ムラ社会こそ、日本企業の強み

日本社会は「ムラ社会」と言われます。

これは農村社会のイメージです。周りの人は、子供の頃から知っている人ばかり。誰がどんな人なのか、皆がよく分かっています。だからあうんの呼吸でコミュニケーションできます。

日経ビジネス最新号(2023.6.12号)で、半導体用シリコンウェハーで信越化学工業と世界トップを競うSUMICOの橋本会長のインタビューが掲載されています。

この記事で橋本会長は「このムラ社会こそ我々の強み」とおっしゃっています。ムラ社会の強みが、最先端技術の半導体材料で活きるのは、意外なことですよね。さっそく一部引用してみましょう。

—(以下、引用)—

シリコンウェハーは日本人に最も向いている事業だと思います。ウェハーには(インゴットを円盤状にスライスしたり、研磨したりする)多くの工程がありますが、擦り合わせ技術だらけです。隣のヒトと協力して和気あいあいと、いいモノを作ろうというメンタリティーが大事なんです。中国の人には「俺だけが」という意識が強いし、米国もスタンドプレーが好きですよね。日本のムラ社会的なメンタリティは特別だとつくづく思います」

—(以上、引用)—

ちなみにシリコンウェハーは極めて高純度と高精度が求められます。たとえると、「九州2個分の面積に、一円玉が数個転がっている程度の異物しかない精度」だそうです。この精度は、他の国ではなかなか真似できません。

この品質を維持し、かつ高い歩留まりを維持できるのは、お互いがあうんの呼吸で連携できる日本のムラ社会のおかげだというのは、確かに納得できます。

日本企業が強みを発揮できるのは、この擦り合わせ技術です。

1990年代まで日本の電機業界が世界を制したのも、当時の電機業界の主流がアナログ家電で、擦り合わせ技術の固まりだったからです。しかしその後、電機業界は擦り合わせ技術が不要になり、部品の組み合わせで完成品が作れるデジタル家電が主流になって、日本の家電メーカーは衰退しました。

当時の電機業界の衰退は、自分たちの強みは十分に見極められなかったから、という見方もできます。

日本企業の強みは、この擦り合わせ技術にあり、その要因は組織がムラ社会だからだ、ということですね。

一方でムラ社会にも課題があります。

閉鎖的で、ともすると組織に協力しない人が村八分扱いになることです。これが行き過ぎると、組織内の不正が表面化しにくくなります。最近、日本企業の不正や不祥事隠蔽が増えているのも、日本が古いムラ社会のままだからです。

今後、少子高齢化が進んでくると、企業には様々な地域や価値観を持つ多様な人材が入ってきますし、人材も流動化していきます。

こんな時代だからこそ、日本企業はムラ社会の連帯感という強みを活かす一方で、ルールや透明性(ダメなものはダメ)、ビジョン(≒パーパス)の明確化と共有によって、進化していく必要があるのだと思います。

  

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クルマの製造コスト半減に挑戦するテスラ

Tesla発表より

2023年3月、テスラがEVの新しい生産方法「Unboxed Process」を発表しました。これでEVの生産コストが半減する、と言っています。

2023年6月1日の日経産業新聞に詳しい解説記事がありますので、これを参考に見ていきましょう。

とてもひらたく言うと、Unboxed Processとは、車を6つのモジュールに分解し、各モジュールを組み立てて、最後に完成車を作るという方法です。

従来の車作りは、シャーシ(骨格)とボディ(車体)が一体化した車両構造(箱)を作り、そこに外板を取り付けていく、という流れ作業のプロセス。基本は100年以上前のT型フォードの生産方式と同じです。世界に名だたるトヨタ生産方式も、基本的にこの方法です。車の基本的な生産方式は、100年間変わりませんでした。

テスラのUnboxed Processは、名前の通り「箱」を作らずに、6つのサブラインで各モジュールを作り、最後にメインのラインで完成車を組み立てます。

この結果、作業性が向上します。たとえてみれば、ユニットバスのようなものです。マンションで風呂を作り込むのではなく、工場でバス設備一式を予め作っておき、マンションで組み立てて設置する感じです。

テスラはこれで大幅なコスト削減を狙っています。テスラは、現在の最廉価版EV「モデル3」と比べて半額のEVを作ろうとしています。そのためのコスト削減なわけですね。

一方で自動車の専門家は「コストはさほど下がらないのでは?」という意見。組立て工程コストは5割減らせますが、部品・材料を考えるとそれほどならないし、モジュール接続の材料で高くなる部分もある、と指摘します。

一方で工場の専門家は「組み合わせ型からモジュラー型に移行することで、コスト半減の可能性は十分ある」との意見です。実際、パソコンやデジタル家電はまさに同じ事が起こっていますね。

ちなみに7月の朝活永井塾のテーマ「学習する組織」で、経営学者ピーター・センゲはこんな事例を紹介しています。

米国自動車会社の重役が日本の自動車会社の工場を見学しました。 その重役は「本物の工場は見せてくれなかった」と不満顔です。在庫がなかったからです。

重役曰く、「私は製造業に30年携わってきたからわかる。在庫ゼロなんて視察用の芝居に決まっている」

その工場とは、在庫ゼロを実現したあのトヨタ生産方式の工場でした。「工場には在庫がある」と思い込む彼の目には、その後、米国自動車会社を圧倒した最新工場の真の姿が見えなかったのです。

業界への新規参入者は、ときに想像を超えた手を打ってきます。しかしその手は、業界で昔からやってきた人には非常識かもしれませんが、新規参入者にとっては当たり前の常識であることも多いのです。

テスラも、自動車業界の常識には囚われません。

たとえば今では多くの自動車メーカーが取り組んでいるソフトウェアでクルマの機能を追加するOTA (Over The Air)という技術も、もとはテスラが始めたものです。

長年自動車に関わってきた技術者は「クルマの機能追加は、カーディーラーで行うべき」と考えるのではないでしょうか? クルマの機能追加を無線ネットワークで更新するなんて発想は、なかなか難しかったでしょう。

しかしイーロン・マスクが熟知するIT業界では、ネットワーク経由での機能追加は常識。イーロン・マスクは、彼にとっての常識を自動車業界で行っているだけなのかも知れません。

これは新市場を開拓する際に、私たちも参考にすべき考え方だと思います。

自分たちが熟知する常識が、その新市場では非常識であれば、それは大きな武器になり得る、ということです。

テスラの挑戦は、私たちもぜひ参考にしたいものです。

  

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英国で大絶賛。「とにかく明るい安村」から学べ!

「安心してください。はいてますよ」
と言えば、あのとにかく明るい安村さん。

実は今、海外でブレイク中です。

英国の人気オーディション番組『ブリテンズ・ゴット・タレント』に出演。あの芸を披露し、拍手喝采でなんとスタンディングオベーション。審査員全員が合格判定したのです。

ステージでは、サッカー選手、競馬騎手、ジェームズ・ボンド、スパイス・ガールズのネイキッド・ポーズを披露しました。このネタ、改めてよく見て下さい。全て英国向けに周到にカスタマイズされたネタばかりです。

ステージ上では、コテコテの正統派ジャパニーズ・イングリッシュで語った安村さん。

あの独特のノリに、審査員もノリノリ。

決めセリフ“Don’t worry. I’m wearing.” (「安心してください。はいてますよ」)と言うと、 審査員の女性二人は立ち上がって、大声で“Pants!”

ちなみに”wear”は英語で他動詞。”I’m wearing.”は英語として不完全。英国人は、他動詞で目的語(O)がないとムズムズするのかもしれません。(英語の第3文型SVOですね)

で、審査員の女性二人は”Pants!”と叫んだのではないか、と思ったりします。まぁ、安村さんの勢いとノリに乗せられたのですね。

まさにボケとツッコミ。そこまで考えて”Don’t worry. I am wearing”と言っていたとしたら、安村さん畏るべしです。

安村さんの芸は、誰でも一目見ればすぐに面白さがわかります。つまりハリウッド映画のように、世界の誰が見ても理解できる「ロー・コンテキスト」なコンテンツです。かつて世界的にブレイクしたピコ太郎も、一瞬でおかしさが伝わる点でロー・コンテキストです。

逆に日本でウケても、世界でウケないコンテンツもあります。たとえばシン・ゴジラは日本でウケましたが、世界ではウケませんでした。ゴジラが市街地にいるのに自衛隊が攻撃できない理由は、日本人ならわかりますが、海外の人からすると意味不明。「攻撃すればいいのに、ホワーィ?」となるわけです。つまりシン・ゴジラは、日本人しかわからない「ハイ・コンテキスト」なコンテンツだったわけです。これでは海外に持っていっても、なかなか難しいですよね。

安村さんの場合、ロー・コンテキストな一発芸を、さらに英国風にわかりやすくアレンジして磨き上げて、ウケるようにしたわけですね。

安村さんの勇気ある挑戦から、私たちが学べることは大きいと思います。

日本で一時ブームになったモノなら、海外用に少々カスタマイズして持っていけば、ブレイクする可能性があるかもしれない、ということです。

勝負を分けるポイントは、「やるか、やらないか」の勇気
そして「数で勝負」。そもそも成功するかどうかなんて、いくら考えても絶対にわからないわけで、どんどん数をこなし、うまくいかなかったら原因を探して再挑戦です。

この二つに尽きるのではないでしょうか?

私は高速に仮説検証を回して学びを積み重ねて進化していく「トルネード式仮説検証」を提唱していますが、まさにそれを実践することですね。

失敗しても、多くの人は気付きません。
でも成功すれば、多くの人の目に止まります。
そして人々が覚えているのは、成功の方なのです。

ぜひ挑戦したいものです。

安村さんにおかれましては、次の挑戦先としてエンターテイメントの本場であるラス・ベガスか、巨大市場・中国への横展開を期待したいところです。

ちなみに安村さん、女性用ビキニのパンツを後ろ前に履いているそうです。

また一時期は仕事が増えたせいで体重が5Kgほど減って腹が引っ込み、パンツが隠しきれなくなって「パンツ見えてる」と客から突っ込まれたため、体型には気を遣っているそうです。

安村さんも色々と工夫をしているのですね。私たちも見習いたいものです。

 

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最新商品は、1〜2年で陳腐化する

永井経営塾では、毎月テーマを決めて様々な経営・マーケ理論の講義動画を配信しています。

このために私が講義資料の叩き台を作り、運営チームの皆さんとかなり時間をかけて話し合いながら、講義内容をチューニングしています。おかげさまでの会員の皆様からは高評価をいただいています。

先日、来月配信分講義の打ち合わせをした時のこと。

私の講義はパターンがあり、必ず聴き手の問題意識から入るようにしています。

今回もそのパターンで叩き台を作ったのですが、運営チームの皆さんはビミョーな様子で「うーん。ちょっと違うかも…」という反応。

叩き台は、5年前に多くの企業様からのご依頼でお話しした内容を元に作りました。5年前はとても好評でした。そしてしばらくこのテーマではお話ししていませんでした。つまりわずか5年間で、完全に賞味期限が切れていたということです。

私は10年前に独立してマーケティング戦略の講演をやってきましたが、確かに振り返ると、当初は好評な内容でも1〜2年経つと、同一内容でお客様も違うのに、お客様の満足度が着実に下がるのです。そして最新の知見を入れて内容をバージョンアップすると、お客様の満足度が回復します。

1〜2年で満足度低下が見えるのですから、5年前のプレゼン資料が賞味期限切れするのは当然ですよね。

これはプレゼン資料の話ですが、プレゼン資料は弊社の商品でもあります。
つまりこの話は、多くの商品に当てはまる話です。
たった1〜2年で、商品は陳腐化するということです。
そしてこれは、お客様の満足度をリアルタイムに測定していれば、確実に把握できることです。

御社の数年前の最新商品、賞味期限切れを起こしていませんでしょうか?
そしてお客様の変化を、把握しておられるでしょうか?

 

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宇宙ロケットの各社失敗から学べること

この数ヶ月で宇宙関係の失敗のニュースが続きました。

昨年10月18日 JAXAのイプシロン6号機、打ち上げ失敗。

3月7日 JAXAのH3初号機、Ⅱ段目が着火せずに打ち上げ失敗。

4月20日 イーロン・マスク率いるスペースXの「スターシップ」が、第2段目を分離できず地上からの指令で空中爆発。

4月26日 宇宙ロケットではありませんが、ispaceの月面着陸失敗。(成功すれば民間企業として世界初)

注目したいのが、その後の対応です。

■JAXAのイプシロン:JAXAで原因究明中。原因を「ダイアフラムシール部からの漏洩」と特定。今後の原因是正処置を検討中。次回打ち上げ未定。

■JAXAのH3:原因絞込み中。現行のH−ⅡAへの影響評価も継続。次回打ち上げ未定。

■スペースXのスターシップ:数ヶ月後に次回テスト。当初から「成功確率は半々」と言っていました。今回の失敗でもイーロン・マスクは「次のテストに向けて多くのことを学んだ」と述べています。もともとスペースXは、当初は打ち上げは失敗続きでしたが、失敗からデータを取得して地道に改善を続けたことが今のビジネスに繋がっています。(ちなみにスターシップは、人類の火星移住のために開発された完全再使用型の超大型ロケットで、従来ロケット比で打ち上げコスト1/100を目指しています)

■ispace: 袴田CEOは会見で明るい顔で「着陸するまでのデータを取得しているのは非常に大きな達成で、次のミッションに向けた大きな一歩だと考えている」。今回得られた知見を活かし、2024年に2回目、2025年に3回目の着陸船打ち上げを計画。将来的には月面への定期輸送サービスの収益化を目指します。


いまや宇宙開発は、日本の国策です。JAXAや関連企業で、現場で宇宙開発に携わっておられる技術者の皆様の苦労は大変なものとお察しします。

しかしその一方で、いくら完璧を目指して検討を重ねても、机上でできることには限界もあります。実際にやってみることで、多くの学びが得られます。

そして宇宙ビジネスは競争が激化し、スピード勝負の世界になりつつあります。

高いリスクがある競争をスピードで制するためには、迅速に仮説を立てて→すぐ実行し→迅速に学んで対策を立てて→また試すこと。これに尽きます。

スペースXやispaceは、この大切さを知り抜き、現場からの学びを重視するアプローチを徹底しています。

JAXAも現在の「完璧な計画を立てる」というアプローチを、大きく見直すべき時期に来ているように感じます。

同様に「完璧を期す」という新規事業のアプローチを変えないばかりに、なかなかビジネスが立ち上がらない企業も多いように感じます。

あなたの会社は、スペースX/ispace型でしょうか? JAXA型でしょうか?


