といった絵にあわせて目測でピント合わせをします。

ボディは、名機と言われたPextax LXチタンのカラーを再現し、マグネシウムの軽量・堅牢な外装。カメラの正面に使うネジも、精密機器らしさを表現するために、工場にかなりムリを言ってプラスネジではなくマイナスネジを使ったとのこと。

マーケティング的に考えても、かつてフィルムカメラ市場は超レッドオーシャン市場でしたが、現代では新たなフィルムカメラは20年以上なかったわけで、真っ新のブルーオーシャン市場になっています。

発表の翌日2024/6/19、リコーはホームページ上で『ハーフサイズフォーマット単焦点フィルムコンパクトカメラ「PENTAX 17」 お届け予定についてのお知らせ』というニュースを掲載しています。

–(以下、抜粋)–
当初の想定を大幅に上回るご予約をいただいており、現在の供給状況から製品のお届けまでにかなりの時間を要する見込みです。既にご注文いただきましたお客様につきましても、発売日以降の商品お届けとなる場合がございます(中略)

…リコーイメージングストアをはじめ公式ECサイトでは、製品供給に一定の見通しが立つまで、ご注文の受付を一時停止させていただきます。受注再開の時期に関しましては、弊社ECサイト等にてあらためてご案内いたします。
–(以上、抜粋)—

熱狂的なファンに支持されている様子が伝わってきます。実際にネットを見ると、実際にPentax 17を先行して使った熱狂的ファンの体験記がアップされています。

フィルムカメラ市場が急拡大することはないと思いますが、意外と温度が熱いニッチ市場に育つ可能性があるかもしれません。

プランニングを担当されたTKOさん(鈴木タケオさん)さんはYouTubeで、「アナログの世界を広げるためには、一歩一歩。一足飛びにはハイエンドまで行けません。少しづつ仲間を作り実績を作りながらなんです」と語っておられます。

このプロジェクトから私たちが学ぶべきことは、

「大きな志を持って、まず最初の小さな一歩を刻むこと」

この「ビッグピクチャーを心に描きながら、スモールスタートで始める」ことがとても大事なことではないかと思いました。

    

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コロナ禍のハイネケンのシャッター広告が秀逸

参照 https://youtu.be/HrHk94Af5oo

コロナ禍で、多くの飲食店が休業を余儀なくされました。
これはビール会社にとっても大きな危機でした。

特にビール会社の広告部門は、広告宣伝に大金を投じています。
コロナ禍で、広告宣伝をどうすればいいのか?
ありがちな手が「とりあえず自粛する」です。

しかしハイネケンは大胆な手を打ちました。

その広告が、2024年6月6日の日本経済新聞の連載『【十選】世界を変えた公共広告(4)ハイネケン「Shutter Ads」』で紹介されています。

それまでハイネケンは、ビルボードなどの野外広告に750万ユーロ(約13億円)を使っていました。

これを見直し、欧州と南米で休業する5,000店を超えるバーのシャッターをメディアとして購入し、そこにこんなビールの広告を出稿したのです。

See this ad today, enjoy this bar tomorrow.
(今日はこの広告を見ておいて、明日はこのバーで楽しみましょう)

この広告で、コロナ禍でダメージを被ったバーに合計13億円がそのまま入るわけで、資金的に大きな支援になりました。さらにキャンペーンとしても大きな話題を提供しました。ちなみに競合のビール会社も競って同じ取り組みを始めました。こういう模倣は、困っているバーを助けるわけで、とてもいいですね。

ハイネケンのブランドパーパスは

私たちは、より良い世界の実現のために、真の一体感ある喜びを醸造します
We brew the Joy of True Togetherness to inspire a better world

です。

この広告は、まさにブランドパーパスを体現した施策です。

「危機の時ほど、何をすべきかを考えるには、自社のパーパスに立ち返るべき」ということを、この広告の事例は教えてくれると思います。

    

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当社の方が高品質。でもなぜライバルが高評価なの?

ある製造業に勤めるヤマダさんが、不満そうにこうおっしゃっています。

「当社商品の品質は、業界随一です。業界トップのライバル某社をはるかに凌いでいます。実際、品質に厳しいお得意先数社からも、『御社はライバル某社の商品よりずっといいよ』と評価いただいているので、間違いありません。でも世の中に出回っている市場調査レポートでは、どれも当社よりもライバル某社の評価の方が、評価も満足度もずっと高いんですよね。納得できません」

このような状況は、実によく耳にします。

かく言う私も、日本IBMに勤めていて様々な商品を担当していて、まったく同じ事を実体験しました。機能や品質面で明らかに劣っているライバル商品の方が、なぜか私が担当している商品よりも、市場評価が高いのです。当時は、どうしても納得できませんでした。

これはマーケティング的に考えると、理由がわかります。

実は市場における技術面の評価は、技術力とは無関係です。 高品質なのに、市場で高品質と評価されていないのは、「単に多くの人に知られていないから」なのです。

このあたりのことが芹澤連著「戦略ごっこ」に詳しく書かれているので、簡単に紹介しましょう。

ここで簡単な思考実験をしてみます。

・人口1000人の町にレストランA店とB店の2つしかないと仮定します。
・A店とB店は、メニュー・味・店の雰囲気は全く同じ
・違いは店を知っている人数がA店が900人、B店が300人、ということだけ
(町の人口は1000人なので、A店とB店を両方知っているのは、200人になります)

この場合、900人に知られているA店がライバル某社、300人に知られているB店がヤマダさんの会社、ということです。

さて、ここで住民に『町で美味しいレストランは?』と聞くと、どうなるでしょうか?

A店しか知らない700人は「A店」、B店しか知らない100名は「B店」と答えますよね。

A店とB店を両方知っている人が200人いますが、この200名は半々の100名ずつ「A店」「B店」と答える、としましょう。

さて、調査結果はどうなるでしょうか?

■A店については:A店を知っている900人中、A店を選ぶのは800名(700名+100名)で、『美味しい』という人の比率は89%になります (=(800÷900)×100)。

■B店については:B店を知っている300人中、B店を選ぶのは200人(100名+100名)で、『美味しい』という人の比率は67%になります (=(200÷300)×100)

つまりA店とB店は、メニュー・味・店の雰囲気が全く同じなのに、単に「知っているかどうか」の違いだけで、市場評価は89%と66%にわかれる、つまり全く変わる、ということです。

このように『好き』『気に入っている』という状態を、マーケティングで『プレファランス』といいます。

このプレファランスで大事なのは広く『知られていること』です。確かに品質は大事ですが、単に品質が良いだけでは、プレファランスは高まりません。

市場評価を高めるには、まず品質を高めた上で、多くの人にその品質の高さが知られるように日々努力することが必要なのです。

   

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「まんだらけ」の集中戦略は、グローバルへ

マンガ専門の古本屋「まんだらけ」という店をご存じでしょうか?

いわゆる普通の古本屋とはかなり違っていて、コアなファンに特化しています。

マンガ関連グッズも多く、海外からのコアなファン層がお目当てのトレカやマンガのフィギュアを物色したりしています。BL(ボーイズラブ)系の品揃えも豊富で、意外なことに店内には若い女性客も多くいます。

店員の何名かは、マンガの世界のコスプレです。「うる星やつら」のラムちゃんのような目のやり場に困る女性店員や、フリフリのエプロンを着たロリータファッションの女性店員もいて、店内ではコスプレ店員の人気ランキングをつけていたりします。

この「まんだらけ」ですが、東証スタンダードに上場しており、最近の売上推移はこんな感じです。

2018年 98.7億円 (対前年 2.9%)
2019年 100.6億円 (対前年 +1.9%)
2020年 90.2億円 (対前年 -10.3%)
2021年 96.3億円 (対前年 +6.7%)
2022年 105.9億円 (対前年+10.0%)
2023年 128.4億円 (対前年+21.2%)

コロナ禍で売上が10%落ち込みましたが、最近は絶好調ですね。昨年からは株価も急騰中です。

競争戦略を提唱したマイケル・ポーターは「競争の3つの基本戦略」を提唱しています。

【差別化戦略】顧客の特定ニーズに対して売れるようにする
【コストリーダーシップ戦略】ライバルより低コストにする
【集中戦略】対応する顧客やニーズを狭める

集中戦略のカギは、顧客や提供する製品を徹底的に絞り込み、その絞り込んだ領域でライバルの誰も真似できないレベルまで価値を高めることです。徹底的に絞り込むことで、より低コストで価値を高めることができます。

まんだらけの戦略はまさに「集中戦略」です。

他では決して出会えないレアなマンガに出会えます。秘蔵レア本を持っている人にとっても、そのレア本の価値を正当に評価して買い取ってくれます。これはなかなか他の古本屋は真似できません。

マンガの古本という徹底的に絞り込んだ製品の領域で、コアなマンガ愛好家という徹底的に絞り込んだ顧客に対して、圧倒的な価値を提供しています。まさに無双状態です。

一方でコロナ禍でビジネスのデジタル化が進み、ECもすっかり当たり前になりました。そこでまんだらけは世界全体でのビジネス拡大を目指して、販売サイトが英語、簡体中国語、スペイン語に対応したり、「まんだらけSAHRA」というWeb通信販売、さらに電脳マーケット「ありある」などで販路拡大を勧めています。

しばらく低迷が続いていたまんだらけでしたが、日本市場に特化して最適化しているうちに、世界のマニアックな顧客を吸引する力を身につけて、グローバル展開が始まっているように見えます。

今後に注目したいですね。

集中戦略の本質は「徹底的に絞り込んだ製品・顧客へ、低コストで徹底的に最適化すること」です。そして日本以外にその顧客の数が多くいるのならば、その集中戦略はグローバル展開可能です。

そしてネット活用により、グローバル展開のハードルは思っていたよりもずっと低いのです。

御社のビジネスで、集中戦略→グローバル展開ができないか、考えてみてはいかがでしょうか?

