永井孝尚ブログ

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御社のブランドが衰退する理由

日経産業新聞が本年3月末に休刊、とのお知らせがありました。日経本紙がカバーしないコア情報が得られるので愛読してきました。個人的にとても残念です。ただ恐らく主な読者は、私のようなコアな愛読者だけだったのかもしれません。名前に「日経”産業”新聞」と”産業”という文字が入るのも、1960〜80年代の高度成長期の香りがあり、いまや古さも感じます。読者数も少なかったでしょうし、仕方がないですね。

ここで私はハタと気付きました。

「これって、多くの企業の老舗ブランドが衰退する現象と全く同じだ」

そこでブランドが成長したり衰退する仕組みを、気鋭のマーケティング学者バイロン・シャープが提唱する理論をベースにして整理したのが、図です。

まず図の上半分の説明です。市場全体で見ると、圧倒的に多いのは滅多に買わないノンユーザー。次の多いのがライトユーザー。ヘビーユーザーはごくわずかです。

コカ・コーラで考えると、1年から数年に1度飲むような人はノンユーザー、数ヶ月に1回程度飲む人はライトユーザー、毎月や毎週(あるいは毎日)飲む人はヘビーユーザーです。私は1年に1〜2回気が向くと飲むので、ライトユーザーからノンユーザーの間ですね。

私たちは「コカ・コーラの売上はヘビーユーザーが大半を占めている」と思いがちですが、実際に調べると、売上の半分はノンユーザーとライトユーザーです。

その結果を示したのが、図の下左の部分です。

よく「パレートの法則」を引用して「売上の8割は、2割のヘビーユーザーが占めている」と言う人がいますが、これは現実に即していません。実際に調査すると、ブランドの売上の半分くらいはライトユーザーやノンユーザーです。

また「顧客離脱を防ぐことが大事」とよく言われますが、実際に調べると、ブランドの顧客離脱は常に一定の割合で発生します。言い換えれば、顧客離脱は確率的な事象なのです。

私たちが自分を振り返るとわかると思います。特定の店や商品を愛用していて、そこの販促キャンペーンもよく使っていたのに、なぜかある時、急に使わなくなることはありませんか? たとえば引っ越しや転職、気が変わったり、あるいは特に理由もなかったりして使わなくなることて、よくありますよね。これは、相手の会社から見ると「ヘビーユーザーの顧客離脱」なのです。

バイロン・シャープは「顧客離脱は、マーケターの努力で変えられるものではない」と言っています。

そこでここでは「顧客の離脱率は一定」と考えてみます。(正確に言うと「シェアが大きいほど離脱率は少ない」のですが、これは別の機会に紹介したいと思います)

さて、もう一方の新規顧客獲得は、マーケターの努力次第です。

成長するブランドは、新規顧客獲得に注力します。市場の大部分はノンユーザーとライトユーザーが占めますので、成長するブランドではライトユーザーが増えます。新規獲得の中にはヘビーユーザーもいますが少数派。結果、ヘビーユーザーの比率を下げつつ、全ユーザーが増えていきます。

コカ・コーラが大金を掛けてCMを流すのも、普段は滅多に飲まない私のようなノンユーザーとライトユーザーな人たちに「コーク、忘れないでね」と脳内に植え付けるためなのです。

では衰退するブランドはどうでしょうか?

衰退するブランドは、新規顧客獲得に注力しません。「ご愛顧いただくお客様が大事」という謎の号令がかかったりして、ヘビーユーザーに注力したりします。しかしユーザーは一定確率で離脱し続けるので、全ユーザー数がどんどん減り続けます。ただ使用頻度が高いヘビーユーザーの離脱率はライトユーザーより小さいので、こんな中でもヘビーユーザーの比率が上がります。

時々、「当社は売上減りつつあるけど、ご愛顧客が多いのが強みだ」という会社があります。かつては業界のリーダーだった老舗企業がよくおっしゃる言葉です。でもご愛顧客が多いのは、実は強みではありません。単に新規顧客開拓をしなかった結果なのです。

