五式戦闘機に見る、商品開発の難しさ

苦難の末開発した商品がなかなか成功せず、間に合わせでとりあえず作った商品が大成功する、ということは、往々にしてあることです。

私がこのケースで連想するのは、旧日本陸軍の三式戦闘機「飛燕」と五式戦闘機です。

旧日本軍は、航空機には伝統的に空冷式エンジンを使っていました。しかし三式戦闘機では、当時の同盟国・ドイツのダイムラーベンツ社製エンジンDB601を国産化した液冷エンジン「ハ-40」を搭載しました。

液冷エンジンの方が前面から見た断面積が空冷式よりも小さいので空気抵抗が少なく、速度の向上が図れるために、三式戦闘機にハ-40を搭載することで、米軍と戦うためには非力な当時の主力機・九十七式戦闘機と一式戦闘機「隼」を代替できる、という判断があったようです。

様々な苦難の末、正式に三式戦闘機の生産が始まりました。しかし実際に戦場に送り出されると、慣れない液冷エンジンを採用したために現地では整備が難しく、実際の稼働率が低かったためになかなか活躍できませんでした。

その後、エンジンの性能向上を図りましたが、エンジンの生産遅延のために、三式戦闘機生産工場にはエンジンが装着できない「首なし」機体が約300機並ぶ異常事態になりました。

そこで軍需省は昭和19年10月、実績があり 「枯れた」空冷エンジン『ハ-112-II』に換装するように命令を下し、技術陣の必死の努力によりわずか3ヶ月で空冷エンジンを搭載した三式戦闘機は初飛行にこぎつけました。

結果は、前面の断面積が増大したために速度は低下したものの、液冷エンジン関連の装置が不要になり300kgもの軽量化と重量バランス改善により上昇力、運動性能が格段に向上、非常にバランスがよい戦闘機に仕上がりました。さらに整備も楽になり、稼働率も大きく向上しました。

三式戦闘機のエンジンを空冷エンジンに換装したこの機体は、五式戦闘機として大戦末期の昭和20年に陸軍に正式に採用されました。本土防空に際して、当時の陸軍主力機で「大東亜決戦機」と言われた四式戦闘機「疾風」を凌ぐ活躍しました。

実際、「五式戦1機は四式戦3機の価値がある」というパイロットの声もありました。

最新技術を駆使し全力を挙げて世の中に送り出したモノが必ずしも成功せず、その代替として間に合わせで作ったモノが大成功を納める、ということは、よくある話のように思います。

但し、最初の苦労と経験が土台になり、その次の一手を打ったからこそ、成功するのでしょうね。五式戦闘機の場合も、三式戦闘機の機体構造が元々頑丈だったからこそ、成功したともいえます。

「そこまでやるか!?」18,000円のワインの試飲

2日前にこちらで紹介したワイン試飲の件ですが、試飲コーナー担当の方から、昨日自宅に「今日、いいワインを開けました。今日来ていただければ試飲できますけど」と電話が来ました。

私は会社で仕事中だったので妻が電話は受けました。早速、妻は自宅から歩いて10分のデパートに出かけて「こんにちは」と声を掛けたところ、担当の方は他のお客さんにも電話をしていたところでした。

件のワインはドイツのワインで、グラスに注いだ瞬間にえもいわれぬ香りがたち、飲んだ瞬間「ヤバイ」(=「衝動買いしちゃうかも」)と思うほどエレガントな味わいだったそうです。

日曜日にここでワインを2本購入した際に、18,000円の値札が付いているこのワインを見つけて、「コレを試飲する時は教えてくださいネ」と半分冗談で言ったのですが、覚えていて下さっていたようです。

私は昨日仕事だったため、同席できなかったのが悔やまれます。電話をもらっていたら、こっそり会議を抜け出して電車に飛び乗って帰っていたかもしれません。(というのは冗談です….)

昨日は、電話を受けてお得意さんが続々と来たそうです。2ヶ月前まではこのワインショップではこのような企画はなかったことを考えると、短期間で確実に固定客化しています。

実際私達も、日曜日に「じゃぁ、このワインを開ける時は電話しますから、連絡先教えてください」と言われて、喜んで住所と電話番号をお教えしました。同様のお客さんが数十人いることになりますね。ちなみに私の住んでいる地域はリタイアしつつある団塊から上の世代が多く、平日の昼間にも関わらず夫婦で来店する方も多いようです。

さて、今回の企画をプロモーションとして考えると、18,000円のワイン1本で30人程度試飲できるとして、一人600円の経費がかかっていることになります。

仮に、試飲したお客さんのうち50%が固定客化し、固定客となったお客さん1件当り月間3000円のワインを3-4本購入し、これが半年継続すると想定して、試飲したお客さん1件当り3万円の売上になります。つまり600円のプロモーション経費で3万円の売上ということですね。(試飲は今回限りではなく継続的に行っているので実際にはもっと経費はかかっているですが)

このようなプロモーションを行っても行わなくても、ワイン・ショップの運営費及び人件費は変わらない訳で、単純計算すると今回のプロモーションのE/R Ratioは2%程度になります。

2割引セールのようなプロモーションも頻繁に行われますが、このような値引きプロモーションと比較すると、実はかなり効果的かつ効率的なプロモーションです。

重要なポイントは、このようなイベントはまだそれ程一般化しておらず、お客さんに「そこまでやるか!?」という一種の衝撃を与える点でしょう。他のワインショップが同様のプロモーションを始めたら、これほどの効果を挙げるのは難しくなります。

この担当の方は、この企画を通すのに責任者とかなりタフな交渉をなさったことと思います。責任者がその日の売上だけでなく、ある程度長い目で成果を見る方であれば、この担当の方もよい評価を得られるでしょうね。

ワインの例を挙げましたが、これはIT業界におけるソリューション・マーケティングでも全く同様です。

お客様の課題をいかに先取りし、その課題に対するバリュープロポジションを定義し、自社のソリューションを構築し、これを実体化するプロモーション戦術を他社に先駆けて行い、お客様に「なるほど、そこまでやるか!?」という驚きを感じていただくことが、ソリューション・マーケティングで重要となる点です。

1年もすると他社はキャッチアップしてきますが、ここで効いてくるのが当初定義したバリュー・プロポジションで、これがあるかないかで差別化できる期間が大きく変わってきます。(詳しくはリンク先のエントリーを参照下さい)

いやぁー、それにしても、昨日休みが取れなかったのは、かえすがえすも残念でした。(^^;

ワイン試飲コーナーで考える、顧客中心主義のあり方

近所のデパートのワイン・ショップでワインの試飲コーナーがあります。私はワインは詳しくないのですが、最近はここでワインをよく購入するようになりました。

数ヶ月前まで、この試飲コーナーでは主に1,000円台のワインを出していました。やはり味は値段相応、あまり買う気が起きませんでした。

最近は2,000-3,000円台のワインが試飲コーナーに出るようになりました。この価格帯になると、中には驚くほど美味しいワインがあります。

加えて、試飲コーナー担当の方が本当にワインが好きな方で、自分の気に入ったワインを仕入れた上で、栓を空けてお客さんに提供し、それぞれのワインのいわれについて詳しく説明してくれます。

「買ってください」という感じは全くなく、「買い物の途中に、ワインを楽しんでください」といった感じです。

また、多くの試飲コーナーが使い捨て容器で試飲させるところを、この人はわざわざワイングラスを用意して試飲させてくれます。

曰く、「だってワイングラスで飲んでいただく方が、絶対美味しいですから」

この試飲コーナーに立ち寄る日は、かなりの確率でワインを購入しています。私達が試飲中も、この方の知合いのお客さんが次々に立ち寄り、ワインを買って帰っていきます。

考えてみると、以前は2,000-3,000円台のワインを見ても、味が全く想像できず、買う気が起きませんでした。今では、この店のどのワインがどんな味なのかが分かり、今日のこの料理にはこのワイン、という想像ができる様になりました。(但し、私はワインの銘柄を覚えるのが大の苦手で、もっぱら妻任せですが)

 

ところで、田坂広志さんが「これから市場戦略はどう変わるのか」他の著書で「ニュー・ミドルマン」の概念を紹介しています。

同じ仲介業者(ミドルマン)でも、メーカー側に立ち「自社の商品」を売ろうとする「販売代理」ではなく、顧客が「欲しい商品」を買うのを手伝う「購買代理」を行うのが、ニュー・ミドルマンです。

IT業界を考えてみると、我々はITベンダーとしてお客様に提供する製品・サービスはある程度は決まっています。つまり元々の出発点は「販売代理」を行う立場です。

一方で、ITが経営にますます重要になってきた現在、お客の課題を解決するパートナーとして、ITベンダーに求められる役割はますます重要になってきています。

さて、ワインの話に戻ると、このワインの試飲コーナー担当の方も、実際には会社からは「このワインを売るように」という指示を受けているそうですが、あくまで「一消費者」の視点で、自分が「美味しい」と思ったワインをお客さんに提供しているとのことです。

つまり、本来は会社からは販売代理の役目を求められているにも関わらず、自分の信念で購買代理を行っています。だからこそ、顧客から支持を受け、固定客が付き、顧客満足とビジネスを両立させているのではないでしょうか?