   

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チョコザップに入会して驚愕し、マーケティング視点で考察した

私はコロナ禍でしばらくフィトネスクラブを休んでましたが、コロナ禍も終わったので、今年年初から週2〜3回のペースで会員制の老舗フィトネスクラブに行くようになりました。

最近、そのフィトネスクラブの近くに、巷で話題の「チョコザップ」新店舗ができました。

チョコザップはライザップが始めた格安フィトネスジムです。完全無人店舗で、月会費2,980円(税別)を実現。安いこともあり、チョコザップ体験をするために、「モノは試し」と思って入会してみました。

以下は、実際に入会してわかったことです。

・入会してスマホアプリに個人登録すれば、店舗にスマホ認証して入店できます

・店内はコンビニ程度の広さ。完全無人店舗で、店内にはAI監視カメラが多数設置され、セキュリティも万全だそうです

・着替えずに普段着・土足で「チョコっと」運動できます。通勤帰り、買い物帰りの「ついでの運動」にいいですね。着替えコーナーもあります

・店内は意外と人が多く、夕方に行くと主婦と思われる女性たちがトレッドミルやバイクをしていたり、会社帰りと思われる若い男性ビジネスパーソンもいます

・マシンは割と簡素。ウェイトも軽く、本格的に鍛えたい人は物足りないかもです

普通のフィトネスクラブに慣れた人は「これはオモチャ」と思う人もいるでしょうけれども、運動習慣がない人にはこれで十分だと思いました。

通常のフィトネスクラブにはないサービスもあります。

特に「スゴい」と思ったのが「スターターキット」。入会すると、ヘルスメーターとヘルスウォッチがもらえます。

ヘルスメーターでは、体重、BMI、体脂肪率、基礎代謝量、筋肉量、内臓脂肪レベル、体水分量、骨量、タンパク質量、体内年齢、除脂肪体重が測定できます。ヘルスウォッチでは、心拍数、消費カロリー、歩数、睡眠が常時測定できます。データは常にスマホアプリに記録され、チョコザップを運営するライザップのサーバーに転送されて履歴も記録されるわけです。

このスターターキット、恐らく相当のお金がかかってます。ユーザーにとってもかなりお得。チョコザップは最初は少々赤字でも、こうした個人データを集める大切さをわかっているのでしょう。

日々の運動データと、身体に関する日々のデータを長期間収集し、ライザップ事業で磨き上げたトレーニングプログラムの豊富な知識を活かして、データに基づいて個人毎に最適化した健康習慣プログラム・アドバイスを行えるようにしているのです。

さらにチョコザップオンラインストアでは、プロテインなどのオリジナル商品や、ライザップ管理栄養士によってタンパク質や糖質などの栄養価を調整したフードも提供しています。現在チョコザップ会員数は100万人を突破しました。その3%がこのサービスを利用するだけで、3万人の購買客を確保できます。

またスマホアプリでいつも行く店舗を登録すれば、時間帯別に店舗の混雑状況予測と、リアルタイムな混雑状況もわかります。AIカメラで無人店舗の状況を自動的に把握しているおかげです。

チョコザップはデジタル技術を駆使し、あらゆるデータを収集する仕組みを構築していることが、よくわかりました。

以上を一通り実体験して、私は感じました。

「チョコザップは、まさに健康習慣サービス業界の破壊的技術だ」

チョコザップは、経営学者クリステンセンが著書「イノベーションへの解」で書いた「破壊的技術」であり「新市場型破壊」なのです。

「新市場型破壊」では、それまで商品を使わなかった無消費者が使い始めます。チョコザップも、フィトネスクラブの既存ユーザーから見ると「こんなのオモチャ」というレベルかもしれませんが、無消費者だった「運動習慣がない人」にとっては、必要十分。まさに彼らのためのサービスなのです。

クリステンセンはハーバード・ビジネス・レビュー2015年8月号で、「破壊的イノベーションを評価する5つの質問」というコラムを書いています。この5つの質問でチョコザップを検証すると、より高い解像度で「チョコザップの正体」が見えてきます。

① 過剰にサービスされている顧客が、ターゲットか?

→月会費1万円程度の既存フィトネスジムは、運動習慣がなく「ちょこっとだけ運動したい」という運動無関心層の人たちには過剰サービスで、会費も高すぎでした。チョコザップはそんな人達に、月会費3000円強でサービスを提供しています。

② 時間とともに高性能化するが、既存プレイヤーは戦う気がないか?

→24時間ジム「エニタイムフィトネス」の山辺清明社長は、2024/4/19の日経MJに掲載されたインタビューで「チョコザップは完全無人化を進めています。エニタイムはどうしますか」という質問に「我々は人をなくす方向にはいきません。接客はエニタイムの強みの1つです」と答えています。このように既存プレイヤーであるほとんどの大手フィトネスジムは、チョコザップのような無人化の方向で戦う気はないように見えます。

③ 低コスト構造を維持。顧客の期待に応える速度で、性能改善できるか?

→完全デジタル化した無人店舗に加え、健康に関する個人データを徹底収集するチョコザップは、今後、様々なサービスを追加して『総合健康習慣サービス』へ、より高性能化して進化していく可能性があります。

④ 販売チャネルなど、新しい価値ネットワークを創造するか?

→チョコザップ店舗はフランチャイズでなく、すべて直販店舗です。2022年7月にサービスを開始し、17ヶ月後の2023年11月には単月黒字化を達成、18ヶ月後の同年12月には1225店舗まで展開。もの凄い勢いでまったく新しい価値ネットワークを展開中です。圧倒的なスピードで一気に「運動初心者なら、チョコザップ」という認知を獲得する戦略ですね。

⑤ すべての既存企業を破壊するか?

今後のチョコザップの進化次第では、フィトネスジムに留まらずに、健康サービス産業全体が大きな影響を受ける可能性があります。

 

実は現時点でも、チョコザップはまだその全貌が十分に見えていません。

いまやフィットネスに留まらずに、セルフエステ、セルフ脱毛、さらにカラオケ、ランドリーなどのサービスも続々追加し、チョコザップ会員は追加料金なしで使えます。

「カラオケやランドリー?」と驚いてしまいますが、これらのサービスはチョコザップ事業に関わるライザップ社員が次々とアイデアを出し、「そのアイデアは本当に有効なのか?」を猛スピードでリアルデータに基づいて仮説検証を繰り返すことで検証して、進化を続けています。

ダーウィンが「種の起源」で提唱した「変異、生存競争、自然淘汰」と同じロジックで、チョコザップはあたかも一つの生命の種であるかのように進化を続ける最中なのです。

現在ライザップはチョコザップ事業立上げのため、様々な手段でお金を調達していますが、新店舗展開の大展開や、スターターキットをはじめとするプログラムのために一気に投資しているようです。

今後、チョコザップがどのように進化していくか、要注目だと思います。

   

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米国進出にキッコーマンが成功し、いいちこが当初失敗した理由は「行動変容」

ここは南海の孤島。島の住民は誰も靴を履きません。
靴会社にとって、これは大きなチャンス。
住民が靴を履けば、足が傷ついたり痣ができることがなくなるからです。

私たちビジネスパーソンは、こんな状況に出会うことがよくあります。「自社の技術で、これまでの市場にない画期的な顧客体験ができる商品を開発した」という場合です。この商品を使えば、お客は全く新しい体験ができます。

こういった商品は、成功しやすいように見えます。
「さあ、あとは靴を市場に出すだけだ」と盛り上がります。

でも残念ながら多くの場合、こういうパターンは失敗に終わるのです。

たとえば、2007年の3Dテレビ。
「映像が画面から飛び出して立体的に見える」という3次元ディスプレイがウリで、3Dテレビ用番組も制作され、一時期の家電売場を席巻しました。立体的に見るためには専用メガネが必要だったのですが、多くの人は裸眼で見続けたために普及せず、2017年には市場から消え去りました。

あるいは、1996年のAPSカメラ。
「撮影データを記録でき、フィルムカートリッジもカメラも超コンパクト」という世界標準規格の新しい写真システムがウリでした。技術的にはなかなかの優れモノでしたが、多くの人は使い慣れた35mmフィルムを使い続け、間もなくデジカメも普及し、市場から消え去りました。

なぜこういった画期的な商品が失敗しているかを解明したのが、2022年に刊行された「イノベーションの競争戦略」(内田和成著)です。

本書で内田先生は、国内外のイノベーション事例を1000件近く調べた末に、こんな結論を提示しています。

『世の中に存在しなかった画期的な発明やサービスは、企業におけるイノベーションの必要条件ではない。それよりも新しい製品・サービスを消費者や企業の日々の活動や行動の中に浸透させることこそがイノベーションの本質である』

つまり市場にない全く新しい商品が定着するには、顧客の行動変容を起こさなければならないということです。

しかし人は、なかなか行動を変えようとしません。
だから画期的な商品が、なかなか成功できないのです。

『「商品を出せば、お客は飛びつき、行動を変える」と安易に考えてはいけない』ということです。

行動変容を起こす仕掛けを考えなければならないのです。

では、どうすればいいのでしょうか?

ここでは二つの対策を、事例をご紹介したいと思います。

対策① 行動変容を最小化して、顧客に合わせる
対策② 時間をかけて顧客の行動を変容させる(

順番に説明しましょう。

対策① 行動変容を最小化して、顧客に合わせる(いいちこの挑戦)

麦焼酎「いいちこ」の三和酒類は、2014年に米国法人を立ち上げ、米国市場進出に挑戦中です。しかし米国人は、そもそも焼酎そのものを知りません。ここが大問題でした。

日本国内では、焼酎は居酒屋か日本食レストランで飲まれています。そこで当初、三和酒類の方々は「焼酎の主戦場は米国でも居酒屋か日本食レストラン」と考え、日本食レストランと居酒屋で販促をかけました。しかし結局日本人しか飲まずに実績は横ばい。

米国人が日本食レストランで焼酎を飲んでも、顔をしかめて「うわ。強いお酒だ。日本酒の方がいい」。

日本人にとって焼酎は「食事と一緒に飲むもの」。でも米国人は食事と一緒に飲むのは醸造酒(ワイン、日本酒、ビール)であって、蒸留酒(焼酎やウィスキー)はバーで飲むものでした。

さらに日本は焼酎を水や果汁ジュースで割ってチューハイで飲みます。しかし米国ではこんな習慣はなく、別の酒とかけあわせるカクテルで飲みます。

つまり日本は「割る(÷)文化」、米国は「ミックス(×)文化」だったのです。知らぬ間に「文化の押しつけ」をしていたわけです。

「これでは売れるわけがない」と気づき、全米各地のバーで取り扱ってもらうように働きかけました。しかしここで問題になったのが、焼酎のアルコール度。

焼酎のアルコール度は25%です。食事と一緒に楽しむためなのですが、バーに並ぶ蒸留酒(ウォッカ、ジン、テキーラ、ラム)は40%以上。25%だとカクテルにした場合、他素材に負けてしまうのです。

そこで三和酒類の米国チームは本社と交渉し、2019年に43%のカクテル向け焼酎を開発。いいちこの販売量は米国進出の9年間で1.8倍になり、コロナ禍を経て焼酎の認知も進み始めています。

以上をまとめると、『いいちこは、米国の飲酒文化に合わせて、バーを攻めるために、アルコール度が高い商品を開発した』というわけです。

(以上、日経クロストレンド 2023/6号 p.34-39を参照)

対策② 時間をかけて顧客の行動を変容させる(キッコーマン)

醤油メーカーのキッコーマンは、実に長い時間をかけて米国市場に進出しました。

第二次世界大戦後、1950年代初めまで日本には300万人の米国人がやってきて、日本の醤油の味を覚えました。

そこでキッコーマンは1957年に米国サンフランシスコに販社を設立し、活動を開始。肉と醤油の相性の良さに注目し、スーパーマーケットの店頭で醤油をつけた肉を焼き試食するデモストレーションを行い、さらに醤油を使ったレシピも開発や、レシピカードを醤油につけて売る、といった活動を繰り返し、浸透を図りました。

そんな活動の中で、日本の「照り焼き」を由来とする「Teriyaki」料理が注目されたりして、米国向けに醤油が現地化していきました。

米国では醤油を「ソイソース」と呼びますが、いまやキッコーマンは「ソイソース」に変わる普通名詞になっています。

以上をまとめると、「キッコーマンはじっくり時間をかけて米国人の行動を変容させた」ということです。ただし、そのきっかけとなったのが、第二次世界大戦後に日本で醤油の味を覚えた米国人が300万人いたことです。

 

その市場にはない画期的な商品を投入する際には、その技術の素晴らしさをアピールするだけでは、たいていは失敗します。

「いかに顧客の行動変容をスムーズに起こすか」も必ずあわせて考えていく必要があるのです。

御社の画期的な新商品は、お客様の行動変容もしっかり考えているでしょうか?

