永井孝尚ブログ
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ハリウッドのストは、自分ごとで考えよう

映画の都・ハリウッドで、脚本家と俳優によるストライキが続いています。
日本から見ていると「AIの台頭に反対しているなんて、古いよね」「昔のラッダイト運動と同じだ」という意見もよく聞かれます。
実際のところ、どうなのでしょうか?
そのことがよく分かる記事があります。2023年8月7日(月)の日経産業新聞に掲載された下記記事です。
「動画配信番組の待遇改善を」米映画スト、日本人俳優に聞く
ハリウッドで活躍する日本人俳優・松崎悠希さんへのインタビューです。
映画俳優は常に仕事がある訳でないので、印税収入という仕組みがあります。
映画に出演すると、TV放送やDVD化で二次使用料として印税が入ります。
松崎さんは映画「硫黄島からの手紙」の出演料は280万円、TV放送やDVD化の印税は700万円でした。
しかしNetFlixなどの配信はブラックボックス。出演料はやや高めでも印税は少ないのです。DVDから配信に変わって、松崎さんの収入は激減しました。
さらに映画製作会社は、AI俳優化を進めています。
自分の姿が360度スキャンされ、映画に使われるわけです。
スキャンで支払われるのは1日分のギャラですが、そのデータを印税の取り決めもせずに映画製作会社は永遠に使えるわけです。こうなると、俳優の仕事自体が消滅しかねません。
現在のAIテクノロジーでは、良質な学習データが不可欠です。しかし映画製作会社は、学習データの取扱いがグレーなまま、われ先に大量の学習データをかき集めています。そしてこれは映画俳優の生活を根こそぎ奪いかねないわけです。長期的な視点で考えると、これは映画ビジネスの将来にとって決してよいことではありません。
このことに危機感を感じたクリエイター側が声を挙げているのが、現在ハリウッドのストで起こっていることです。
AI台頭に伴って、AIがもたらす果実をいかに公正に配分する仕組みを作るか、ということが、現在ハリウッドのストで起こっていることなのです。
歴史を振り返ると、実は同じ事が繰り返されています。それが著作権です。著作権は英語でcopy rightと言います。「複製する権利」という意味ですね。
印刷技術が出現し、本が無秩序に複製されるようになりました。そこで著者に一定期間の権利を与えて、その間に印税などで複製した売上の一部を印税として支払う仕組みができました。
松崎さんが出演した映画も、ソフトウェアも、あるいは私の著書も、この著作権により印税が支払われています。
人類の歴史では新たなメディアが生まれる度に、喧々ガクガクの議論をした末に、この著作権や印税を新解釈することで、価値を共有する仕組みが導入されてきたわけです。
今回議論されているAIの学習データについても、同じことが起こる可能性があります。
AIはあまりにも急に成長を続けています。現在のビジネスの仕組みでは追いつけない部分が多々あります。だからこそ「AIに学習させる学習データの権利をどのように公正に分配するか」という視点で考えると、私たちもビジネスでも同じ問題があるのではないでしょうか。
ハリウッドのストは、決して対岸の火事ではないのです。今こそ自分ごとで考えることが必要なのです。
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朝活永井塾 第78回 『アージリス「組織の罠」』を行いました
8月2日は、第78回の朝活・永井塾。テーマは『アージリス「組織の罠」』でした。
このように提案するコンサルタントは少なくありません。
『まず組織のあるべき姿を描き、社員に周知徹底することです。組織変革の成功は、まずそこからですよ』
そしてトップ肝いりの組織活性化プロジェクトとか、組織文化刷新プロジェクトが始まります。しかしそのようなプロジェクトは、人知れず失敗することが多いように感じます。
「組織学習の父」と称される組織行動学の大家クリス・アージリスは、晩年に研究の集大成『組織の罠』という著書を刊行しています。本書では、アージリス自身が同席した、ある組織の経営幹部の会議が紹介されています。
新任トップ「オープンに議論して信頼し合う組織にしたい。協力して欲しい」
経営幹部 「……」(一同沈黙)
アージリス「…やり方が変わると困る人もいるので、皆さん反対なのでは?」
経営幹部 「……」(沈黙が続く)
そして最後に…
古参幹部 「ご方針なら従うまでです」
会議後、その古参幹部はすぐにアージリスに近寄って、こう言いました。
「あなたのおっしゃる通りで困るんです。あとでトップに言います」
「なぜ今日言わなかったんですか?」
「ウチの組織では言えませんねぇ」
翌日、新任トップはアージリスに言いました。
「あの古参トップには失望した。率直に言うと期待していたんだが…」
「本人に言いましたか?」
「いや、それは言えないねぇ」
米国・国務省の事例ですが、私たちの周りでも「あるある」の話ですよね。
世の中にはさまざまな組織変革の理論や文献があります。アージリスはそれらを個別に検証した上で「組織の罠を取り上げている文献や研究はほとんどない。『組織のあるべき姿をつくれば、組織変革は成功します』と主張する文献ばかりだ」と嘆いています。
こんな困った問題に正面から取り組んだのが、アージリスの著書「組織の罠」です。
私自身、企業様のビジネスの現場でホンネとタテマエが乖離して組織が動かない体験を繰り返してきました。一方で、事実をもとにホンネで議論を始めて、仲間と一緒に組織を変えようと考え始めると、組織が動くことも数多く体験してきました。
アージリスはまさにその方法を本書で提示しています。
そこで今回の朝活永井塾では、下記の本をテキストに、組織の罠を克服する方法を学んでいきました。
『組織の罠』(クリス・アージリス著)
ご参加下さった皆様、有り難うございました。
【プレゼン部分】