このワインの試飲コーナー担当の方を見ていると、どのような環境に置かれても、結局は個人としての考え方・信念が、顧客中心主義を貫けるか否かを分けているのではないか、と思った次第です。

「クイズ」と「脳トレ」、何が違う?

昨年から脳を鍛えるトレーニング、いわゆる「脳トレ」が流行っていますが、マーケティングの視点で見るととても興味深いですね。

「脳トレ」は、簡単なクイズや計算を楽しみながら解いて脳を活性化させる、というものですが、ある大学で実証実験を行ったところ、確かに効果があるそうです。

しかし、「脳トレ」のコンテンツ自体は、昔から世の中にあるクイズがベースになったものです。

マーケティング的な観点で見て「脳トレ」が新しいのは、昔ながらの「クイズ」というコンテンツに対して、「脳を活性化させる」という新しい価値を与えた点ではないでしょうか?

フランスの社会学者ジャン・ボードリヤールは、「消費される物になるためには、物は記号にならなくてはならない」と言いました。

この記号論的な観点で言えば、従来の「クイズ」という形態に対して、「脳を活性化させる」という新しい意味を与えて、「脳トレ」という新しい記号を作ることで、消費者が消費できる状況を作った、ということかもしれません。

考えてみればコンピュータの普及で、頭で暗算することが本当に少なくなりました。

私も学生の頃は、計算は暗算でやることが当たり前で、電卓はほとんど使いませんでした。(大学は工学部だったので、さすがに実験データの検証には関数電卓を使用しましたが)

しかし、Excel等の普及で、最近は細かい計算を暗算で行うことはほとんどなくなりました。

本来は細かい計算から開放された分、頭を創造的なことに使うようになればよいのですが、どうもそう単純にはいかないようです。

「頭を使うことが少なくなった」⇒「頭を鍛えるトレーニングが必要になってきた」

という見方が正しければ、もしかしたら、仕事で身体を使わなくなった現代人が、仕事帰りや休日にスポーツクラブに行くのと同じ構図かもしれません。

「脳トレ」は確かにマーケティング的にも成功しているようです。本日(8/3)の日本経済新聞の記事「電卓、遊び心も計算済み」によると、「脳トレ」機能を搭載した電卓は、基本機能だけの電卓よりも1000円程高いにも関わらず、売れゆきを伸ばしているとのことです。

ところで、ほぼ毎日ブログネタを考えて、文章にまとめて書くことは、もしかしたら何よりの脳トレになっているような気がします。よし、頑張ろうっと。

マーケッターは、脱・会社人間を目指す(?)

マーケティングを担当する人は、脱・会社人間を目指すべきなのかもしれません。

本日の日経プラスワン「私のビジネステク 会社人間になるな②」で、バンダイ社長の上野和典さんのお話が載っています。マーケティングとしてお客様の声を製品開発に反映する観点で参考になりますので、ご紹介します。

—以下、記事より抜粋—

  • 会社に就業時間後も意味なく長くいたり、自宅に早く帰っても頭が会社の会議で出た話題に凝り固まっていたりしたら、ユーザー側の視点に立つことは無理
  • ユーザー目線の基本は、自分の三人の息子。自信満々に玩具の試作機を持ち帰ったところ、息子に「つまらない」と批判されることもしばしば。自分が企画した玩具のうち、息子に不評のため、製造・販売を取りやめたケースは少なくない
  • 「ゲゲゲの鬼太郎」の人形とその家の商品化は、息子の声に耳を傾けて成功した。「市場がない」と反対する意見も社内に根強かったが、自宅に持ち帰った試作品で熱心に遊ぶ息子達を見て売れると確信した。案の定、ヒット商品になった。詳細データより信頼すべきものがあるということだ。

—以上、記事より抜粋—

マーケッターとして含蓄の深い言葉ですね。

これは決してデータを軽視してよい、ということではないと思います。むしろ、データを徹底的に検証した上で、さらにその先にある知見をどうやって得るか、というように捉えるべきなのでしょう。

また、息子さん達に不評だから単純に製造・販売を取り止める、という判断もなさっていないと思います。恐らく予め仮説を立てた上で、息子さん達に試作品を見せて、その反応を見ることでご自分の仮説を検証されているのではないでしょか?

この事例は消費者向け市場ですが、

  • 「会社の中の論理に縛られない」
  • 「数字は押さえるが、数字の呪縛に囚われない」
  • 「実際にお客様の反応を見て仮説検証する」

ということは、IT業界が主に対象としている法人向け市場でも全く同様であると思います。

日本と全く違う、中国の消費者

フラット化する世界は、よりローカル志向が求められる世界のようです。

7月28日のフジサンケイビジネスアイ『インサイト チャイナ 特異な消費行動 人に見られるブランドに出費』という記事で、米広告代理店最大手の中国法人社長とのインタビュー記事が掲載されています。

—以下、記事より抜粋—

  • 中国の消費者は欧米や日本と異なる購買行動を示す。市場開拓にはそれに見合うマーケティングと広告の手法が必要
  • 特徴的な行動は『平等主義的なものは受け入れない』。ブランド品など高額商品は『パブリックディスプレー』すなわち他人に誇示するためのもの。自分のアイデンティティーを示すブランドの商品を求めており、この点は実は日本企業に不利である
  • 具体的には、家庭で使う掃除機・洗濯機・AV等、外に見えないものや持ち歩かないものは、中国の安い製品で十分と考える
  • 消費者意識も違う。ダイヤモンドは、日本の女性なら所有しているダイヤをたくさん毎日身に着けて歩く人は少ないが、中国は違う
  • 日本の広告代理店は中国でも東京本社の支店として考え、多くの日本企業が日本や欧米での成功モデルを中国に持ち込み、中国市場での独自戦略をとらない。このため日本企業は中国の消費市場の開拓で出遅れている
  • 38歳以下の年齢層がブランド需要を牽引する。急速に国際化も進む。自分の子供によってメンツを保つ考えであり、両親の夢の運搬人として『ブランドとしての子供』への投資が進む。

—以上、記事より抜粋—

言うまでもなく全ての国や人種が固有の文化を持っています。マーケティング戦略を立てて、キャンペーンを実施する場合、それぞれの文化への理解は必須です。

この記事を読み、世界のフラット化が進展するにつれて、逆にローカルな文化への理解がますます重要になってきていると再認識しました。

今後、マーケッターは、比較文化的な視点を磨いていく必要がありそうです。

融和していくマーケティングとセールス

マーケティングとセールスの違いについて、よく考えることがあります。

皆さんは、両者の違いは何と思われますか?

私は、時間軸の違いが大きいのではないかと思っています。

セールスの時間軸の中心は現在です。今日・今期・今年の売上目標達成を見据え、現実のビジネスを追いかけ、目標を達成すべく目の前のお客様の問題解決を最優先に考えます。言い換えれば、セールスの目標は現在価値最大化です。

一方、マーケティングの時間軸の中心は未来です。現在の問題も考慮しつつも、それだけに拘らず、明日・来期・来年、お客様に価値をお届けし、購入いただく仕組みを作るために何をすべきかを考えます。つまり、マーケティングは未来志向であるべきです。

このため、マーケティングの評価は、売上達成度で分かり易く評価されるセールスと比較してなかなか難しく、ともすると定性的評価になるのが現実です。

一方で、セールスにもマーケティング的な発想が求められています。実際、優秀な成績を上げているセールスの多くは、自分のテリトリーでマーケティングを実践しています。また、セールスに対して売上目標を与えずに、別の指標で評価する会社もあります。

その一方で、マーケティングに対してもより現在のビジネスへの直接的な貢献が求められています。

マーケティングとセールスの境界は、今後次第に薄れていくのかもしれません。

SushiDiskから学ぶマーケティング

顧客対象をいかに具体的に想定し、そのニーズに合った商品・サービスを提供するかが、マーケティングの成否を分けます。

本日(7/17)の日本経済新聞「新進気鋭 ユニーク商品で競り勝つ」で紹介されていたパソコン周辺機器製造のソリッドアライアンスが、まさにその好例だったので、ご紹介します。

価格競争が激しいパソコン周辺機器の中で、同社はユニークな周辺機器を次々と発売し、独特のブランドを築き始めています。

ソリッドアライアンスと言えば、こんなのこういうのを発売しているので、ITmediaをご覧になっている方々には馴染みが深いですね。

そんな中の一つ、「SushiDisk」。2004年の発売。私もITmediaのこの記事をよく覚えていました。

本日の日経の記事によると、SushiDiskでは、顧客層を「日本出張から帰る欧米ビジネスマン」と想定。価格を6000-8000円程度と両替で余った日本円で買えるギリギリの金額に設定し、パッケージも外国人好みの派手なデザインにした結果、狙いが当たり、免税店で売れ続けるヒット商品に育ったそうです。

単なるアイディア商品を出すだけでは他社に追従され消えていくので、同社は顧客層を明確に絞り、素材やデザインの細部までこだわった製品作りで生き残りを目指しているとのこと。

この商品を作るにあたっては、高い食品サンプル製造技術を持つ会社と協力したそうです。

対象顧客が非常に具体的で、しかも狙い通りに成功した事例ですね。

そう言えば、十数年前に築地のオフィスに勤務していた頃、昼休みに築地市場を散歩中に非常にリアルなスシの食材を見て、思わず机の上のアクセサリー用に購入したことがありました。

全く別の素材同士を組み合わせることで、新しいビジネスが生まれる好例でもあると思います。

飽きっぽい消費者相手の商売はなかなか大変ですね。同記事でも、「一つ面白いものを作っただけでは消費者に浸透しない」という河原社長の言葉が紹介されています。常にこのようなヒット商品を出し続けるのは、チャレンジングなことでもあると思います。

あなたは腕時計、していますか?