こう考えると、日経産業新聞が休刊に至った理由がよくわかります。日本経済新聞社が日経産業新聞の新規顧客獲得に注力せず、放置したからです。その結果、私のようなヘビーユーザーしか残っていない状態になりました。

ちなみに私は日本経済新聞、日経産業新聞、日経MJ、日経ビジネス、日経クロストレンドなどを購読していますので「日経のヘビーユーザー」と言えるでしょう。

しかし私は、必ずしも日経「だけ」のロイヤル顧客ではありません。他にも「週刊ダイヤモンド」「週刊東洋経済」など、他のビジネス情報メディアも愛読しています。

こうしたユーザーを「カテゴリーヘビーユーザー」といいます。カテゴリーとは、商品市場のこと。たとえばこの場合は「ビジネス情報メディア(ビジネス紙やビジネス誌)」です。

ここで大事な事は、ブランドヘビーユザーとカテゴリーヘビーユーザーは異なる、ということ。

特定ブランドに愛着を持つブランドヘビーユーザーとは異なり、カテゴリーヘビーユーザーは特定ブランドに必ずしも愛着を持っていません。購入頻度が高くても、ブランドから時に躊躇なく離脱します。

たとえば私はかつては日刊工業新聞も愛読していましたが、なんとなく購読を止めました。これはもしかすると、日刊工業新聞から見ると「ブランドヘビーユーザーの離脱」に見えたかもしれません。

さて、「ブランドは消費者の脳内にある」ので、企業の都合では書き換えられません。ですのでブランド戦略の鉄則は「広く浸透したブランドは、変えないこと」です。

たとえばP&Gは、洗剤やヘアケア製品など様々な一般消費財をマーケティングしています。P&Gは従来とは異なる新しい効能を持つ商品を出す場合、既存ブランドを拡張せずに、新ブランドを立ち上げます。P&Gはこのブランドの鉄則に従っているのです。

日経も日経産業新聞の休刊後、今後の専門情報は「Nikkei Primeシリーズ」という傘の下で、Minutes, Mobility, GX, Tech Foresightといった電子版にシフトするとのことで、新しいブランドを立ち上げる戦略です。

日経の新しいブランド、成功するといいですね。

   

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不要だったHazukiルーペで、販売現場の問題を考えた

先日、妻の実家に電話したら、義理の父が「最近、目が遠くて読めないんだ」と困っていました。ちなみに義父は研究職で、80代になった今も論文を読んだり書いたりしています。当然ながら80代だと老眼も進みます。論文作業は大変ですよね。

ちょうど義父の誕生日が近かったので、「Hazukiルーペをプレゼントしよう」と思いつき、義父と待ち合わせて、近所の老舗眼鏡屋にいきました。ちなみにHazukiルーペは眼鏡屋さんなどでも売っています。

店に入ると、店長と思われる男性が登場。「ささ。こちらへ」と椅子を勧められ、「Hazukiルーペは、倍率別に三種類あるんですよ」と言いながら、丸卓の上にHazukiルーペを並べ、大きな店頭チラシを見せながら、説明を始めました。

「ところでこの文字、読めますか?」

義父は(……)と黙ったまま明らかに困っている様子でしたが、店長のお話は続きます。

「Hazukiルーペはいまお使いの眼鏡の上からも掛けられますよ。どれかお手にとって、実際に掛けてみて文字をご覧ください」

義父は店頭チラシのサンプル文字を見ながら、ボソッとつぶやきました。

「ウーン、このままでも読めるねぇ……」

店長の説明は続きます。

「Hazukiルーペなら、大きく楽に見えるんですよ」

「あのー」思わず、私はと言いました。

「すいません。ちょっといいですか?」

私は普段、義父と一緒にいません。ですのでなぜ彼が字が読めないで困っているのか、考えてみたら私はよくわかっていませんでした。そこで尋ねました。

「お義父さんは、普段はどんな状況で、どんなモノを見ていて、どんなことで困っているんですか?」

義父は考えながら話し始めました。

「うーん。論文やあなたの本を読んでいてね。『なかなか読めないなあ。字が小さいからだな』と思っていたんだけどね。そうか。この店内は明るいからよく見えるんだね。家の中で読んでいるんだけど、よく考えたら、照明が暗かったんだね」