またリアルタイムに参加できなかった方々には動画配信をお送りしました。
次回9月6日(水)の朝活勉強会「永井塾」のテーマは『OODA LOOP』です。申込みはこちらからどうぞ。
暑い日にコーラが200円だと、少しイラッとしてしまう

最近、タクシーを利用する際に愛用しているのがGOというアプリです。いままでタクシーをつかまえるのは大変でしたが、GOを使うと近くにいるタクシーがすぐに来てくれます。
ただ、なかなか空車がない場合もあります。こんな場合は少々料金がかかりますが、「優先パス」を使えば優先して配車してくれます。私は納得して使いますが、SNSを見ていると「これで料金を取るなんでケシカラン」という人もいました。なかなか難しいものです。
やや古い記事ですが、6月26日の日本経済新聞にこんな記事がありました。
『広がる「変動価格」、消費者不満も』
最近流行のダイナミックプライシングについての記事です。
需要が高いと価格を高く設定し、需要が低いと価格を下げる、という価格設定のメカニズムです。
GOの優先パスは、使うかどうかはユーザーに委ねられているので、実に巧みにダイナミックプライシングを活用していると思うのですが、それでも不満な人がいます。
たとえば暑い日に、いつも自販機で150円で買えるコーラが、200円になっていたりすると、「暑いからって、そこで儲けるの? それって違うでしょ」って思って、ちょっと「イラッ」としますよね。これは実際に米国コカ・コーラが実験して批判され、頓挫したそうです。
ホテルや航空機などではダイナミックプライシングはある程度定着していますが、他の分野では見直しも増えてきています。
たとえばプロバスケットボールチームのレバンガ北海道では、変動価格制をやめて、試合日ごとに異なる二種類の価格に見直しました。
清水エスパルスもJ2降格で客が減り「席が埋まっていないのに高い」との反発があり、「儲けばかり求めているとみられるとファンが離れる」として、2〜3割の試合を定価に戻しました。
一方で食品ロスを減らすために賞味期限間近の商品を集めて安く販売するサービスが、中国で若者中心に受けて成長しているそうです。中国では若者の失業率が20%にもなっています。「確かに食品がムダなのはよくないよね」という大義名分と、「収入が低いから安い方が助かる」というホンネにアピールしています。
ビッグデータやAIを活用したダイナミックプライシングの手法は、まだ始まったばかりです。今後、試行錯誤を繰り返しながら、ダイナミックプライシングが定着していくのではないかと思います。
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「父親と絶交すべきか、悩んでいます」というお悩み相談