先日、通勤電車でふと他の人達の吊革を握っている手を見てみると、腕時計をしている人が半分位しかいないことに気がつきました。

そういえば、私も夏場は蒸れるので腕時計はしていません。ケータイやパソコンで時間が分かりますので、時を知るためには腕時計はそれほど必要性は感じませんね。

そのように思っていたところ、7月6日の日本経済新聞の特集「ケータイが変える」で、腕時計装着率(19-49歳男女)が1997年の70%から2005年に46%まで低下した、という記事が掲載されていました。

わずか8年で使用率が70%から46%に下がるというのは、結構スゴイことですね。

一方で、2005年の腕時計市場は5886億円で前年比8%増、このうち7割がスイス製の高級品だそうです。確かに、男性誌・女性誌を問わず、ファッション雑誌では数十万円する腕時計特集が花盛りです。

つまり、ケータイ普及に伴い、腕時計のユーザー数は激減したものの、一人当たり購入単価がそれを上回って大きく上昇し、市場規模そのものが拡大する、という大きな市場の変化がこの数年間で起こった、ということのようですね。

腕時計の目的が、当初の「常に携帯して現在の時刻を知る」から、「自分自身を表現する」へと大きく再定義された結果、携帯電話の影響で大きく縮小する危機にあった市場が再成長した、と言えるのではないでしょうか?

ところで、私は9年前にこの記事に触発されて、セイコーのパルス・グラフという時計を購入しジョギングを始めたことがありました。この時計は走りながら脈拍データが取れる、というもので、「脈拍トレーニング」という方法で身体に負担を掛けずに無理なく運動を継続できます。飽きっぽい私が5年間ジョギングを続けられたのも、この時計のおかげでした。(告白:ここ数年はサボっています)

このケースは、腕時計の目的が「身体を鍛える」へ再定義されたものですね。

優しい社会を実現するのも、マーケッターの役割

前回、「優しい社会を実現する自販機」で書きましたように、近年、企業の社会的責任がますます問われています。

7月8日の日本経済新聞の土曜特集NIKKEIプラス1で、SRI投信について紹介されています。

SRI(社会的責任投資)とは、環境や消費者に優しく、企業の社会的責任(CSR)にも積極的な会社に投資することで、結果的に良い運用成績も期待できる、という考え方です。

記事で紹介されている通り、「CSRに積極的な企業は消費者からも信頼されるため、成長が継続し長い目で見ると株価も大きくなる可能性が大きい」という考え方が背景にあります。

かつては企業が公害を垂れ流す元凶と非難された時期もありましたが、時代は変わり、今や企業は社会全体をよりよくしていく責任と、それをビジネスとして両立していく能力が求められています。

また、これを実現している企業が社会や消費者から信頼されて支持を受けることで、ビジネスとして継続できる世の中に変わりつつあります。

マーケティングの役割は、お客様に対して企業や商品・サービスの価値を訴求し実現していくことです。マーケッターこそ、CSRをいかに実現していくのか考えることをが求められているのではないでしょうか?

情報通信白書は、優れた市場調査レポート

総務省より2006年版情報通信白書が発行されました。今回はWeb 2.0も大きく取り上げられています。こちらからダウンロード可能です。

今回、特に興味深かったのは、

「企業のICT(注: Information & Communication Technology)化の効果については、情報システムが組織形態、業務プロセス、企業文化、賃金体系等の組織的資本の変革と結びつくことで、高い効果が生まれるものと考えられる」

と明記し、ユビキタス化の観点でその調査結果も一緒に掲載されている点です。

確かに、ITを導入するだけでは効果は得られません。IT活用を前提とした会社の仕組みを新たに作りつつ、ITを導入することが必要です。

例えば、非常に単純化した例ですが、今までお客様に手書きで申請書を記入いただいて、それを手作業で計算処理し、他部門がその結果を受けて外部に支払いを行っていた業務を、IT化するケースを考えてみましょう。

この場合、従来の業務を変えずに、お客様の手書き申請書をデータ入力しシステムで計算するだけでは、効果は非常に限定的です。データ入力エラー発生の可能性もありますし全体の処理時間もそれ程変わりませんし、逆に生産性が下がる可能性すらあります。お客様の申請をネット経由にし、外部支払いもネット経由にする等、ITを前提に業務を再設計すると、エラー発生率をほぼゼロに抑えて全体の処理時間も極めて短くし、生産性を大きく向上できます。つまり、IT導入と併せて仕組みも変革することで、大きな効果を得られます。

 

ちょっと脱線しましたが、網羅性という観点では、「情報通信白書」はきわめて優れた市場調査レポートだと思います。国全体の政策も反映されていますし、しかも無料でダウンロード可能です。おまけに英語版もあります。

マーケティング関係の方々にとっても、非常に参考になると思います。

なぜスティーブ・ジョブスは、顧客を熱狂させるのか?

私は個人的に、アップルのスティーブ・ジョブスは、コンシューマーを対象とするIT業界で最もマーケテイングに長けている一人だと思います。

禅の空の思想にも通ずる彼の新製品発表のプレゼンはまさに神がかり的。(彼のプレゼンの分析はこちら)  聴衆は彼の一挙手一投足を固唾をのんで見守り、予想もしなかった新製品発表に驚愕し拍手喝采し熱狂します。

7月5日のITmediaの記事『「ここまでやる」Appleの秘密主義』は、この秘密の一端を紹介したものです。

彼の話が聴衆を惹きつける理由の一つが、事前期待値をはるかに上回るサプライズです。このため、開発中の新製品について徹底した情報管制を行っています。

通常は、開発やマーケティングで協業するパートナー企業や大口のお客様に対して情報非開示契約等を交わし、製品発表前に情報提供を行うことが多いのですが、これも一切行っていないそうです。

これは、コンシューマー市場だからこそ、可能なのでしょうね。

法人ビジネスの場合はセールス・リード・タイムが長いためお客様は事前に情報がないと購買判断が出来ませんが、コンシューマー・ビジネスの場合は、お客様が「これを持ったクールな自分」を想像し、衝動的に買ってしまう傾向が強いようです。

以前より、購買行動を起こす際には、AIDMA (Attention-注意⇒Interest-興味⇒Desire-欲求⇒Memory-記憶⇒Action-行動)というプロセスを経ると言われていました。

最近はこれがさらに衝動的になり、消費者はM(記憶)するステップを通り越してそのまま欲求を覚えたらすぐに行動に移すようになっています。インターネットで簡単に商品情報や他ユーザーのコメントが入手でき、その場で購入できる環境も、これを後押ししています。

ジョブスは、この消費者の購買行動の変化を読み、お客様により新鮮でより大きな驚きを与え、熱狂的ファンにさせて、衝動的に買い続けるように、徹底した情報管制をひいているのかもしれません。

かく言う私も、衝動に抗しきれずにiPDDを買ってしまった上に、同僚や友人に見せていかにiPODが素晴らしいかを熱心に説明し、そのうち数名は購入に至りました。….別にiPODの宣教師をやるつもりは全くなかったのですが…。

『ポストモダン・マーケティング―「顧客志向」は捨ててしまえ!』という、ちょっと過激なタイトルがついた、顧客至上主義マーケティングに一石を投じる本があります。顧客の言うことに全て従うのではなく、顧客を無視するのでもなく、顧客に追い掛けられるようになる方法を具体的に解説しています。

スティーブ・ジョブスを見ていると、彼ならではのカリスマ性を活かし、アップル全社を挙げてまさにこのポスト・モダン・マーケティングを大掛かりに実践しているように思います。