   

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「下請け」は、「価値を共創して分け合うパートナー」

今年、賃金が上がったことがニュースになっています。ただこれは大企業中心の話。全体的に見ると、中小企業の賃金はまだまだ増えていません。その理由の一つが「中小企業は大企業の下請け」という根強い意識。多くの下請け中小企業がなかなか価格転嫁できずに、従業員の賃金を上げられないのです。

実はこの状態は、長期的に見ると「下請け扱い」する大企業も苦しむことになります。

日本の大企業が中小企業を下請けに使うようになったのは、高度成長期だと言われています。増大し続ける生産量を補うため、中小企業に一部生産を委託しました。

しかし今や国内生産量はそれほど増えません。一方で原材料コストは上昇しています。大企業は自社社員の賃金も上げなければなりません。

そのしわ寄せが、下請け企業に行っているわけです。たとえば…

・「原材料コストが上がっているので、価格を上げて欲しい」と言っても却下
・一方で、設計情報を他の下請け企業に横流しする
・無償の追加作業を強要する

こういった「いびつな取引」が横行しています。

実は弊社も零細企業であり、企業様からの社員研修を受託しているので、他人事ではありません。

独立して仕事を始めた当初は、「言い値でやって欲しい」と言われたり、「社員研修を相談したい」と言われて提示した研修案が結局発注されず研修案だけ使われたり、当初の話にない追加作業を次々と無償で要請されたり、ということは日常茶飯事でした。

こういう手痛い失敗をし、都度対策を考えて対応することを繰り返した末、至った結論は…

「弊社を下請けでなく、パートナーとして考える企業様とお付き合いする」

ということでした。つまり、

・まず、発注先を主体的に選べるように、自社の価値を上げる
・そして弊社が発注先企業を選べる状態を作る。(= 辞退できるようにする)

ということです。

こうすることで、弊社が発注先企業様に最大限の価値を提供できるようにベストが尽くせる状態ができ、発注先企業様から見てもメリットが得られるようになります。

ここまではいわゆる「下請け企業からの目線」ですが、これを大企業の立場で考えると、「下請けでなく、価値を共創して分け合うパートナーとして考えよう」ということになります。

「下請け発想」「自分たちが手を下すまでもない業務を、下請けに発注してやろう」という「上から目線」から生まれます。

しかし実際には、そんな業務を自分たちでやろうとすると、意外とちゃんとできないことも多いのです。

そこで「自分たちでは手が回らず知識もない業務を、より短期でより高品質に仕上げるプロに依頼しているのだ」と考えてみると、捉え方は変わるのではないでしょうか。

そして「下請け」という発想から脱皮して、「ともに新しい価値を共創し合うパートナーである」と考えて、創造した価値をパートナー同士で分け合うことを考えるべきなのです。(かく言う私も、IBM社員時代に発注する立場のマネジャーだったので、このことを実感しています)

現代の企業はますます洗練された価値が高い商品やサービスを提供することが求められます。

こんな時代こそ、いわゆる「下請け」を「価値を共創して分け合うパートナー」と捉える会社が成長していきます。

そもそもビジネスとは、お互いに自分が持たない価値を交換しあう対等関係を前提にした取引です。下請けと発注元に上下関係があるわけではありません。

逆に「下請け」を「下請け扱い」し続ける大企業は、次第に自社だけで高い価値を提供できなくなるのです。

   

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「マーケティング部門、廃止しました」という会社

先日、知人と話をしていましたら、有名企業に勤める社員の方から、こんな話を聞いたそうです。

『ウチの会社、「マーケティング部門は何の役にも立っていない」っていうことで、マーケティング部門を廃止したんですよ』

なんでもセールス部門がとても強いそうです。

日本企業の深い病が垣間見えたように思いました。

会社によって様々な事情があるでしょうが、私が知る範囲では、多くの場合こんなパターンのようです。

①その会社は、営業部門がとても強い。顧客企業との強いリレーションを使い、寝技を駆使しながら案件を獲得してきた

②一方で世の中は「マーケティングが大事」という方向。そこで試しにマーケティング部門を作ってみた

③マーケティング部門から様々な情報を市場に出し始める。イベントを開催したり、SNSで情報発信したり、メルマガを送り始める

④しかしそれまで自分が社の代表として顧客に全情報を伝えていた営業からすると「オレのお客様に、オレが関与しないところでマーケティング部門が勝手に情報を送るのは、ケシカラン」となる

⑤「マーケティング部門は、百害あって一利なし。ビジネスにも貢献していない」が営業部門の総意となる

⑥かくして、マーケティング部門が廃止となる

こういった事案、ツッコミどころが満載です。

■「リレーション中心で、本当にいいの?」という問題

まず上記①「顧客とのリレーションが強い」こと自体は、必ずしも悪いことではありません。ただ、セールスでそれしか能がないとしたら、大問題。人事異動で人は変わりますし、リレーションだけで案件が獲得できるわけでないからです。

世界数千社の企業について法人販売の実態を調査したマシュー・ディクソンは著書「チャレンジャー・セールス・モデル」で、セールスを次の5つに分けました。

タイプ① 論客型……論議を怖れず顧客に自己主張する
タイプ② 一匹狼型……自信家。個人独自の技で我が道を行く
タイプ③ 勤勉型……誰よりも多く電話し顧客訪問する
タイプ④ 受動的問題解決型……要望には必ず対応する
タイプ⑤ 関係構築型……顧客のためなら必死に働く

そしてディクソンは全世界で6000名のセールスを調査して、各タイプ別のパフォーマンスを明らかにしました。

私たちは「セールスは、関係構築型が理想だ」と思いがちですが、実は最も業績が悪かったのが「タイプ⑤関係構築型」でした。逆に突出して好業績なのが「タイプ①論客型」でした。

この話を聞くと「それは米国の話でしょ。日本は違うよ」と思ってしまうかもしれません。確か日本では「タイプ⑤関係構築型」のセールスはいまだに多いのが現実でしょう。

しかしそんな日本でも、法人セールスで顕著な業績を挙げ、平均給与2200万円を誇るキーエンスのセールスは、まさに「タイプ①論客型」です。

「関係構築型セールスが多い」ということが、必ずしも「関係構築型セールスが理想の販売方法」とは限らない、ということです。

そして社内の全セールスを「タイプ①論客型」にする上で、「顧客の課題を解決する上で、自社製品・サービスが提供できる価値は何か?」を考え続けるマーケティング部門は、大きな力を発揮できるのです。

■「よく考えずにマーケティング部門を作るな」という問題

②で「世の中の流れだから、とりあえずマーケ部門を作ってみよう」というのも大問題です。本来のマーケティングは、会社の経営全体に関わることですし、経営企画、製品開発から製造・流通、さらに販売まで幅広く関わるからです。

もちろん③のように「最初はマーケティングコミュニケーションからやってみよう」というのもアリです。

その場合でも、「本来のマーケティングはこの範囲だけど、まずはここに絞ってやる」と考えた上で、「マーケティングから全社メッセージを出すために、他部門とも密接に協力・連携する」という視点は欲しいですね。

■「そのお客さん、アナタの所有物ではありません」という問題

④のように、会社を代表して特定の顧客企業を担当するセールスのことを「クライアント・レップ (Client Representative)」と呼んだりします。

この人は、お客様企業に対して、まさに自社を代表する役割を担っている訳です。

この結果、「オレのお客様に、オレが関与しないところでマーケティング部門が勝手に情報を送るのは、ケシカラン」となり勝ちなのですが、これはあくまでその人が担っている単なる役割です。

それにお客様は、クライアント・レップの所有物ではありません。1980年代ならば話は別ですが、現代のお客さんは、様々なメディアで情報を集めています。もはやセールス一人(または複数)で、お客さんが接する情報を独占できる時代ではありません。

加えてマーケティング部門が出す情報は、何らかの事業戦略に基づいて出されています。むしろそういった情報を、セールスなりの視点で解釈した上で、「私がマーケティング部門と交渉して、こういう戦略にしました」くらいの強かさが欲しいところです。

■「マーケティングの成果とは?」という問題

マーケティング部門の大きな役割の一つが、膨大な市場の中から、自社製品・サービスが想定する課題を抱える顧客を見つけ出し、案件締結まで繋げることです。

この仕組みを作るには、従来のセールスを変える必要があります。当然ながらセールス部門の協力は必須です。

しかし②のようにあまり考えずにマーケティング部門を作った会社は、この仕組みはまず作れません。ですので成果が上がらないのです。

 

かくして最悪の場合、「マーケティング部門は廃止」となったり、(廃止はあまりにも対外的にみっともないなぁ)と考える会社の場合は「マーケティング部門は規模を大幅縮小」となります。

こうしてビジネスはジリ貧になっていきます。

 

「マーケティング部門を作ったけども、イマイチ成果が出ない」という方がおられたら、改めて上記の視点で見直してみてはいかがでしょうか?

   

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イノベーションでは後発者が勝つ


表題を見てこう思った方、おられるのではないでしょうか?

「あれ? これミスタイプじゃないの? 『イノベーションでは先発者が勝つ』だよね。最初に市場に飛び込まないとイノベーションは起こせないでしょ。『ファーストペンギン』ってよく言うよね。」

実はこれ、広く信じられている誤解なのです。

例えば1995年、インターネット検索で世の中で初めて話題になったのは、グーグルではなく、AltaVistaでした。

セルゲイ・ブリンとラリー・ペイジがグーグルの原型を開発したのは翌1996年、グーグル創業は1998年。グーグルは最後発グループでしたが、先行者たちのネット検索技術が未熟なために検索精度が落ちるという欠陥を克服する技術を開発し、後追いから一気に追い越して、ネット検索市場を制覇しました。

Facebookもソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)として最後発でした。サービス開始はFriendsterが2002年、Myspaceが2003年、Facebookは2004年でした。2年も遅かったのです。

最後発のFacebookは、ハーバード大学内の交流を図るサイトとして始まり、その後、スタンフォード大学、コロンビア大学、イェール大学の学生からも「同じサービスが欲しい」という要望に応えているうちに、全米の学生が普通に使うようになりました。そして徐々に広がり、最終的にSNSの覇者になりました。

この事実を明らかにした名著が、アダム・グラント著「ORIGINALS」(三笠書房)です。

「成功する起業家はいちばん乗りを目指してリスクを恐れず全力投球し、アイデアを絞り込む」と思われがちですが、グラントいわく、これは「都市伝説」

成功する起業家は後発。リスクを徹底的に避けてアイデアの量で勝負します。

本書でグラントはこんな数字も示しています。

■失敗率は先発企業が47%、後発企業は8&

■生き残った場合の市場占有率は、先発企業が平均10%、後発企業が平均28%

つまり先発企業は後発企業よりも失敗率が6倍高く、生き残ってもシェアは3分の1に留まるわけです。

「ええと……。『ファーストペンギン』は…?」

と思ってしまいますが、実は南極大陸で最初に海に飛び込むファーストペンギンは、海の中を泳ぐ恐ろしいアザラシの餌食になったりすることも多いわけです。

イノベーションで必要なのは、いちばん乗りになることではなく、市場の準備が整うのを待ち、市場のベストのタイミングで、ベストの商品を出すことなのです。

なかにはiPhoneのように先発企業が成功することもありますが、確率的に言うと後発は圧倒的に有利なのです。

ちなみにそのiPhoneでさえ、iPhoneの前にも「スマートフォン」と呼ばれる商品は沢山ありました。その中でもBlackBerryはiPhoneが発表された2007年には数百万台も使われていました。ジョブス風に言えば、iPhoneも先行するスマホの「イケていない」部分を「スマート&クール」に作り替えたわけです。

先発者は、未知の分野で試行錯誤して学ぶ必要がある上に、市場参入時期が早すぎると失敗します。

これに対して後発企業は、先発者が試行錯誤した結果を学べるし、タイミングも見計らえます。顧客が求めるタイミングで他よりもすぐれていればOKなのであって、いちばん乗りにこだわりすぎると、失敗するのです。

