永井孝尚ブログ
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朝活永井塾 第92回「マーケッターが学ぶべきボードリヤールの『消費社会の神話と構造』」を行いました
10月2日は、第92回の朝活・永井塾。テーマは「マーケッターが学ぶべきボードリヤールの『消費社会の神話と構造』」でした。
ロレックスの腕時計は数百万円します。しかし時間を知るだけなら、100円ショップの腕時計で十分です。
では、なぜ高級腕時計が売れるのでしょうか?
この仕組みを解明して消費社会の本質を示したのが、1929年生まれのポスト構造主義の哲学者でもある社会学者ボードリヤールです。
本書の刊行は半世紀前の1970年。20世紀後半に生産中心の社会から消費社会に変わり、ボードリヤールは「消費社会の社会構造がどう変わったかを解明しよう」と考えたのです。
現代社会のあり方を予言した50年以上前の本書は、今読んでも多くの学びがあります。
そこで今回の朝活永井塾では、下記書籍をテキストにして、消費社会におけるマーケティングの本質を学んでいきました。
『消費社会の神話と構造』(ボードリヤール著)
ご参加下さった皆様、有り難うございました。
【プレゼン部分】
またリアルタイムに参加できなかった方々には動画配信をお送りしました。
次回・11月6日(水)の朝活勉強会「永井塾」のテーマは『世の中の裏構造が見えてくる ヘーゲル「精神現象学」』です。申込みはこちらからどうぞ。
ドーナツ市場に再挑戦するセブン。ミスドはどう対抗する?
「セブンが来年2025年2月までにドーナツを全国販売する」というニュースが流れました。2024年9月に首都圏5,000店舗で販売したところ、2週間で240万個売上と好調だった結果を受けてのことだそうです。
でも、こう思った人もいるのではないでしょうか?
「あれ? そう言えばコンビニはついこの前まで、大々的にドーナツ売ってたよね。最近見かけなくなったけど」
2014年、コンビニ業界は大規模にドーナツを売っていたのです。
当時、ドーナツ業界でシェア8割を占めるドーナツ市場最強のミスタードーナッツ(以下ミスド)は、年間売上500億円弱。
このドーナツ市場に、セブンは「年間6億個/売上600億円」という販売目標を掲げて参入。ローソンとファミマも参戦。「ドーナツ戦争」とも呼ばれました。
コンビニとしては、コンビニの100円コーヒーのお供にドーナツは相性がいいので、合わせ買い需要が狙えるわけです。
ミスドは「ドーナツ市場では最強」とは言え、当時の店舗数は1,400店舗弱。
大手コンビニ3社の店舗数は、50,000店舗を超える規模で、ミスドの40倍弱。
大きな目で見ると、まさに弱者ミスドと、強者コンビニの闘いです。
当時、「さすがに専業のミスドは潰れるのでは?」と思う人も少なくありませんでした。
結果は?
コンビニドーナツは予想したほど売れませんでした。
2年後にはドーナツ特製の棚も撤去。ドーナツは単品売りになりました。
2014年当時、私もコンビニドーナツを買ったことがあります。
でも正直言って、味はイマイチ。「ドーナツを食べ過ぎるとカロリー過多だ。しょっちゅう食べられるわけではない。限られた数少ないチャンスでドーナツを食べるなら、美味しいミスドがいいな」と思いました。
つまり「専門店と比べて味がイマイチ」だったために、コンビニドーナツは失敗したわけです。ミスドは、死に物狂いでドーナツの強みを尖らせ続けました。
そして2025年、セブンは改めて、ドーナツ市場に再挑戦するわけです。
今回は、店内調理による「揚げたてドーナツ」を武器に展開するとのことです。一度発行させた生地を加熱後、冷凍して工場から各店舗に供給、店舗で揚げる最終工程を行い、ふわふわ食感と風味を維持する仕組みです。
さらにドーナツ以外にも、メロンパン・クロワッサンなどの温かい焼きたて風パンを提供します。
これらは恐らく、前回の反省を踏まえて施策ことだと思います。
この愚直な仮説検証がセブンの強みです。セブンはコンビニコーヒーも1980年代から挑戦を繰り返し、2010年代に5度目の挑戦となるあの「セブン・カフェ」で大成功しました。
2013年の「ドーナツ戦争」では、ミスドは防戦一方でした。コンビニでのドーナツ大量販売の影響でドーナツが飽きられてしまったこともあり、売上は2013年の488億円から、2019年は354億円と27%も減少。赤字が続き、不採算店舗の整理で店舗数も減りました。
しかしミスドはここを耐え忍び、ムダを徹底して省きました。2020年のコロナ禍でテイクアウト需要が起こると、店舗あたりの売上は2017年の6850万円を底に、2022年は9490万円まで伸びました。
結果としては、実質的にドーナツ市場から撤退したコンビニ各社に対して、ドーナツ市場を守り抜いたミスドの辛勝と言えるでしょう。
2025年、果たしてセブンのドーナツ市場への再挑戦は成功するのか?