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chatGPTの社内活用判断は、鳥取県庁に学べ

chatGPTが相変わらず大きな話題です。実に興味深いのは、組織によって対応が様々なことです。

まず組織で活用する事例が次々と出てきています。

・パナソニックHD:同社傘下のパナソニックコネクトが開発した対話型AIを国内グループ企業で活用できるようにしたと発表。9万人が対象。情報漏洩を防ぐため、社内情報や営業秘密、個人情報を入力しない利用ルールも整備。

・横須賀市:実証実験を開始。文章作成・要約・誤字脱字チェックから。

・農林水産省:一部業務(ウェブサイトのマニュアル書き換えなど)で活用開始。業務効率化を狙う。公表済みの情報のみ

・広島市:県行政で活用。庁内向けプレゼン資料作成、県民サービス広報を目指し活用方法・課題を探る。

・総務省:情報の取扱いに留意しつつ、試行開始。

・東京都:小池知事が「都政における活用のあり方について検討を深める」

・東大:太田副学長より「傍観せずに変化を先取りせよ」

一方で情報漏洩リスクから社員に注意を喚起している会社も多くいます。

・ソフトバンク:業務利用のルールを周知徹底。

・アマゾン:機密情報を入力しないように注意喚起

・みずほFGなどの大手銀行:社員が業務端末からアクセスできないように設定

明確に禁止する組織もあります。

・ニューヨーク市:公立学校の学内ネットワークで使用禁止

・中国当局:国内主要IT企業にChatGPTのサービスを提供しないように指示。(政権に批判的な回答をしかねないため)

・イタリア:一時的に禁止。個人情報保護の対策中。

・鳥取県庁:答弁資料作成、予算編成、政策決定などの件の業務で使用することを当面禁止。

一方で色々な企業様のお話しを伺っていると、現実には「ChatGPTって使ったことがないので、よくわからない。どうも情報漏洩するらしいが、それは困る。だから念のため社内使用は禁止しておこう」という企業様も結構多いようです。

このように整理すると、世の中でchatGPTの問題として大きく取り上げられているのは、情報漏洩ですね。

しかし情報漏洩は、しかるべき対策を取れば対応可能な問題です。実際にパナソニックHDではそのような対策を取っているようです。

私は、chatGPTを組織で展開する上での問題は、もう一段深いところにあると思います。

ここで参考になるのが、chatGPT禁止を打ち出した鳥取県・平井知事の発言です。

『「charGPT」じゃなくて「ちゃんと地道」に。自治体の意志決定に関わることは機械任せにしない。議会答弁で使うとか色々な構想が語られているが、それは民主主義の自殺だ。入力情報には個人情報も含まれるので、秘密保持の観点でも課題がある』

平井知事は、chatGPTの本質をよく考え抜いた上で判断しているように思います。

いまやAIは、それらしい回答をすぐに作ることができます。しかしこれは、全て過去の情報に基づいています。

そしてAIが答えるのは、ネット上にある「誰それがこう言った」というの「事実」に基づく情報のみ。言い換えれば、「真実」を検証しません。

「事実」と「真実」は異なります。

その「事実」(誰それがこう言った)が「真実」なのか、そして「人として正しいことなのか」を検証できるのも、人間だけです。

そして未来のことを考えられるのも、人間だけです。

つまりchatGPTを業務で活用するには、「chatGPTは、間違っている可能性が高い」という前提で使える人が、組織にどれだけいるのか、という問題に辿り着きます。

現実にはSNSのフェイクニュースに騙される人は、決して少なくありません。お恥ずかしいことに、私もフェイクニュースに騙され、Twitterでリツィートしてしまったことがあります。(後ほどお詫びとともに訂正しました)

「chatGPTの回答は、間違っている」という前提で検証し、活用できることが必要です。

そこで必要なのが「仮説検証思考」です。
「間違っているかもだけど、仮に答えを○○○としておこう」と考え、○○○を実際に検証し、間違っていたら即座に修正し、再度確かめる、という思考法です。

現実には、この仮説検証思考を身につけている方は、多くありません。そこで社内のchatGPT展開とあわせて、この機会に仮説検証思考の習得を社内で徹底し、chatGPT活用との相乗効果を図るのも、一つの方法だと思います。

私が気になるのは、chatGPT活用の解禁や禁止を発表する組織の中で、このことを明言しているのが「議会答弁でchatGPTを使うのは、民主主義の自殺」とまで踏み込んで発言する鳥取県の平井知事しかいないことです。

いまやAIビジネス活用の判断は、待ったなし。
だからこそ、私たちはAIの本質を考えていく必要があるのだと思います。

御社の社内では、chatGPTをどのように活用しますか?


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仮面ライダーが教えてくれる「危機は、飛躍のチャンス」

映画「シン・仮面ライダー」がヒット中ですね。
そのオリジナルが、1971年にテレビ放送された「仮面ライダー」。
当時小学生3年生の私は、本郷猛が変身する仮面ライダー1号と、一文字隼人が変身する仮面ライダー2号に夢中。この世代の男の子たちはほぼ例外なく、何かあるとみな「ヘンシン」と言いながら変身ポーズをしていました。

仮面ライダーが大ヒットした要因はいくつかありますが、個人的には、この「変身ポーズ」とライダー1号・2号の存在だと思います。

しかしこの「変身ポーズ」と1号と2号、当初の設定にはありませんでした。
大トラブルの末に編み出された、実は苦肉の策だったのです。

まず仮面ライダー制作が決定した時点で、2号の設定はありませんでした。
本郷猛(1号)を「藤岡弘、」さん(当時は「藤岡弘」さん)が演じる設定でした。

しかし放送前の第9話・10話の撮影中、オートバイの転倒による大事故で、藤岡さんはなんと全治3〜6ヶ月の重傷を負い、その後の撮影ができなくなりました。

未完成分はすでに撮影済の映像でなんとか繋いだものの、その後の話が続きません。そこで色々な案が出されました。

①本郷猛を、交代させる
②本郷猛は、死んだ設定にする
③いっそのこと、仮面ライダーを巨大化させてしまう

結局「子供たちの夢を潰すのはよくない」「(当時、再起不能と言われていた)藤岡さんの復活を待とう」ということになり、本郷猛は海外のショッカー支部との戦いに赴くことになり、後を継ぐ者として、一文字隼人の仮面ライダー2号が登場する設定になりました。

ちなみに一文字隼人役の候補には三浦友和さんも選ばれたのですが、三浦さんの所属事務所が断り、藤岡さんと同じ劇団に所属する佐々木剛さんが演じることになりました。

また当初、藤岡弘さん演じる本郷猛は、仮面ライダー1号に変身する時はバイクで加速し、その風をベルトで受けて、仮面ライダーに変身する設定でした。

しかし2号を演じることになった佐々木さんは、バイクの免許を持っていませんでした。これでは「バイクで加速して変身」ができません。

そこで編み出されたのが、あの手を大きく回す変身ポーズ。

これが社会現象になって、日本中の子供たちが変身ポーズをやるようになりました。こうして小学4年生だった私も、変身ポーズをやっていたわけです。

自分が仮面ライダーのプロデューサーで、主役の藤岡さんが事故で半年入院とか、代役がバイク乗れないという事態に直面することを想像するだけで、思わず頭を抱えたくなります。恐らく当時の製作陣も全く同じだったのではないでしょうか?

こんな時、「ヤバいなぁ。どう考えてもコレ、詰んでいるよね」と思いがちです。

しかしこんな時こそ、知恵の出しどころ。諦めなければ、解決策があるのですね。

「危機は、飛躍のチャンスになりうる」ということを、仮面ライダーのプロジェクトは教えてくれます。


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他は割とどうでもいいけど、大事なのは首尾一貫性

私はIBMで駆け出しマーケターから経験を積み始めただった頃の話しです。

IBMには昔からプロフェッショナル認定制度がありました。

部下がいなくても、専門分野のプロフェッショナルとして認定されれば、役員待遇になったりする制度です。当時新設されたばかりのマーケティング職でもこのプロフェッショナル認定制度がありました。そこでこの認定に挑戦しました。認定されれば部長職になれます。

しかしなかなか受かりません。「三度目の正直」と思って挑戦した三回目も見事落ちました。

この認定プログラムは何段階もステップがあります。その中のペーパーテストが難関で、3回挑戦して全滅でした。このテストはハーバード・ビジネススクールのケーススタディをIBM用に書き換えた事例が出されて、その戦略を3時間以内に作成して答える、という問題が出されます。

このプログラムは世界全体のIBMで行われました。
不思議なことに、日本人の合格率は10%、海外では40-50%なのです。
「英語のハンディがあるからでは?」という話もあって対策したのですが、変わりません。

私はたまたま、過去の海外のIBM社員の合格答案と、日本人の不合格答案を見る機会がありました。これで分かりました。

合格している人が書いた戦略は、こんな感じです。
・戦略の全体の方針を決める(例:顧客に最高の価値を届ける)
→その方針の下で分析して、基本戦略を決める
→その基本戦略に基づいて、各施策(製品戦略/価格戦略/販促戦略/チャネル戦略)を決める
→各施策は首尾一貫させる
→そして各施策の達成状況をモニターする方法も明記する

戦略自体はスゴいことは書いていません。当たり前のことを当たり前に書いているだけです。しかし首尾一貫しています。要は、「凡事徹底」なのです。

不合格な人(多くの日本人)が書いた戦略は、こんな感じです。
・いきなり各施策を説明する。
・施策は凝りに凝っている。スゴいアイデアも結構ある。
・しかし各施策は首尾一貫していない。
・そして、そもそも基本戦略が弱い。結局、何をしたいのかが分からない

各施策のアイデア作りにものすごく力を入れていることは伝わってくるのですが、バラバラなのです。そして実行段階のモニタリングにいたってはほとんどノータッチ。

審査する側の視点で両者の答案を比較して、「なるほど、これでは落ちる筈だよなぁ」と、不合格の理由がよくわかりました。(ちなみに私はこのことが分かったので、再挑戦して無事認定されました)

単なるペーパーテストの話ですが、これはビジネスでも極めて大事なことだと思います。

一生懸命やってスゴいアイデアも出すのに、なぜか成果が出ない人がいます。
一方で地道にコツコツやっているだけに見えるのに、いつの間にか成果が出る人がいます。

前者の人は、努力の方向性が間違っているのです。
本当に必要なのは、後者の首尾一貫性なのです。

もちろん、戦略のスジがいいことは大前提です。しかしその上で、首尾一貫して全体が繋がることを意識して、凡事徹底することが何よりも大事なのです。

ところで、この不合格体験で「首尾一貫性の大切さ」を学んだことが、今では自分の大きな財産になっています。思い返せば不合格のたびにガックリと落ち込みましたし、「もうやめようかな」とも思いましたが、挫折経験から学べることは実に多いですね。


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ChatGPTから、ナレッジを守れ

ChatGPT3が話題ですが、早くも先週、バージョンアップ版のChatGPT4が発表されて使えるようになりました。

実際にCharGPT4を使ってみると、これまでのChatGPTで不満に思っていた部分がかなり解消されています。伊藤穰一さんはYouTubeで「感覚的には、ChatGPT3がまぁまぁ頭がいい小学生だとしたら、ChatGPT4は大学生レベル」とたとえておられましたが、全くその通りだと思います。

ChatGPT3は、これまでの常識を超えて人間並みの回答をしていました。でも間違いもありました。
CharGPT4は、より長い文章をより深く理解できます。

いまSNSなどを見ていると、テック系の方々が夢中になってChatGPTの様々な使い方に挑戦しています。それらを見ていると「こんなことができるのか!?」と驚くばかりです。

ChatGPTに限らず、今後もAIは機能強化が続いていくでしょう。

このような世の中になって、私たちは情報発信戦略も改めて考え直す時期に来ているように思います。

これまでのネットの世界の常識は、「情報はネット上でどんどん発信しよう」でした。この考え方の前提は、「デジタル情報で表現できる知識は形式知だ。形式知情報をどんどん発信しても、それらを統合してまとめ上げられるのは自分だけ。だから情報発信しても大丈夫」でした。

しかしいまやAIの機械学習は、ChatGPTのように、私たちが発信した情報を取り込んでまとめ上げることが出来るようになっています。情報発信の前提が崩れているわけです。

今後、ネット上の情報は、確実にAIの機械学習の対象になります。わかりやすく言えば「貪欲なAIの餌」になるわけです。あなたが頭を捻って考え出したオリジナル情報も、AIの学習対象になって取り込まれ、AIがあなたに成り代わって世界中の人に受け答えするようになる、ということです。

こうなると「情報発信はメディアを選ぼう」という戦略が必要になります。
これから企業や個人では、AIの機械学習からナレッジを守る戦略が必要になっていくと思います。これまでの「なんでも情報発信しよう」というおおらかな情報戦略から、今後はしたたかな情報戦略への転換が求められているのです。

ちなみにChatGPT社内使用については、既にソフトバンク、富士通、アマゾン、みずほFG、JPモルガンなどは、社内でChatGPTを使用制限したり使用禁止にしています。ChatGPTは、ユーザーの質問も学習しています。業務上の質問をすると、業務上の機密がダダ漏れしてしまうわけです。「これは困ったことになる」と判断した企業は、使用禁止にしているわけですね。一方でパナソニックコネクトのように、マイクロソフトと「入力情報をAI学習などに二次利用しない」という契約を結んだ上で、社内活用する会社もあります。

「ChatGPTをいかに活用するか」という攻めの戦略も重要ですが、同時に「ChatGPTからいかにナレッジを守るか」という守りの戦略も早急に必要だと思います。


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1989年の雑誌Brutusの「美人特集」

本棚を整理していたら、雑誌Brutusの古い特集号が出てきました。

『美しき隣人たち、ジャパニーズ・ビューティ。』 1989年5月15日号
『侃々諤々 美人論。』1991年5月15日号

当時の女優さんやモデルさん、アーティスト、アスリート、知識人といった女性たち数十名が、それぞれモノクロポートレート写真1枚に収められた特集です。

どれも作品として素晴らしい写真ばかりです。
当時15歳の後藤久美子さんが出ていたりしています。
当時20代だった黒木瞳さんも出ています。驚くべきことに、今とほとんど印象が変わりません。

人気女優たち23名を、ゲイのピーコさんとマンディさんが「性別に由来する偏見や社会的束縛がない」という立場で、辛辣に一刀両断に診断するという6ページの対談特集もあります。この対談は都内の会員限定ホテルの1室を300,000円で借りて行われています。(ちなみにこのお二人によると、1位は大地真央さん、2位は宮沢りえさん、番外で浅野温子さんと浅野ゆう子さんだそうです)

読んでいて実に面白く、思わず見入ってしまいます。
誌面全体からすごくお金をかけていることが伝わってきます。
今はこんな特集は、なかなか作れないかもしれません。

当時はバブルだったことに加え、まだインターネットがありませんでした。
新鮮な情報を入手する主な手段は、雑誌でした。
だから雑誌作りにお金をかけることができました。
そしていい雑誌ほどお金をかけられるので、良質な情報が凝縮されていました。

今はネットのおかげで情報はタダで入手できる時代です。
情報はコモディティー化してしまいました。
お金をかけて情報を編集することは、ますます難しくなっています。

そして消費者の目は、逆に肥えています。
情報はあっという間に消費されてしまうのです。

しかしこの特集を見て改めて思うのは、「十分な手間と時間をかけて作られた情報は、やはり面白いし、深い」ということです。

情報がコモディティ化し、多くの情報発信者が手間と時間をかけなくなった現代だからこそ、ジックリと手間と時間をかけた情報は、相対的に大きな価値を持つことができ、差別化できるのでしょう。

この特集を見て、改めてそんな情報を発信する必要性を感じました。


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「SDGsって、結局金儲けしたいんでしょ」というご意見

最近は、私たちの日々の仕事でもSDGsについて色々と言われるようになりました。

一方でこんな話しもあります。

「SDGsで騒いでいるのは日本だけ。欧米はそんなに騒いでないよ。グーグルトレンドで調べても、いまSDGsを検索しているのは日本だけだし」

実は日本は、SDGsの流れに周回遅れなのです。

もともとSDGs(持続可能な達成目標)は、2015年の国連サミットで採択されたものです。17の目標がセットされて2030年達成を目指し、多くの企業が一斉にSDGs達成に走り始めました。

欧米社会では00年代の中頃からSDGsに向けた合意形成が始まり、2015年のSDGsに繋がっています。競争戦略を提唱していたあのマイケル・ポーターも、2011年に「社会課題の解決と、企業としての経済的価値の両立を目指すべきだ」としてCSV (共有価値の創造)を提唱しました。

しかしSDGsは採択された2015年頃、日本企業の反応はこうでした。

「SDGsって何? 17の目標って何のこと?」

しかしいまや欧州などでは、SDGsに取り組み姿勢を見せていない企業は、そもそも取引に参加できなくなっていますし、SNSでも叩かれます。

ここ数年で、お尻に火がつき始めました。

だから日本ではSDGsを検索する人が多く、海外で検索する人が少ないのでしょう。 これって、今さら「スマホ」とか「インターネット」を検索する人はほとんどいないのと同じですね。

一方で、こんなご意見もあります。

「でもさ、きれい事を言ってるけど、要は金儲けしたいんでしょ」

このご意見へのお答えは、「まさしくその通り。で、それで何か問題がありますか?」

この底流に流れているのは、「社会課題解決の収益化」というしたたかな問題意識と算盤勘定です。

一例を挙げると、「人類を救う起業家」と言われてきたあのイーロン・マスクもそうです。

2006年8月2日に、彼が書いた「ここだけの話し」というブログがあります。結構長いのですが、要約してみましょう。

彼は、まずテスラの戦略を述べています。

「テスラの計画は、まずスポーツカーを作り、そのお金でハイエンドのファミリーカーを作り、そのお金で大衆車を作る。」

実際にその後、テスラはセレブ向けのロードスターを作り、2012年にはリッチ層向けのモデルSを作り、2019年には大衆向けのモデル3を作りました。

ただ、このブログを書いた2006年当時のエコカーの代表格はプリウスでした。そこで彼はさらにこう述べています。

「しかもテスラのEVは、石油を使ってもエネルギー効率はプリウスの2倍だ。EVは、火力発電所(高エネ効率60%)の電気を使う。プリウスは、エンジン(エネ効率は25%で劣る)で電気を起こす。現在の化石燃料を使っても2倍の効率。今後、テスラは太陽光発電のソーラーシティの電気を使えるように展開するので、100%自然エネルギーになる」

人生をかけて「地球を救う」と真剣に考えるイーロン・マスクは、収益化によって自分のビジネスを持続可能にすることも真剣に考えているのです。

このように、SDGsで必要なのは「社会貢献と利益の両立」です。

人間は空気と水がないと生きられませんが、空気と水のために生きているわけではありません。

同様に企業も、利益がないと存続できませんが、本来は利益のために生きているわけではありません。

SDGsは、改めて私たちにビジネスのあり方を深く問いかけているのです。

御社はSDGs達成のために、どんな貢献を行いますか?