もちろん、遅れ過ぎてもダメです。iPhone発売の数年後に「iPhoneが売れてるみたいだから、追いかけて似たようなスマホを販売しよう」と思っても、もう勝負はついています。

狙った市場を虎視眈々と観察し続けて、商品を常に磨き上げ続けて、「いまだ!」というタイミングで勝負をしかける後発者が、イノベーションを起こせるのです。

   

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マーケティングは、コモディティ化すべきである

長年マーケティングと関わってきましたが、ほんの20年前と現代では、明らかに異なることがあります。

ほんの20年前まで、「マーケティングはマーケティング専門家が学ぶもの」と考えられていました。たとえばマーケティング研修は、新任マーケターを中心に行われていました。かくいう私も、当時は教わる立場や教える立場に立ちました。

しかし10年ほど前から変わりました。実に多くの職種の方々がマーケティングを学ぶようになったのです。

私が企業様のご依頼で実施するマーケティング戦略研修には、マーケティング部門は少数派で、商品開発、営業、管理、人事、生産管理、財務・会計など、実に様々な部門から社員が参加しています。そして参加する方々は皆「自分の仕事でマーケティングの考え方がとても役立つ。全く新しい発見だった」とおっしゃるのです。そして新しい視点で仕事を見ることができるようになり、その後の仕事が確実に変わっていきます。

つまり現代では、ビジネスに関わるあらゆる人が学ぶべき必須スキルになっているのです。

そもそもマーケティングとは、自分たちに求められている価値を理解し、その価値を創造して、伝えるべき相手に伝えて、実際にその価値を届けるためにすべきことをまとめた考え方です。

そして企業も、顧客に価値を提供するために存在しています。

このように考えると、マーケティングに関わる活動は会社の活動そのものですし、企業の中で働く誰もが関わる活動でもあります。

かつて私がIBM社員だった20年前、IBM社内で聞いた話ですが、「IBM中興の祖」と呼ばれたルー・ガースナーの後任CEOサム・パルミサーノは「私はマーケティングをIBM社内でコモディティ化したい」と言いました。これは「マーケティングの考え方は重要なので、マーケティング専門職だけでなく、全IBM社員の必須スキルとすべきだ」という意味に捉えるべきでしょう。

ただ「コモディティ化すべき時代」ではあるのですが、現実には決して「コモディティ化している」とは言い難いことも、また事実です。

たとえば…

・顧客の悩みや課題と無関係に作られている多くの商品
・製品の説明に終始するセールス
・何を伝えたいのかさっぱりわからないクライアントとの打ち合わせ

ありがちな場面ですが、これらはすべてマーケティングを理解していないことから生じています。

現代においては、マーケティングは、マーケティング専門家の仕事ではありません。

マーケティングスキルは、全ビジネスパーソンの必須スキルとして広げるべきなのです。

   

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EVは、キャズムに墜ちるのか?

「これからのクルマはEVになる」と言われて数年が経ちました。

・EUは「2035年までにすべての新車はゼロエミッション」という基本方針を掲げています
・ボルボは「2030年までに新車販売をすべてEVにする」という目標を掲げています
・ホンダは”脱エンジン”の電動化戦略を掲げ、2040年までに新車販売のすべてをEVとFCV(燃料電池車)にする方針を打ち出しています

街中を見るとEVをよく見かけるようになりました。

こんな流れで、世の中は「エンジン車はもうオワコン。これからはすべてEVに切り替わる」という感じでしたが、昨年頃からどうも様子が変わってきました。

・EVシフトを官民で戦略的に進めている欧州で、EVが伸び悩んでいます。欧州の新車販売に占める比率は、2017年はエンジン車(HV除くガソリン+ディーゼル)が94.3%、ハイブリッド車(HV)が2.8%、EVが1.5%でした。6年後の2023年は、エンジン車は48.9%に激減、HVは33.5%に激増、EVは14.6%に留まっています。欧州ではなんと3台に1台がHVで、EVはHVの半分以下なのです。(出典:日経産業新聞 2024.3.8「欧州、3台に1台がハイブリッド車」)

・米国のEV販売比率は、2023年1月に7.9%になった後は、2023年11月まで6〜8%台が続いており、EV普及は伸び悩んでいます。(出典:日本経済新聞2024.1.4「米新車販売、EV比率8% 横ばい」)

・中国では、2023年のEV販売台数は21%増でしたが、PHV(プラグインハイブリッド)は83%増でした。(出典: Bloomberg 2024.2.22「中国でプラグインハイブリッド車人気、EV減速-テスラなどに課題」)

なぜEVの普及が停滞しているのでしょうか? 色々と見てみると要因が浮かび上がってきます。

・補助金がないと、EVはまだまだ高い。電池容量が少なければEVは安くなるが、こうなると航続距離が100Km程度となり遠出ができない。たとえばPHVやHVならば、ガソリンを入れれば遠出できるし燃費もいい。だからPHVやHVが売れる

・EVは大容量バッテリー搭載が必要だが、大容量バッテリーは高価で入手しにくい。そこでメーカー各社は「EVは意外と儲からないコスト構造になっている。特に300万円以下の量産コンパクトカーで利益を出すのは困難」と気づき始めた

・世の中も「本当にEVって環境車なのか?」と気づき始めている。走行時のCO2は確かにない。しかし製造工程のCO2排出量はガソリン車よりもかなり多い。廃車時の電池リサイクルの仕組みもできておらず、走行時以外の環境負荷が意外と高い。さらに「走行時にCO2を排出しない」のは、その地域の電力が再生可能エネルギーで発電されていることが大前提。これは欧州など一部の地域に限られる

こんな状況もあって、昨年10月頃は1兆2160億ドル(182兆円)だったテスラの時価総額は、現在5600億ドル(84兆円)に急落しました。対するトヨタの時価総額は現在59兆円。一時はテスラがはるか上でしたが、今はいい勝負です。

ジェフリー・ムーアは歴史的名著「キャズム」で、革新的新商品が普及する際に、リスクを歓迎するイノベーターとアーリーアドプターが採用してから、リスクを敬遠するアーリーマジョリティに広がろうとする普及率16%の時点で、大きな普及の谷(キャズム)が待ち構えている、と言いました。

まさに2024年は、世界的にEVがキャズムに直面している年なのです。

現在EVがかかえる様々な課題(主にバッテリー系のコスト)は、将来的に技術革新で乗り越えられる可能性もあります。しかしそれが生産革新まで行き渡るには時間がかかります。

こんな状況もあって、各社は戦略を見直しています。

・メルセデスベンツは、2030年に全新車をEV化する計画を見直して、エンジン車販売を継続
・フォードはEV関連の投資計画のうち120億ドルを延期すると発表
・GMは電導ピックアップトラックの生産拡大計画を延期
・アップルは、EVの開発計画を中止し、人材をAI部門に配置転換
(以上、日本経済新聞 2024.2.29「EV変調、世界に広がる 販売環境が悪化」より)

さて、我らが日本のクルマメーカー各社は、ガソリン車では世界を圧倒する強者でした。しかしEVで出遅れていました。

たとえばトヨタが米国ケンタッキー工場やノースカロライナ工場でEV生産を始めるのは2025年。そしてトヨタはEVの世界販売台数を2026年に150万台、2030年には350万台に増やす計画です。

こうした状況を踏まえてEV市場全体を眺めてみると、2024〜2025年にEV普及がキャズムに直面して停滞していることは、日本の自動車メーカー各社にとって「天佑」と言えるかもしれません。

日本の自動車メーカーはまだEVでは何も失っておらず、状況をじっくり見極めた上で、最善の手を打てるからです。

日本の自動車メーカー各社にとって天佑と言えるかもしれません。まだEVでは何も失っておらず、状況をじっくり見極めた上で、最善の手を打てるからです。

そして多くの産業が、自動車メーカーと深く関わっています。このEVのトレンドは、今年要注目だと思います。

   

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Y1000に学ぶ自社視点を顧客視点に翻訳する大切さ

ヤクルトのサイトより

企業研修で、新商品や新事業を考えるワークショップを行うことがよくあります。

顧客視点の大切さをお伝えしてから、実際に新商品・新事業を考えていただくわけですが、感覚的な数字でいうと9割程度の方々が自社製品視点で発想します。こんな感じです。

「お客様は○○機能(自社商品が提供する機能)を必要としている」
「お客様は○○(自社商品が提供する機能)ができずに困っている」

これは「お客様」という言葉を使っているだけで、実際には自社製品視点から抜け出せていません。考えるべきは、

「そもそもお客さんって、誰だっけ?」
「これって、お客さんにとって何がいいの?」

です。

ここでヤクルト1000(Y1000)の事例を紹介したいと思います。

もともとヤクルトは「腸を丈夫にすれば健康になる」と考えた代田(しろた)稔博士が創業した会社です。代田博士が発見、強化培養した、生きたまま腸に届き腸内環境を改善しておなかの調子を整える乳酸菌「シロタ菌」を活かしてヤクルトが生まれました。

ヤクルト1000は、このシロタ菌が1000億個(従来比2倍)入っています。

「腸脳相関」といって、腸と脳は密接に情報を交換し合って影響を与え合っています。ここで役立つのがシロタ菌の菌密度。シロタ菌は従来比2倍の菌密度なので、脳にもいいわけです。

しかしヤクルトが素晴らしいのは、この「腸脳相関」「菌密度」という言葉をそのままマーケティング的に訴求しなかった点です。

「腸脳相関が大事です。だから菌密度を高めました」

と消費者に言っても、消費者にとっては意味不明。スルーされてオシマイです。

加えて、ヤクルト創業時と違って、いまは「腸活市場」にライバル各社が参入していて、どこも「腸活効果」を訴求しまくっています

つまりこの言葉は一見すると消費者目線の言葉ですが、消費者にスルーされてしまうという点から考えると、実は自社製品視点の発想なのです。

そこでヤクルトは、まずターゲットとして「30〜50代ビジネスパーソン」を想定し、こんな訴求をしました。

「ストレスの緩和、睡眠の質向上」

まさに30〜50代ビジネスパーソンの課題にストライクゾーンですよね。加えて乳酸菌飲料メーカーで、「睡眠カテゴリー」で想起されるメーカーはいませんでした。

ヤクルトはこうしてマーケティング戦略の足場固めをした上で、当初は限定地域に、ヤクルトレディが丁寧な説明で販売しました。その後は一部百貨店・高級スーパーで販売。次第に消費者の間口を広げ、2021年4月に全国販売を開始。

価格は、従来品のヤクルト400(80ml/シロタ菌400億個)が80円なのに対して、宅配専用のヤクルト1000(100ml/シロタ菌1000億個)は130円、店頭販売専用のY1000(110ml/シロタ菌1100億個)は150円に設定しました。

価格設定も、より高付加価値な商品属性にあわせて設定しています。

ここまで見ていけば、次の違いがわかるのではないでしょうか?

自社視点 「腸脳相関が大事です。だから菌密度を高めました」
顧客視点 「ストレスの緩和、睡眠の質向上」

最初は「自社視点」なのは当たり前のこと。マーケティングではこれを「顧客視点」に翻訳する作業が必須なのです。

御社の商品が本当に顧客視点発想か、自社視点発想に陥っていないか、改めて検証してみてはいかがでしょうか?

   

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95%節水できる蛇口。最大の価値は「節水」でなかった!?