ミスドはどう対抗するのか?
今後を見守りたいと思います。
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水をサービスで提供し、成長する栗田工業
半導体ビジネスに、いま世界的に注目が集まっていますよね。
日本の半導体メーカーはかつてと比べて今一つ元気がなく、官民挙げて投資が始まっています。
一方で日本がいまだに圧倒的に強いのが、半導体製造プロセス。最先端半導体は何十段階もの細かい製造プロセスを経て、生産されます。この領域で、様々な企業が各フェーズで世界トップシェアを取っています。
その中には、意外な企業もあります。「超純水」を提供する栗田工業です。
半導体製造工程では、各工程で洗浄作業があります。ただ超微細加工です。普通の水だと不純物が含まれるので、半導体の配線にゴミがはいり、不良品になってしまいます。
そこで栗田工業は、超純水を作る製造装置や分析装置を作っています。その純度はドーム球場一杯の水に砂糖1グラムという純度レベル。
ここで注目したいのが、栗田工業は「超純水を売っている」のではなく、「超純水をサービスとして提供している」という点です。
超純水は、生産プロセスのちょっとした変化で純度が下がります。こうなると製品の歩留まりは一気に悪化します。素早い対応が必要になります。そこで栗田工業は、生産工程に入り込んで、常に高純度の超純水を提供するようにしています。
日経ビジネス2024.9.23号に掲載されている栗田工業の特集で、このようなビジネスにした経緯が書かれています。一部抜粋します。
—(以下、引用)—
半導体メーカーからすれば、一度栗田工業の超純水設備を採用すると他社の装置に切り替えづらい。同社は顧客の信頼を得て長期的な利益につなげるという意味で、「顧客親和性」という言葉を重視する。
(中略)
装置ではなく水を売る継続課金型のサービスも広げる。保守・運用まで一体で引き受ける。10年程度の契約を結び、水野供給量に応じて収益を得る。
(中略)
天野執行役は「単純なモノ売りだとレッドオーシャンから脱却できない」と語る。サービスなら装置の価格競争を避けて利益率を高められる。超純水は顧客工場の稼働にかかわらず一定量を消費するため、安定成長を見込める。
—(以上、引用)—
栗田工業は半導体工場以外にも、製油所、自動車工場、製紙工場、製鉄所、食品・飲料工場など、国内で2万件の顧客を抱えています。栗田工業の2024年3月期売上は3848億円。10年前から倍増し、営業利益率は2.8倍です。
さて、モノ製品の宿命は「コモディティ化」です。どんなに素晴らしいモノ製品も、いつか価格勝負になります。
そこでマーケティング分野で、21世紀になって急速に発展する分野が「サービスマーケティング」です。この中でも重要な概念が「製造業のサービス化」であり、それを実現するための「サービス・イノベーション」です。
サービス・イノベーションでは、長期的に顧客をより深く満足させる卓越したサービス提供の仕組みを作っていきます。
サービス・イノベーションで重要なポイントが、「いい商品を提供する」(栗田工業の場合は「いい超純水製造装置を提供する」)という「モノ売り発想」から、「いい体験価値を提供する」(栗田工業の場合は「常に超純水を提供して不良品ゼロを実現する」)という「顧客との価値共創の発想」への転換です。
あなたの会社は、「モノ売り発想」でしょうか?
それとも、「顧客との価値共創の発想」でしょうか?
