永井孝尚ブログ

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「独禁法で、値引き禁止はムリ」を突破したパナソニック

日経ビジネスの今週号(2023年1月23日号)の特集「殻を破れ!Panasonic」で、実にいいお話しがありました。記事の一部をオンラインでも読むことができます。

さらば家電の安売り パナソニック、マイナーチェンジ地獄脱す

この記事のポイントは…

・パナソニックの商品は、競争力があっても常に量販店で値引き販売されていた
・そこで「値引き販売は一切禁止にしよう」ということになった
・ここで問題になるのが「独占禁止法」。独禁法があるので「メーカーが販売店に価格を強制するのはNG」が常識だと思っていた
・そこで公正取引委員会に確認した。回答は「パナソニックが在庫リスクを引き受ければ、販売店に価格を指定してもOK」
・販売店が在庫を抱えれば、独禁法にひっかかる。しかしパナソニックが在庫を抱える形にすれば、販売店は単なる取次になり、パナソニックが直販する形になって独禁法にひっかからない
・そこで、価格を指定して販売店に納品、返品を常に引き受ける体制にした

私たちは「独禁法があるから、値引き禁止なんてムリ」という常識に陥りがちです。しかしこんな常識に縛られると、打つ手が限られてジリ貧に陥ります。そこで必要なのが、あらゆる常識を疑ってかかること。

この記事はその常識を疑う大切さを教えてくれます。

ちなみに現在のパナソニックの代理店販売に大きく影響を与えたのが、1964年に行われた「熱海会談」。熱海のニューフジヤホテルで、創業者・松下幸之助さんと主要代理店が二昼夜徹して行った伝説の意見交換の合宿です。

ある販売代理店の創業社長が苦情を言ったら、松下幸之助さんは…

「あなた、血の小便が出るまでやっていますか。私はやっていますよ。そこまでやってから言いなさい」

共存共栄という理念についても…

「共存共栄というのは、強い者同士でしか成立しませんよ。あなた方は強い者じゃないですね」

まさに真っ正面から本音で喧々諤々の議論をしたわけです。
最後の最後、決裂になるかと思った時に、松下幸之助さんは涙をこぼして…

「本当に申し訳なかった。改革をやります。しばらく時間を下さい」

そして自ら営業本部長代行を兼務。69歳で現場に復帰。「一つの県に代理店は一つ」「現金販売は報奨金」などの大改革を行いました。

松下幸之助さんは「松下の商いは3割減る。年間利益150億円は2年間なくなるので300億円。それで済んだら安いもんや」とハラを括り、徹底して経費節減して、合理化分は販売代理店に還元。

しかし2年間で300億円の損失を覚悟した改革は、2年間で487億円の利益を生み出しました。

松下さんは役員に、のちにこう言っています。

「そもそも一店舗のナショナルショップが10個買うてくれたら、全国で50万個売れる仕掛けを作ってあるのや。その製品が、小売店の倉庫に止まっているのか、お客さんの手元にまで届けられているのか。要は、わしが作った仕組みがちゃんと機能しているかどうかを見るのが、お前たちの仕事や」

※以上、熱海会談は、下記文献を参照しました。
「松下電器の経営改革」(伊丹敬之・田仲一弘・加藤俊彦・中野誠著、有斐閣)p.306
「血族の王 松下幸之助とナショナルの世紀」(岩瀬達哉著、新潮文庫)p.295-301

しかしこの仕掛けも、のちに家電量販店が登場して危機に直面します。「経営の神様」と称される松下幸之助さんが完璧に作り上げた仕掛けですら、時代ととも賞味期限が切れるわけです。

しかし大きな会社ほど「現在の仕組みは大前提で変えられない」と思い込みがちなので、常識にがんじがらめに縛られているのです。

そこで必要なのが、今の常識を全て疑い続けること。だから外部の人や、新しく組織に入ってきた人の「素朴な疑問」は、実は問題の核心を突いていることが多いのです。

そして大きな組織は「賞味期限が切れた常識」が至る所にあります。

値引き禁止・定価販売に舵を切ったこのパナソニックの取り組みは、そんな大切さを教えてくれます。

あなたの組織は、どんな「賞味期限が切れた常識」に挑戦していますか?