ドイツは、対アルゼンチンPK戦の方向・順番を知っていた

7月2日のワールド・カップ準々決勝、「ドイツvsアルゼンチン」、「フランスvsブラジル」は、いずれもまさに「死闘」という名前が相応しい好ゲームでした。ワールドカップの準々決勝は好ゲームが多いようですね。

ドイツは、GKレーマンが2本のPKを見事に阻止して、一躍国民的ヒーローになりましたが、7月3日・日本経済新聞・夕刊(共同通信)によると、ドイツのビアホフ・マネージャーは記者会見で「相手がPKをける順番、ける方向は事前に全て分かっていた」と言ったそうです。

ドイツは、アルゼンチン代表選手がPKでけった過去2年分のデータを全て収集、ビデオに編集し、GK達に見せた上で、決勝トーナメントの前には、既にPK戦になった場合の相手キッカーの順番も伝えていたとのこと。

おかげで、レーマンはアルゼンチンの4本のキック全て球が来た方向に飛びました。アルゼンチンのGKフランコが4本のうち3本で逆を突かれたのと好対照です。

野村ID野球を彷彿とさせる話ですが、旧西ドイツ時代から、ドイツがワールドカップのPK戦で4戦全勝となっているのも、このような積み重ねが勝因の一つと思います。

PK戦は試合のごく一部。ドイツは他にも膨大な量のデータを分析して、試合に臨んでいる筈です。

まさに「お見事」だと思います。

これと全く同様に、ビジネスの世界でも、市場調査と分析は非常に重要です。

ポイントは、単に市場調査の情報を入手するだけで満足するのではなく、その情報が自分達にとってどのような意味があるのかを真剣に考えた上で、アクションを取ることです。

ドイツ・チームの場合は、ドイツの「偵察部隊」が入手したデータを分かり易く編集加工して選手に見せて、対策を立てることで、勝利に繋げました。

私達スポーツファンから見ると当然のことが、私達は当事者としてビジネスの世界で同じことが出来ているのか、この機会に改めて自答したいですね。

リアルな世界でも進行する、ロングテール化

先週の記事ですが6月23日の日本経済新聞朝刊1面に『「死に筋」が売れ筋』という記事がありました。これは、リアルな世界のロングテール現象ですね。

企業側の思惑とは全く違った売れ方をしている商品の例として、以下が挙げられています。

一個32円のチョコ菓子「ブラックサンダー」
昨年5月、セブンイレブンで販売中止の知らせを聞き、ファンの人達がブログ等で「今買わないとなくなる」と呼びかけ。今まで1週間に十数個しか売れなかった福岡のセブンイレブンで、いきなり一店舗で1800個売れ、販売中止は撤回。現在は全国区の人気商品になった。

1986年に販売中止したバンダイの「スペースワープ」
是非とも入手したかった人が「たのみこむ」で600人の署名を集め、復刻を実現。当初バンダイは売れるかどうか疑心暗鬼だったが、結果は累計5億円のヒット。

 

ユーザーや顧客の立場からすると、自分の声が企業に届くようになったということで、いい世の中になったと言えるかもしれません。

しかし、これらの事例を見ると、同じマーケッターとして、「これは大変だなぁ」と共感するとともに、「なかなか面白い世の中になったなぁ」と思います。

膨大な事実の中から市場の動向を掴み、洞察を得て、戦略を立てる、というアプローチは、現代のマーケティング戦略では主流の一つですが、販売実績等の事実データはあくまで過去のモノであり将来は語ってくれませんし、フォーカス・グループ等の定性的調査をしても消費者の内面にはなかなか踏み込めない、という点は大きな課題です。

一方でこれらの事例のように、ITでパワーを獲得した顧客が企業を動かすようになり、リアルな世界でも市場のロングテール化が進行しています。

市場が一定期間はスタティック(静的)であるという前提で考えられた様々なマーケティング手法は当面は有効ですが、市場がダイナミックに動き商品寿命がますます短くなる中で万能性を失いつつあります。

田坂広志氏は「まず、戦略思考を変えよ―戦略マネジャー8つの心得」で、8つの心得の一つとして、『「山登り」の戦略思考を捨て「波乗り」の戦略思考を身につけよ』と述べていらっしゃいます。

目標となる頂上が不動でそこを目指して進む山登りの発想の戦略から、常に足元がダイナミックに変わる中で目標となる新たな波をタイムリーにキャッチしていく波乗りの発想の戦略への転換です。

「創発戦略」と言われると分かり難いかもしれませんが、このように言われると無理なく頭に入ってきますね。

市場がダイナミックに変動し、世の中が複雑形の性質を強めている中で、創発戦略はますます重要になってきていると思います。

 

参照リンク: 未来は現在の直線上にはない

なぜ、3月にそうめんを無性に食べたくなるのか?

「消費者の行動は経済学では説明できない、心理学で考えなくてはいけない」。

セブン-イレブン・ジャパンの創業者、鈴木敏文会長の言葉が、「セブン-イレブン覇者の奥義」の冒頭で紹介されています。この言葉の大切さは、マーケティングを担当している者としてとても共感します。

この本では、やや蒸し暑い3月中旬に、著者がセブン-イレブンでレジに向かおうとした時に、目に飛び込んできた「冷やし手延べそうめん」がなぜか無性に食べたくなり、つい買ってしまった逸話が紹介されています。

普通に考えると、そうめんは夏に店頭に出します。しかし、セブン-イレブン本部では売上データから「急に暖かくなるとそうめんやざるそばのような商品の売れ行きがよくなる」という事実をデータとして把握していました。そこで前日よりも気温が5度高かったこの日にそうめんを発注しておいたのです。

例えば、Webコンテンツを作る場合でも、実際のアクセス状況を分析してWebを見ているユーザー心理の仮説を立ててコンテンツを作り、その後のアクセス状況を再度詳細に分析して検証し、仮説を修正する、という作業を繰り返すことになります。ちょっとした言葉や画面フローの違いによって、お客様の印象はまったく異なります。

マーケティング担当者は、単に心理学に対して造詣が深いだけでは不十分で、データで裏付けを取り、それを常に見直す習慣を持つことが重要であると思います。

新しいプロダクト・プレースメントの試み

商品やサービスの宣伝を行う際には、CM等で広告を出すのが一般的です。

しかし、ビデオレコーダー等がCMスキップ機能を持ったり、従来のTV視聴時間がインターネットにシフトしたりして、広告のあり方に変化が起こっています。

この試みの一つが映画やTV番組等の中で商品やブランドを登場させる広告手法で「プロダクト・プレースメント」というものです。

例えば、映画「ミッション・インポッシブル」では、トム・クルーズがマックのパワーブックでCIAにアクセスしたりしているのは有名な話ですね。

TVドラマも注意深く見てみると、様々なブランドが意図的に出てくることがありますが、その多くはこのようなプロダクト・プレースメントです。

古い話になりますが、私の友人は、ホイチョイ・プロダクションの映画「私をスキーに連れてって」で原田貴和子がセリカGTfourで華麗にスキー場を駆け抜けていくシーンを見てセリカを購入したので、この手法は結構効果があるようです。(ちなみにこの映画の公開は1987年ですから、もう19年も前なんですね)

従来、この手法は一般消費者向けの商材が対象でした。B2B分野にはなかなか応用されていませんでしたが、BSフジと日本IBMは、「イノベーション歴史学」という番組で、番組のコンセプトに入り込んで、抽象的なイメージに終始しがちな「イノベーション」を分かりやすく説明する試みを行っています。

詳しくは、番組のウェブサイトをご参照下さい。BSを視聴できない方々向けにストリーミング配信も今日から始まっています。

あの「カノッサの屈辱」と同じ番組スタッフによるものというだけあって、独特の味わいがあり、私もついつい最後まで見てしまいました。

わかりやすさとマーケティング

ちょっと古い引用ですが、5月26日の日本経済新聞・朝刊「春秋」で、『昨今の日本人は「わかりやすさ」の病にかかっているように見える』というコラムが書かれています。

政治のわかりやすさ競争を歓迎しながらも、『靖国参拝を巡って、経済同友会の提言を「商売と政治は違う」の一言で片づけてしまったのは、わかりやすさの持つ負の側面かもしれない』と問題提起しています。

マーケティングで重要なことは、「わかりやすさ」であり、「複雑なことをシンプルにすること」です。

  • 例えば、非常に複雑な市場やお客様の状況から、自社にとって必要なインサイトを抽出する。
  • 例えば、このインサイトから極力シンプルなマーケティング戦略を立てて、全社で推進する。
  • 例えば、自社の持つ価値を、お客様の共感をいただけるように、わかりやすく伝える。

といったようなことが必要です。

この観点で考えると、政治の世界にもマーケティングが導入され始めているのかもしれません。

特にマーケティング・コミュニケーションは人の心の内面にも作用するものであり、ともすれば人の心を操作する側面もあります。

わかりやすくシンプルなことはもちろん重要ですが、これに焦点が当たるばかりに、過度にシンプルにして本質的で重要な「なにか」が抜け落ちないように自戒したいと思います。