新聞で私がよく読むのが、お悩み相談コーナー。
「こんな悩みがあるのか」という驚きがあったり、回答される方の深い洞察に唸ったりして、新しい発見の宝庫です。
先日読んだ新聞で、30代女性のこんなお悩みがありました。
「父親と絶交すべきか、悩んでいます」
相談者さん曰く、実家に帰る度に「早く結婚しろ」と言われ、親戚の集まりでも晒し者になってつくづく嫌になった。そのうち殴って黙らせてしまうかもしれない。その前に絶交した方がいいかも、というご相談でした。
私も結婚は遅かったのですが、結婚する前は、同僚・上司・親戚・友人とあらゆる周囲の人々から…
「早く結婚しなきゃね」
「なんで結婚しないの?」
「なんか信念でもあるの?」
「異性へのアピールが足りないんじゃないの? 地味だしね」
と言われ続けました。
皆さん例外なく「あなたのために親身に思って言っているですよ」とおっしゃるのですが、私は言われるたびに内心で(放っておいてください〜)と思っていたので、とても共感します。
最近、やっとこれがハラスメントとして認知されるようになりました。つくづく、いい世の中になったと思います。
さて、そこでこの相談者さんのお悩みです。
一見よくある光景ですが、根深いですね。
父親は娘の幸せを願っています。
しかし「女性の幸せは結婚しかない」と信じ込んでいます。
そして娘のことを理解しようとしていません。
一方で、この相談者さんのお悩み相談からは「父親に自分を理解してもらいたい」という心の叫びが聞こえてきます。
ではそもそも、私たちは他人を理解できるのでしょうか?
「他人を理解しましょう」とよく言われますが、家族といってもしょせん他人です。いつも一緒にいる夫婦だって、しょせん他人です。
相手のことを理解する努力は、必要です。
でも相手のことを100%理解するなんて、絶対にできません。
なにしろ、自分のことだって100%理解できている人は、まずいません。
他人なら尚更ですね。
問題は、本当はあまり理解できていないのに、「私はこの人のことをよく理解できている」と考えてしまうことです。
たとえば「うちのチームの部下のことは、よく理解できている。だから発破をかけている」というマネジャーは、その典型です。
ワンオンワンをどんなに頻繁にやっても、部下を100%理解することなんて不可能です。
ではワンオンワンは意味がないかというと、全く違います。
100%理解はできませんが、理解しようと努力することはとても大事なのです。
こう考えると、相談者さんの本当の悩みは
「父親が、私のことを理解しようと努力してくれない」
ということなのでしょう。
一方で問題は、この相談者さんが父親のことをどれくらい理解しようとしているか、ということです。
「自分を理解して欲しい」というだけで、父親のことを理解しようとしていないとしていたら、実は父親とあまり変わらないのかもしれません。
この相談者さんと父親が
「実は自分は、この人のことを全く分かっていないのではないか」
と認識した時に、本当の関係修復が始まるのだと思います。
あなたは、あなたの周囲の人をどの程度わかっているでしょうか?
そして、理解するためにどんなことをしているでしょうか?
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人が集まる場は、お金を生むメディアに変わる

最近、ファミマに入って目立つのが、店の天井近くにある大きなディスプレイです。これ、電子看板(デジタルサイネージ)っていいます。
ファミマはこのデジタルサイネージを将来の収益の柱に育てようとしています。
2023年7月14日の日経MJの記事で、ファミマのデジタルサイネージの最新状況が紹介されています。
・ファミマ店舗には一日1500万人以上が訪れる
・コーラとファミチキの販促企画では併買率は6〜7倍に
・広告収入はFC加盟店舗に還元
・現時点で、全店舗の3割弱となる4600店舗に設置
・23年内に1万店に増やし、加盟店の売上増の一手とする
・5年後に事業利益100億円を目指す
ここから学べることは、「人が集まる場は、お金を生むメディアに変わる」ということです。
ファミマには、ファミマで商品を買う気になっているお客が来ています。分かりやすく言えば、「普段は固い財布の口が、半分開いている状態」です。そこで特定商品のメッセージを流すことで、その商品を買う可能性が一気にアップします。
永井経営塾6月のライブで詳しくお話ししましたが、他にも様々なモノが広告として収益を生み出しています。たとえば
・ゴルフカート…ゴルフする人に、ディスプレイでCMを見せます。ゴルフ場でカートに乗っている時間は合計60-90分。ゴルフをする人は富裕層や経営層。購買力が強い人たちに、ピンポイントでリーチ可能です。「ゴルフカートビジョン」という会社は、9ゴルフ場587台のカートを展開中、月間リーチ人数は27000人です。
・商業施設やオフィスの個室トイレ…トイレの落書き、つい見てしまいますよね。公衆トイレの中はお一人様時間。しかも性別が分かれてます。オフィスビルなら年収水準や仕事などの属性も絞り込み可能。
・アパホテルのプール広告…アパホテルは、経営難のホテルを買収し、黒字化させています。買収するホテルの多くは、屋外プールがあります。そこでプール黒字化のために、企業名を付ける広告事業を展開しています。たとえばポカリスエットプール、ビックリマンプール、味ぽんプールなど。
あなたの会社でも、「共通の属性を持つ人たちが集まる場を、お金を生むメディアにできないか」と考えてみると、面白いかも知れませんね。
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