実は眼鏡の問題ではなかったのです。義父は私のお勧めで手元がよく見えるBalmuda The Lightも買いましたが、使っていなかったそうです。「そうか、あのライトを使えばいいのか」と納得していました。とりあえず「よく読めない」問題は解決しそうです。

店長にはお手間をお掛けしたことを丁重にお詫びをした上で、店を出ました。

一方で、こうも思いました。

この老舗眼鏡店の店長は、お客が何に困っているかを知らないまま、商品を売っていました。

確かにHazukiルーペは人気商品なので、指名買いが多いと思います。ここからは私の想像ですが、Hazukiルーペは「完璧に商品を説明したパンフレットとサンプルを店に配り、販売員にマニュアル通りに説明方法を伝えて、商品を売らせる」という方法を確立しているのかもしれません。この方法は販売員のスキルに依存しません。確かに高い効果が出ると思います。

一方でこの老舗眼鏡店は、顧客単価が高いお店です。数十万円の老眼鏡も売っていたりします。

義父の場合は「よく見えないのは照明の問題」とわかったので売れませんでした。しかし来店客の悩みをちゃんと理解すれば、Hazukiルーペよりももっと高い眼鏡の方がより理想的な解決策になる人もいるはずです。そんな場合は、お客の懐具合によっては販売価格も一桁上がったかもしれません。

しかし本来は販売のプロと思われる老舗眼鏡店の店長が、いわゆる「チラシ販売」(チラシの内容を一方的に説明して売る販売方法)をしていたことに、私は少々驚きました。

マーケティング戦略も、そしてセールスの現場でも、「まず顧客が抱える課題から考える」という視点が極めて重要です。この視点が現場で欠落していることを実感した出来事でした。

これと同じ現象は、企業の販売現場でもよく起こります。そして残念ながらこの現象は、今回のケースからもわかるように実は「よかれ」と思ってやったことが招いています。

新商品の販売をする会社の多くは、販売員向けにセールスマニュアルを作ります。よく完成されたセールスマニュアルほど、「このような状況で、こう説明しなさい」「製品のアピールポイントはこう」「○○と反論されたら、□□と答えなさい」とわかりやすく実践できるように作り込まれています。

しかしよく作り込まれたセールスマニュアルを「説明するだけ」という状況になり、その方針に従う素直なセールスが増えるほど、現場ではモノを考えなくなるのです。

中には「このセールスマニュアル、確かに完成度高めだし、参考にはなるんだけどさ。現実にはお客さんの課題や状況って千差万別だから、このままじゃ使えないんだよね」と文句をいうセールスもいます。実はそんなセールスほど、セールスマニュアルに書いていないことも読み取り、自分流に使いこなして、販売成績を上げたりします。これはそのセールスが「顧客の課題から考える」という大切さを熟知しているからです。

御社では、販売の現場では顧客の課題から考えているでしょうか?

   

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「弁証法」の誤解が、ビジネスの対話がカラ周りする原因

「弁証法」や「アウフヘーベン」という言葉、耳にしたり、実際に使ったりしたことがある方は多いのではないかと思います。

広辞苑によると、「アウフヘーベン=止揚(しよう)、揚棄(ようき)。ヘーゲル哲学(弁証法)の用語」とあります。

高校の倫理の教科書でも、「ヘーゲル哲学は正反合を通して、真理を明らかにする」とあります。

高校でも教えているので、著名な知識人でも「ヘーゲル哲学=弁証法」とおっしゃる方は少なくありません。

しかし私は、昨年末に刊行した「世界のエリートが学んでいる教養書 必読100冊を1冊にまとめてみた」を執筆中に、大きな違和感を持ちました。

日本の哲学研究者で「ヘーゲル哲学は正反合」と言う人は、ほぼ皆無なのです。(彼らはヘーゲル哲学を熟知しています)