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D2C時代のリアル店舗戦略

スマホであるアパレルショップのサイトを見ていた妻が言いました。
「この服、いいなぁ…」

でもその場では買いませんでした。
「念のためお店でチェックするね」

散歩のついでに私も近所の店について行きました。

実際に妻が店で試着したところ、微妙なフィット感や色合いがイマイチ。
一方で前々から買おうと狙っていた服を試着したところ、ベストフィット。
結局、フィットする方を買うことにしました。
ちなみにこのお店からは、妻が欲しそうな商品が入荷すると、LINEでメッセージが届きます。

いまやありとあらゆる商品がスマホで売れます。
あの数百万円のテスラも、スマホでテスラ社から直接買えます。アマゾンで本を買うのと同じ感覚です。
私も昨日、4万円の加湿器をバルミューダ社のサイトからスマホで買いました。
そんなわけで、製造メーカーが直接消費者に売るD2C企業(Direct to Consumer)が増えています。

一方でD2C企業にも悩みがあります。
触ってみないとわからない実商品の場合、スマホではその感触がなかなか伝わらないのです。

妻の服はまさにそんな例です。

私の場合は、昨年発表されたApple Watch Ultraです。
私はネットで新商品発表を知ると、即「これ欲しいスイッチ」が入りました。
デザインもいい。機能も沢山。しかも電池の持ちが2倍です。
ただ毎日身につけて使うものです。念のためアップルストア表参道で実商品を付けてみたら、意外とアウトドア志向。「ビジネスシーンで身につけるには違和感があるなぁ」と感じました。結局、Apple Watch Ultraは購入を見送りました。

こうやって確認出来るのも、リアル店舗があるおかげですね。

そこで多くのD2C企業は、次々とリアル店舗を展開しています。

彼らは、ネット以外の販路を開拓して売上拡大するためにリアル店舗を出しているのではありません。
顧客に商品を実体験してもらい、顧客の満足度を上げて、全体の売上をかさ上げするために、リアル店舗を出しているのです。

現代の消費者は、ある程度こだわる商品を買う場合は、色々な形でスマホを使います。ですからチャネル戦略も、デジタルを大前提に考えていく必要があるのです。

御社のチャネル戦略は、デジタルを大前提に構築されているでしょうか。


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朝活永井塾 第71回 「シリコンバレー流コーチング」を行いました

1月11日は、第71回の朝活・永井塾。テーマは『シリコンバレー流 コーチング』でした。

日本でもコーチングの考え方が広まってきました。しかし勘違いが多いのも現実です。

「○○○で困っています」
「それなら、□□□するといいよ」

これは「その人が知らないことを教える」というティーチングです。

コーチングは「その人が必要な答えは、その人の中にある」と考えます。こんな感じです。

「○○○で困っています」
「問題は何だと思います?」
「△△だと思います」
「じゃぁ、どうすればいいでしょうね?」

相手に問いかけて、相手の中にある答えを引き出す。基本的な考え方が、真逆なのです。このコーチングをする上で、私がとても役立つと考えるのが、シリコンバレーで「最高のコーチ」と称されたビル・キャンベルの方法論を紹介した「1兆ドルコーチ」(エリック・シュミットほか著)です。

そこで今回の朝活永井塾では、下記の本を使ってコーチングの方法を学んでいきましら。

「1兆ドルコーチ」(エリック・シュミットほか著)

ご参加下さった皆様、有り難うございました。

【プレゼン部分】

またリアルタイムに参加できなかった方々には動画配信をお送りしました。

次回2月8日(水)の朝活勉強会「永井塾」は、『グーグルを一枚岩の組織に変えた管理手法 OKR​』がテーマです。申込みはこちらからどうぞ。

EV化の裏で静かに進む、水平 vs.垂直の戦い

街を歩いていると、気がつかない間にクルマがスーッと横を通り過ぎることが増えました。クルマがEV化で静かに走るようになったおかげです。最近、街中でもEVをよく見かけるようになりましたね。

世界全体で見ると、この1〜2年でEV化が一気に進んでいます。
各地域別のEV普及率はこうなっています。

【世界全体】 21年 8.1%
【欧州市場】 19年 1.9% → 20年 5.6% → 21年 11% (対前年比64%増 119万台)
【中国市場】 20年4.4% → 21年 13% (対前年比69%増 352万台)
【米国市場】 20年 1.6% → 21年 2.9%
【日本市場】 21年 0.9% → 22/1H 1%超