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新規事業のチャンスは、意外と足下に転がっている
「新規事業を立ち上げよう」
こう考えても、「さて、何をやろうか?」と考え始めると、なかなか難しいものです。そして堂々巡りに陥って「何をやればいいのか、さっぱりわからない」という状況になりがちです。
ここでヒントになるのが、自分自身の何げない体験です。実際に、新規事業のきっかけは、ささやかな体験がきっかけということが多いのです。
たとえばAirBnBは、お金がなかった創業者たちが、家賃が払えずにアパートを追い出されそうになったので、家賃を工面するために、当時アパートの近所で予定されていた大規模イベントで、ホテルが満室が宿泊場所がつけられなかった人たちに寝室のベッドと朝食を提供したことが、起業のきっかけになりました。
Dropboxは、バス停でノートパソコンで大事な仕事を始めようとした創業者が、自宅にUSBメモリーを忘れたことに気づき、「どこでもデータにアクセスできるクラウドストレージが欲しい」と思ったことが起業のきっかけです。
相乗りサービス「ニアミー」は、創業者が埼玉方面にある自宅に帰る際に、最終バスを逃した人たちでタクシーに行列ができていて、「帰宅する方向は同じなのにタクシーに乗るのが一人一台なのはもったいないな」と思ったのがきっかけです。
そして「シェアして乗れば、安くなり、待ち時間も減り、タクシー会社も複数組乗せることで、走行距離が伸びて嬉しいはず」と考え、まずはハイヤー会社と組んで、2019年から需要の多い空港輸送を始めました。新宿駅と羽田空港間は、通常タクシーで7300円のところ、2980円で済みます。(参考記事:「気詰まりの壁 崩せた?ニアミー」日経MJ 2024.9.13)
簡単にネットショップを開設できる「BASE」は、大分県で小売業を営む創業者の母親が「ネットショップを始めたい」と言い始めたのがきっかけです。「ネットに詳しくない母親も、ネットショップを作りたい時代なんだな」と思ったわけですが、「待てよ。誰でも簡単にネットショップで商品を売れる仕組みがないぞ」と気付き、BASEを立ち上げました。
かくいう私が、「永井経営塾」を立ち上げたのも、同じです。
当初は2019年末にKADOKAWAさんとの協業で、リアルで対面の研修コース(一人当りの参加費は年間で数十万円)として、「永井経営塾」を立ち上げようと考えていました。しかし翌年2020年からのコロナ禍で、中断を余儀なくされました。
この時期、私は大手食品メーカー様の年間研修も対面で行っていました。しかしコロナ禍で、途中からZoomによるオンライン期に切り替えました。すると受講者の満足度が10ポイントも上がったのです。講義を動画で何回も見ることができて理解が深まり、かつ自宅から参加できて利便性と受講の負荷も低くなったためでした。
この発見のおかげで、KADOKAWAさんと「永井経営塾も完全オンライン前提に再設計した方がいい」と合意して、2021年に現在の「永井経営塾」を立ち上げました。おかげさまで会員数は順調に伸びています。
新規事業で何よりも大切なのは、こういった「ウォンツ」の発見です。
「ウォンツ」とは「みんなが欲しいのに、ありそうで、実はないモノ」のことです。
多くの人は「ウォンツの卵」を発見しても、それ以上考えるのは面倒なのでスルーします。だからこそ、自分が身近に感じた何げない体験や「困りごと」を突き詰めて考えると、意外と「ウォンツの発見」に直結して、新規事業の種になるのです。
あなたの足下にも、「ウォンツの卵」はないでしょうか?
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ネットで知名度爆上がりの新人候補が、なぜ惨敗したのか
現職のベテラン市長。
任期満了間際で汚職疑惑。
市長選挙では選挙カーを走らせたり地味な街頭演説を繰り返すばかりで、演説には20人も集まりません。
一方で若い新人候補。
無党派ですが好感度抜群。SNSフォロワー数も急上昇。
ネットで叩かれてもいますが、知名度は爆上がり。
「騒がしい選挙カーなんて迷惑なだけで逆効果」と考えて、ネット中心で選挙活動。動画配信には毎回100人単位で集まり、リアル会場で行った決起集会は大盛り上がりです。
で、選挙結果は…。
現職のベテラン市長の圧勝。新人候補は惨敗です。
この話は、週刊モーニングに連載中の「票読みのヴィクトリア」の第1回・2回からの抜粋です。(まだコミック化されておらず週刊モーニング 2024/6/20号と2024/6/27号で読めます)
この作品、マーケティング視点でも実に面白いので、一推しです。
さて、あなたは選挙で投票する際に、事前に候補者のことを、ネットや動画できめ細かく調べるでしょうか?