メルオールデザイン公式サイトより https://meliordesign.com/products/meliorkitchen

「水不足=節水」という課題に特化して急成長する企業があるのをご存じでしょうか? DG TAKANOという会社です。

同社が販売する業務用の節水ノズル「Bubble 90」は、洗浄力を保ちつつ最大95%節水可能。大手レストランチェーンの8割、スーパーで5割の導入実績を誇ります。

水を大量に使う飲食店などでは、水道代は大きな負担です。これを大幅に節約できます。

私たちは「それだったら、売れない理由はないよね」と思ってしまいますよね。

しかし当初、全くと言っていいほど、売れなかったのです。

なぜでしょうか?

「最大95%節水できる。だから水道代が大幅に節約できますよ」というメッセージで喜ぶのは、経営者です。しかし同社が話をする相手は、現場の担当者でした。

現場の担当者もコスト削減は大事ですが、最優先課題ではなかったのです。このため、こんな会話が繰り返されました。

セールス「これ、最大95%節水できるんですよ」
現場担当者「ふーん。凄いですねぇ」

商談はそれ以上進まなかったそうです。同製品Bubble 90は賞を取るなど、技術的に高く評価されましたが、発売から5年間は売れず、同社は倒産寸前まで追い込まれました。

ここでユーザー分析の大切さに気付きました。

そもそもこの商品のお客さんって、誰なのでしょうか?

経営者?
購買担当者?
現場の皿洗い担当?

このあたりの分析が不十分だったのです。

そしてこの気づきは、その後、消費者向けに商品展開をする際に、役立ちました。

消費者向けの場合、業務用節水ノズル「Bubble 90」はそのままでは展開できませんでした。これはB2BとB2Cの違いによるものです。

業務用の洗い場は蛇口の種類は数種類。だからノズル側は少ない種類の品揃えで対応可能でした。しかし家庭用の蛇口の種類は無数にあります。賃貸で暮らす人も多いので、蛇口交換ではムリ。

そこでDG TAKANOが考えたのは「洗う側の蛇口側ではなく、洗われる側の皿で節水しよう」。

洗剤やスポンジを使わずに、すすぎ程度の食器洗いで汚れが落ちる食器を開発しました。当然ながら社内に技術はありません。研究は手探り。食器に特殊塗料を塗ってみて失敗、という試行錯誤の末に、ナノテクノロジーを活用した食器「meliordesign」(メリオールデザイン)」を開発しました。

ここまでは「モノづくり大国ニッポン」らしいお話です。同社が違うのは、この後でした。技術的に高く評価されたけども販売に苦しんだ「Bubble 90」からの学びを活かしたのです。

meliordesignは節水を目的に開発した商品でしたが、製品訴求の段階では、全く別のメッセージを打ち出したのです。

それはこんなメッセージです。

「一瞬で、食器洗い完了」

そして節水や環境問題解決への貢献は、少し触れる程度に留めました。

これは、毎日皿洗いしている人はよくわかると思います。

食器を洗う人にとって最大のストレスは、食器洗いそのものです。シンクにたまった食器を見るだけでストレスになります。

確かに環境問題や節水による節約も大事ですが、優先順位は食器洗いのストレスよりも低いことが多いのです。これはもしかしたら、仕事第一で頑張っておられて家事をあまりしない男性には、イマイチわからないかもしれません。

このmeliordesignは「魔法の食器」として話題になり、売れ行き好調。想定を上回るペースで売れています。

(以上、出典は日経クロストレンド 2024.1号 p.12-14を参考に作成)

この話は、「ものづくりが大事」という考えからなかなか離れられない私たちに、大きな示唆を与えてくれます。

どんなに技術的に素晴らしい商品を開発しても、その商品の価値が消費者に届かなければ売れません。

ここで自分に問うべきなのは、次の2つの問いです。

①「その商品で、最優先課題を解決できる人は誰なのか?」
Bubble 90の「95%節水で水道代節約」の価値を求めているのは、経営者でした。

②「自社が接するユーザーの最優先課題は何で、自社メッセージはどう変えるべきなのか?」
meliordesignは節水が目的でしたが、販促では「一瞬で、食器洗い完了」を訴求しました

技術的に高く評価された商品なのに売れないのは、この問いを怠っているからです。

逆にこの視点があれば、自社技術がなくても、社外から技術を調達することで、ビジネス成功の可能性が高まります。前々回に紹介したように、アップルも社外から技術を調達して、Apple Vision Proを開発・販売しました。

「その商品で、最優先課題を解決できる人は誰なのか?」
「自社が接するユーザーの最優先課題は何で、自社メッセージはどう変えるべきなのか?」

常にこの視点を持ち続けたいものです。

あなたの商品が持つ本当の価値は、当初自分が想定した価値とは、全く違うところにあることも多いのです。

   

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失敗するサブスクに共通する2つの根本的勘違い

サブスク型ビジネスが急速に広がっています。

収益化して持続的に成長するサブスクもあります。

私が主宰する「永井経営塾」もサブスクですが、2021年1月の立ち上げ段階でお客様が多数集まり収益化でき、今年で4年目を向かえました。

一方でお客が集まらずに継続できず、失敗するサブスクも数多くあります。

『サブスクリプション』(ティエン・ツォほか著)では、サブスクを成功させる鉄則として次の3つを挙げています。

鉄則1 顧客に「どうしても使いたい」と思わせる
鉄則2 顧客体験を常に高め続ける
鉄則3 収益化して継続(or 資金調達で拡大)

失敗するサブスクは、この3つのうち、初期段階では鉄則1で、中期的には鉄則3で失敗するケースが多いように感じます。そこで具体的にもこの2つについて見ていきましょう。

【鉄則1 顧客に「どうしても使いたい」と思わせる】

企業で、サブスク型ビジネスの新規事業を検討する方のお話を伺っていると、率直に申し上げて「それで、お客様は本当に欲しくなるのかな?」と感じることが少なくありません。

「お客様はこう考えるはず」と想定しているパターンが多いのです。

「何これ。メチャ安いじゃん」
→「どんな内容なんだろうなぁ?」
→「安いし内容もよさげ。やってみようかな」

しかし実際は上記のようになりません。安いだけでは、人は興味を持たないからです。これはご自身に置き換えるとわかると思います。

現実には、成功するサブスクではこうなります。

「何これ。メチャいいじゃん!」
→「しかも結構安く始められるぞ」
→「じゃぁ、まずは試しにやってみようかな」

お客さんは、まず圧倒的な価値の提供があることで興味を持ちます。価格を見るのは、その次なのです。

実際、成功しているサブスクは、次のようにまず圧倒的な価値を提供しています。

■女性向けに高級バッグ借り放題サブスクを展開するLaxus →女性に「気分がアガる」と感じさせる
■女性用の服借り放題のメチャカリ →「お洒落な服借り放題」
■カリフォルニア州で飛行機乗り放題のSurfAir →「ほぼプライベートジェット」

最初に考え抜くべきは「価格以外に、どんな価値を提供するのか?」。

「サブスクにすれば初期投資が少なくなる。だからお客は買うはずだ」と考えても、たいていはうまくいかないのです。

【鉄則3 収益化して継続(or 資金調達で拡大)】

サブスクで新規事業を考える方々のうち、収益化ロジックを突き詰めて考えていない方は、少なくありません。

「そんなのやってみないとわからないじゃん」という方が意外と多いのです。

しかしサブスクを立ち上げる時点では、最低限「どの程度のユーザーが集まれば、損益分岐点を超えて黒字になるか?」という目処は立てたいところです。

収益化ロジックを持つことで、そのサブスクが、どこまでやれば持続可能になるかが見えてくるからです。

先に紹介した女性用の服借り放題の「メチャカリ」は、ストライプという会社が提供するサブスクです。毎月3着、5,800円で借りることができます。しかも60日間借り続けたらプレゼント。

一見すると損得勘定抜きの大盤振る舞いに見えますが、ちゃんしたたかに収益計算しています。

①定価に対する1着当たり売上…通常の店舗販売だと6割です。メチャカリだとこれが2割になります。そしてメチャカリで戻ってきた服は、クリーニングの上でオンラインの古着販売で売って5割回収します。合計で定価の7割。つまり店舗より売上が多いのです。

②定価に対する1着当たり原価…メチャカリの服は自社製造なので原価は3〜4割。ちなみにアマゾンなどのネッツ通販は原価5〜6割で仕入れなので勝てます。

③1着当たりの粗利は…①から②を引くと粗利3〜4割になります。計算するとユーザー数1.1万人で損益分岐点を超えます。

メチャカリは既に数万ユーザー。損益分岐点を既に超えているので、収益化できているわけです。

おかげさまで「永井経営塾」も多くの方々にご入会いただき損益分岐点を超えて収益化できています。ですので安心してサービスを提供し続けることができています。

「サブスクで新規事業を立ち上げたい」とお考えの方は、この2点は最低限考えてみてはいかがでしょうか?

   

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Apple VisionProは世の中を変えるか

https://www.apple.com/jp/newsroom/2023/06/introducing-apple-vision-pro/ より

10日ほど前の2月2日、アップルはVisionProを米国で発売開始しました。VisionProはアップル初のゴーグル型ヘッドマウントディスプレイ(HMD)です。

ゴーグルで目を覆っていますが、本体前面に付いたカメラで撮影した現実の風景を目の前にあるディスプレイに映し出し、CGで合成した画像を重ねて、拡張現実(AR)空間を創り出します。

価格はなんと3499ドル(52万円)。しかし1月の予約開始以来、既に18万台が売れ、初年度出荷台数は30〜40万台と報じられています。

同じゴーグル型HMDでメタ(旧Facebook)のクエスト3は499.99ドル。7倍もの価格です。

価格戦略のキモは「値ごろ感」だと言われています。以下は、ソニーの創業メンバー盛田昭夫さんの有名な言葉です。

「いいモノでも『いいけど高い』、これは買わないよ。『高いけど、さすがだな』は買ってくれる。このニュアンスは月とスッポンだぞ。値付けはこの呼吸が勝負なんだ」

50万円を超える価格は、さすがに『いいけど高い』=買わない価格に見えてしまいますよね。こんな高い商品を出して、本当に売れるのでしょうか?

VisionProが発表されたのは、半年前。昨年2023年6月5日でした。

そのタイミングで、私は永井経営塾の会員限定メルマガでこんなことを書きました。

—(以下、永井経営塾会員メルマガに書いた情報)—

・VisionProに対し、ネットでは「50万円に絶句」「秒で陳腐化する技術分野で50万円出せるモノ好きが何人いるの?」という意見がある。これらは個人の意見としてはよくわかるが、製品戦略的にはやや的外れ。

・アップルが現時点で狙うのは、革新的であれば飛びつく「イノベーター層」(新しもの好き)。

・過去、アップルはユーザーインターフェイス(UI)革新で世界を変えてきた。たとえば、1980年代のマッキントッシュのマウスとGUI、2007年のiPhoneと指先入力。

・VisionProは、もの凄いUI革新を実現した。目・指・声だけで操作できる。これまでのゴーグル型HMD(メタのクエスト3など)は、両手にコントローラーを持つ必要があった。

・アップルが凄いのは、最新技術と、最新技術に必要なCPU能力やメモリーの成熟度を見極め、ベストタイミングで実用的なUIを市場に出し、一気にブランド認知を確立する点。UI革新が最優先。自前技術にこだわらず、必要ならどんどん外部から調達する。

・ここが、アップルがイノベーターとして高く評価される点。アップルはインベーター(発明家)ではない。あくまで市場を変えるイノベーターだ。

・iPhoneが成熟したのは3代目の3GSから。アップルはイノベーターのフィードバックを元に機能を強化し、3代目あたりでアーリーアダプターに顧客を広げ、キャズム越えを狙う。恐らく2年後(2026年)のVisionPro 3代目あたりで、世の中に本格的な変化が起こる。

・競合のメタ・クエストより高い価格になった理由は、解像度。メタの視野角は100度で解像度は773ppi。VisionProの視野角は160度で解像度は3400ppi。恐らく没入感がまったく違う。

・ハードウェアによるユーザー体験の大切さを知り尽くすAppleは、自前のハードウェアに徹底的にお金を掛ける。そしてアプリはエコシステムでパートナーに作ってもらうのが、基本戦略だ。

—(以上、永井経営塾会員メルマガに書いた情報)—

上記から半年後の今年2月2日、実際に発売されたVisionProはどうだったのでしょうか?