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「おぱんちゅうさぎ」と「100日後に死ぬワニ」で考えたブランディング

私はテレビをほとんど見ないのですが、唯一、録画して必ず観る番組があります。
テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」です。

先日、この番組で取り上げたのが、こちらでした。

おぱんちゅうさぎ

いま、10〜20代の女性を中心に大人気だそうです。
皆さん、ご存じでしたか? 私は全く知りませんでした。

TikTokを使っている方は、ためしに「おぱんちゅうさぎ」で検索してみると、妙にテンションが高い歌声とBGMでおばんちゅうさぎが出てきます。

人のためにひたむきに奮闘して純粋。健気。
みんなのために頑張るけど報われない。

そんなキャラが、大きなウルウルした目で伝わってきますね。

おばんちゅうさぎをプロデュースしているのが、CHOCOLATEという会社です。番組ではCHOCOLATE代表の渡辺裕介さんが「おぱんちゅうさぎのなぜ?」として3つのキーワードを挙げておられます。

①Z世代はビジネス臭を嫌う。→打算的で作り込まれたものを敏感に感じ取ってしまいます

②作者の業。→作者の徹底したこだわりや背負っているものが、キャラに滲み出てきます

③カギは「接触時間」。→毎日会う人は愛着が湧くように、SNSで日常的なコンテンツを出しつつ、世界観を伝えるために絵本、アニメ、音楽などで五感を刺激していきます

特に①「Z世代はビジネス臭を嫌う」は、「なるほどなぁ」と思いました。

ここで思い出したのが、3年前に流行った「100日後に死ぬワニ」(略称「100ワニ」)です。このブログでも書きました。→記事

Twitterでワニの何げない日常を描く漫画ですが、「死ぬまで99日」「…98日」とカウントダウンしていき、大人気になりました。3月20日の最終回でワニは死んでしまい、多くの人が「泣いた」「感動した」「ありがとう」とコメントしました。

しかし最終回が終わると「書籍化決定、映画化決定、グッズ・イベント」などが矢継ぎ早に発表され、ショップも開店すると、今度は逆に批判が集まりました。

あくまで当初は作者個人のTwitterのつぶやきだったわけですが、多くのファンが付いたことで、「100ワニ」はもはや個人のモノを超えたブランドになってしまったわけですね。

「おぱんちゅうさぎのなぜ?」の3つのキーワードで「100ワニ」現象を読む解くと、色々と見えてきます。

①Z世代はビジネス臭を嫌う。→おぱんちゅうさぎもグッズ展開しているわけですが、ターゲットである若い女性達が欲しいというタイミングで上手に出しています。「グッズ販売も、結局商売でしょ」と思いがちですが、カギはそれを相手が受け容れる状態か否かの見極めかもですね。

②作者の業。→100ワニの作者によると、100ワニを書くきっかけは、友人の事故死で「何があるかわからない。時間を大切にしてほしい」という想いだったそうです。この作者が抱える業が、100ワニを通して伝わったのですね。

③カギは「接触時間」。→おぱんちゅうさぎはこの辺りが実に巧みで、システム化されているように思いました。100ワニもこの辺りをうまくすればいい感じに展開できたかもしれません。(ちなみに「100日後に死ぬワニ」は、その後「100日間生きたワニ」として映画化されています)

SNS時代のブランディングのあり方として、とても参考になると思いました。


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ChatGPTって使えるの? 私の仕事なくなるの?

この1週間でChatGPTがメディアに取り上げられることが急に増えました。私の周囲にいるIT関係者の間でも、いま一番ホットな話題です。

そもそもChatGPTとは何でしょうか?

『ChatGPTは、OpenAIが開発した自然言語処理の大規模なAIモデルです。人工知能による自然な会話ができ、文章の生成や回答、文章の意図理解などを行います。様々な分野において活躍し、自然言語処理の発展に寄与しています。』

上の『』の文章は、Chat GPTに『ChatGPTを知らない人にも分かりやすく100文字で紹介してください』と質問して、ChatGPTが数秒後に返した文章です。

ちょっと驚きですよね。人間が調べるよりも速いし、日本語もAIが作ったとは思えないほど自然ですね。

このChatGPT、無料で使えます。登録もカンタンです。

たとえばこんな質問をしてみました。

質問①『永井孝尚が主催する「永井経営塾」を、中小企業の経営者向けに効果的に宣伝するメッセージを100文字以内で作って下さい。』

回答は下記でした。

回答①『永井経営塾で、あなたのビジネスを成功へ導きましょう。中小企業の経営者向けに、永井孝尚が直接指導する、現場に即した経営トレーニングを提供します。創業期からの経営課題や成長戦略にも対応。自社の強みを最大限に生かし、競争力のあるビジネスを築きましょう。』(123文字)

試しに、顧客ターゲットを中小企業経営者から企業のマネジャーに変えてみました。

質問②『では永井孝尚が主催する「永井経営塾」を、企業のマネジャー向けに効果的に宣伝するメッセージを100文字以内で作って下さい。』

回答は下記でした。

回答②『永井経営塾で、あなたのマネジメント力を飛躍的に向上させましょう。企業のマネジャー向けに、永井孝尚が直接指導する、実践的な経営トレーニングを提供します。人材育成、組織開発、戦略策定など、経営に必要なスキルを効率的に学び、即戦力として活躍できるようになりましょう。他社に差をつけるマネジメント力を手に入れ、キャリアアップを目指しましょう』(166文字)

このまま使えそうなレベルの文章が戻ってきました。
回答①と②を比較してみてください。
ちゃんと経営者とマネジャーの関心テーマを使い分けているあたりがニクいですね。(文字数オーバーですが、そこは大目に見ましょう)

3月の朝活永井塾で取り上げる道元についても質問してみました。

質問③『道元が書いた正法眼蔵を分かりやすく100文字で紹介する文章を作って下さい。』

回答③『正法眼蔵は、鎌倉時代に禅宗の僧侶・道元によって書かれた禅の教典です。直接的な言葉で表現できない禅の世界を、独自の表現力で描写しており、広く禅の教えの根本として受け継がれています。禅の初心者から熟練者まで幅広く読まれる書であり、現代においても、その智慧や啓示は多くの人々に愛され続けています。』

的確なサマリーですね。唸ります。

ただ、要注意の回答もあります。

質問④『内田和成著「論点思考」について100文字で紹介してください』

回答④『「論点思考」は、内田和成による論理思考の入門書です。本書では、問題解決に必要な論理的思考力を養うための手法や、議論の基本的なルールについて解説しています。また、著者独自の視点から、日本人が持つ「仏教的な思考回路」や「情動的な思考回路」の問題点にも触れ、より論理的な思考を身につけるためのアドバイスを提供しています。読者が自分で考え、意見を主張する力を身につけるための一冊です。』

それらしい回答です。でも間違いも多いですね。「おいおい、キミは本を読んでいないだろう」と言いたくなります。

実は、ChatGPTが凄いのはこの後です。こんな質問を返しました。

質問⑤『その答えは間違いです。この本で書かれている論点とは「解くべき問題」であり、論点思考とは「解くべき問題を定義するプロセス」です。本書のメッセージは「論点の設定を間違えると、いくら頑張っても、成果は出ない」ということであって、仏教的な思考回路などの問題点は指摘していません。ちゃんと調べて、100文字以内で紹介してください。』

回答⑤『おっしゃる通りで申し訳ありません。内田和成著「論点思考」は、論点の設定方法について詳しく解説しています。論点とは、解決すべき問題や課題の本質を捉え、それに対する答えを探求するために必要な枠組みです。本書では、論点の設定の重要性や方法、具体的な例を紹介すると同時に、論点を明確にすることで、自分や他者との議論がより建設的になることを伝えています。読者が自分で考え、問題を解決するための一冊です。』

実に素直ですね。ちゃんと反省して、ほぼ正解になりました。

そこで改めて質問④をしてみました。

質問⑥『内田和成著「論点思考」について100文字で紹介してください』

回答⑥『内田和成著『論点思考』は、問題解決に必要な論点を明確に設定することの重要性とその方法について解説しています。論点とは、問題の本質を捉え、その解決策を探求するための枠組みであり、その設定が正確でなければ解決につながらないと内田氏は主張します。具体的な例を用い、論点思考の重要性や効果的な方法を紹介しながら、自分自身や他者との議論においても論点設定を意識することで、より建設的な解決が可能となることを示唆しています。』

なんと、ちゃんと学習しています。ほぼ満点の回答です。

私の感想ですが、現時点では、アウトプットをそのまま使うのはちょっと怖いですね。

感覚的にいうと、上司から質問されると、とりあえずネットでそれらしい答えを検索して答えるような、ちょっとズルくて要領がいい見習いリサーチャーが相棒になった、という感じです。

だから手間は大きく削減できます。そしてこちら側にチェックする力があれば、それなりに使えます。

加えて、質問に対するアドバイスで素直に学習して、精度を上げていく能力もあります。しかも人間と違ってコンピューターは忘れません。疲れることも知りません。時間の経過とともに常に学習し続けて、どんどん賢くなっていく可能性が高いでしょう。(ただ間違った思想やフェイクニュースを正しいと学習してしまうという怖さもあります)

ChatGPTを開発したのは、オープンAIという会社です。この会社にはマイクロソフトが出資していて、同社のオフィス製品にもこの機能を搭載する予定だそうです。

さて、とうとうこんなAIが登場してしまいました。
私たちのホワイトカラーの仕事はかなり代替されそうです。

では私たちビジネスパーソンは、どうすればいいのでしょうか?

ここで参考になるのが、既に数年前にAIの猛威を受けた将棋や囲碁の世界です。
AI開発企業のDeepMind社が開発したAlphaGoは、既に2017年に人間の世界トップ棋士に勝っています。

一方で、弱冠20歳にして将棋五冠(竜王、王位、叡王、王将、棋聖)に輝く藤井聡太さんは、早い時期からAIを活用し、経験をAIで補って素養を開花しました。

この藤井聡太さんの成長と活躍は、AI時代に私たちがどのようにAIを活用するかを見せてくれます。

ありていにいえば、「AIを使い倒した人が勝つ」ということです。

ChatGPTを体験すると「AIって凄いなぁ。人間の価値とはなんだろう?」と思ってしまいますが、実はAI自体は、まったく何も考えていません。

哲学者ジョン・R・サールが提唱した「中国語の部屋」と呼ばれる思考実験をご存じでしょうか?

まず、中国語を理解できない英国人を、小部屋に閉じ込めます。
小部屋には小穴があって、外と紙切れだけをやり取りできます。
外から中国語の文字列が書かれた紙が差し入れられます。
英国人の彼には、「●×△□※★」という記号にしか見えません。
彼の手元には、どんな質問にも答えられる分厚い中国語の辞書があります。
辞書には各記号に対応した、別の記号が書かれています。
彼の仕事は、紙に書かれた記号に対応する記号を辞書で見つけること。
そして、紙に書き足して小穴から戻すことです。
こんな感じです。「●×△□※★」→「■▽→※」
小部屋の外にいる人はこう思います。
「この小部屋の中に、中国語を理解する博識の人が入っているぞ」
しかし英国人は、中国語も質問の内容もわからず、定型作業をしているだけです。

実は現代のAIがやっているのは、基本的にこの「中国語の部屋+英国人」と同じです。これをとてつもないスケールで巨大クラウド上でやっているだけです。ChatGPTも例外ではありません。

ですから過度に恐れる必要はありません。
ChatGPTといえども、あくまで道具に過ぎないのです。

まずは自分の仕事でどう使えるか、試してみることがお勧めです。


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生活が超快適になったお勧めグッズ。ビジネスモデルも凄かった

私はアレルギー性体質で、鼻がよく詰まるのが悩みです。
睡眠中も鼻づまりで鼻から息を吸えず、口呼吸していました。
口呼吸していると、喉がカラカラになります。
そして時々夜中に起きてしまい、熟睡できません。
結果、昼間はすぐ眠くなるので、知的生産性が落ちてしまいます。

時々、たまに鼻詰まりがなく快適に鼻から呼吸できる時もあります。
こんな時は、まるで別世界のように快適。

「いつも鼻から呼吸して眠れるといいなぁ」と思っていました。

鼻呼吸は、実は身体にとっても大事です。
まず吸い込んだ空気を適温に暖め、湿り気を与えて適切な湿度にし、異物もフィルタリングしてくれます。口呼吸だとこの3つがなくなるので、身体にも悪いわけですね。

そんな時に、家族が耳鼻科の先生から勧められたのがこれです。

「ハナクリーン」

私はこの会社から対価をもらっていませんのでリンクは貼りませんが、アマゾンでも買えるのでご興味があったらチェックしてみてください。

これは体温と同じ温度の塩水を約150cc入れて、鼻腔を洗える道具です。
鼻腔は鼻の穴の奥に拡がる空間です。
ここに花粉とか空気中の埃などの色々なモノが溜まり、鼻づまりが起こります。
ハナクリーンはここを塩水で洗い流してくれるわけですね。

就寝前に鼻を洗うと、鼻がスッキリして熟睡できるようになりました。
昼間に眠くなることも少なくなりました。

ポイントは体温と同じ温度の塩水を使うところ。水で洗うと鼻が何かに突かれたように痛くなりますし、普通の温度の水だと刺激が強すぎます。

そこでハナクリーンでは、絶妙な塩分濃度になるように洗浄剤もセットで販売しています。

ちなみに器具は、ハンディタイプ(ボディプッシュ式)で約3,000円。
洗浄剤は1回分を1.5gの塩+少量のペパーミント&メントールで小包装したもので、1回あたり約20円です。
「食塩を調合しても大丈夫なのでは?」と思いがちですが、ハナクリーンのサイトによると、長期使用すると、食塩に入っているミネラル分が鼻粘膜に悪影響を与えるそうです。