1/4インチ・ドリルとソリューション・マーケティング

T.レビットは、「顧客は1/4インチのドリルが欲しいわけではない。1/4インチの穴が欲しいのだ」と言いましたが、ソリューション・マーケティングの発想の根幹はまさにここにあります。

しかしながら、「1/4インチの穴が欲しい」というお客様の課題を理解せずに、自社のドリルの性能を一方的に語るマーケティングが非常に多いのも、残念ながら現実です。

考えてみると、「1/4インチの穴が欲しい」というお客様の課題も状況によって様々です。

(Aさん): 自分自身で沢山の穴を効率的に空けたい
⇒Aさんはドリルを買うことになりますが、この場合も、正確に1/4インチの穴を空けたいケース、短時間で沢山効率的に空けたいケース、正確さや効率を問わず取りあえず穴があけられればよいケース、等、ニーズは様々です。IT業界で言えば、このようなお客様にハードやソフト等の解決手段をご提案することになりますが、お客様がドリルに何を求めているのか理解せずに一方的にスペックを訴求しても、成果は得られません。

(Bさん): それほど沢山の穴を空ける訳ではないが、他人に任せたくないので自分自身で空けたい
⇒Bさんの場合、ドリルを借りる、というのも選択肢です。ただ、この場合も、借り易さ、ドリルの種類の充実度、価格、貸し出し期間等、お客様によって重視する内容は異なります。IT業界の場合、このようなお客様には例えばASPをご提案することになりますが、お客様が何を重視なさっているのかを理解する重要性は変わりません。

(Cさん): 不器用だし面倒なので他人に任せたい。
⇒Cさんの場合、穴を空ける専門の業者さんにお願いすることになるでしょう。IT業界で言えばBPOがこれに該当しますが、お客様に合わせたカストマイズが重要になりそうです。

(Dさん): そもそも穴が必要なのか?他の方法があるのではないか?
⇒Dさんの場合、専門家の意見を聞く、という選択肢があります。例えば穴を空けて部品を固定しようとしている場合はむしろクギや接着剤で接続する方がよい場合もありそうです。IT業界で言えば、コンサルテーションが該当します。

 

いずれの場合も、お客様の課題をどれだけ捉えられているのか、その課題をどのように解決するのか、その解決策に対して自社ならではのバリュー・プロポジションを定義できるか、等がポイントになります。

このように、お客様の課題を把握し、製品やサービスを組み合わせてその課題を解決しようとする考え方が、ソリューションです。

ここで私達が注意しなければならないのは、商品やサービス単体ではお客様の課題全体を必ずしも解決できないことです。

例えば、Aさんの場合、単にドリルを買うだけでは、穴がうまく空けられない可能性があります。ドリルの使い方等もお教えする必要もあるでしょう。さらに、日曜大工のコミュニティを作って参加いただくことで、お客様は日曜大工の楽しさを得ることもできるかもしれません。

ソリューション・マーケティングを考える場合、お客様の課題全体を考えて、いかに他社を含めた商品やサービスを組み合わせてご提案するかがカギになります。(こう書くと、あまりにも当り前のことですが)

特に日本のお客様は、ハード製品やソフト製品を個別に購入するのではなく、ソリューション全体を統合できるベンダーに依頼される傾向が欧米よりも高く、ソリューション・マーケティングは極めて重要です。

世界宗教の市場シェア獲得の要因

5年程前、社会人大学院に通っていたのですが、その際に学んだ比較文化論のメモを改めてマーケティングの観点で読み直してみたところ、面白い内容だったので、ご紹介します。

ある調査によると、それぞれの宗教が世界人口に占める信者の数は、キリスト教が33%、イスラム教が17%、ヒンズー教が13%、仏教が6%だそうです。キリスト教とイスラム教だけで世界の50%の「市場シェア」を持っています。

宗教には大きく分けて一神教と多神教があります。言うまでもなくキリスト教とイスラム教は一神教です。

キリスト教の場合、世界中に宣教師を送って布教活動を行い、各地の土着宗教を押しのけて浸透していきました。例えばトンガは様々なTabuを持つ土着宗教を持っていましたが、短期間でキリスト教化しました。

一神教であるキリスト教とイスラム教が世界宗教となった要因として、次の4つがあると言われています。(ここは人によって様々な意見があるかもしれませんが、あえて宗教的な教義には踏み込まないこととします)

 1.システム化された宗教論理を持つ
 2.単純で分かり易く、辻褄が合っている
 3.またキリスト教の場合、聖書が物語として面白い
 4.この結果、多神教の土着民族宗教と比べて多くの民族に受け入れられやすい特性を持つ

世の中に幅広く受け入れられるためには、構造化され、分かり易く、面白いことが重要だったようです。

考えてみると、これらの要因は、マーケティングの観点でも、世界展開を考えた際に極めて妥当なのではないでしょうか?

別の観点で考えると、19世紀から20世紀後半の科学技術発展が元々デカルトによる要素還元主義をベースとしていて、一神教であるキリスト教の考えと整合性が高く、かつ分かり易いために世界中に波及した、という面もありそうです。

一方で、環境問題や人のこころの問題に代表されるように、近年、欧米文化が行き詰まり東洋哲学に活路を求める傾向も見られます。

ちなみに、私は特にどの宗教の信者でもありません。イザヤ・ベンダサン(= 山本七平)的に言うと、日本教になると思いますが。

(注)しつこいようですが、本エントリーはそれぞれの宗教の是非を問うものではありませんので、念のため。

未来は現在の直線上にはない

クレイトン・クリステンセンは、「イノベーションのジレンマ」で、

「(業界リーダーの座を失った優良経営企業は)…顧客の意見に耳を傾け、顧客の求める製品を増産し、改良するために新技術に積極的に投資したからこそ、市場の動向を注意深く調査し、システマティックに最も収益率の高そうなイノベーションに投資したからこそ、リーダーの座を失ったのだ」

と語り、資金・人材・資源等多くの面で有利な立場にある有力企業が、破壊的イノベーションを持って参入してきた新規参入企業に敗れる理由を様々な観点で探っています。

さらに、有力企業が成長を続けるために、いかにして破壊的イノベーションに対処すべきかも述べています。

市場調査は過去のある時点における市場のスナップショットは提示してくれますが、市場の将来は必ずしも過去・現在から線形で繋がっている訳ではありません。破壊的イノベーションにより、市場には大きな断層が生まれます。

従って、現在の市場を理解するだけでなく、将来への洞察力も必要です。

その観点では、ヘンリー・ミンツバーグが述べた『戦略思考の「視点」』

  • 前を見る
  • 後ろを見る
  • 上から見る
  • 下を見る
  • 横を見る
  • 見越す
  • 最後に全体を通して見る

は、マーケティング・マネージャーに対して極めて重要な示唆を与えていると思います。

勝海舟は、幕末動乱期の諸藩興亡を見て「忠義の士、国を潰す」と 語ったそうです。

ある場面では、マーケティング・マネージャーは敢えて信念をもって「嫌われる」役割を負うことも必要なのでしょう。(自戒もこめて)

人気商品は、安くなる!?

今回も日経ネタですが、本日(5/12)の日本経済新聞朝刊の特集「消費をつかむ 人気商品は安くなる」で、人気機種で高スペックの商品が、あまり人気がなくスペックも低い商品よりも安くなっている現象が紹介されています。

例えば、液晶テレビでは、32型の価格が一部量販店で画面サイズの小さな26型を下回っています。「32型は26型の10倍売れる」という家電量販店のバイヤーの話も紹介されています。

ちょっとおかしな現象ですね。どうなっているのでしょうか?

この記事では、ネットにより消費者が価格情報に詳しくなったことを理由に上げています。

価格に関して、経済学でいう「情報の非対称性」がなくなったということです。

つまり、従来は供給者の方がより多くの情報を持っていて価格支配力があったのに対して、今は消費者も多くの情報を持ち最安値の店を知っているために、供給者の価格支配力がなくなった、ということです。

しかし、これだけの理由では、短期的に需要が高まると品薄状態が発生するのに、価格が安くなる状態を十分説明できていません。

ということで、以下は私の仮説です。

従来、このようなケースでは、短期間で見れば供給は一定のため品薄になるのでプレミアム価格がつきます。

この前提が変わったということではないでしょうか?