実は「ヘーゲル哲学は正反合」というのは大間違いなのです。

「そんな哲学的な解釈なんて、どうでもいいじゃん」と思うかもしれませんよね。

でもこの誤解が、私たちがビジネスで対話を通して的確な結論を導き出せない原因なのです。

例えばこんな会話を考えてみましょう。

A夫さん「昼はカレーが食べたいなぁ」
B子さん「私はトンカツだなぁ」
A夫さん「なるほどね〜。うどんねぇ」→①
B子さん「どうしようかなぁ…」→②
A夫さん「カツカレーはどうかな?」
B子さん「なるほど、カツカレーね〜」→③

こうして二人はカツカレーを食べるわけですが、心の中でこう思っているかも知れません。

A夫さん(実はトンカツ苦手なんだよね…。カレー食べたかったなぁ)
B子さん(実はカレー苦手なのよね〜。トンカツ食べたかったなぁ)

これは、理想的な解決策とは言えませんよね。

ポイントは上記の①②③です。①②の段階で本音の対話をせずに、対立を避けています。そして③で安易な折衷案に辿り着いています。その結果、二人とも(本当はトンカツ苦手)(本当はカレー苦手)というモヤモヤした不満が残っています。

巷ではこんな説明する人がいます。

「ランチでA夫さんはカレーを食べたい(正)。B子さんはトンカツを食べたい(反)。アウフヘーベン(止揚)してカツカレー(合)にすれば、二人とも満足。これがヘーゲルの弁証法だよ」

でも、これでは率直な会話ができず、理想的な解決策にはほど遠い結果になるわけです。実はこれ、「間違った弁証法的な対話」です。

「本来の弁証的対話」は、こんな感じです。

A夫さん「昼はカレーが食べたいなぁ」
B子さん「私はトンカツだなぁ」
A夫さん「うーん、僕はトンカツは苦手…」→①
B子さん「私もカレーが苦手なの…」→②
A夫さん「他に何かないかな?」
B子さん「そうそう美味しい店あるわよ」→③

こうして、二人とも満足できるバイキングのお店を見つければ…。

A夫さん(好きなもの食べ放題だ!)
B子さん(ここにしてよかった!)

となります。

これが本来の「弁証法的な対話」です。

ポイントは上記の①②③です。まず①②の段階で、言葉は柔らかいですが、相手の言うことを明確に否定しています。その結果、③で相互満足の新たな解決策に辿り着いています。

このように、弁証法的な対話の本質は「否定」にあります。

ヘーゲルは主著「精神現象学」の序論で、植物が育つ過程を次のように表現しています。

「つぼみは、花が咲くと消えてしまう。そこで、つぼみは花によって否定されると言うこともできよう。同じように、果実によって花は植物の偽なる定在と宣告され、その結果植物の真として果実が花に代って登場することになる」

「『つぼみが咲いて果実になる』でいいじゃん。なぜわざわざ『つぼみが花で否定される』なの?」と思ってしまいますが、これも「否定の力」を強調するためです。そして種は、再び種に戻ります。「否定に否定を重ねて再び種に戻るように、モノゴトにはひとまとまりの過程がある」ということを、ヘーゲルはこのたとえ話で表現しようとしているわけです。

「否定」が本質であるヘーゲルの弁証法では、相手も、そしてそれまでの自分の考えも、全身全霊で否定します。そこから新たな知を紡ぎ出すわけです。改めて「カツカレー」の例は、ヘーゲルの弁証法とは似ても似つかないシロモノとわかると思います。

最近巷で話題になっている「心理的安全性が高い組織」も、ヘーゲルの弁証法的対話が自由にできる組織を目指しています。

心理的安全性とは、「ここでは、何を言ってもやっても大丈夫」と感じる組織の雰囲気のことです。組織の全員が「ここでは何でも言えるし、心おきなくリスクも取れるね」と思えれば、知識を共有・活性化し、アイデアが新たなアイデアを刺激し、次々とアイデアを生み出せるようになります。

このカギが、社内的なポジションに関係なく、自由に相手の意見を否定でき、かつ何を言っても責められないことなのです。ですので相手の意見も自由に否定できますが、自分の意見も容赦なく否定されます。