この製品、なかなかよくできたビジネスモデルを実現しています。

・顧客の悩みに、ストライクゾーンで答えている
・消耗品ビジネスモデルを実践している(本体は安く、消耗品で高収益。値ごろ感もほどほど)
・長期間使用するほど満足

ということで、我が家ではこの数年間、使い続けています。
こんなビジネスモデル、作ってみたいですね。


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あの蔦屋書店が進化して、シェアラウンジになった

蔦屋書店の雰囲気、私は大好きです。
やや照明を落としたいい感じの雰囲気と、落ち着いた空気感。
スタバが併設されていることも多く、つい長居をしがちです。

六本木駅近くにある「文喫」もいい感じです。閉店した青山ブックセンターの跡地に2018年年末に開業した、入場料1650円を取る書店です。ゆったりした空間で本が読み放題。食事もできます。

「こんな空間が拡がればいいなぁ」と思っていたら、2023年1月27日の日経MJに、こんな記事がありました。

「CCC、シェアラウンジ出店加速」

CCCとは、TSUTAYAや蔦屋書店を展開する「カルチュア・コンビニエンス・クラブ」のこと。そしてシェアラウンジとは、ラウンジとシェアオフィスの機能を兼ね備えた空間のことです。

CCCが、このシェアラウンジの出店を加速しているのです。

丸の内では、TSUTAYA BOOKSTORE MARUNOUCHI SHARE LAUNGE(ツタヤブックストア丸の内シェアラウンジ)を書店に併設する形で開業。3〜4階の吹き抜け空間に、個室17室、会議室2室、220席を備えます。

基本料金は、60分1,650円、1日5,500円、月額利用55,000円。

フリードリンク、フリースナック&ブレッド。つまり飲み物と軽食は無料です。高速Wifi/電源もあり、本も読み放題。

2025年末までに首都圏で100店舗体制を目指すとのこと。

これは、なかなか凄い戦略です。

全く新しい会社が「当社はシェアラウンジを始めます」と言っても、私たちはなかなかイメージできません。でも蔦屋書店が「シェアラウンジを始めます」と言われると、どんなものになるかイメージできます。

よく考えてみると、これはものすごいブランド資産です。
ブランド資産は、消費者の脳内に作られます。一度このようなブランド資産が作られると、ライバルはなかなかそれを上書きできません。CCCはこの蔦屋書店で作り上げたブランド資産を、シェアラウンジで活用しているのです。

いま、シェアオフィスは成長市場です。コロナ禍でリモートワークが普及したおかげで、シェアオフィス市場は2026年には2300億円(2020年の3倍)の規模になると見込まれています。

ちなみに冒頭で紹介した2018年年末開業の「文喫」は、出版取次の最大手である日本出版販売(日販)が運営しています。日販は書店ビジネスが生命線。だから書店の価値を高める挑戦をしています。文喫はそんな挑戦の一つです。

CCCも2019年から渋谷で、ラウンジとシェアオフィスの機能を兼ね備えたシェアラウンジを開業していました。

書店業界では、コロナ禍前から様々な試行錯誤をしていたわけですね。

そしてCCCは試行錯誤した結果、「これはイケる」との確信を得て、スロットルを本格的に踏み込んでいます。蔦谷書店で培ったブランド資産を武器に、本格的に「シェアラウンジ」というコロナ禍で生まれた新市場を開拓しようとしています。

コロナ禍は一段落した今、新しく根付いた生活スタイルによって生まれた新市場が様々な業界で生まれています。大きなチャンスがやってきています。

御社は、どんな新市場を開拓しようとしておられますか?


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「独禁法で、値引き禁止はムリ」を突破したパナソニック

日経ビジネスの今週号(2023年1月23日号)の特集「殻を破れ!Panasonic」で、実にいいお話しがありました。記事の一部をオンラインでも読むことができます。

さらば家電の安売り パナソニック、マイナーチェンジ地獄脱す

この記事のポイントは…

・パナソニックの商品は、競争力があっても常に量販店で値引き販売されていた
・そこで「値引き販売は一切禁止にしよう」ということになった
・ここで問題になるのが「独占禁止法」。独禁法があるので「メーカーが販売店に価格を強制するのはNG」が常識だと思っていた
・そこで公正取引委員会に確認した。回答は「パナソニックが在庫リスクを引き受ければ、販売店に価格を指定してもOK」
・販売店が在庫を抱えれば、独禁法にひっかかる。しかしパナソニックが在庫を抱える形にすれば、販売店は単なる取次になり、パナソニックが直販する形になって独禁法にひっかからない
・そこで、価格を指定して販売店に納品、返品を常に引き受ける体制にした

私たちは「独禁法があるから、値引き禁止なんてムリ」という常識に陥りがちです。しかしこんな常識に縛られると、打つ手が限られてジリ貧に陥ります。そこで必要なのが、あらゆる常識を疑ってかかること。

この記事はその常識を疑う大切さを教えてくれます。

ちなみに現在のパナソニックの代理店販売に大きく影響を与えたのが、1964年に行われた「熱海会談」。熱海のニューフジヤホテルで、創業者・松下幸之助さんと主要代理店が二昼夜徹して行った伝説の意見交換の合宿です。

ある販売代理店の創業社長が苦情を言ったら、松下幸之助さんは…

「あなた、血の小便が出るまでやっていますか。私はやっていますよ。そこまでやってから言いなさい」

共存共栄という理念についても…

「共存共栄というのは、強い者同士でしか成立しませんよ。あなた方は強い者じゃないですね」

まさに真っ正面から本音で喧々諤々の議論をしたわけです。
最後の最後、決裂になるかと思った時に、松下幸之助さんは涙をこぼして…

「本当に申し訳なかった。改革をやります。しばらく時間を下さい」

そして自ら営業本部長代行を兼務。69歳で現場に復帰。「一つの県に代理店は一つ」「現金販売は報奨金」などの大改革を行いました。

松下幸之助さんは「松下の商いは3割減る。年間利益150億円は2年間なくなるので300億円。それで済んだら安いもんや」とハラを括り、徹底して経費節減して、合理化分は販売代理店に還元。

しかし2年間で300億円の損失を覚悟した改革は、2年間で487億円の利益を生み出しました。

松下さんは役員に、のちにこう言っています。

「そもそも一店舗のナショナルショップが10個買うてくれたら、全国で50万個売れる仕掛けを作ってあるのや。その製品が、小売店の倉庫に止まっているのか、お客さんの手元にまで届けられているのか。要は、わしが作った仕組みがちゃんと機能しているかどうかを見るのが、お前たちの仕事や」

※以上、熱海会談は、下記文献を参照しました。
「松下電器の経営改革」(伊丹敬之・田仲一弘・加藤俊彦・中野誠著、有斐閣)p.306
「血族の王 松下幸之助とナショナルの世紀」(岩瀬達哉著、新潮文庫)p.295-301

しかしこの仕掛けも、のちに家電量販店が登場して危機に直面します。「経営の神様」と称される松下幸之助さんが完璧に作り上げた仕掛けですら、時代ととも賞味期限が切れるわけです。

しかし大きな会社ほど「現在の仕組みは大前提で変えられない」と思い込みがちなので、常識にがんじがらめに縛られているのです。

そこで必要なのが、今の常識を全て疑い続けること。だから外部の人や、新しく組織に入ってきた人の「素朴な疑問」は、実は問題の核心を突いていることが多いのです。

そして大きな組織は「賞味期限が切れた常識」が至る所にあります。

値引き禁止・定価販売に舵を切ったこのパナソニックの取り組みは、そんな大切さを教えてくれます。

あなたの組織は、どんな「賞味期限が切れた常識」に挑戦していますか?


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D2C時代のリアル店舗戦略

スマホであるアパレルショップのサイトを見ていた妻が言いました。
「この服、いいなぁ…」

でもその場では買いませんでした。
「念のためお店でチェックするね」

散歩のついでに私も近所の店について行きました。

実際に妻が店で試着したところ、微妙なフィット感や色合いがイマイチ。
一方で前々から買おうと狙っていた服を試着したところ、ベストフィット。
結局、フィットする方を買うことにしました。
ちなみにこのお店からは、妻が欲しそうな商品が入荷すると、LINEでメッセージが届きます。

いまやありとあらゆる商品がスマホで売れます。
あの数百万円のテスラも、スマホでテスラ社から直接買えます。アマゾンで本を買うのと同じ感覚です。
私も昨日、4万円の加湿器をバルミューダ社のサイトからスマホで買いました。
そんなわけで、製造メーカーが直接消費者に売るD2C企業(Direct to Consumer)が増えています。

一方でD2C企業にも悩みがあります。
触ってみないとわからない実商品の場合、スマホではその感触がなかなか伝わらないのです。

妻の服はまさにそんな例です。

私の場合は、昨年発表されたApple Watch Ultraです。
私はネットで新商品発表を知ると、即「これ欲しいスイッチ」が入りました。
デザインもいい。機能も沢山。しかも電池の持ちが2倍です。
ただ毎日身につけて使うものです。念のためアップルストア表参道で実商品を付けてみたら、意外とアウトドア志向。「ビジネスシーンで身につけるには違和感があるなぁ」と感じました。結局、Apple Watch Ultraは購入を見送りました。

こうやって確認出来るのも、リアル店舗があるおかげですね。

そこで多くのD2C企業は、次々とリアル店舗を展開しています。

彼らは、ネット以外の販路を開拓して売上拡大するためにリアル店舗を出しているのではありません。
顧客に商品を実体験してもらい、顧客の満足度を上げて、全体の売上をかさ上げするために、リアル店舗を出しているのです。

現代の消費者は、ある程度こだわる商品を買う場合は、色々な形でスマホを使います。ですからチャネル戦略も、デジタルを大前提に考えていく必要があるのです。

御社のチャネル戦略は、デジタルを大前提に構築されているでしょうか。


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EV化の裏で静かに進む、水平 vs.垂直の戦い

街を歩いていると、気がつかない間にクルマがスーッと横を通り過ぎることが増えました。クルマがEV化で静かに走るようになったおかげです。最近、街中でもEVをよく見かけるようになりましたね。

世界全体で見ると、この1〜2年でEV化が一気に進んでいます。
各地域別のEV普及率はこうなっています。

【世界全体】 21年 8.1%
【欧州市場】 19年 1.9% → 20年 5.6% → 21年 11% (対前年比64%増 119万台)
【中国市場】 20年4.4% → 21年 13% (対前年比69%増 352万台)
【米国市場】 20年 1.6% → 21年 2.9%
【日本市場】 21年 0.9% → 22/1H 1%超

こうして全体を眺めてわかることは、

・欧州と中国は2022年に、普及の壁=キャズム(普及率16%)を突破している感じですね。

・米国と日本は、欧州・中国を2-3年遅れで追いかけています。

ガソリン車→EV化で、クルマの構造が大きく変わります。
大胆に単純化して言えば、こんな感じです。

【ガソリン車】ガソリンを燃やしてエンジンで動力発生→シャフトで車輪に動力を分配→車輪を回す
【EV】各車輪にモーターを付けて、電気制御して車輪を回す

このためEVではガソリン車で必要だった部品が一気に減る上に、電気でクルマの動きを自由に制御できます。

こんな状況の中で、クルマ業界内とクルマ業界外のメーカーが入り乱れて起こっていることが、水平統合と垂直統合の戦いです。

ガソリン車は複雑な構造なので、品質を高めるには、エンジン、ポンプ、トランスミッション、シャフト、サスペンション、ブレーキなどで微妙な擦り合わせ調整が必要でした。

日本企業が得意なのがこの「擦り合わせ技術」です。クルマ業界では、この擦り合わせで大成功したのが日本が誇るトヨタです。

このような擦り合わせを「垂直統合」といいます。細かい部品一つ一つから最終製品までを、メーカーで細かく統合していくわけです。

ところがEV化でクルマの構造がシンプルになりました。一時期は「CPU,メモリー、マザーボード、電源などの部品を買ってきてパソコンを組み立てるのと同じ感覚で、クルマも作れるようになる」と言われた時期もありました。(実際にはEVの場合でも、そこまで単純ではないようですが…)

このように、部品同士の擦り合わせ作業が少なく、部品を組み合わせることで最終製品に統合できることを「水平統合」といいます。

EV化によってクルマ業界で起こっているのは、まさにこの垂直統合と水平統合の戦いです。

トヨタなどのガソリン車の王者は、ガソリン車で確立した垂直統合の仕組みをEVでも実現した方が、自社の既存の強みを活かせるので有利です。ですので、バッテリーなども含めてできる限りEV関連の部品を内製化して、垂直統合モデルにより高品質化を極めようとします。

一方で中国自動車メーカーのようなクルマ業界の新規参入者にとって、参入障壁が一気に下がるEV化は大きなチャンスです。そこで様々なEVの部品メーカーとできる限り部品を標準化して外部調達することで、水平統合モデルにより低コスト化・デリバリー迅速化を図ろうとします。

そして世の中は、水平統合の方向に大きく進んでいます。この中でどうするかが、垂直統合の覇者・トヨタのジレンマでもあります。

日本でも、水平統合で勝負を賭けている会社は数多くあります。

ソニー・ホンダモビリティ(ソニーとホンダによるEV合弁会社)も、水平統合を志向しています。

日本電産は、永守会長が「EVのモーター供給会社となり、EVの価格を1/5にする」と言っています。

さらに日本のスタートアップ「ティア・フォー」は、EV用の基本ソフト(OS)である「オートウェア」をなんとオープンソースソフトウェアにより提供しようとしています。オートウェアは、台湾の鴻海精密工業が進めるEVの自動運転用プラットホームで、OSとして採用されました。

この垂直統合 vs. 水平統合の勝負は、これから3〜5年ほど続くでしょう。注目していきたいと思います。


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今年どうなるかは予想できない。ではどうする?

今年はどんな年になるのでしょうか?

1つだけ確実に言えることがあります。今年の年末、「今年の年初には、こんなことは想像もできなかったですね」と振り返っているだろう、ということです。

ナシーム・ニコラス・タレブが著書「ブラック・スワン」で述べたように、想像もしない出来事が起こり、グローバル規模で想定外の大きな影響を与える時代です。タレブはこのような出来事のことを「黒い白鳥(ブラック・スワン)」と呼びました。

現代ではごく少数のブラック・スワンが社会に甚大な影響を与え、私たちは翻弄されます。昨年だけでも「ウクライナ紛争」「中国のゼロコロナ政策」、それらに伴う「超ドル高=超円安」「エネルギー危機」「米国のインフレ」など様々なブラック・スワンが発生しました。

ブラック・スワンの影響力は、ますます高まっています。
ブラック・スワンの予見は、そもそもムリ。
では、どうするか?

まず「誰も未来を予想できない」と理解すること。
そして想定外が起こった場合は、それを強かに利用することを考えること。
そのために、全体でリスクを取る部分は10-15%程度に留め、残りについてはリスクを徹底的に回避することです。

リスクを取らない部分を見極めてリスクを徹底回避しておけば、「想定外」が起こっても余裕を持てますし、逆に「想定外」をチャンスに変えることができます。

資産投資にたとえると、日経平均が1/10に落ちても、資産の9割をキャッシュで持っていれば、超底値で株式を買えるようなものです。

たとえばコロナ禍の場合、研修業の人たちは対面研修が全部キャンセルになり、大変な目に遭いました。しかしいち早くオンライン研修に切り替えた人は、逆にこれをチャンスに切り替えて、いち早く新規事業を立ち上げることができました。(手前味噌ですが、完全オンラインの永井経営塾もそうやってKadokawaさんとの協業で2021年年初から立ち上げたビジネスです)

このためには、日頃から余裕がある経営を心がける必要があります。

現代では「想定外は予想できない」ことを強かに利用していく思考が求められる時代になったのです。

今年の年末も、こころ穏やかに迎えたいものですね。


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意味のない「差別化」をしていませんか?