こうして全体を眺めてわかることは、

・欧州と中国は2022年に、普及の壁=キャズム(普及率16%)を突破している感じですね。

・米国と日本は、欧州・中国を2-3年遅れで追いかけています。

ガソリン車→EV化で、クルマの構造が大きく変わります。
大胆に単純化して言えば、こんな感じです。

【ガソリン車】ガソリンを燃やしてエンジンで動力発生→シャフトで車輪に動力を分配→車輪を回す
【EV】各車輪にモーターを付けて、電気制御して車輪を回す

このためEVではガソリン車で必要だった部品が一気に減る上に、電気でクルマの動きを自由に制御できます。

こんな状況の中で、クルマ業界内とクルマ業界外のメーカーが入り乱れて起こっていることが、水平統合と垂直統合の戦いです。

ガソリン車は複雑な構造なので、品質を高めるには、エンジン、ポンプ、トランスミッション、シャフト、サスペンション、ブレーキなどで微妙な擦り合わせ調整が必要でした。

日本企業が得意なのがこの「擦り合わせ技術」です。クルマ業界では、この擦り合わせで大成功したのが日本が誇るトヨタです。

このような擦り合わせを「垂直統合」といいます。細かい部品一つ一つから最終製品までを、メーカーで細かく統合していくわけです。

ところがEV化でクルマの構造がシンプルになりました。一時期は「CPU,メモリー、マザーボード、電源などの部品を買ってきてパソコンを組み立てるのと同じ感覚で、クルマも作れるようになる」と言われた時期もありました。(実際にはEVの場合でも、そこまで単純ではないようですが…)

このように、部品同士の擦り合わせ作業が少なく、部品を組み合わせることで最終製品に統合できることを「水平統合」といいます。

EV化によってクルマ業界で起こっているのは、まさにこの垂直統合と水平統合の戦いです。

トヨタなどのガソリン車の王者は、ガソリン車で確立した垂直統合の仕組みをEVでも実現した方が、自社の既存の強みを活かせるので有利です。ですので、バッテリーなども含めてできる限りEV関連の部品を内製化して、垂直統合モデルにより高品質化を極めようとします。

一方で中国自動車メーカーのようなクルマ業界の新規参入者にとって、参入障壁が一気に下がるEV化は大きなチャンスです。そこで様々なEVの部品メーカーとできる限り部品を標準化して外部調達することで、水平統合モデルにより低コスト化・デリバリー迅速化を図ろうとします。

そして世の中は、水平統合の方向に大きく進んでいます。この中でどうするかが、垂直統合の覇者・トヨタのジレンマでもあります。

日本でも、水平統合で勝負を賭けている会社は数多くあります。

ソニー・ホンダモビリティ(ソニーとホンダによるEV合弁会社)も、水平統合を志向しています。

日本電産は、永守会長が「EVのモーター供給会社となり、EVの価格を1/5にする」と言っています。

さらに日本のスタートアップ「ティア・フォー」は、EV用の基本ソフト(OS)である「オートウェア」をなんとオープンソースソフトウェアにより提供しようとしています。オートウェアは、台湾の鴻海精密工業が進めるEVの自動運転用プラットホームで、OSとして採用されました。

この垂直統合 vs. 水平統合の勝負は、これから3〜5年ほど続くでしょう。注目していきたいと思います。


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今年どうなるかは予想できない。ではどうする?

今年はどんな年になるのでしょうか?

1つだけ確実に言えることがあります。今年の年末、「今年の年初には、こんなことは想像もできなかったですね」と振り返っているだろう、ということです。

ナシーム・ニコラス・タレブが著書「ブラック・スワン」で述べたように、想像もしない出来事が起こり、グローバル規模で想定外の大きな影響を与える時代です。タレブはこのような出来事のことを「黒い白鳥(ブラック・スワン)」と呼びました。

現代ではごく少数のブラック・スワンが社会に甚大な影響を与え、私たちは翻弄されます。昨年だけでも「ウクライナ紛争」「中国のゼロコロナ政策」、それらに伴う「超ドル高=超円安」「エネルギー危機」「米国のインフレ」など様々なブラック・スワンが発生しました。

ブラック・スワンの影響力は、ますます高まっています。
ブラック・スワンの予見は、そもそもムリ。
では、どうするか?

まず「誰も未来を予想できない」と理解すること。
そして想定外が起こった場合は、それを強かに利用することを考えること。
そのために、全体でリスクを取る部分は10-15%程度に留め、残りについてはリスクを徹底的に回避することです。

リスクを取らない部分を見極めてリスクを徹底回避しておけば、「想定外」が起こっても余裕を持てますし、逆に「想定外」をチャンスに変えることができます。

資産投資にたとえると、日経平均が1/10に落ちても、資産の9割をキャッシュで持っていれば、超底値で株式を買えるようなものです。

たとえばコロナ禍の場合、研修業の人たちは対面研修が全部キャンセルになり、大変な目に遭いました。しかしいち早くオンライン研修に切り替えた人は、逆にこれをチャンスに切り替えて、いち早く新規事業を立ち上げることができました。(手前味噌ですが、完全オンラインの永井経営塾もそうやってKadokawaさんとの協業で2021年年初から立ち上げたビジネスです)

このためには、日頃から余裕がある経営を心がける必要があります。

現代では「想定外は予想できない」ことを強かに利用していく思考が求められる時代になったのです。

今年の年末も、こころ穏やかに迎えたいものですね。


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