ときどき「心理的安全性が高い組織って、居心地良さそうでいいなぁ。いまの組織って、キツくてなんかイヤ」とおっしゃる方がいます。これは大きな誤解です。「心理的安全性が高い組織」は、否定されることに慣れていない現代の日本人にとっては、意外としんどいかもしれません。

さて、ヘーゲルの弁証法に戻りますと、在野の哲学研究者・長谷川宏氏は、著書『新しいヘーゲル』(講談社現代新書)で、このように述べています。

「正‐反‐合の三段階に即していえば、社会の動きの全体が最終的に『合』に帰着することに安堵を覚える。が、みずからの生活実感にもとづくそうしたヘーゲル理解は、まったく的を外している」

※…ちなみに長谷川氏は東京大学大学院哲学科博士課程で学んだ後、自宅で学習塾を経営しながらヘーゲルを研究してきた方で、ヘーゲルを中心に海外哲学者の翻訳も多く手がけています。

なんでこんな誤解が生まれたのでしょうか?

『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)の「正反合」の項目に、こんな誤解が生まれた経緯が書かれてあります。

「正・反・合……ドイツ語のテーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼの訳語である定立、反定立、総合を略したもの。フィヒテが『全知識学の基礎』(1794)で用いた概念であるが、マルクスやイギリスのヘーゲル学派がこの概念を借用して、ヘーゲルの弁証法を通俗的に説明したところ、日本にヘーゲル哲学が紹介された。(以下、略)」

こうして偉そうに書いている私も、実はかつて「ヘーゲル哲学は、正反合」とドヤ顔で話していたことがあります。煉獄さんではありませんが「穴があったら、入りたい!」という気分です。

西洋哲学は一見するとチンプンカンプンに見えますが、そのエッセンスを理解すると、このように経営理論の本質を理解して仕事に役立てる上で、実に役立つのです。

   

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「本当のことは言わずに、ぐっと堪えて丸く収める」のがたった1つの成功法則?

週刊東洋経済に「ヤバい会社列伝」という連載があります。ジャーナリストの金田信一郎さんが書いておられるのですが、いつも楽しみに読んでいます。2023.12.23-30号に掲載された「ヤバい会社対象2023」では、こんな話が書かれていました。

–(以下、引用)—

先日出た、ある宴会でのこと。70代の経営者が、若い人々を相手に、こんな話を始めた。
「日本社会で成功する、たった一つの法則を知っているか」
講演にも呼ばれるこの経営者は、いつも、この1つのことを話すのだという。
「たった1つ? 何ですか」
社長はにやりと笑った。
「それは、本当のことを言わないことだ」
「えっ」
「心の中で、こうじゃないかと思うだろ。でも、それを口に出しちゃいかん。そこをぐっと堪えられるかどうかで、ビジネスの世界では成否が決まる。(中略)それを言っちゃおしまいよ、ってやつだ。物事を丸く収めることが何よりも大事なのよ」
周囲の人が頷いている。え、みんな同意しているのか。

—(以上、引用)—

この一文を見て私は「そうそう!」と思ったのと同時に、「だから企業は凋落するんだな」と思いました。

私は1984年から2013年まで、30年間日本IBMにいました。ザックリ言うと、

①1984〜1994年の10年間…IBMは長期低迷し続けて倒産寸前まで追い込まれた
②1994〜2004年の10年間…ガースナー変革で、全てを見直して復活した
③2004〜2013年の10年間…一進一退だった

という感じでした。この30年間をこの70代経営者の言葉で振り返ると、

長期低迷した①の時代 …まさにこの社長さんが言う通り。IBMは割と本音で議論する組織文化ではありましたが、問題の真の原因はノータッチで、誰もが触れたがりませんでした。

変革/復活した②の時代 …それがなくなり、本音で話をするようになったように感じました。

一進一退だった③の時代 …「物事を丸く収める」という傾向が復活しました。

あくまで私の感覚ですが、IBMでは本音ベースで話ができなくなるとともに会社が低迷を始め、本音ベースで問題の真の原因をオープンに話し合えるようになると復活しました。