「これがウチの差別化ポイントです!」

このようにアピールしている会社をよく見かけます。一方で、意味のない差別化をしているケースが実に多いのも現実です。たとえば…

①機能の違いをアピールする

例:「ユニクロのジャケットはフードが外れます。当社のジャケットはフードと一体化しました」
→でも、「フードが外れないからこの商品買おう」という人はあまりいませんよね。

顧客にとって意味のない機能をいくら追加しても、差別化にはなりません。

②ライバルよりも目立たせる

例:ライバルは「90日で成果が出る英語レッスン」ってアピールしているから、当社は「30日で成果が出る英語レッスン」とアピールしよう
→そのうち「1週間で…」「1日で…」「10分で…」なったりします。言ったもん勝ちの世界ですよね。

でも消費者はバカではないので、この手の意味のない数字ごっこには騙されません。

③ライバルと比べた優位性をアピールする

例:「全国ゆるキャラグランプリで、申込み3000件中、うちは10位です!」
→ 2021年時点でゆるキャラは全国に1553体あるそうです。ゆるキャラは地域のイベントを盛り上げる効果がありますが、ゆるキャラ自体は差別化にはなりません。

ライバルと比べて少々優位性があっても、顧客にとって意味がなければ差別化にはなりません。

④技術をアピールする

例「業界では誰も採用していない最先端のWeb3技術を活用して、後継者問題に悩む中小企業と若い起業家を結びつけることができます」
→何かとても有り難いものに思えてしまいますが、その中小企業の経営者と、若い起業家がその技術を使えないと、意味がありません。

課題の見極めの前に解決策を前提に考えてしまうと、最先端技術を使っても、大抵はスジの悪いビジネスになります。(頭脳が優秀な人ほど陥りやすい罠です)

これらの「イタい差別化」に共通しているのは、差別化というものをそもそも勘違いしていることです。

「要は、相手と違えば、差別化だよね」

これは差別化ではありません。

差別化戦略は、1980年頃に経営学者マイケル・ポーターが提唱しました。

本来の差別化は…

「このニーズに応えられるのは当社だけ」という状況を作ること

そのニーズが大きいほど、消費者は喜んで買うようになります。

たとえば、以下は差別化の例です。

ゴディバ →定番のバレンタイン本命チョコ
ブラックサンダー →定番の義理チョコ
エアウィーヴ →「質」の高い睡眠環境

そのお客様の課題やお困りごとに対して、業界でベストの解決策になることが、本当の「差別化」なのです。

御社は、差別化ができているでしょうか?


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アサヒ「白湯」のブルーオーシャン戦略

「これは参りました!(笑)」と思いました。
先月(2022年11月)、こんな商品が発売されていたのです。

『アサヒ おいしい水 天然水 白湯』

白湯(さゆ)です。
要は、ミネラルウォーターを温めて店頭に出したドリンクです。

「え?それだけ?」と思ってしまいますよね。
私は、ありがちな会社の社内会議でこの商品企画を提案するとどうなるか、つい想像してしまいます。

担当者「白湯を提案します」
部長 「天然水を温めただけじゃん。こんなんで売れるの?」

しかしこの商品、ヒットしているのです。

Twitterで「アサヒ 白湯」で検索してみると、こんな声が次々と出てきます。

「本当美味しい よく分かってるアサヒ」
「これからの季節に嬉しい!」
「水筒持ち歩かないからペットボトルの白湯ありがたい。Asahiに感謝」
「ついに出た!!ペット白湯〜!! ずっと欲しかったからコンビニで見かけて即買い!」
「美味しくてビックリ」

ちなみにコンビニやスーパーのホット飲料コーナーで、白湯の適温(約50~60℃)に温めた状態で販売されています。

アサヒの発表によると、白湯の飲用経験率は2009年の11.8%から、2022年には61.0%と5倍になっています。男性の飲用経験率も54.4%。なんと13年で5倍に成長する、隠れた超成長市場だったのです。

どんな時に飲むかというと、女性は「冬場の冷えや寒さ対策」「体に良さそう」、男性は「朝からカフェインを取りすぎないように、意識して白湯を飲んでいる」、といった感じです。健康志向ですね。

確かに私も白湯を飲むと、身体がリラックスした感じになります。

でも飲みたいときに買えないんですよね。

まさに「ありそうでなかった、とても欲しいモノ」ですね。

「既存知×既存知」がイノベーションと言われますが、この商品も「天然水×ホット飲料コーナー」という既存知同士の掛け算で生まれたイノベーションとも言えると思います。

この商品には、ポイントが2つあると思いました。

まず「白湯」というネーミング。実は2014年に「ホット天然水」という商品を出したのですが、売れなかったそうです。確かに機能面を考えると「温めた天然水=ホット天然水」ですが、健康志向を考えると「白湯(さゆ)」の方が消費者の心に刺さりますよね。

もう一つはタイミング。6割の人が白湯の飲用経験を持つ2022年という絶好のタイミングだからこそのヒットなのでしょう。

「レッドオーシャン」と思われがちな市場でも、消費者の隠れた不満は必ずあります。その隠れた不満の発見がブルーオーシャンになることを、この商品は教えてくれているように思います。


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タクシーに乗って、DXの本質を知る

先日、タクシーでやや長距離を移動したときのこと。

私は長距離は、なるべく個人タクシーを使うようにしています。
運転が丁寧ですし、道に迷うことがまずないからです。
しかしこの時はラッシュ時で、個人タクシーが掴まりません。
そこでタクシーアプリの「GO」で、日本交通のタクシーを呼びました。

5分程度で来てくれました。運転手は20代の若い男性です。いつも通り道順を伝えると…。

「その道順よりも、こっちの道順の方が3分ほど早く着きますが、いかがしましょう?」

GOでタクシーを呼ぶ際、目的地の住所指定をしたので、行き先はカーナビに自動セットされているのですね。(ちなみにタクシーを呼ぶ時は住所入力は不要で、地図上で建物をクリックするだけです)

お任せしたところ、「こんな道あったの?」と思うほどの抜け道を走り、あっという間に到着しました。

でもこの若い運転手が、抜け道を知っているわけではありません。カーナビの通りに走ったわけですね。

2022年11月18日のテレビ東京・ワールドビジネスサテライトを見ていたら、まさにこのことを紹介していました。

番組に登場した20代の女性運転手は、乗務歴4ヶ月。でも既に売上は営業所の平均です。その秘密が、GOの活用。

これまでタクシー運転手は、空車の時には流しで運転し客を掴まえるのに独特の勘が必要でした。運転には土地勘も必要でした。つまりタクシー業界は、ベテラン運転手が稼げる市場だったわけです。

しかしGOなら、自動的に乗客と車両をマッチングして、行き先も丁寧に教えてくれます。つまり知識がなくても稼げるわけです。しかもタクシー運転手は、比較的時間に拘束されずに自由に働けます。ですので20代でタクシー運転手になる人も増えています。

GOを運営するMOT(モバイルテクノロジーズ)の中島宏社長によると、タクシー会社に入社して数ヶ月で年収600万円稼げる方も出てきているそうです。

このため、GOでは決済システム、配車アプリ、タクシーに乗せるタブレットなどが全て連動しています。この結果、タクシーは利用者にとっても実に使いやすくなりました。

・乗車率 6割(GO開始前)→9割(GO開始後)
・支払い時間 40秒(車内決済)→15秒(GO決済)
・待ち時間 6分半(電話配車)→3.4分(アプリ配車)

この先のビジネスもあります。

GOに登録する全国15,000台のタクシーは、常にドライブレコーダーで道路の状況を撮影して走っています。そこで撮影画像から標識や信号をAIが自動検知し、地図会社と連携して地図データ更新に活用しています。1日で地球10週分の走行距離の情報量。まさにビッグデータです。

さらにこのデータを活用して、自動運転の研究も進めています。

DXの本質は、ケタ違いの利便性と大きな価値を生み出して、業界を変革し、市場を拡大して、新たなビジネスを創造することです。

これまでタクシーは不便が沢山ありました。しかしその不便さは、同じ業界にいる人ほど、ある意味で当たり前でした。その不便を解決したのがGOでした。

GOの前身は、ジャパンタクシーというタクシー会社である日本交通が設立した会社です。10年前に「このままでは日本のタクシー業界は、ぜんぶUberにやられる」という危機感を持った日本交通トップ・川鍋一朗さんが、タクシー配車アプリを始めたのがきっかけです。

このGOの挑戦は、まさにDXの本質です。

あなたの業界では、どのような危機感を持っていますか?
その危機を克服するために、どんな取り組みをしていますでしょうか?

 

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ダイヤモンド「銃・病原菌・鉄」から考えた、昆虫食

「昆虫食」をご存じでしょうか? 牛や豚に代わって、コオロギや蚕を蛋白源にしよう、という考え方が登場し、昆虫食ビジネスを手掛けるスタートアップ企業が注目を集めています。

「コオロギや蚕を食べるの? ムリムリ」と思うかもしれませんが、粉末状にしたりして無理なく食べる技術も開発されています。

ジャレド・ダイヤモンドの名著「銃・病原菌・鉄」を読んでいたら、この昆虫食が優れていることを裏付けるヒントが書かれていました。

本書は壮大な人類史の進化について書かれた本です。1997年刊行なので、当然のことながら昆虫食については何も書かれていません。

一方で本書には、人類が家畜を飼うようになった経緯の一節があります。人類は野生動物を家畜化したわけですが、家畜化するには次の5つの条件をすべて満たす必要がある、と書かれています。

①餌の問題 草食哺乳類は体重の10倍の餌が必要になります。肉食哺乳類は、餌の動物を育てるために体重の100倍の餌が必要。なので肉食哺乳類は効率が悪いため家畜化できません。

②成長速度 牛や豚は早く成長します。ゴリラや象は成長に15年かかるので、家畜としては効率が悪いのです。

③繁殖上の問題 家畜は繁殖させる必要があります。しかしチータのように人前で交尾しない動物は繁殖できません。人前で交尾を恥ずかしがらないことが家畜の条件です。

④気性の問題 大型哺乳類は人を殺せるので、気性が穏やかでないと危険です。熊は実は美味しいそうです。でも人を殺すので家畜化できません。

⑤序列ある集団を作るか 群れを作る動物は序列が明確なので、人間が頂点に立てば支配できます。山羊の群れとかはまさにそうですよね。

昆虫をこの5つの条件に当てはめてみると、こうなります。

①餌の問題 2013年に国連食糧農業機関が発表した昆虫食に関する報告書によると、タンパク質1Kgを生産するために必要なエサの重量は、コオロギは1.7Kgだそうです(ただし諸説あり)。資源効率化が問われる現代では、この効率性は極めて重要です。

②成長速度 コオロギは卵から1ヶ月で3cmに育ちます。従来の家畜と比べて、もの凄く速いですね。

③繁殖上の問題 昆虫の繁殖は、哺乳類と比べて比較的簡単です。

④気性の問題 昆虫は適切に管理すれば人に危害を与えません。

⑤序列ある集団を作るか これも適切に人間が管理できます。

こうして整理してみると、コオロギや蚕などの昆虫は、驚くべきことに理想的な家畜であることがわかります。

少し見方を変えることで、今まで私たちが当たり前に見ていたモノが、大きな可能性があるビジネスに変わります。ビジネス・チャンスは、この潮目を見極められるかどうかにあるのですね。

 

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発破をかけるほど、イノベーションは起きない

仕事で大手企業の経営幹部の方とお話しすると、時々こんなお悩みをお伺いします。

「イノベーションを生もうとして、私は社員に発破を掛けているんですよ。でもねぇ。社員からなかなかいい提案が挙がってこないんですよ。困ったもんです」

実は大手企業で成果が挙がらない最大の原因の一つは、「その企業の心理的安全性の低さ」にあると常々感じています。こういう会社、実に多いのです。

心理的安全性とは「ここでは何でも言える。心置きなくリスクが取れる」と感じる雰囲気のことです。経営学者のエイミー・エドモンドソンが提唱した概念です。

たとえば現場社員が、手間と労力をかけて新事業アイデアを考え、経営幹部に提案する、ということはよくあります。「自分たちのビジネスを少しでも良くしたい」という想いですね。実に素晴らしいことです。

しかしそんな提案に、こんな対応をする経営幹部もよく見かけます。

「うーん。ダメだね。話にならん」
「こんなの何も目新しくないよ」
「あなた、今のお客さんを何だと思っているの? 無責任な発言はやめよう」

実はこう言っている経営幹部は、心の中でこう考えていることもよくあります。

「その心意気、いいね。実は提案もいい線行っているんだけどね。もう少し鍛えてやれば、よくなるな」

しかし厳しく言われた社員は、発言を額面通りに受け取って、こう思ってしまうのです。

「自分の力不足か。提案しない方がよかったのかなぁ」
「この会社、もう何を言ってもダメなのかな。…転職考えようかなぁ」

このような会社が「心理的安全性が低い会社」です。

終身雇用だった昭和の時代は終わっています。今の会社員は、転職の選択肢があります。やる気がある社員ほど「提案すると厳しく言われてチェックされるけど、なかなか話しが進まない」心理的安全性の低い職場から、「何でも言えてリスクも取れて、サクサク挑戦できる」心理的安全性が高い職場へと、次々と流れていきます。

そして心理的安全性が低い職場には、言われたことしかやらない社員が残ります。これで新しいイノベーションを起こすなんて、ムリです。

「発破かけているんだけど成果が挙がらない。困ったもんです」と苦笑いする経営幹部は、実は自分自身が原因であることに気付いていません。

これは日本企業独特の問題ではありません。あくまで、その会社の問題です。

エドモンドソンは心理的安全性を提唱した名著「恐れのない組織」で、「福島第一原発事故の根本原因は、権威に異を唱えず盲目的服従をする日本文化に深く染みついた慣習が問題」という調査委員会の報告書に対し、こう反論しています。

「それは日本文化に限ったものではない。心理的安全性のレベルが低い文化に特有のものだ」

しかしこう言うと、こんな声も聞こえてきそうです。

「いやぁ。でもウチの会社はそういう社風ですからねぇ」

そのような社風だと、発破をかければかけるほどイノベーションが生まれなくなり、心ある社員が離れていきます。そのまま放置していいのでしょうか? いいわけ、ありませんよね。

あなたの会社は、心理的安全性は高いでしょうか?