新聞やニュースなどで、実体験した人の話を見ると、やはり皆さん興奮した様子で「没入感が凄い」とおっしゃっています。

目に前に広がるディスプレイに映されたモノを指でつまむと選択され、声で操作できるなど、操作は驚くほどスムーズ。iPhone/iPadなどのアプリもそのまま使えます。

さて、マクルーハンは歴史的名著「メディア論」で、「熱いメディア」と「冷たいメディア」という概念を提唱しています。

【熱いメディア】情報の量が圧倒的に多く人が補完して解釈する余地が少ないので、人の参与も低いメディア。代表的なのはラジオ。

【冷たいメディア】情報量が少なく人の全感覚を支配するほどではないので、意識的に集中し、情報を補完して解釈する必要があるメディア。代表的なのはテレビ。

ちょっと混乱しますが、わかりやすく補足すると、マクルーハンが言う「情報量」とは、「感覚を支配するかどうか」であって、メディアが流す絶対的な情報量のことではありません。

テレビは「何かをしながら見る」ということはできません。意識的に「テレビを見るぞ」と集中して、情報を脳で補完しながら見る必要があります。だからテレビは意外と「冷めて(クールに)」見てしまいます。

ラジオは耳から自然に入り聴感覚を支配します。意識せず、つまり情報を脳で補完することなく、「何かをしながら」でも聞くことができます。そしてラジオなどで熱く語ると、その人の情熱はダイレクトに伝わります。だから『熱いメディア」です。

メタのクエストは、ディスプレイの解像度が低く、しかもコントローラーが付いていました。情報を脳で補完しまくる必要がありました。その意味では感覚は支配されない「冷たいメディア」といえるかもしれません。

VisionProは、解像度は4倍も高く、しかも脳の補完は最小限になるように、視線や手、声で自然に操作できます。まさに「熱いメディア」になり得る可能性大です。

このように考えると、VisionProの可能性が見えてくるのではないでしょうか?

iPhone同様、様々な分野で、従来のやり方を根本的に変え、人々を本格的なデジタル空間への没入体験へと誘(いざな)うゲームチェンジャーになり得る可能性を秘めていると思います。

一方で、VisionProの課題もあります。それは重量。

600gあり、長時間装着すると肩が凝ってしまうそうです。これから2〜3年間で、200〜300g程度に軽量化され、さらに低価格になれば、爆発的に普及する可能性もあります。

ちなみに現在は米国のみの販売。米国以外の地域は2024年下半期とのことです。実機を触るのが楽しみです。

   

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御社のブランドが衰退する理由

日経産業新聞が本年3月末に休刊、とのお知らせがありました。日経本紙がカバーしないコア情報が得られるので愛読してきました。個人的にとても残念です。ただ恐らく主な読者は、私のようなコアな愛読者だけだったのかもしれません。名前に「日経”産業”新聞」と”産業”という文字が入るのも、1960〜80年代の高度成長期の香りがあり、いまや古さも感じます。読者数も少なかったでしょうし、仕方がないですね。

ここで私はハタと気付きました。

「これって、多くの企業の老舗ブランドが衰退する現象と全く同じだ」

そこでブランドが成長したり衰退する仕組みを、気鋭のマーケティング学者バイロン・シャープが提唱する理論をベースにして整理したのが、図です。

まず図の上半分の説明です。市場全体で見ると、圧倒的に多いのは滅多に買わないノンユーザー。次の多いのがライトユーザー。ヘビーユーザーはごくわずかです。

コカ・コーラで考えると、1年から数年に1度飲むような人はノンユーザー、数ヶ月に1回程度飲む人はライトユーザー、毎月や毎週(あるいは毎日)飲む人はヘビーユーザーです。私は1年に1〜2回気が向くと飲むので、ライトユーザーからノンユーザーの間ですね。

私たちは「コカ・コーラの売上はヘビーユーザーが大半を占めている」と思いがちですが、実際に調べると、売上の半分はノンユーザーとライトユーザーです。

その結果を示したのが、図の下左の部分です。

よく「パレートの法則」を引用して「売上の8割は、2割のヘビーユーザーが占めている」と言う人がいますが、これは現実に即していません。実際に調査すると、ブランドの売上の半分くらいはライトユーザーやノンユーザーです。

また「顧客離脱を防ぐことが大事」とよく言われますが、実際に調べると、ブランドの顧客離脱は常に一定の割合で発生します。言い換えれば、顧客離脱は確率的な事象なのです。

私たちが自分を振り返るとわかると思います。特定の店や商品を愛用していて、そこの販促キャンペーンもよく使っていたのに、なぜかある時、急に使わなくなることはありませんか? たとえば引っ越しや転職、気が変わったり、あるいは特に理由もなかったりして使わなくなることて、よくありますよね。これは、相手の会社から見ると「ヘビーユーザーの顧客離脱」なのです。

バイロン・シャープは「顧客離脱は、マーケターの努力で変えられるものではない」と言っています。

そこでここでは「顧客の離脱率は一定」と考えてみます。(正確に言うと「シェアが大きいほど離脱率は少ない」のですが、これは別の機会に紹介したいと思います)

さて、もう一方の新規顧客獲得は、マーケターの努力次第です。

成長するブランドは、新規顧客獲得に注力します。市場の大部分はノンユーザーとライトユーザーが占めますので、成長するブランドではライトユーザーが増えます。新規獲得の中にはヘビーユーザーもいますが少数派。結果、ヘビーユーザーの比率を下げつつ、全ユーザーが増えていきます。

コカ・コーラが大金を掛けてCMを流すのも、普段は滅多に飲まない私のようなノンユーザーとライトユーザーな人たちに「コーク、忘れないでね」と脳内に植え付けるためなのです。

では衰退するブランドはどうでしょうか?

衰退するブランドは、新規顧客獲得に注力しません。「ご愛顧いただくお客様が大事」という謎の号令がかかったりして、ヘビーユーザーに注力したりします。しかしユーザーは一定確率で離脱し続けるので、全ユーザー数がどんどん減り続けます。ただ使用頻度が高いヘビーユーザーの離脱率はライトユーザーより小さいので、こんな中でもヘビーユーザーの比率が上がります。

時々、「当社は売上減りつつあるけど、ご愛顧客が多いのが強みだ」という会社があります。かつては業界のリーダーだった老舗企業がよくおっしゃる言葉です。でもご愛顧客が多いのは、実は強みではありません。単に新規顧客開拓をしなかった結果なのです。

こう考えると、日経産業新聞が休刊に至った理由がよくわかります。日本経済新聞社が日経産業新聞の新規顧客獲得に注力せず、放置したからです。その結果、私のようなヘビーユーザーしか残っていない状態になりました。

ちなみに私は日本経済新聞、日経産業新聞、日経MJ、日経ビジネス、日経クロストレンドなどを購読していますので「日経のヘビーユーザー」と言えるでしょう。

しかし私は、必ずしも日経「だけ」のロイヤル顧客ではありません。他にも「週刊ダイヤモンド」「週刊東洋経済」など、他のビジネス情報メディアも愛読しています。

こうしたユーザーを「カテゴリーヘビーユーザー」といいます。カテゴリーとは、商品市場のこと。たとえばこの場合は「ビジネス情報メディア(ビジネス紙やビジネス誌)」です。

ここで大事な事は、ブランドヘビーユザーとカテゴリーヘビーユーザーは異なる、ということ。

特定ブランドに愛着を持つブランドヘビーユーザーとは異なり、カテゴリーヘビーユーザーは特定ブランドに必ずしも愛着を持っていません。購入頻度が高くても、ブランドから時に躊躇なく離脱します。

たとえば私はかつては日刊工業新聞も愛読していましたが、なんとなく購読を止めました。これはもしかすると、日刊工業新聞から見ると「ブランドヘビーユーザーの離脱」に見えたかもしれません。

さて、「ブランドは消費者の脳内にある」ので、企業の都合では書き換えられません。ですのでブランド戦略の鉄則は「広く浸透したブランドは、変えないこと」です。

たとえばP&Gは、洗剤やヘアケア製品など様々な一般消費財をマーケティングしています。P&Gは従来とは異なる新しい効能を持つ商品を出す場合、既存ブランドを拡張せずに、新ブランドを立ち上げます。P&Gはこのブランドの鉄則に従っているのです。

日経も日経産業新聞の休刊後、今後の専門情報は「Nikkei Primeシリーズ」という傘の下で、Minutes, Mobility, GX, Tech Foresightといった電子版にシフトするとのことで、新しいブランドを立ち上げる戦略です。

日経の新しいブランド、成功するといいですね。

   

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不要だったHazukiルーペで、販売現場の問題を考えた

先日、妻の実家に電話したら、義理の父が「最近、目が遠くて読めないんだ」と困っていました。ちなみに義父は研究職で、80代になった今も論文を読んだり書いたりしています。当然ながら80代だと老眼も進みます。論文作業は大変ですよね。

ちょうど義父の誕生日が近かったので、「Hazukiルーペをプレゼントしよう」と思いつき、義父と待ち合わせて、近所の老舗眼鏡屋にいきました。ちなみにHazukiルーペは眼鏡屋さんなどでも売っています。

店に入ると、店長と思われる男性が登場。「ささ。こちらへ」と椅子を勧められ、「Hazukiルーペは、倍率別に三種類あるんですよ」と言いながら、丸卓の上にHazukiルーペを並べ、大きな店頭チラシを見せながら、説明を始めました。

「ところでこの文字、読めますか?」

義父は(……)と黙ったまま明らかに困っている様子でしたが、店長のお話は続きます。

「Hazukiルーペはいまお使いの眼鏡の上からも掛けられますよ。どれかお手にとって、実際に掛けてみて文字をご覧ください」

義父は店頭チラシのサンプル文字を見ながら、ボソッとつぶやきました。

「ウーン、このままでも読めるねぇ……」

店長の説明は続きます。

「Hazukiルーペなら、大きく楽に見えるんですよ」

「あのー」思わず、私はと言いました。

「すいません。ちょっといいですか?」

私は普段、義父と一緒にいません。ですのでなぜ彼が字が読めないで困っているのか、考えてみたら私はよくわかっていませんでした。そこで尋ねました。

「お義父さんは、普段はどんな状況で、どんなモノを見ていて、どんなことで困っているんですか?」

義父は考えながら話し始めました。

「うーん。論文やあなたの本を読んでいてね。『なかなか読めないなあ。字が小さいからだな』と思っていたんだけどね。そうか。この店内は明るいからよく見えるんだね。家の中で読んでいるんだけど、よく考えたら、照明が暗かったんだね」

実は眼鏡の問題ではなかったのです。義父は私のお勧めで手元がよく見えるBalmuda The Lightも買いましたが、使っていなかったそうです。「そうか、あのライトを使えばいいのか」と納得していました。とりあえず「よく読めない」問題は解決しそうです。