さて日本を振り返ると、バブル崩壊以来の低迷が続き、いまや「失われた30年」とも言われています。この間、大半を占める伝統的な大企業は低迷を続け、ファーストリテイリングのように急成長を果たした企業は少数派です。

私は両者の違いは、「本当の事は言わず、ぐっと堪えて、丸く収める」かどうかだと思います。

私自身、多くの企業様とお付き合いする中で「本当のことはウヤムヤにしたままで、丸く収める」ことに多大なる労力をかけている場面に数多く遭遇しました。そのたびに「そんなことに労力をかけて、どんな価値を生むの?」と感じました。

実は「本当の事は言わず、ぐっと堪えて、丸く収める」のは、ある程度成熟した大企業の社内という小さな世界では、「個人が出世するための最適戦略」なのですね。

しかしこれは、「企業が世界で勝ち残るための最悪の戦略」です。本当の問題にはノータッチなのですから、徐々に不振に陥り、最後どうしようもない状況に陥るのは目に見えています。

今風に言えば、この70代の経営者は長年の会社員生活を通して「心理的安全性が低い組織文化」を意識して創り上げた上で、若い人たちにもその文化に染まるように勧めているわけです。

そして成長する企業は本音で話せる「心理的安全性が高い組織文化」を作っています。

大企業は、少々の不都合がある状況で現実を見ずに社内事業だけで動いても、会社は急に傾きません。この経営者のお言葉からは、「我が社は永遠」という大前提と、「その中で、上に立ってやる」という考えが透けて見えてきます。「そこをぐっと堪えられるかどうかで、ビジネスの世界では成否が決まる」とおっしゃっている「ビジネスの世界」とは、つまるところ「社内」という極めて狭い世界です。

ドラマ「半沢直樹」の舞台となった東京中央銀行で、社内事情と出世しか考えない銀行員を彷彿とさせますよね。

ここには「自分たちが社会にどのように役立つか?」という発想がありません。

ということで、「本当の事は言わず、ぐっと堪えて丸く収める」と公言し続ける経営トップの方には、本当に心から「早めに引退して、本音で話せるトップに交代した方は、社会のためだ」と思います。

また、そんな経営トップがずっと居座り続ける企業にお勤めの方もおられるでしょう。幸いながら、最近は転職しやすい社会になりました。ですのでそんな方は、本音で議論できる企業に転職する方が、ご自分が持つ力を社会の課題解決に役立てることができますので、世の中のためになると思います。

   

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朝活永井塾 第83回 「アイデアのつくり方」を行いました

1月10日は、第83回の朝活・永井塾。テーマは『アイデアのつくり方』でした。

マーケティング戦略で必要なのは、すぐれたアイデアとその実行力です。

このうちすぐれたアイデアは、天才のヒラメキでしか生まれないと思われがちです。しかしテクニックを身につければ、普通の人でもすばらしいアイデアを生み出せます。

そこで役立つのが不朽の名著「アイデアのつくり方」です。

本書の初版は1940年。著者は米国の大手広告代理店の副社長を務めた後、シカゴ大学大学院で経営史と広告の教授として本書の内容を講義しました。

本書は当時から米国の広告クリエイターの間で「バイブル」と呼ばれ、いまも読まれている超ロングセラーです。解説を除くとわずか60 ページの本書には、アイデアを生み出す秘訣が凝縮されています。

かく言う私は、企画の仕事していた20代後半で本書に出会い、大きな衝撃を受けました。その後30 年以上、本書を座右の銘として実践しました。マーケターとして、またビジネス書著者として成果を残せたのは、本書を忠実に実行し続けた結果です。

30分あれば読み切れる本書は、人生を変えるインパクトがあります。

そこで今回は本書をテキストにして、私の経験を交えながら、仕事で活かせる実践的なアイデアのつくり方を学んでいきました。

ご参加下さった皆様、有り難うございました。

【プレゼン部分】

またリアルタイムに参加できなかった方々には動画配信をお送りしました。

次回・2月10日(水)の朝活勉強会「永井塾」のテーマは『骨太なビジネス思考が身につく 「カント哲学」』です。申込みはこちらからどうぞ。