 

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どうすれば学びが定着するのか

色々と本を読んだり講義を受けたりしてマーケティングを勉強している。
でもなかなか身につかない。
こんなお悩みをお持ちの方、多いかも知れませんね。

ちょうど先週、永井経営塾を受講されている方から、こんなご質問をいただきました。

「学びを定着するための良い方法があれば、教えてください」

永井経営塾では毎月2時間、様々なマーケティングや経営戦略理論を講義動画でお伝えしています。そこでいい機会なので、回答内容を共有したいと思います。

現実には、座学だけではなかなか身につきません。そこで私はこんなことを心がけてきました。

①実際に学んだ事を仕事で使ってみる

理論を頭で理解したつもりでも、十分に自分の中で消化していないと、仕事で使えません。頭で理解したことと、実際にやってみるのとは、全く違うからです。

たとえば、泳げない人が泳ぎ方を本で学んだとします。でもそれだけでは、プールに入っても泳げません。身体がちゃんと動かないからです。本で学んだ方法をプールの中で実際に試して、身体で覚えることで、泳げるようになります。

ここで大事なのは本で学んでおくということ。

本で学ばずにプールに飛び込み自己流で色々やってる人でも、いつか泳げるようになるでしょう。でも、予め本で学んだ人と比べると、泳げるようになるのは遅いですよね。

マーケティング理論や経営戦略理論も同じです。
理論を学んだ上で、実際に仕事で使ってみることが大事なのです。

実際に仕事で使ってみると、色々とうまくいかない部分が出てきます。
泳ぎ方マニュアルの通りに身体が動かないのとまったく同じです。
そして試行錯誤しながら調整していくと、学びが定着していきます。

②学んだ事をアウトプットする

私の企業研修を受講された方で、学んだ内容を元に、営業所内や自分の課で勉強会を開いている方が多くいらっしゃいます。これは実に素晴らしい方法です。

何かを学んだらそれを人に教えて、質疑応答して学びを深めることは、自分自身の学び定着のためにも有効です。しかもチームの力も向上します。

人に教えるためには、自分が教える内容の本質を理解する必要があります。本質とは「要は、こういうこと」と一言で言えて、相手がハラ落ちすることです。この教える準備をする過程で、理解が進み、知識が定着します。

一方向に教えるだけでなく、できれば教えた後に相手から率直な意見をもらうことをオススメします。これで教える側の自分の理解度も確認できます。

私も会社員時代、社内の勉強会を引き受けてお話ししたり、学んだ事をブログに書いてアウトプットしていました。

学んだ事はどんどん仕事で使ってみて成果を出し、あわせてアウトプットする。

こうすることで学びは定着していくのです。

 

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やる気を育てる方法

KOKUYOサイトより https://www.kokuyo-st.co.jp/stationery/yarukipen/

小学生くらいの子どもって、「宿題やりなさい!」と言えば言うほど、悪ふざけして誤魔化して、ますますやろうとしませんよね。お悩みの親御さんたちも多いと思います。

そんな中、使ってみたら8割の子どもが勉強をやる気になった(*)というスグレモノがあります。 それが「KOKUYOしゅくだいやる気ペン」です。→リンク先の動画をご覧下さい。

(*) コクヨしゅくだいやる気ペンモニター調査 (2019年6月2日~6月16日実施。N=86)

「しゅくだいやる気ペン」の素晴らしい点は、「やらない→叱る」から「がんばる→ほめる」へ変えたところです。

■まず「自分でがんばる」
頑張って勉強するとペンの色が変わり、勉強後にペンをスマホアプリに付けると水を注ぐ音がコポコポ鳴って「やる気の木」が育ちます。育っていくとアイテムゲット。楽しいですね。

■「やる気の見える化」
勉強時間は記録されます。母親がアプリでチェックして、花マルのフィードバックができます。親子コミュニケーションですね。

動機付けには大きく分けて、外発的動機付け内発的動機付けがあります。
外から動機を与えられる(ご褒美やお叱り)が、外発的動機付けです。
自分がやりたいからやるのが、内発的動機付けです。

継続性があって楽しいのは、内発的動機付けですよね。

この内発的動機付けで重要なのは、自律性と有能感を尊重することです。
「しゅくだいやる気ペン」は、この内発的動機付けの本質を見事に突いています。

■まず「自分でがんばる」
→「言われたからやる」ではなく、「楽しいからやろう」という自律性の尊重ですね。

■「やる気の見える化」
→「叱られるからイヤ」ではなく、「勉強が進んでほめられた。ボクにもできる」という有能感の尊重です。

このように内発的動機付けで大切なのは、自己決定感です。
自ら学ぶことで、成果も上がり、満足を得る、というわけですね。

ビジネスもまったく同じです。

「人は管理しないと動かない。だから統制する」と考えるマネジャーは、外発的動機付け重視です。

「人は自ら学び成長する。だから一人の人間として尊重し、自律性を支援する」と考えるマネジャーは、内発的動機付け重視です。

前者は「やらない→叱る→ますますやらない→ますます叱る」という悪循環の子どもと同じで、長期的に見ると成果はなかなかあがりません。

後者は「がんばる→ほめる→もっとがんばる」という好循環の子どもと同じで、長期的に見ると成果があがっていきます。

働くならば、やる気を育てる組織で働きたいですよね。

 

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「顔ダニ」の存在を知り、企業の行く末を学ぶ

先週日曜(2022/9/4)の日本経済新聞に、こんな記事がありました。

『「顔ダニ」、人間の一部に 絶滅危機回避、共生へ進化中』

なかなかショッキングな記事です。簡単に内容を紹介しますと…。

実は私たちの顔には「顔ダニ」が住んでいます。図のように、生息地は人間の毛穴。大きさ0.3ミリ。細胞の数はわずか900個。あの小さなショウジョウバエでもこの500倍ありますから、とてもシンプルな生き物です。

この顔ダニ、最小限のゲノム(遺伝子情報)しか持っていません。そもそも生き抜くための重要な遺伝子を欠いています。

なぜかというと、地上で最強生物・人間の顔での生活では、外敵がいないからです。敵は人間が追い払ってくれます。加えて食料である人間の皮脂は豊富。そこで顔ダニは、使わない遺伝子は次々と手放してしまいました。

日光で目覚める遺伝子もないし、夜の活動に必要なメラトニンも作れません。寄生先の人から拝借すればこと足りるからです。

こうして顔ダニは、人の顔という最高の生存環境に最適化していきました。進化というべきか、退化というべきか、なんとも微妙です。快適で外敵のいない環境だと、生物はどんどん退化していくのですね。

でも人間が絶滅した瞬間、顔ダニは人間の顔の外では生きられませんから、絶滅してしまいます。

なんか、色々と考えさせられます。

まず、こんな会社、時々見かけますよね。政府などの規制で守られていて、ほとんど競争がない業界は、日本にはまだ数多く残っています。こんな会社は、外敵がほとんどいない環境に最適化しています。

だから規制撤廃は、自分たちの生死がかかるわけで、強硬に反対します。

しかし世の中は全体として、常に規制緩和の方向に進んでいます。規制がなくなった瞬間、未経験の激烈な競争に晒され、たいへんなことになります。

競争が厳しい業界ほどエクセレントカンパニーが多いのも、同じことですね。厳しい競争環境では、エクセレントカンパニーに進化しない限り、生き残れません。

さて、御社の環境はどちらでしょうか?

一方で勤務先に最適化した会社員も、よく見かけます。その会社の中だけで通用する作法は完璧に身についているのですが、社外で汎用的に通じるスキルは皆無という方です。このような方は、いまの勤務先がなくなったり、色々な事情で勤務先から離れると、途端に困るわけです。

顔ダニの生き様から、考えさせられます。

 

ところでこの記事、読んでいるとちょっと顔がムズムズしてきますね。

 

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「歯の白さ」のマーケティング

ある日、妻に言われました。

「歯が黄ばんでいるよ。歯医者さんでホワイトニングしたら?」

あなたはご自分で、自分の歯がどんな色かをご存じでしょうか?
私は全く意識していませんでした。
洗面所で身支度する時も、口は基本的に閉じたまま。

早速洗面所で自分の歯を見ると、意外と黄ばんでいます。ちょうど湯飲みが茶渋で色が付くのと同じで、長年歯を使っていると食べ物の色で染まるようですね。

そこで早速、歯医者さんにホワイトニングをしてもらうことにしました。

ホワイトニングの当日、まず説明を受けます。

「1回目で、ある程度白くなります。でも2〜3回行うと、より白くなります」

と言われながら、診察台にあるディスプレイで、3人の実例写真(1回目、2回目、3回目)で見せていただきました。歯がもともと白い人。やや黄色い人。茶色い人の3人です。私は茶色い人のケースと同じ状態でした。

どの人も、1回目でそこそこ白くなっています。しかし3回目になると「芸能人?」と思えるほど白くなっています。

説明後に、まず承諾書にサイン。そして実際のホワイトニングです。

施術前に自分の歯の写真を撮り、90分の施術後にまた歯の写真を撮って、ビフォーvs.アフターの比較をします。

結果は事前の説明の通り、そこそこ白くなりました。しかしもっと白くしたいので、早速2回目の予定を入れました。

帰宅して妻にホワイトニングした歯を見せると、「すごく白くなった。もうこれでいいんじゃないの?」と驚かれましたが、「もっと白くなるので、3回目もやることにした」と答えると、「へぇ〜」。

このホワイトニング・ビジネス、なかなかよくできています。カギは「事前説明」です。

人の期待値は主観なので、人によって様々です。だから期待値を事前にセットする必要があります。

事前説明をしないと、こうなりがちです。
「1回で真っ白になると思っていたのに、そうでもないじゃん」
「2回目も必要なの? またお金取るの?」

事前説明した上で、施術前に承諾書にサインをさせることで、こうなります。
「ほぼ事前の説明通りだね」
「2回目と3回目をすると、もっと白くなるのか。予算があればやろうかな」

事前説明ではさらにこんな話もありました。

「一度ホワイトニングをしても、歯は徐々にまた色が付いてきます。歯の白さを保ちたければ、定期的なホワイトニングがオススメです」

つまり事前説明により「消費者の期待値」のマネジメントをすることで、
①顧客満足度向上を図りつつ、
②2回目・3回目の予約に繋げて売上拡大を図り、
③さらにリピートオーダーに繋げているのですね。

恐らくホワイトニングの技術や施術道具を販売する会社が、この「事前説明の徹底」というマーケティング手法とセットで、歯科医に売り込んでいるのでしょうね。

ポイントは「1回だけでは白くならない」「白さはホワイトニング後、徐々に失われる」というデメリットを正直に伝えて、そのデメリットをビジネスに繋げている点です。

正直に伝えることで、デメリットを転じて、売上拡大に繋げる。

このやり方は、私たちのビジネスでも参考になるなぁ、と実感しました。

 

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商品づくりよりも、組織づくり

ソニーの創業は1946年。
戦争が終わってまだ1年。日本は焼け野原でした。
当時のソニーは、東京通信工業という社名でした。

この時、ソニーはラジオの修理や改造をする傍ら、様々な商品を開発していました。

たとえば電気炊飯器。木のお櫃(ひつ)にアルミ電極を貼り合わせたものです。でもお米は炊けませんでした。失敗作第1号です。

電気座布団も開発しました。紙の間にニクロム線を入れて温かく過ごせる、というもの。温度調節もできないしろものでしたが、売れに売れました。ただ自社の名前を付けるのは気が引けて、「銀座ネッスル(熱する)商会」という名前を付けました。

この間、創業者の井深大(まさる)さんは商品開発よりも恐らく大事にしていた仕事がありました。それは、こんな文章で始まる「設立趣旨書」です。

「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき
 自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」

そうして東京通信工業(のちのソニー)は、まさにこの趣旨書にあるような創意溢れる技術者たちが集まり、様々なイノベーションを起こしていきます。

時は60年以上が経過して、2012年。

成長を続けて大企業になったソニーは、業績低迷で苦しんでいました。この時、ソニーの舵取りを任されたのが、平井一夫CEOです。

平井さんは、井深さんが作った設立趣旨書を穴が開くほど読みました。ここに書いていることは、まさにソニーの原点。しかし平井さんは、この設立趣旨書は時代に併せてアップデートする必要がある、と感じました。そして考えに考えた末に、新たなソニーのあるべき姿を一言にまとめました。

「感動 KANDO」

既にソニーはグローバル・カンパニー。日本人以外の海外社員が過半数です。そこで平井さんは、世界中のソニーの拠点を回ってタウンミーティングを続けて、『ソニーは「感動 KANDO」を生み出す会社なんだ』ということを、日本語で、時に流暢な英語で、語り続けました。

そしてソニーは見事、復活しました。

「ビジョナリー・カンパニー」を書いたジム・コリンズは、業界トップを何十年も維持する超一流企業を「ビジョナリー(未来志向)・カンパニー」と名付け、世界で18社のビジョナリーカンパニーを選び、共通する8つの基本原則を本書にまとめました。その最初の基本原則がこれです。

『時を告げるのではなく、時計をつくる』

「時」とは、商品づくりのたとえです。

トップが陣頭指揮で商品作りしても、商品には必ず寿命があります。トップがいないと商品が作れない組織は、トップがいなくなると途端に低迷を始めます。

しかしトップが社員の創造性を引き出し、優れた商品を次々生み出せるような優れた組織を作れば、会社は成長し続けることができます。(なお「組織作り」とは、単に「組織図を作ればいい」ということではありません。「組織作り」とは、組織の行動原理や使命、基本理念を作るということです)

ソニーはまさに、創業時に井深大さんが『時を告げるのではなく、時計をつくる』ことに注力して成長しました。そして低迷した時に、再び平井一夫さんが『最新型の時計にアップデートする』ことで復活したのです。

あなたの会社は、時計を作っているでしょうか?

 

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ワインボトルを変えたら、CO2排出量&物流費が半分に!

写真は https://packamama.com より

実は私、お酒を飲みません。 以前は少々たしなんでいましたが、飲まなくなってもう10年ほど経ちました。

飲んでいた頃はワインを買って飲むこともありました。ワインの問題は、ボトルです。店で買って家に持ち帰る際の重いこと。しかも割れやすいし、かさばりますよね。いつも持ち帰りが大変でした。

現在のガラス製ワインボトルは、17世紀に英国で生まれた丸いボトルが原型(写真の左)で、19世紀にフランスのブルゴーニュとボルドーで現在の形状(写真の真ん中)が生まれました。

21世紀なのに、私たちは19世紀のボトルを使っているわけです。

2022年7月24日付の日経産業新聞の記事「平らなワインボトル、豪で新風」で、この世界を変える挑戦を紹介しています。

オーストラリアで、平たくて軽いプラスティックのワインボトル(写真の右)が普及を始めているのです。

英国企業パッカママが開発したもので、厚みは3.5cm、重さ63グラム。店の同じ棚面積に2倍の本数を並べることができます。さらに空間をムダにせずに並べられるので、運送用物流パレットに搭載できる本数は通常のワインボトルの2倍。物流費高騰の今、これは有り難いですね。

同社CEOによると、ワインのカーボンフットプリント(CO2排出量)の68%は、ボトル由来だそうです。

新ボトルでワインの品質を保てるのは、19ヶ月間。ボトル内で熟成させる高級ワインには向きませんが、値ごろ感重視のワインであれば物流コストを大幅に削減できます。

記事で書かれているのは以上ですが、ガラス製のワインボトルの問題は他にもあります。捨てるのが大変です。家でパーティなんかしようものなら、大量の空き瓶を捨てるのは重労働です。さらにそんな空き瓶を回収するのにもコストがかかるわけです。

レストランの裏口にワインの空き瓶が大量に溜まっている…なんてこともなくなります。

このように考えると、先進テクノロジーは一切使っていませんが、これは素晴らしいイノベーションですね。

同社はワイン小売をしていましたが、重さと形状が物流上の悩みの種。そこで自社商品向けにエコフラットボトルを開発したそうです。

世の中に大きなインパクトを与えるイノベーションのヒントは、意外と私たちの身の丈の悩みの中に転がっていることを、改めて教えてくれる取り組みだと思います。

 

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デル・モデルを実現・進化させたテスラ

成長を続けるテスラは、テクノロジーに注目が集まりがちですが、最近こんな記事がありました。

『【記者の目】テスラ、製造業で異例の「運転資金不要」』
(日本経済新聞、2022年6月23日)

じっくり読むとなかなか凄いお話しなので、解説しながらご紹介したいと思います。

普通はモノを作る時、まず原材料調達や生産にお金を払った後に、商品を売って売掛金を回収します。この「お金を払ってから、売上を回収するまでの期間」を、会計ではキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)といいます。