商品寿命が短くなっている現代では、欠品による機会損失の発生はビジネス的に非常にインパクトが大きいために、最小限に抑える必要があります。

そこで現在、多くのメーカーでは、需要変化に対し供給をダイナミックに変更できる体制を構築しつつあります。

これにより、人気商品が沢山売れてもオンデマンドで商品が供給されることにより品薄になるケースを回避できます。

需要供給曲線で言えば、供給曲線そのものを非常に短期間でオンデマンドに上下にシフトできるようになり、均衡点を定め均衡価格と均衡数量を実現できるようになった、ということです。

このように考えれば、人気商品が安くなるのは、まさに経済学の原則に合った現象である、ということになります。従来の前提との違いは、供給が需要を満たせない期間が非常に短くなっているという点です。

このためには生産を需要変化にダイナミックに対応できる必要がありますし、採算割れを起こすケースの場合は早めに察知し、場合によっては市場撤退の判断ができるような仕組みが必要になります。

ということで、生産・供給・販売・マーケティングのプロセス全体を繋げて、その上で全体で経営判断できる仕組み構築の必要性がますます高まってきています。

新市場はいかに生まれるか?

5月10日の日本経済新聞朝刊第一面特集『消費をつかむ 「時間」が生むヒット商品』に、深夜市場をターゲットにしたビジネスのことが書かれています。

例えば、夜遅くまで仕事をしているビジネスマン向けに、深夜の宅配クリーニングを始めたある会社は、Yシャツ1枚340円という割高な価格にも関わらず、会員数は創業1年半で2000人を突破しました。

マクドナルドも試行錯誤の末「社会人が深夜や早朝の新市場を作る」という仮説に辿り着き、24時間店を5月下旬から10倍の200店に広げる予定です。「深夜の食市場は4200億円」という試算もあるようです。

別面では、オフィス街で飲食店営業自動車(自動車屋台)が東京都で10年前の2.2倍に増えていることや、立ち飲み店が2005年で1050店と5年間で2.8倍になった例も紹介されています。

この特集を見て思ったのは、新市場がいかに生まれ、その新市場にいかに参入するか、です。

新しい市場が生まれる場合は、必ずニッチから始まり、急速に育っていくことが多いようです。
W・チャン・キムはブルー・オーシャン戦略の中で、「増やすもの」「減らすもの」「付け加えるもの」「取り除くもの」を明確にし、新しい価値を創造することがこの場合必要であると述べています。

これをこれらの事例に当てはめて考えてみましょう。

例えば深夜宅配クリーニングは、深夜営業でかつ宅配という要素を加えた一方で、ネットを含む広告を一切行わず、午前中の営業をカットし、無店舗営業を行い、かつプレミアム価格を維持しています。

立ち飲み店は、一人当たり1000-2000円という格安価格を提供する一方で、平均滞在時間は一般的な居酒屋の2時間に対し30分から1時間程度にしつつ店舗の収納人員を1.5倍に設定することで高回転で高利益を上げる仕組みを作り、かつ、細長い場所でも出店する際の制約が少ないという利点も得ています。

このような新市場を立ち上げている人達は、必ずしもその市場規模を算出した上で市場参入をするかどうかの判断を行っていないのでしょう。むしろ、誰も気がつかなかった新規ビジネスの芽を見出し、暗中模索の中で情熱をかけてビジネスを育て上げているうちに、新市場が生まれているのではないでしょうか?

ということで、市場規模が把握される段階では、既にその市場に先行者が参入しています。

新規参入者が先行者と同じ価値しか提供できない場合、先行者に勝つのは非常に困難です。従って、市場規模を把握してから市場に参入するかどうかを判断する場合は、いかに新しいバリュー・プロポジションを構築して先行者と差別化するか、その戦略が求められます。

これによりさらに新しい市場が作られる、というサイクルが循環しているのではないでしょうか?

ネットは利他的だ。…少なくとも日本では

ここ数年間、「ネットの本質は利他である」と考えています。

18世紀、アダム・スミスは「国富論」で「個々が自由に利己的な行動を行えば、マーケット・メカニズム(=『神の手』)により全体で調和が取れ、効率的な配分が実現する」とし、ここに市場システムの概念が登場しました。

一方、利他主義(altruism)という考え方は、19世紀にオーギュスト・コントが利己主義に対して作った言葉で、「他者の幸福や福利を考える行為が社会をうまく運ばせる」という考え方です。

言うまでもなく、ネット上では、オープンソースやニュースグループ、知識交換コミュニティに留まらず、様々な場面で利他的活動が起こっています。

欧米では、エリック・レイモンドが「伽藍とバザール」で述べているように、利他的活動の原動力は「名声である」との考え方が主流のようです。

社会学者のピーター・コロックは、これをさらに一歩進めて、「協調的オンラインコミュニティで必要なのは『対話の継続性』『自己同一性(Identity)の継続性』『過去の対話の知識』『貢献度を目に見えるようにすること』『グループの境界を明確にすること』であり、「将来お互いに会うこともなく、個人特定や過去の対話の記録がなければ、協調的オンラインコミュニティを創造し維持させるのは難しい」と述べています。

しかし、日本のネット上での利他的行動はちょっと違うような気がします。

例えば、何かとお騒がせな匿名掲示板「2ちゃんねる」では、全体ではなく一部のスレですが、利他的行動が発生しています。

数年前に2ちゃんねるのパソコン初心者サポート掲示板の実際の書込みをサンプルにして統計を取ったことがあるのですが、質問者と比較すると、回答者はハンドルを付けないで回答する傾向が極めて強いことが分かりました。(有意水準1%)

コロックは「互恵利益の期待が協調的オンラインコミュニティの成立条件である」としていますが、2ちゃんねるのような匿名掲示板では将来の互恵利益は期待できません。ディシやレッパーが示したような内発的動機づけにより利他的行動が起っている、と言えそうです。

実は海外では、2ちゃんねるのような巨大な匿名掲示板は存在しないようです。

匿名コミュニティがこのような巨大な規模に成長するために必要となる「利他的行動」自体が、日本以外では成立し得ない、ということでしょうか?

もしかしたら、2ちゃんねるのような巨大匿名掲示板の存在自体、ネット社会における日本の持つ素晴らしい可能性を示しているのかもしれません。(但し、2ちゃんねる上での誹謗中傷や犯罪的行為は、許すべきものではありませんが)

海外のマーケティング戦略や手法をそのまま日本に持ってきてもなかなかシックリいかない多くの原因の一つは、例えばこのようなところに隠されているように思います。

IBMのマーケティング・プロフェッショナル制度

私が勤務するIBMでは、職種別に「プロフェッショナル制度」があります。

1992年の経営危機の際、当時CEOだったガースナーが経営改革の一環で始めたもので、技術系、営業系、コンサルタント系、マーケティング系等の基本的なキャリアパスが世界共通で定義されています。

これは正式にはICP (IBM Certified Professional)という認定制度です。部下を持つマネージャーではありませんが、役員待遇までのキャリアパスが用意されています。

マーケティング系も複数のプロフェッショナル職種があり、私はマーケティング・マネージャーというプロフェッションです。

マーケティング・マネージャーの仕事は、担当する市場のマーケティング戦略の立案及び実施です。他のマーケティングのプロフェッショナルとしては、市場調査を専門とするプロフェッションや、マーケティング・コミュニケーションを専門とするプロフェッション等があります。

私がマーケティング・マネージャーになったのは、ちょうどマーケティング・チームにもプロフェッショナル制度が導入された頃でした。

他の営業系・技術系・コンサルタント系プロフェッションと比較すると、IBMの中では比較的若いプロフェッションですが、逆にだからこそ、今後の展開の自由度が高いとも言えます。

今後のIBMのマーケティング・プロフェッション制度がどうあるべきか、日々、同じマーケティング・プロフェッションの仲間と組織横断的に議論しながら、さらによいものにすべく発展中です。

視聴率から市場調査を考える

4月22日の日本経済新聞夕刊のテレビ欄に『視聴率の高低 「差がある」と言える範囲は』という記事がありました。

市場データからマーケティング戦略を考える際に参考になる記事なので、ちょっと考えてみましょう。

  —以下、記事の内容—

この記事では、この春の新ドラマを視聴率順に並べ、統計手法で視聴率に有意な差があるかどうか調べています。

関東地区では600件のサンプル調査での視聴率を算出しています。この場合、視聴率の差が最低でも4.5%以上ないと統計的には有意な差はありません。

従って、「トップキャスター(フジ系)」(視聴率23.1%)「渡る世間は鬼ばかり(TBS系)」(視聴率20.5%)との間では、実は視聴率に有意な差はなく、視聴率が1%上がった・下がったと一喜一憂するのはあまり意味がないことである、と、この記事は結論付けています。

  —以上、記事の内容—

さて、「統計」とか「有意」というと難しく感じるかもしれません。分かり易い例で考えてみましょう。

例えば、皆さんのご友人同士5人でゆうべ何の番組を見たかを話し合った結果、番組1が5名中1名、番組2が5名中2名、番組3が5名中1名、番組4が5名中1名、だったとします。視聴率は、番組1/3/4が20%、番組2が40%、となります。

この場合、視聴率が一番高いのは番組2である、と言えるでしょうか? この仲間内では正しいですが、世の中一般に適応するのはちょっと無理がありそうですね。何故でしょうか?