店長にはお手間をお掛けしたことを丁重にお詫びをした上で、店を出ました。

一方で、こうも思いました。

この老舗眼鏡店の店長は、お客が何に困っているかを知らないまま、商品を売っていました。

確かにHazukiルーペは人気商品なので、指名買いが多いと思います。ここからは私の想像ですが、Hazukiルーペは「完璧に商品を説明したパンフレットとサンプルを店に配り、販売員にマニュアル通りに説明方法を伝えて、商品を売らせる」という方法を確立しているのかもしれません。この方法は販売員のスキルに依存しません。確かに高い効果が出ると思います。

一方でこの老舗眼鏡店は、顧客単価が高いお店です。数十万円の老眼鏡も売っていたりします。

義父の場合は「よく見えないのは照明の問題」とわかったので売れませんでした。しかし来店客の悩みをちゃんと理解すれば、Hazukiルーペよりももっと高い眼鏡の方がより理想的な解決策になる人もいるはずです。そんな場合は、お客の懐具合によっては販売価格も一桁上がったかもしれません。

しかし本来は販売のプロと思われる老舗眼鏡店の店長が、いわゆる「チラシ販売」(チラシの内容を一方的に説明して売る販売方法)をしていたことに、私は少々驚きました。

マーケティング戦略も、そしてセールスの現場でも、「まず顧客が抱える課題から考える」という視点が極めて重要です。この視点が現場で欠落していることを実感した出来事でした。

これと同じ現象は、企業の販売現場でもよく起こります。そして残念ながらこの現象は、今回のケースからもわかるように実は「よかれ」と思ってやったことが招いています。

新商品の販売をする会社の多くは、販売員向けにセールスマニュアルを作ります。よく完成されたセールスマニュアルほど、「このような状況で、こう説明しなさい」「製品のアピールポイントはこう」「○○と反論されたら、□□と答えなさい」とわかりやすく実践できるように作り込まれています。

しかしよく作り込まれたセールスマニュアルを「説明するだけ」という状況になり、その方針に従う素直なセールスが増えるほど、現場ではモノを考えなくなるのです。

中には「このセールスマニュアル、確かに完成度高めだし、参考にはなるんだけどさ。現実にはお客さんの課題や状況って千差万別だから、このままじゃ使えないんだよね」と文句をいうセールスもいます。実はそんなセールスほど、セールスマニュアルに書いていないことも読み取り、自分流に使いこなして、販売成績を上げたりします。これはそのセールスが「顧客の課題から考える」という大切さを熟知しているからです。

御社では、販売の現場では顧客の課題から考えているでしょうか?

   

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「本当のことは言わずに、ぐっと堪えて丸く収める」のがたった1つの成功法則?

週刊東洋経済に「ヤバい会社列伝」という連載があります。ジャーナリストの金田信一郎さんが書いておられるのですが、いつも楽しみに読んでいます。2023.12.23-30号に掲載された「ヤバい会社対象2023」では、こんな話が書かれていました。

–(以下、引用)—

先日出た、ある宴会でのこと。70代の経営者が、若い人々を相手に、こんな話を始めた。
「日本社会で成功する、たった一つの法則を知っているか」
講演にも呼ばれるこの経営者は、いつも、この1つのことを話すのだという。
「たった1つ? 何ですか」
社長はにやりと笑った。
「それは、本当のことを言わないことだ」
「えっ」
「心の中で、こうじゃないかと思うだろ。でも、それを口に出しちゃいかん。そこをぐっと堪えられるかどうかで、ビジネスの世界では成否が決まる。(中略)それを言っちゃおしまいよ、ってやつだ。物事を丸く収めることが何よりも大事なのよ」
周囲の人が頷いている。え、みんな同意しているのか。

—(以上、引用)—

この一文を見て私は「そうそう!」と思ったのと同時に、「だから企業は凋落するんだな」と思いました。

私は1984年から2013年まで、30年間日本IBMにいました。ザックリ言うと、

①1984〜1994年の10年間…IBMは長期低迷し続けて倒産寸前まで追い込まれた
②1994〜2004年の10年間…ガースナー変革で、全てを見直して復活した
③2004〜2013年の10年間…一進一退だった

という感じでした。この30年間をこの70代経営者の言葉で振り返ると、

長期低迷した①の時代 …まさにこの社長さんが言う通り。IBMは割と本音で議論する組織文化ではありましたが、問題の真の原因はノータッチで、誰もが触れたがりませんでした。

変革/復活した②の時代 …それがなくなり、本音で話をするようになったように感じました。

一進一退だった③の時代 …「物事を丸く収める」という傾向が復活しました。

あくまで私の感覚ですが、IBMでは本音ベースで話ができなくなるとともに会社が低迷を始め、本音ベースで問題の真の原因をオープンに話し合えるようになると復活しました。

さて日本を振り返ると、バブル崩壊以来の低迷が続き、いまや「失われた30年」とも言われています。この間、大半を占める伝統的な大企業は低迷を続け、ファーストリテイリングのように急成長を果たした企業は少数派です。

私は両者の違いは、「本当の事は言わず、ぐっと堪えて、丸く収める」かどうかだと思います。

私自身、多くの企業様とお付き合いする中で「本当のことはウヤムヤにしたままで、丸く収める」ことに多大なる労力をかけている場面に数多く遭遇しました。そのたびに「そんなことに労力をかけて、どんな価値を生むの?」と感じました。

実は「本当の事は言わず、ぐっと堪えて、丸く収める」のは、ある程度成熟した大企業の社内という小さな世界では、「個人が出世するための最適戦略」なのですね。

しかしこれは、「企業が世界で勝ち残るための最悪の戦略」です。本当の問題にはノータッチなのですから、徐々に不振に陥り、最後どうしようもない状況に陥るのは目に見えています。

今風に言えば、この70代の経営者は長年の会社員生活を通して「心理的安全性が低い組織文化」を意識して創り上げた上で、若い人たちにもその文化に染まるように勧めているわけです。

そして成長する企業は本音で話せる「心理的安全性が高い組織文化」を作っています。

大企業は、少々の不都合がある状況で現実を見ずに社内事業だけで動いても、会社は急に傾きません。この経営者のお言葉からは、「我が社は永遠」という大前提と、「その中で、上に立ってやる」という考えが透けて見えてきます。「そこをぐっと堪えられるかどうかで、ビジネスの世界では成否が決まる」とおっしゃっている「ビジネスの世界」とは、つまるところ「社内」という極めて狭い世界です。

ドラマ「半沢直樹」の舞台となった東京中央銀行で、社内事情と出世しか考えない銀行員を彷彿とさせますよね。

ここには「自分たちが社会にどのように役立つか?」という発想がありません。

ということで、「本当の事は言わず、ぐっと堪えて丸く収める」と公言し続ける経営トップの方には、本当に心から「早めに引退して、本音で話せるトップに交代した方は、社会のためだ」と思います。

また、そんな経営トップがずっと居座り続ける企業にお勤めの方もおられるでしょう。幸いながら、最近は転職しやすい社会になりました。ですのでそんな方は、本音で議論できる企業に転職する方が、ご自分が持つ力を社会の課題解決に役立てることができますので、世の中のためになると思います。

   

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「永井さんの企業研修、他とだいぶ違いますね」と言われた話

最近、企業の人材育成責任者の方から、立て続けにこう言われました。

「永井さんの企業研修って、他研修会社さんとはだいぶ違いますね」

ちなみに、私の企業研修はこんな形でやっています。

■参加者は、若手リーダー候補や経営幹部候補生
■目的は、「経営者目線を作ること」
■研修期間は6ヶ月間から12ヶ月間。毎月1回、半日間のワークショップを実施
■毎月テーマを設定(例:「心理的安全性を生み出すリーダーシップ」)
■ワークショップ前に、永井経営塾上の講義動画を視聴し、事前課題を作成
■ワークショップ当日は、研修参加者が事前課題をベースに対話しながら、チームで課題への解決策を作り、発表・議論する

ここまでであれば、おそらく他の研修業者さんや先生方もやっていると思います。

大きく違うのはこの後です。毎回終了後、必ず研修受講生にアンケートを取った上で、翌月の研修でアンケート結果をすべてオープンに見せて、要望への対応策や、ご質問への回答を公開していることです。

有り難いことに、受講生からは「他研修生が考えていることがわかる」「研修内容がどんどん最適化されているので学びが深まる」「仮説検証の効果が実体験できる」と好評です。

私がなぜこんな方法でやっているかというと、組織文化が会社毎に異なるからです。

私がご提供している研修コンテンツは、時間をかけて作り上げてきたモノなので、自分では「ビジネスパーソンの現場の仕事で、必ず役に立つ」と思っています。

ただ、A社様でうまく行く研修運営方法が、B社様では上手くいかないこともあります。

例えば、オープンかつ率直に徹底議論する組織文化がある企業様では、研修ではより深い対話をすることを期待します。そこでアジェンダを手直しします。

一方で、社内で徹底的に議論する組織文化がない企業様もあります。この場合、 対話の基本部分からキッチリとお伝えし、徐々にレベルアップしていく必要があります。

こういったことは、実際に研修をして、フィードバックをいただかない限り、 なかなかわかりません。

1〜2回しか行わない研修であれば、アンケートを取っても、それを元に対応する機会は ありません。しかし私の場合、有り難いことに、年間研修であれば12回も研修の機会をいただきます。

だから仮説・検証のフィードバックループを回すことで、企業様に研修内容を最適化し、研修品質を高め、受講生に学びを深めていただき、自己変容に繋げていただけるわけです。

「企業研修」という業務とは、サービスビジネスです。サービスである以上、お客様に併せて最適化するのは当然のこと。サービスマーケティングの基本です。まともなサービス業者であれば、どこもお客様に最適化したサービスを提供しています。

私は「企業研修をサービスとして提供しているのだから、当然のことをやっているだけ」と思っているのですが、意外なことに、企業の人材育成責任者の方々からお話しを伺うと、多くの研修業者さんや先生方は、どうもこういうことをなさらないそうです。

実は私もかつて日本IBMで人材育成部長をしていました。自分の経験で振り返ると、多くの研修会社はレディメイド(既製品)の研修を提供していることが多いですし、研修担当者は教えるのが仕事であって、研修コンテンツそのものを作っていないことも多いので、確かに企業毎にカスタマイズできる余地が極めて限られるのかもしれません。(中には「私の教える内容は絶対正しい。見直しする必要はない。しっかり学んで欲しい」とお考えになる先生もおられたりします)

一方で、私のこの方法には、デメリットもあります。

かなりの高確率で研修受講生の皆様の変容を実現でき、成果を生み出せるのですが、テーラーメイドなので、数多くの企業様のご依頼に対応できない、ということです。このため、

①ご依頼の上限を年間数件に設定した上で、
②ご依頼企業の経営幹部のお話しをお伺いし、お役に立てるかを見極め、
③6ヶ月または12ヶ月の契約をお願いしています。

特に重要なのが、上記②です。

この研修を受講すると、受講生は大きく変わります。経営戦略理論やマーケティング理論も仕事で活用できるようになり、「会社のココをこうやって変革しよう」と、とても前向きになります。

しかし企業の経営幹部の中には「変革が必要だ」といいつつ、 本音では「自分の在任中はリスクは取りたくない。今のままでいい」という方も多いのが、残念ながら現実でもあります。

そんなトップのもとで、ビジネス力をアップしてやる気になった社員は、不幸です。せっかく学んだスキルが活かせないからです。

そこで、②で会社の経営幹部のお考えと変革の方向性をお伺いしています。

本気で「社員に変容してほしい。このままではヤバい」と考える経営幹部と、「本音は今のままでいい」という経営幹部は、実際にちょっとお話しすれば危機感の差が伝わるので、すぐにわかります。