この自動車業界ではこのCCCは、記事によるとトヨタが31日フォルクスワーゲン(VW)が74日。世界に冠たる「トヨタ生産方式」を推進するトヨタがVWの半分というのは、さすがです。トヨタの方がVWよりも効率的にお金を回せるということです。

しかしテスラは、なんとCCCはマイナス15日。

つまり、お客からお金をもらい、そのお金で生産しているということです。こうなると運転資金が不要になり、余剰資金が生まれます。その分の資金を新たな投資に回して、成長できるわけですね。

記事によると、テスラは様々な方法を駆使してこれを実現しています。

【ものづくり革新】ガソリン車の部品は3万点ですが、EVは2万点に減ると言われています。テスラはさらに少ない1万点程度。たとえばクルマを制御するECU(電子制御装置)は、通常のクルマでは50〜70個ですが、テスラは数個だけ。おかげで配線も少なくて済みます。複雑な形状の大型部品も一度に成形できる巨大な鋳造設備も導入しました。さらに車種も絞り込んでいます。モデル3とモデルYのⅡ機種で生産台数の95%。内装もシンプル。メーターやボタンはなく、中央にタッチパネルがあるだけです。

【地産地消】テスラはEVが成長する中国でも、現地に工場を作りました。おかげで生産して販売までの時間が短くなります。

【自社直販】自社店舗の販売をやめて、オンラインでお客に直販します。

こうして、調達・生産から顧客に届けるまでのバリューチェーン(価値連鎖)を最短化することで、CCCをマイナスにしているのです。

一見すると、これは1980年代にPC業界で、デルが確立した「デル・モデル」です。デルも…

・販売店やディーラーを通さずに、顧客に直販
・全てお客の希望にあわせてカスタマイズする注文販売
・サプライチェーンマネジメントを徹底効率化。在庫を徹底追求
・自社は技術を持たず、他社の最新汎用技術を採用し、いち早く製品化

こうしてデルも、PC業界で唯一CCCマイナスを実現しました。デルはデル・モデルを磨き込み続け、2001年にパソコン業界で世界トップシェアを獲得。その原資で、今やIT総合ベンダーに進化中です。

テスラは、このデル・モデルを自動車業界で実現した、という見方もできます。
しかもテスラは、デル・モデルを進化させています。

・最新汎用技術を採用したデルとは異なり、テスラは自社で先進技術を研究開発し続けています

・さらに一台当たりの単価は、デルは10万円。テスラは500万円。50倍です。デルモデルも様々な業界にインパクトを与えましたが、実にすそ野が広い自動車業界で新たなモデルを実現することによるインパクトは計り知れません。

・単品PCのデルとは異なり、テスラのクルマは様々な仕組み(自動運転や充電ステーションなど)と連動することで価値を発揮します。クルマはその一手段にすぎません。

テスラが創りだした「テスラ・モデル」とも言うべきこのビジネスモデルは、今後大きな影響力を持ってくると思います。

 

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マーケティングはビジネスパーソンの必須科目

私がマーケティングの仕事を始めたのは、1990年代です。

当時、私はIBM社員でした。1994年、破綻寸前に追い込まれたIBMは、ガースナーがCEOに就任。様々な手を打って復活を果たしたのですが、その一つがマーケティングの強化でした。このためにガースナーはアメックス社長時代にマーケティング分野の右腕だった元部下(アビー・コンスタン)をIBMに招き、マーケティング部門を任せたのです。

「マーケティング専門職を育成しよう」と考えたアビーは、IBM社内でマーケティング専門職を育成することにしました。

この時、製品開発マネジャーだった私は異動して、マーケティング専門職の一期生になりました。IBMはマーケティング専門職の人たちの人材育成に戦略的に投資しました。

当時、マーケティングはマーケティング専門職の人が学ぶものだったのです。

これが、現代ではまったく変わりました。
あらゆる仕事で、マーケティングは必須科目になったのです。

私は企業向けにマーケティング研修を行っています。営業、商品開発、生産、管理、人事など、様々な職種の方々が参加していますが、マーケティングを学ぶと例外なくこうおっしゃいます。

「早くマーケティングを学べば良かった。これ、自分の仕事ですぐに役立ちます」

永井経営塾にも、実に様々な職種の方々が参加しておられます。

理容・美容店の美容師さんたちも拙著「100円のコーラを1000円で売る方法」を読んでいます。理由を聞くと、「だって100円のコーラを1000円で売りたいじゃないですか」。

これはマーケティングが「顧客の潜在ニーズを見つけ出し、価値を創り出して、顧客に提供し、ビジネスにすること」を、首尾一貫した方法論でまとめた考え方だからです。

モノを作れば売れる時代はとうの昔に終わりました。
現代は価値を創らないと売れない時代です。
だからマーケティングがわかれば、一気に仕事力がアップします。

最近注目されているリスキリングで、DXやITだけでなくマーケティングにも注目が集まっているのは、こんな理由です。

ただマーケティングを学ぶ上での大きな壁が、横文字の専門用語や一見難しそうに見える理論。この壁が意外に大きくて、多くの方々が挫折してしまうのです。

実はマーケティングは、いったん理解してしまえば、その本質は子どもでもわかるほどシンプルなものです。難しいことは、本質を理解した上で実践していくうちに次第に分かってきます。

ビジネスパーソンにとって大事なのは、限られた時間と労力の投資で、仕事で成果を挙げること。

そのためにも、いまやビジネスでは必須科目となったマーケティングを一人でも多くのビジネスパーソンに学んでいただける環境作りをしていきたいと思います。

 

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イノベーションは、「猿まね」で起こせ

2022/5/31付の日本経済新聞 経済教室で、早稲田大学の井上達彦教授がこんな論文を寄稿しておられます。

「【経済教室】日本企業、戦略不全からの脱出(上) 「猿まね」批判を恐れるな」

本論文で井上教授は、日本企業が長期の戦略不全状態でイノベーションが起こらない原因は「イミテーション実践力=模倣力の喪失である」と述べています。

そして『世界的に見て日本は「模倣的創造」にたけた民族である』として、下記の例を挙げています。

・トヨタ生産方式(ジャスト・イン・タイム方式)は、大野耐一さんが米国のスーパーマーケットの仕組みを応用したもの

・セブン・イレブンも、米国で展開していたセブン・イレブンの考え方を取り入れつつ、マニュアルを全て日本流に作り変えたもの

「模倣的創造力」は日本人の強みなのだから、自ら捨てる必要はない、ということです。

シュンペーターが100年前に「イノベーションは既存知の新しい組み合わせ」といいました。こう考えると、「創造的模倣」がイノベーションを生むという考え方は納得です。むしろ「模倣的創造が、イノベーションの本質」とも言えるかもしれません。

思い返せば1980年代まで日本企業が成長していた頃、海外からは「日本製品は猿まねばかり」とよく言われていました。しかしその猿まねは、実は「模倣的創造」だった、と解釈すれば、本論文の指摘はとても腹落ちします。

当時は「欧米に追いつき追い越せ」が原動力になり、海外から必死に学びつつ、日本流に作り変えることが「創造的模倣」になり、結果としてイノベーションを生み出したのでしょう。

現在の日本は、「失われた30年」といわれる停滞に陥っています。これは裏を返せば、「海外には学ぶべき先行事例が山のようにある」ということです。

いまこそ日本人の強みである「模倣的創造力」を発揮する絶好のタイミングなのかもしれません。

そのためには、

・「イノベーション=全く新しいものを創造すること」という思い込みを、まず捨てる

・アジアを含む海外から、謙虚に好奇心を持って学んでいく

ということが必要なのだと思います。

 

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値上げと企業ブランディング

原材料費の高騰、なかなか厳しいですよね。「ウチも値上げしないと厳しいなぁ」とお考えの方も多いのではないかと思います。

一方で、値上げは消費者に痛みを強います。ですので値上げが企業ブランディングにどんな影響を与えるかも考える必要があります。では、どのように考えれば良いのでしょうか?

世界的なブランドの大家であるデービッド・アーカーは、1980年代に「これまでのマーケティング活動の蓄積が、いまのブランドを創り上げている」というブランド資産(ブランド・エクイティ)の概念を提唱しています。

アーカーは1996年にこの考えをさらに進化させ、『「われわれはこんなブランドを目指すのだ」と考え、あるべきブランドの姿に向かってマーケティング戦略を考えるべきだ』というブランド・アイデンティティという概念も提唱しています。

ブランド資産「マーケティング活動の結果(ゴール)」です。ブランドアイデンティティは逆に「マーケティング活動の出発点」になります。

値上げを考える際には、この2つの視点で考えると、わかりやすく整理できます。

■私たちは「強いブランドなら、値上げしても理解は得られるのでは?」と考えがちです。

しかしこれは間違いです。一般論ですが、値上げは顧客に痛みを強いるために、ブランド資産を毀損します。
「強いブランド(=既にブランド資産がある状態)」ならば、弱いブランドよりも理解が得られやすい可能性があります。しかし値上げはブランド資産を毀損するわけですから、その毀損を最小限に留める努力は必須です。

■また、私たちは「ステルス値上げならブランド価値は守れるのでは?」とも考えがちです。

ステルス値上げとは、価格据え置きで商品量を減らすような隠れた値上げのことです。確かに気付かれにくい面がありますが、これは好ましくありません。

プライシングスタジオ株式会社が2022年6月2日に「ステルス値上げに関する調査」(調査数341件、回収期間4月1〜15日)を発表しています。→リンク

・ステルス値上げを知っている人は66%
・ステルス値上げが増えていると感じる人は69%
・「不快に感じる人」は26-35歳が最も多く63%。一番少ない46歳以上は43%
・「仕方ないと思う人」は46歳以上が最も多い57%。一番少ない26-35歳は38%

つまり消費者は、意外とステルス値上げに気がついています。しかも一定数の人が不快に感じてます。これらの人たちには「この企業は誠実ではない(=消費者が気づかぬように損失を与えている)」という印象を与えているわけで、ブランド資産が毀損していることを示しています。これってあまりいいことではありませんよね。

一方で数年前と比較して、現在は原材料などの高騰が社会的に広く共有されています。誠実に説明をすることで、消費者が値上げを受け容れる素地が整っています。透明性ある説明をすることにより、逆に消費者に誠実さを訴求する機会となり、ブランド資産の毀損を最小限に留められる可能性が高いと思います。

■「値上げが続いているので、環境対応とかのメッセージを大々的に訴求すれば、値上げも理解を得られるのでは?」と考える人もいます。

ここで重要なのが「ブランドで何よりも大切なのは、顧客から見た首尾一貫性(言行一致)だ」ということです。

そのメッセージが、会社が常日頃言い続けているビジョンや使命(目指すブランドのあり方を示すブランド・アイデンティティ)と首尾一貫していれば、確かに受け容れられる可能性があります。

しかし「環境対応はブームみたいだから、取りあえずこれと組み合わせればいい」という企業の安易な姿勢は、確実に消費者に足下を見られます。

値上げは苦渋の決断です。そんな場面だからこそ企業の姿勢が問われます。対応次第では「お里が知れますよ」っていうことですね。

なお、ここまでの話はあくまで値上げ発表とブランディングについて考察したものです。

消費者が店頭でどのような反応をするかは、別途詳細な検討が必要です。たとえば消費者が商品棚にあるA商品とライバルのB商品を見比べて、お値打ち感があるB商品を選ぶ…ということが起こります。

ともあれ、原材料高騰は、長いことデフレが続いてきた日本経済にとって一大転機になり得ます。この値上げを、長期低迷が続いていた人件費アップに繋げて、日本を豊かにするチャンスに転じたいですね。

 

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内田和成著「イノベーションの競争戦略」は、イノベーションの教科書

多くの人は「イノベーションは、画期的な商品やサービスを生み出すことだ」と考えています。そして画期的な商品を作ろうとしますが、空振りします。そしてこんな反省をします。

「敗因は、新たな価値を生み出せなかったことだな…」

これは正しいのでしょうか?

先月末(2022年4月)の新刊「イノベーションの競争戦略」(東洋経済新報社)の著者・内田和成先生は、国内外のイノベーション事例を1000件近く調べた末に、こんな結論を提示しています。

『世の中に存在しなかった画期的な発明やサービスは、企業におけるイノベーションの必要条件ではない。それよりも新しい製品・サービスを消費者や企業の日々の活動や行動の中に浸透させることこそがイノベーションの本質である』

2001年、ビル・ゲイツ、ジョブズ、ベゾスといった大物達が「人の移動を変える革命的商品」と絶賛した商品が発売されました。「セグウェイ」です。人が立ったまま乗るボードの両側に2つ車輪が付き、真ん中にハンドルがついて、立ち乗りで最高時速19Km/hで走れます。当時の画期的技術でした。

しかし交通ルール上、乗る場所が限られていましたし、価格も100万円近くておいそれと買えません。結局普及せず、世紀の大失敗になりました。

一方で、2007年に登場したiPhone。携帯電話も、インターネット用デバイスも、iPodも既存技術。画期的技術は何もありません。

しかしiPhoneは、説明不要で誰にでも使える優れたユーザーインターフェイスで様々なアプリを使えました。その後ウーバー、Airbnb、メルカリなどの新しいサービスが立ち上がり、世の中を大きく変えるイノベーションになりました。

内田先生は、本書でこのように述べています。

『「顧客の価値観・態度が変わって、結果として生活やビジネス上の行動が変わったか?」という問いに対する答えが「YES」のものがイノベーションなのだ』

では、どのようにすればよいのでしょうか?