そうですね、サンプル数が5件と少ないからです。サンプル数を30件にするとどうでしょうか? 感覚的にはまだ少なそうです。では世の中の全員を調べればよいか、というと、調査コストが膨大になり現実的ではありません。

そこで、限られた数のデータをサンプル調査して、世の中全体の動向を推測しよう、という「推測統計」という手法で、視聴率を把握することになります。

こちらのビデオリサーチ社のサイトでは、視聴率の誤差について詳しく説明しています。

このサイトでは「信頼度95%」という言葉が出ています。他に「有意水準5%」とか「危険率5%」という言葉もありますが、同じ意味です。要は、「95%の確率で信頼できる数字である (5%の確率で間違っている可能性がある)」という意味です。

引用した新聞記事では、ビデオリサーチの数字よりも大きい標本誤差を適用しているので、もしかしたら信頼度99%で見ている(つまり、より厳格に見ている)のかもしれません。

この標本誤差は、得られた数字とサンプル数によって変動します。サンプル数が多い程、誤差も少なくなりますが、誤差を半分にするためには、サンプル数を4倍にする必要があり、当然調査コストもかかります。この辺りは、調査目的とコストの兼ね合いで考える必要がありますネ。

ということで、マーケティング戦略を考える際に、調査サンプル数が100件程度の市場調査レポートで「Aが10%で、Bが11%になっている理由は何か?」という議論することは、実はあまり意味がありません。このような調査レポートは、むしろ全体像把握のために活用すべきです。

市場調査レポートを見る場合は、必ずサンプル数とその調査プロフィール(つまりサンプルの偏り)を把握した上で、どのように見るかを考える習慣を身に付けたいですね。

マーケティングの99.9%は仮説

竹内薫さんが書かれた「99.9%は仮説」という本があります。

「飛行機がなぜ飛ぶのか根本的な原理は実は必ずしも分かっていない。経験則に拠っている」という話から始まり、科学の基本のほとんど全ては仮説であり、必ずしも根本的な原理が明快に分かっている訳ではない、ということを分かり易く書いています。

科学の基本的なアプローチは、色々と実験をして生データを集め、規則性を見つけ、仮説を立てて理論を発見し、その仮説を実験で再検証する、というものです。16世紀から17世紀にかけてフランシス・ベーコンという人が提唱したもので、「帰納法」と呼ばれる方法です。

考えてみると、マーケティングの世界も、仮説そのものです。

市場調査は、マーケティング戦略の仮説を構築したり仮説の確かさを検証したりするために行われます。

キャンペーンやプロモーションも、「このキャンペーンを行うと、顧客はこのように考え、このように反応し、その結果、このような結果になる(筈)」という経験則に基づいた仮説に従って行われます。

そう言えば、「仮説検証型マーケティング」という言葉もありますネ。

色々な手法、ツール、モデルも、「経験則による仮説をまとめたテンプレート」である」、と考えて使うとよいのかもしれません。

マーケティングに絶対普遍な原理があるのか、というと、個人的には、どうもそのようなモノはないような気がします。(強いて言えば、人間に対する深い洞察を持ったドラッカーあたりが、一番近いかもしれません。これも状況によって変わる可能性がありますが)

一方で、マーケティングでは人間に対する深い洞察が不可欠、という観点では、アート的な側面を持ちます。実際、素晴らしいマーケティングの成果物は一個のアート作品でもあります。

「マーケティングは、科学であり、アートでもある」と言われるゆえんは、この辺りにあるのかもしれませんね。

ユーザー企業IT動向調査

(社)日本情報システム・ユーザー協会が4月5日に「ユーザ企業IT動向調査2006」を発表しています。

IT市場を企業ユーザーの観点で理解する上で参考になる資料です。

私が興味を持った点を紹介します。

現在、IT投資において重視する点は「業務プロセス・システムの再編」となっています。2年前は「経営トップによる迅速な業績把握、情報把握」や「コスト削減」が高い優先順位でした。

つまり、この1-2年で企業のIT投資目的が明確に変化しています。さらに、再構築に直面している企業は8割を越しており、大企業ほど再構築が進んでいます。

また、「ITを活用した業務改革」は、経営トップと利用部門がIT部門に求めている最優先の企画提案であり、IT部門自身もこれを認識しています。業務プロセス再編をITを活用していかに変革していくか、が全社的な最優先課題ということですね。

このことは、最も一般的なCIOが「取締役でIT業務経験なし」である、という調査結果にも現れているように思います。経営戦略や業務をよく理解している経営者が、ITを活用して全社変革を陣頭指揮している状況が浮かび上がってきます。

昨年、ガートナー・ジャパンの日高社長とお話した際、「最近は業務経験が豊富でビジネスを知っている方々がCIOに就任されることが多い」ということを伺いましたが、この流れは定着しつつあるのではないでしょうか?

ところで、再構築前は独自開発が76%を占めていたのが、再構築後は33%に激減し、パッケージの積極採用に移っています。再構築はパッケージベンダーにとって大きな商機ということですね。

ご参考までに、こちらで詳しい資料をご覧になれます。

バリュー・プロポジションと価格付け

先日ご紹介したバリュー・プロポジションの例で、街の電器屋さんの例を挙げましたが、本日(2006/4/13)の日本経済新聞で『薄型テレビが「街の電器店」でも売れている』という記事が掲載されています。

『シニア層を中心に、安さより操作の説明や機器の接続など充実したサービスを求める消費者』にアピールしているそうで、『2月の薄型テレビ販売台数の1/4を地域店が占めた』そうです。カラーテレビの一台当たり平均販売価格も、地域店では19万円近くに対して、総合量販店では6-7万円だとか。

ご紹介した例が数字で裏付けられています。

ここまでは、先日の私の書き込みと同じなのですが、この記事ではさらにサービスと価格のバランスについて言及しており、興味深く思いました。

メーカー関係者によると、『サービスがよいことの対価として支払える上乗せ価格は『一般に10%まで』」だそうです。そう言えば、最近100円ショップ等との競争が激しいコンビニの一部も値下げをしているケースがありますが、ここでも安売り店との価格差は10%程度としているそうです。

この10%ルール(?)は一般消費者材のケースで、全ての商材やサービスに当てはまるものではありませんが、バリュー・プロポジションと、そのプレミアムの関係を考える上で参考になりそうです。

3000億円市場

本日(206/4/11)の日本経済新聞・朝刊の特集「くるま」によると、マツダが昨夏発売した二人乗りオープンカー「ロードスター」の購入者の3割を50歳代が占めているそうです。

1989年発売の初代モデルは若者に人気でしたが、この三代目は「子供が独り立ちした団塊世代の夫婦二人に乗って欲しい」という開発者の狙いが当たったとのこと。

また、同記事によると、退職を機にした団塊世代の消費総額のうち、車・バイク購入に充てるのは3000億円を超えるということなので、ここ数年間の時間枠でかなり大きな市場が生まれていることになります。

「団塊マーケティング」は古くて新しい言葉ですが、このように、ライフスタイルや社会の変化(人口推移)まで考慮してセグメンテーションを行い、このセグメントをターゲットにして商品を開発していくのは、まさにマーケティング戦略そのものですね。

IBM TV広告のBGMは、1960年代の英国バンド

新聞広告と連動して、最近始まったIBMのTV広告では、英国のバンドKINKSの曲”I’m Not Like Everybody Else.”が流れています。

直訳は「僕は他の誰でもない」という意味ですが、正式な邦題 は「僕はウヌボレ屋」です。

結成はビートルズの2年後の1964年ですので、もう40年前です。現時点では活動は行っていないそうです。

この歌に、アンチ体制派だった頃の懐かしいロックの香りを感じるのも、こんな背景があるのかもしれませんネ。詳しくはこちら

40年前に青春時代を過ごされた団塊世代とその後の世代の方々は、経営に関わっている方々という意味ではターゲット・セグメントとも言えますので、このCMをどのように感じていらっしゃるか、とても興味あるところです。

本日の日経に掲載されたIBM広告

本日(4月4日)の日本経済新聞に掲載された日本IBMの広告には、IBMのバリュープロポジションと、今後IBMが目指す方向性のエッセンスが凝縮されています。

ちなみに、このブログで何回かに分けて紹介させていただいた"The World Is Flat"の引用もあります。

私達個人も、他の誰でもない「スペシャル」でありたいですね。

尚、こちらでこの広告をご覧いただけます。

IT市場規模を考える

我々が従事しているIT市場とはどの程度の大きさなのでしょうか?