そして研修をご提供する場合は、研修コンテンツを経営幹部の狙いにあわせて調整しています。

振り返ると、私が日本IBMの人材育成部長だった時には、「経営幹部に会わせてほしい」と言ってくる研修会社は皆無でした。この点でも私がご提供する企業研修は、少し違うかもしれませんね。

私はマーケティングや経営理論、さらにリベラルアーツ系の著書を執筆するのも、企業研修をご提供するのも、永井経営塾を主宰するのも、目的は一つです。

日本のビジネスパーソンの力を大きく向上するご支援をして、日本をもっと元気にすることです。

「他社とはだいぶ違う」といわれるこのような研修スタイルをご提供しているのも、日本をもっと元気にするためなのです。

   

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20年間使い続けた除湿機2台を、同じ機種に買い替えた理由

我が家では除湿機を愛用しています。理由は、家族が洗濯物の外干しで付く花粉が苦手だったり、リビングにグランドピアノがあったりして、常に湿度を一定に保つ必要があるからです。このため2台の除湿機を、一日のうち半分くらい運転し続けています。

先日、こうして愛用してきた除湿機2台を、20年ぶりに同じ機種に買い替えました。結論から言うと、同じ機種にした理由は、性能がとても高く、しかも滅多に故障しないからです。

実は20年前にこの機種を使い始める前に、大手メーカーの除湿機を使っていましたが、1年で不具合が起こりました。大手メーカーのサポートセンターに連絡すると、「そりゃ、そんなに使っていたら、すぐ寿命が来ますよ。買い換えですね」。

困っていたところ、ある店の店長さんから、この除湿機を勧められました。
「この除湿機、性能がすごく高いんですよ。しかも壊れません」

実際に使ってみると、壊れた大手メーカーの除湿機と比べても段違いの除湿能力があり、しかも長時間使い続けても文句も言わずに真面目に何年間も働いてくれます。

そうして使っていた8年目のある日、この除湿機も不具合が出ました。

メーカーに電話したところ、担当者曰く「16年以上動くように作っているのですが、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」。すぐ修理してくれました。しかも修理中、代替品として同じ機種を送ってくれました。誠実な対応でした。

そうして20年間、毎日使ってきたのですが、さすがに性能が落ちてきました。

この間、この除湿機もバージョンアップ版が登場。そこで2台とも同じ機種に買い替えることにして、2代目となる除湿機が我が家に届きました。

ちなみにこの除湿機は「カンキョー」という会社が作っています。たまたまこの会社を調べていたら、驚きました。波瀾万丈の厳しい時期を乗り越えた会社だったのです。

まずカンキョーは、1984年に当時の社長が「息子の喘息に効果がある空気清浄機を開発したい」という思いで、コマツからスピンオフして生まれました。地道な製品開発と代理店開拓の努力が実り、10年後の1994年に花粉症やアトピー性皮膚炎がメディアに取り上げられて空気環境の関心が高まったのをきっかけに、やっと急成長を始めます。

1997年には家庭用空気清浄機でシェア30%、売上100億円を突破し、ビジネス絶好調。株式上場間近でした。

しかし市場が成長すると、大手電機メーカーが参入してきました。大手メーカーの攻勢で、翌1998年には売上は1/5に落ち、立上げかけていた新規事業も不振。1998年11月に会社更生手続きを開始します。

絶好調からなんとわずか1年強。実にあっという間です。

80名の社員のうち、定期採用で初期のカンキョーを知る25名が残って、同社の再建が始まりました。社員が真剣にアイデアを出し合い、街頭でもアンケートを取り、押し入れ用除湿機を開発し、2001年には売上20万台を達成。さらに2002年にはノンフロン型で従来型の2.7倍の除湿能力がある除湿機「コンデンス式除湿機」も開発。(ちなみに我が家が購入したのは、この機種です)

しかしこの後も、カンキョーは2012年、中国での合弁会社とのトラブルで存亡の危機に立たされます。給与削減などで社員は次々と退職。社長と社員1人1人だけが残り、ビジネスを存続させることになりました。空気清浄機と除湿機は主にインターネット販売だけにして、年間2〜3万台売る体制にしました。

私たちが同社の除湿機を使っていた20年間で、実に色々なことがあったのですね。

同社の誠実な対応も、こうした苦しい時期を経た末に長年使用しているユーザーの有り難みが身に染みた結果、自然と滲み出てきた組織文化により生み出されたものなのかもしれません。

ところで20年前にこの除湿機を買った際、店長からもらったパンフレットには「この除湿機がないと困る」というユーザーの声が満載でした。ユーザーに支えられていたのですね。パンフレットはカラーコピーでしたが、今から思うと当時は会社更生法から再起していた時期なので、販促費用もギリギリに削減していたのかもしれませんね。

ちなみにカンキョーは、電力や燃料を使わずに太陽熱だけで空気中から飲料水を毎日200リットル作る技術も持っています。アフリカなど水不足問題の解決を目指しています。

そんなカンキョーの企業理念は「より健康で快適な住環境の創造」。強み(コアコンピタンス)となる除湿技術は「空気から水を搾り取る」です。

ただこれまでの同社の沿革を見ると、素晴らしい技術を持ち、商品を作ってきてはいるのですが、その技術と商品の強みが、イマイチ商売に結びついていないような印象も受けます。ですので、もう少しマーケティング力を強化することで、もっと大きく発展するような気もします。

我が家の2代目の除湿機も、これからまた20年間使っていくと思います。これからも発展し続けていただきたい会社なので、ぜひ頑張ってほしいですね。

 

[参考にした資料]
■ 「不死鳥のごとく/カンキョー(上)看板商品一気に沈む」日刊工業 2002/11/08
■ 「不死鳥のごとく/カンキョー(下)-オリジナル商品で活路」日刊工業 2002/11/15
■「カンキョー 水不足問題に新技術 太陽熱だけで空気から飲料水」Fuji Sankei Business 2010/06/25
■「高知ベンチャー群像 「創造」で時代拓け」高知新聞 2015/01/01
■カンキョーの沿革 https://www.kankyo-eco.com/company/history.htm

   

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マーケティングを深めるのは、教養である

拙著「100円のコーラを1000円で売る方法」を2011年に刊行した時、本のタイトルには「マーケティング」という言葉は一切入れませんでした。

12年前の当時は「マーケティングってなんか難しそう」と敬遠されていました。そこで本書ではタイトルに「マーケティング」という言葉を避けたのです。

いまは状況が変わりました。多くの人たちが「マーケティングを学ばなければ」と気がつき、「マーケティング」という言葉を入れると逆に本が売れるようになりました。

日本企業の大きな課題は、マーケティング力の不足です。マーケティングに注目が集まっていることは、とてもよい傾向だと思います。しかし大きな懸念もあります。

以前、ある編集者にこう言われたことがあります。

「5分間ほど考えるだけで、即売れるような方法、書けませんかねー?」

私は「それってマーケティングじゃありませんし、私にはそんな本を書くのはムリですよ」とお答えして、その編集者さんとお仕事をすることはありませんでした。

実際、マーケティングでは「これやれば楽勝で絶対に売れる」といった方法論は存在しません。

しかし世の中を見ると「コレ使えば絶対OK」「強めのメッセージさえ付ければ必ず売れる」というアプローチを訴求した本も目立ちます。全て否定すべきではないとは思いますが、これは本来のマーケティングとは言えません。この結果、成果が出ずに、「マーケティングって役立たないよね」と思われて、マーケティングが一過性のブームで終わったとしたら、とても残念です。

一方で、マーケティングを学んだ上で、哲学などのリベラルアーツを深く学んでいくと、マーケティング理論や経営理論の奥底にある深遠な思想が徐々に見えてきます。

たとえばマーケティング上の大問題は、「お客様の声が真実とは限らない」ということ。お客様を集めてインタビューし、そこで分かった要望に応える商品を開発しても、ほとんどの場合は売れないのです。

一方でジョブズは「顧客に何も聞かずに商品を開発し、成功した」と言われます。しかし形だけジョブズのマネをして、単なる「顧客に聞かない」というアプローチをするだけでは、ほとんど成功しません。

実はジョブズは、世界で最も厳しいアップル商品のユーザーでした。

顧客に聞かずに商品を開発した人たちの多くは、ジョブズのように「ユーザーとして自分が熱烈に欲しい商品」を作っています。

バルミューダの寺尾玄社長は「17歳の欧州一人旅で、涙が出るほど感動したあのパンの味を再現したい」と考えて、バルミューダ・ザ・トースターを作りました。

ソニーの盛田昭夫さんは「カセットプレイヤーを持ち歩いて音楽を聴きたい。録音機能を外し軽いヘッドホンを作ったら楽しめるのでは?」と考えて、ウォークマンを作りました。

最近では、かならぼの和田佳奈さんは「自分が毎日使いたくなるものを作りたい」と考えて、「フジコ眉ティント」などの化粧品シリーズFujikoを開発し、大ヒットさせています。

彼らに共通しているのは「顧客に問うのではなく、自分自身に問い続けている」ことです。

そんな彼らがなぜ成功するのかは、20世紀初頭に活躍した哲学者フッサールが提唱した現象学を学ぶと、解明できます。

当時の哲学界・科学界の大問題は、『主観と客観が一致しない「認識問題」』

ザックリいうと「主観」とは個人それぞれの考え。「客観」とは誰にとっても同じ世界(=真実)のこと。哲学ではこの主観と客観が一致しないのが大問題だったわけです。当時の哲学者は、両者を一致させるために大騒ぎをしていました。

そこでフッサールはこう言ったのです。
『そもそも、主観と客観という分け方、やめません?』
『「主観の世界」だけで考えればいいじゃん』

どうあがいても、客観の世界はわかりません。ならば客観の世界は捨てて、個人の意識の領域に現れた主観的な体験(=現象)に着目し、直観を重視して、「疑えるものはすべて判断停止(エポケー)して、直観を重視し、直観を徹底的に検証して、ピュアな本質を取り出せ」と言ったのです。

これがフッサールの「現象学」です。そして直観を徹底的に検証してピュアな本質を取り出すことを「現象学的還元」と言います。

このフッサールの現象学がわかれば、ジョブズ、寺尾社長、盛田昭夫さん、和田佳奈さんがやっているのは、どれも自分の直観を徹底的に検証し、ピュアな本質を取り出す現象学的還元を行っていることがわかります。

ここで整理すると、

「お客様の声が真実とは限らない」というマーケティング上の大問題は、フッサール流に解説すると「市場や消費者の真実の姿を客観的に把握するのなんて、そもそもムリ」ということです。

ですので「商品企画は、顧客に問うな。自分に問い続けよ」ということなのです。

「顧客の声(真実)に従おう」と考えても、実は顧客は答えを持っていませんし、そんな真実は存在しません。 ならば「自分が答えを持っている」と考え、自分の直観を掘り下げるわけですね。

このように、教養を学べば、マーケティングの考え方が一段深くなることが、おわかりいただけたのではないかと思います。

いま私たちがビジネスで求められているのは、こういった「価値観」「判断基準」なのではないでしょうか?

「なぜこの商品を開発しようと思ったのか?」
「その思いを、どのように市場や顧客に伝えるのか?」
「そして、サービスでどのように提供するのか?」

マーケティング理論や経営理論を、リベラルアーツや教養の視点で深めることで、こういったことも徐々に見えてきます。逆に決められた方法論に沿って考えるだけでは、なかなか見えてきません。

マーケティングをより深く考える上で、教養は大いに役立つのです。

   

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