もちろんそういう熱心な方もおられると思います。しかし現実には、選挙当日になって「あ〜。今日は選挙か。行かなきゃな。候補者誰だっけ?」という人も多いと思います。
マジメな人は、当日おもむろに選挙公報を見たり、スマホでちょっとだけ検索すると思います。でも「とりあえずこの人、名前は知ってるなぁ」と思って投票する人も多いものです。
有権者全員が熱心に選挙を考えるのが理想であることは、言うまでもありません。しかし現実の認識もまた、大事です。
ほとんどの人にとって選挙は「面倒くさい」のです。
選挙で勝つためには、まずこの事実を認識することが出発点です。
この物語の主人公である選挙コンサルタントは、こうなった結果を語っています。ポイントは下記です。
・全体の票数の中で、新人候補が期待できる票数は、無党派・若年層がもつ1割弱。本来、新人候補に必要なのは、ここから多数派に浸透する戦略である。しかしやったのは真逆
・最大の敗因は、SNSに頼り切ったこと。ほとんどの有権者はSNSなんて見ない。いくら盛り上がっても、票のごく一部である
・大多数の有権者にアプローチして印象づける方法は、地味な電話や選挙カー。新人候補はこれを「有権者に迷惑だから」と全部をやめた。一方の現職ベテラン候補は地道にやりきった
・本当に意識すべきは「顔が見えない大多数」。彼らに候補者自らが懐に飛び込む必要がある
・つまり現職ベテラン候補は、地道に大多数へアプローチした。新人候補はごく一部のSNSユーザーだけにしかアプローチしなかった。選挙結果は必然だった。
この話、マーケティング視点で考えると、実に納得します。
実は最近のマーケティングで実にありがちな間違いが、「顧客を絞り込むこと」なのです。
「え? 顧客を絞り込むって、マーケティングの基本じゃん」と思ったとしたら、要注意です。
現実には「顧客を絞り込んでいる」つもりで、現実には「顧客のごく一部にしかアプローチしていない」ということが多いのです。まさにこの新人候補がやっていることですよね。
やるべきことは、
① まず市場全体を俯瞰して、その市場にいる顧客を細分化してそれぞれの特徴を見極める
② 自社のビジネス目標を達成するためには、それら細分化した市場でどれだけの顧客を獲得すればよいかを、把握する
③ ②で把握した顧客を獲得するために、様々なマーケティング施策を考えた上で、実行する
これを地道にやっていくことが必要なのです。
一時期、マーケティングの世界では「マスマーケティングはもう古い」と言われてきました。確かに市場全体を一つと考えて、単一のマーケティング施策(たとえば大がかりなテレビCM)でガッと市場を獲る戦略は、もう時代遅れかもしれません。
しかし、マスマーケティングはいまだに有効です。以前とは違うのは、マス市場を獲るためには、市場を細分化して、それぞれの細分化した市場に合ったきめ細かなマーケティング施策を考え、実行していく必要があることなのです。
皮肉なことに「マスマーケティングはもう古い」という考え方自体が、実はもう古いのです。
ただここで、勘違いしがちな点もあるので最後に補足したいと思います。
「顧客を無意味に絞り込む」のはNGですが、「顧客の課題を絞り込むこと」はいまだにとても大事だということです。
「顧客の課題を絞り込むこと」と「顧客そのものを絞り込むこと」は、全く違います。
例えば1990年代、散髪はどこも数千円で1時間かかっていました。多くの男性が内心、「10分/1000円で髪をカットしてほしいな」と思っていました。この課題に絞り込んで成長しているのが、QBハウスです。
QBハウスは「顧客を絞り込む」のではなく、「顧客の課題を絞り込む」ことで、大きく成長しています。
顧客の課題を絞り込みつつも、マスマーケティングをきめ細かく展開することがカギなのです。
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