IDC-Japanの調査では、2004年の国内IT市場規模は11兆2,430億円(対前年比+2.4%)だそうです。

GDP(国内総生産)が約500兆円なので、日本経済全体で見ると2%強の大きさです。

他市場規模と比較すると…

・外食産業 24兆4738億円 (2004年)
・自動車業 19兆7935億円 (2004年)
・鉄鋼業  15兆8476億円 (2004年)

自動車産業の半分以上、ということなので、産業としては結構大きな規模ですね。

仮に年間11兆円のIT市場が2004-2008年で年率3%成長すると仮定すると、1.3兆円の市場が新たに生まれることになります。

しかもIT市場は、ドッグイヤーとかマウスイヤーという言葉で例えられる通り、短期間でその中身が大きく変わるという特徴があります。

例えば、サービス市場の高成長はIT市場全体を大きく変えていますし、パッケージ市場を見てもCRMアプリケーション・ベンダーはライセンス販売から急速にホスティング・サービス・モデルにシフトを始めています。

このように急激に変化する市場では、小さいながら急成長する新しいセグメントをいかに網を張って見つけ出し、大きく育てていくかが大事です。 社内の各部門やパートナー様と協業し、このような市場を先取りして育てていくことが、マーケティング・マネージャーの役割です。

ところで、市場の定義は、あくまで「定義」です。定義が変われば、市場規模も変わります。

今後5年・10年のレンジで考えると、ITが世の中の様々な分野に浸透していくことで、IT市場規模も大きく広がっていきそうです。

例えば、IBMでは、従来のIT市場とは別に、Business Performance Transformation Services (BPTS)という市場を定義しています。IBMでは、この市場規模を2005年世界全体で1.6兆ドル (約170兆円)と見ています。詳しくはこちら

競合と差別化する、バリュー・プロポジションの考え方

差別化とは、お客様に自社の商品・サービスを選んでいただけるように、競合相手が真似できない違いを生み出すことです。

「競合他社からいかに差別化するか?」

これはマーケティングに関わる人達にとって、常に重要な課題です。ただ、どのように差別化すればいいのか、なかなか具体的なイメージが沸かないことも多いと思います。

例えば、「競合他社との差別化ポイントは何ですか?」と尋ねてみると、様々な答えが返ってきます。

「うちはスキルのある人材がいる。我々の人材そのものが差別化」

⇒人材は重要なポイント。しかし、競合他社と比べて何が優れていて、お客様にとってどんな価値があるのか、を明確にする必要があります。

「商品の性能は、ウチが業界一番」 

⇒競合他社が全く追いつけない性能があり、かつ、お客様にとって性能差が大きな意味を持つ場合は、大きな差別化になります。しかし、すぐにキャッチアップできる程度の性能差であったり、お客様にとって性能差が大きな意味を持たない場合、差別化にはなりません。

 

では、どのように差別化を行えばよいのでしょうか?

 

差別化を行う際、バリュー・プロポジションという考え方が役立ちます。

 

では、バリュー・プロポジションとはどのようなものなのでしょうか?

 

バリュー・プロポジションとは、

「(1)お客様が望んでいて、(2)自社は提供できるけど、(3)競合他社は提供できない価値」

のことです。具体的には図のピンクの部分がバリュー・プロポジションです。

 

Valueproposition_5

例えば、街の電器屋さんのケースで考えてみましょう。

ここでは、競合相手として、家電量販店を想定します。
家電量販店の価値・強みは、圧倒的な販売量に裏打ちされた価格競争力です。

一方で、街の電器屋さんが提供できる価値・強みは、街の住民であるお客様に対するきめ細かいサポートです。

私の経験で恐縮ですが、以前引っ越した際、前の家で使っていた照明器具の配線が断線し、新居に付けられない状況になりました。ハンダごてで断線部分を接続する簡単な作業なのですが、不器用な私の手に負えませんでした。

そこで家電量販店に電話しましたがメーカーに直接問い合わせて欲しいとの回答。あまり手間をかけたくなかったので近所の電器屋さんに持ち込んだところ、その場で5分で修理してくれました。料金2,000円。街の電器屋さんのフットワークのあるサポート力のよさを再確認した次第です。

さて、街の電器屋さんが対象とするお客様は誰なのかを考えてみましょう。

「とにかく安い商品を」と思っているお客様は家電量販店で商品を購入しますので、街の電器屋さんのターゲットにはなりません。「価格は少々高くてもよいから手厚くサポートして欲しい」というお客様が、街の電器屋さんのターゲットになります。

このように考えていくと、

『近所に住む、団塊世代の富裕層』

はターゲット候補になり得ます。定年退職間近でお金をある程度持っており、数十万円する大画面TV等のデジタル家電も購入を検討中。あまり価格には敏感ではないが、ますます複雑になっていくデジタル家電がトラブルにあった際に、自分では対応できないので、直接家に来てサポートして欲しい、そのような価値を求めている人達です。

以上の考え方を当てはめると、街の電器屋さんのバリュー・プロポジションは、下記のようになります。

・【お客様が望んでいる価値】団塊世代の富裕層が必要としている、手厚いサポート
・【他社が提供できない価値】大量廉価販売重視の家電量販店が提供できない、お客様の自宅まで直接サポートに出向けるフットワークの良さ
・【自社が提供できる価値】ますます複雑になっていく最新のデジタル家電による生活を、お客様が十分に楽しめるように支援できるサポート力

実際、高齢化が進む住宅地で、徹底した商圏分析と顧客管理を行い、サービスに重点を置いてお客様をサポートすることで、毎年2ケタ成長を続けているメーカー系の販売店もあるそうです。

この例で分かるように、バリュー・プロポジションを考える際のポイントは、ターゲットとなるお客様が絞り込まれていて、そのお客様が望んでいる価値を理解しており、かつ、競合他社は真似できない自社の価値も把握できていることです。

バリュー・プロポジションが明確になっていれば対象顧客や訴求ポイントが明確に絞れているので、そのままプロモーション戦略やチャネル戦略を展開することが可能です。

ここで例として挙げた街の電器屋さんの場合も、このバリュー・プロポジションを起点に考えると、色々なプロモーション戦略やチャネル戦略を展開できそうです。

ちなみに、IBMのマーケティング・マネージャー達はこのバリュー・プロポジションの考え方を徹底的に叩き込まれており、企画を立てる際には必ず「お客様にとってのバリュー・プロポジションは何なのか?」を明確にすることを求められます。

マーケティングの話を、現場から

はじめまして。永井孝尚(ながい たかひさ)です。
日本アイ・ビー・エムでマーケティング・マネージャーを担当しています。

ご縁あって、オルタナティブ・ブログに参加させていただくことになりました。

  

最初に自己紹介です。

私が新卒でエンジニアとしてIT業界に入り、最初はソフトウェア製品の日本語化等に携わりました。

その後、「現場で製品のインプリメンテーションに携わりたい」と考え、製品開発プランナーとしてアプリケーション製品の開発を立ち上げたり、出荷後はプリセールスとして全国行脚したり、製品を活用した先進事例を構築するためにSIプロジェクトマネージャーとしてお客様プロジェクトにどっぷり浸かったり、などしているうちに、担当している製品の開発チーム・リーダーになり、製品を全国展開をされているお客様のご支援を行いました。

厳しいお客様ばかりでしたが、非常に多くのことを教えていただきました。

長野オリンピックの頃、次世代製品に引き継ぐタイミングになりました。
ソフトウェア製品の全ライフサイクルで非常に多くのことを学び、この経験を活かしてマーケティングをやりたい、と思っていた頃、当時立ち上がり始めていたCRM市場のマーケティング・マネージャーをやらないか、という話をいただき、異動しました。

インターネット技術を活用した先進アプリケーション製品を担当し、製品戦略を立てたり、新しいオファリングを作り、全国のお客様相手にプロモーションをしました。香港・台湾・シンガポール・オーストラリア等のアジア各国も担当しました。

その後、日本市場でCRMソリューション全般を担当するマーケティング・マネージャーとして、マーケティング戦略を立案し、それに基づいて各種オファリング開発、マーケティングプログラム実施等を行いました。

現在は、IBMが推進しているオンデマンド・ビジネスやソリューション全般のマーケティングを担当しています。

 

ところで、ドラッカーは「企業で重要なのは二つしかない。マーケティングとイノベーションだ」と語っています。

 

この言葉は、「企業で一番重要なのはマーケティング部門だ」ということではなく、「企業の全員が、マーケティングやイノベーションを推進していくことが重要なのだ」という意味である、と私は捉えています。

さらに、マーケティング・マネージャーは幅広く、かつ実現可能な現実的な視点を持って、企業の価値を高めていく様々な役割を果たすことが期待されていると思います。

このブログでは、企業の現場で実際にマーケティング・マネージメントに取り組んでいる個人として、様々な観点でマーケティングについて皆様と一緒に考えていきたいと思います。

途中で脱線して、世の中の出来事、ライフワークの写真のこと、プライベートなこと、等々について書かせていただくかもしれませんが、何卒寛大なお心でお付き合い願えればと思います。

 

尚、このサイトへの掲載内容は私自身の見解であり、IBMの立場や、戦略、意見を代表するものではありません。また、間違った情報は出来る限り掲載しないように留意いたしますが、お気づきの点がありましたらご遠慮なく指摘いただければ幸いです。

 

よろしくお願いいたします。