本書では「イノベーションストリーム」という概念を紹介しています。次の4ステップです。

①価値創造のドライバー

②価値創造

③態度変容

④行動変容

具体的に見ていきましょう。

①価値創造のドライバー… 価値創造を受け容れる世の中の変化を見極めます。たとえばコロナ禍で人々の行動は大きく変わり、様々な変化を受け容れるようになりました。

②価値創造… 技術革新・社会構造・心理変化を見極めて、新しい価値を提供します。たとえば「レストランの宅配サービスの提供」。

しかし残念ながら、多くの企業はこの②で留まっています。イノベーションを起こすには、しつこく③と④を追求することが必要です。

③態度変容… 「お、これ使えるね」というように顧客の態度が変わることです。たとえば外出できない中で「外食したい」という人が「なるほど、宅配サービスであの店のメニューを自宅で食べられるのはいいなぁ」と考えるようになりました。

④行動変容… 実際に顧客の行動が変わり、定着することです。「実際に出前館やウーバーイーツを使って注文する」という行動が定着することです。

ここで紹介したiPhoneもウーバーイーツも出前館も、新しい技術は何もありません。しかし人々の行動変容を起こしたイノベーションです。

誤解を恐れずに言えば、イノベーションが起こせれば、技術革新とか新しい価値創造とかは、はっきり言ってどうでもいいのです。イノベーションで重要なのは、顧客の行動変容を生み出したか否かです。

もう12年も前の話ですが、2010年1月16日の日本経済新聞の1面「企業 強さの条件」に、中国企業や政府に広がるこんな言葉が紹介されていました。

「三流企業がものをつくり、二流企業が技術を開発、一流企業がルールを決める」

日本は自分たちを「技術先進国」と思っています。確かに技術は大事です。しかし技術はイノベーションの一要素です。このことがわかっている人たちにとって、日本の先進技術はイノベーションを起こすための「単なる燃料」に過ぎないのかもしれません。

「イノベーション」は1956年の経済白書で取り上げられ、日本で広く知られるようになった、と言われています。しかしこの時、「イノベーション=技術革新」と訳しました。この世紀の誤訳が、日本人のイノベーション下手を招いているのかも知れません。

内田先生はこのように書いています。

「トンビに油揚げをさらわれるという格言があるが、油揚げをさらったものがイノベーターである」

シュンペーター曰く「イノベーションとは既存知と既存知の新しい組み合わせ」です。それを「油揚げをさらったものがイノベーターである」と表現するあたりが、いかにも内田流です。

そして内田先生はこのように続けます。

「…となるとポイントは新しい価値を自社で生み出すことではなく、その価値をいかに顧客に根づかせるか、にあるということが理解できるだろう。そのためには自社の資源にこだわることなく、使えるものは何でも使うという考え方に行きつく。それができないのが日本企業の弱いところである」

その上で本書では次の4つの提言をしています。

【提言1】行動変容にコミットする…新しい価値を生むよりも、人々の態度変容と行動変容を起こせ

【提言2】イノベーションを見るレンズを変える…態度変容と行動変容の種を探せ

【提言3】事業継続に強くこだわる…ユーザーの態度・行動が変わるところまで継続できるかがカギ

【提言4】自前主義を放棄する…イノベーションを分業で実現せよ


実は内田先生には、本書刊行の2ヶ月前に永井経営塾のゲストライブに登壇いただき、本書の内容を特別にお話しいただきました。

この時も直接内田先生からお話しをお伺いして「なるほど」と思ったのですが、本書を実際に読んで「行動変容を起こすのがイノベーションだ」という考え方がストンと腹落ちしました。1000件近くの事例を分析した成果なので、事例も実に豊富です。

現代におけるイノベーションの教科書として、ビジネスに関わるあらゆる人たちに強くオススメしたいと思います。

 

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デパ地下で体験した「俺の」戦略

写真は「俺のEC」より

近所のデパ地下の特設コーナーに、「俺のフレンチ」「俺のイタリアン」が出店していました。お店のメニューが8種類ほど冷凍食品で売られています。

早速購入し、その晩、家で食べてみて驚きました。「俺のフレンチ」で食べるのと全く同じクオリティなのです。

「でも特設コーナー、5月末まで。この後どうしよう? もしかしたらECサイトがあるかも…」

検索したら「俺のEC」というサイトがありました。しかもメニューは数十種類。

そこで考えました。「これって次世代店舗戦略そのものだ…」

最近、D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)に特化したネット直販企業が様々な分野で台頭しています。

D2Cは問屋・小売店を通さないので、流通コストは最小限。消費者と直接繋がり、消費者も深く理解できます。一見万能。ただ致命的なジレンマがあります。

リアル顧客の接点がないので、体験を提供できません。体験の提供という点で、リアル店舗は圧倒的に優位です。

そこでD2C企業は、リアル店舗を展開し始めています。米国で男性用スーツを提供するD2C企業IndochinoのCEOは、こう言っています。

「街に出店するたびに、その地域の認知度や売上がオンラインだけの場合と比べて4倍に伸びた」

消費者認知が広がり、売上が伸びるのです。

私もデパ地下で「俺のフレンチ」体験をしなければ、「俺のEC」を検索しませんでした。リアル店舗で体験した結果、「ECで買おう」と考えたわけです。

「俺のEC」では「俺のサブスク」もあります。毎月、食パン15個(月額4,298円税込)、またはスープ8食(月額3,218円税込)を配送します。抜かりないですね。

当初、「俺の」はリアル店舗の客を高回転で入れ替え、薄利多売で高収益を狙う戦略が大当たりしました。

しかしコロナ禍で、店に人が来なくなりました。

そこで「一流シェフによる美味しい料理を、リーズナブル価格で楽しめる」という自社の強みを活かして、リアル店舗に依存しない戦略を進めているのでしょう。これを実現するには、冷凍食品でも味が劣化しない調理法の模索など、裏では様々な工夫をしているのではないかと思います。

そこで「一流シェフの美味しい料理を、リーズナブル価格で…」という強みを活かし、「…自宅で楽しめる」という新戦略を進めているのだと思います。

この戦略実現には、冷凍食品でも味が劣化しない調理法など、裏では様々な工夫をしていると想像します。

デパ地下の「俺の」体験で、色々と学ぶことができました。おかげで体重も少し増えてしまいました。

 

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生産性向上では成長せず、売上は下がる


こんな発言をよく見かけます。

「我が社は徹底的な生産性向上を追求して、成長する」
「日本は生産性向上を徹底して、成長しなければいけない」

確かに生産性向上は大切です。効率を上げることは、ビジネスの必須課題です。

しかし生産性向上だけでは、成長はしません。むしろ縮小します。これは簡単な計算でわかります。

売上1億円を達成するために、コスト5000万円かけていたとします。
営業利益は1億円-5000万円=5000万円。ですので営業利益率は50%ですよね。

ここで生産性向上を頑張って、コストを3000万円に下げたとします。しかし当然ながら、ライバルも生産性向上に励んでいます。そこで多くの場合、値下げしなければなりません。

でも値下げしても、営業利益率(=儲け)は維持したいですよね。そこで営業利益50%を維持する、と仮定しましょう。

 売上 = コスト + 営業利益
 営業利益率 = 営業利益 ÷ 売上

ですよね。

コスト3000万円で営業利益率50%を達成する場合の売上は、この式にあてはめて考えると6000万円になります。(計算式は省略します)

つまり生産性向上を頑張ったのに、売上は1億円→6000万円に下がってしまいました。

実はこれが、日本の「失われた30年」の正体です。生産性向上は必要です。でも生産性向上だけでは、売上は下がるのです。しかしこんな反論がありそうです。

「でも日本って、生産性向上でずっと成長してきたんじゃないの?」

その通りです。ただし、それは高度成長期までの話。市場が成長していて、日本の生産性がまだ低かったので、ライバルよりも頑張って生産性向上すれば、成長して新たに生まれた市場をゴッソリ獲得できました。しかし現代では市場は成長していません。

問題は、もはや市場が成長していないのに、高度成長期に生まれたこの成功パターンを続けていることです。

生産性向上は常に行っていく必要がありますが、それだけではダメなのです。

いま必要なのは、新しい価値を生み出すこと。つまり価値創造です。

いまのやり方を改善するのは必要なことですが、長い目で見ると、それだけではジリ貧に陥ります。

いまのやり方をむしろ忘れて、全く新しい商品やサービスを生み出すチャンスはないか?

お客様は本当は何を熱望していて、喜んでお金を払おうと考えているのか?

低成長時代のいまこそ、「ウォンツ(潜在的ニーズ)の発掘」が必要なのです。

 

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強みを活かして業界常識を否定し、シェア倍増したプリンター会社

ビジネスプリンター業界の鉄則は、「販売後の補修や保守管理で稼ぐ」。いわゆる「ジレットモデル」(髭剃りのように、本体を低価格で売って替え刃で儲けるモデル)です。

この市場で、OKIのプリンターのシェアは4%程度に甘んじていました。OKIのプリンターはLED方式。ビジネスプリンターの主流であるレーザー方式よりも部品が少なくシンプルな構造、かつコンパクトでした。しかしこの強みが活かせず、大手と価格勝負に陥っていたのです。

そこでOKIの国内営業部長はこう考えました。

「部品数が少なく、構造がシンプルなら、故障は少ないはず。保守モデル自体がナンセンスだ」

そこでOKIは、常識の真逆を行く大胆な方針を打ち出しました。

「5年間無償保証」

結果、4%だったシェアは、2013年には10%と倍増しました。

この営業部長が、2022年4月1日に取締役を経ずに執行役員から12人抜きでOKIの新社長に就任した森孝廣氏です。(詳細は、今週発売の日経ビジネス2022年4月18日号(p.92)に掲載されていますので、ぜひご覧下さい)

この話は、自分たちが持つ強みを徹底的に見直した上で、業界の常識を「そもそもそれって違うんじゃないの?」と疑うことが、大きなチャンスをもたらしてくれるということを教えてくれます。

現在の常識は、神様が決めたことではありません。過去にどこかの会社にいる誰かが「自分たちの強みを活かせば、こんなおいしい商売ができる」と考え、それが顧客に受け容れられた結果、出来上がったモノです。

だから業界の常識は、私たちが自分に有利なように自由に上書きしてもまったく問題はないのです。それが顧客のお困りごとを解決できれば、新しい常識として定着します。いまの常識は上書きされるためにあります。そして、世の中はこうして常に進歩していきます。

御社で生かし切れていない、他社にはない強みは、何でしょうか?
その強みで、業界の常識はどのように変えられるでしょうか?

 

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30年ぶりのアサヒ新スーパードライ号

アサヒスーパードライ発売は、日本が元気だったバブル期前夜の1987年。この時期、アサヒビールは販促の一環で、全国で飛行船「スーパードライ号」を飛ばしました。

当時、空を見上げると、銀色のボディに「スーパードライ」と書かれた飛行船が青い大空に浮かんでいました。40代以降の方は、当時のことを覚えておられる方も多いのではないでしょうか?

この頃、私は東京湾岸の写真撮影に凝っていました。1993年頃、早朝の横浜の大黒ふ頭に停泊しているスーパードライ号を撮影したのが、この写真です。

なかなか存在感があります。

そんなアサヒですが、このたびスーパードライをフルリニューアル。味も変えました。その販促の一環で、日本列島の空に新スーパードライ号を飛ばしています。

「空を見上げようよ!」

というメッセージは、新型コロナで家に籠もりがちだったり、戦争などの暗い話題が多い中、分かりやすいですね。反響も大きいようです。

一方でヒット商品の味を変えるのは、鬼門です。

■1996年、キリンは主力商品ラガービールを生化しました。

当時、キリンは新商品「一番搾り生ビール」がヒットしていましたが、スーパードライが「生売上No.1」を訴求して一番搾りを攻撃してきました。そこでキリンは「スーパードライの生売上No.1は阻止すべし。世の中は熱処理のラガーでなく生を求めている → よってラガーを生にしよう」と考えたようです。

しかしラガービールのファンは「オレのラガーに何してくれた」と激怒。離れてしまいました。これがきっかけで、キリンはビール業界トップシェアの座をアサヒに譲り渡しました。

■1980年代、コカ・コーラも味を変えてニュー・コークを発売しました。

当時、ライバルのペプシが「ペプシチャレンジ」という目隠しテストキャンペーンで、消費者がコークでなくペプシを選んでいる様子をCMで大量に流し、コカ・コーラのシェアを奪い続けていました。

コカ・コーラは「だったら、ペプシよりも美味しくしよう」と素直に考え、消費者テストを重ねて、より美味しいニュー・コークを発売したわけです。

しかしコークファンは「オレのコークに何をする!」と大反発。不買運動にまで発展してしまいました。

そこでコカ・コーラは半年後に誤りを率直に認め、ニューコークを撤回し、オリジナルのコークを「クラシックコーク」という名前で発売しました。これでコークファンが一気に戻り、コカコーラは業績を拡大しました。

では、なぜブランドリニューアルは鬼門なのか?

消費者のブランド認知は、消費者の脳内にあります。ヒット商品ほど、このブランド認知は消費者の脳内に強くこびりついています。

「ブランドは企業の所有物」と勘違いするビジネスパーソンが多いのですが、ブランド認知は消費者の脳内にあるわけですから、ブランドの所有者は消費者です。ですので企業が勝手にブランド認知を書き換えることは、本来はご法度なのです。

当然のことながら、マーケティング巧者のアサヒはすべて熟知した上で、スーパードライをリニューアルし、周到な手を打っているはずです。

新しいスーパードライの味は、SNSを見る限り好評のようです。当初のアサヒの狙いだった「スーパードライを知らない若い世代への訴求」は、ひとまずは順調のようです。

一方でスーパードライのコアファンは、おそらく1990年頃のアサヒ・スーパードライ号を見ていた50〜80代のシニア層でしょう。大多数の彼らは、あまりSNSをやりません。サイレントマジョリティである彼らは、どのように反応しているのでしょうか?

果たしてスーパードライの大胆なリニューアルは、吉と出るのか、凶と出るのか。

今後の動きを注目していきたいと思います。

 

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「マーケティングなんぞ、やらん」という社長


こんなご相談をいただきました。

「社長に『ウチもマーケティングやりましょうよ』と提案したら、烈火のごとく怒り始めたんですよ。『ウチはそんなものはやらんぞ!』というんです。どうしたもんでしょうか?」

実は、こんな人は少なくありません。

そもそも一言で「マーケティング」といいますが、人によって捉え方は様々です。

「マーケティングって、要は販売促進でしょ」
「広告や宣伝がマーケティングだよね」
「マーケティング、日々やってますよ。ボク、セールスですから」
「市場調査のことだよね」

残念ながら、これはみな大きな勘違いです。

ひらたく言うと、マーケティングとは新たな価値を創り出し、その価値を相手に伝えて、価値を届ける方法です。

販促、広告・宣伝、セールス、市場調査、ブランディングなどは、マーケティング活動の一環です。

ちなみに日本マーケティング協会は1990年にこのように定義しています。

「マーケティングとは、企業および他の組織がグローバルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争を通じて行う市場創造のための総合的活動である。」

しかし現実にはマーケティングを正しく理解している人は、世の中にはあまりいません。

この社長さんは、恐らく次のように思っている可能性大です。

「マーケティングなんて、要は安いもののブランドイメージを高めて、高い値段で騙して売る方法だ」

確かにこう思っていたら「ウチはそんなものはやらんぞ!」ってなりますよね。でもマーケティングの考えって抽象的なので、なかなか説明してもわかってもらえないもの。なかなか悩ましいですよね。

そこでこんな人に会った時にオススメの方法があります。「マーケティング」という言葉を使わずに、マーケティングの概念を考えながら対話をするのです。こんな感じです。

「そもそも社長って、どんなお客さんの問題を解決しようと思っているんですか?」
「そりゃ、○○○で困っているお客さんだよ。この会社を始めたのも、A社さんがこの問題で困っていたのがきっかけなんだ」
「なるほど、その問題って、ウチの会社でどうやれば解決できるんですか」
「前から取り組んでいた技術があってね。これを使えば△△△できるんだよね」
「いいですね。ではそのお客さんって、この世の中にどのくらいいますかね?」
「オレの感覚ではものすごく多いよ。A社さん以外にも、業界で最低1000社くらいいるんじゃないかな? みんな困っているんだよな」
「どのくらいの効果が出るものなんですか?」
「かなりコスト削減できるんだ。生産コストを1割下げて、生産時間も2割短縮できるね」
「すごいですね。どの位で売れるものなんでしょうか?」
「そうだなぁ。生産コスト削減分の2〜3割程度の価格だったら売れるから、300万円くらいかな」
「案件1件あたり300万円で、最低1000社ですから、30億円くらいの市場規模ってことですね。じゃぁ、そのお客さんにどのようにすれば知ってもらえますかね」
「そうだな。お客さんの社長がよく読んでいる業界紙があるんだ。これで取り上げもらえば、お客さんに知ってもらえると思うな。業界初の商品だから、きっと記者さんも興味があると思うんだ」
「じゃぁ、その業界紙に連絡を取って、取材してもらいましょうよ。私の知り合い経由で頼んでみますよ」
「お! いいね。そうしよう」

かなり端折って書いていますが、こんな感じで社長と会話を続けて、実際に仕事を進めることで、マーケティングの考え方が社内で根付いていきます。成果が出始めたら…

「ところで社長、このやり方を、世の中ではマーケティングって言うらしいですよ」

と言えば、社長も、

「へぇ。オレがいつもやっているやり方が、マーケティングっていうのか」

と思ってくれるかもしれません。

ちなみに先日、獺祭で有名な旭酒造の桜井会長と永井経営塾ゲストライブで対談した時も、桜井会長は「ウチはマーケティング、やらないんですよ」とおっしゃっていましたが、実に自然にマーケティングをやっておられる最強のマーケターでした。マーケティングという言葉を使わなくても、出来る方は当たり前にやっておられるのですね。
→詳細は『本気でお客様を考えれば、自ずから最強のマーケティングになる』

 

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