永井孝尚ブログ

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水をサービスで提供し、成長する栗田工業

半導体ビジネスに、いま世界的に注目が集まっていますよね。

日本の半導体メーカーはかつてと比べて今一つ元気がなく、官民挙げて投資が始まっています。

一方で日本がいまだに圧倒的に強いのが、半導体製造プロセス。最先端半導体は何十段階もの細かい製造プロセスを経て、生産されます。この領域で、様々な企業が各フェーズで世界トップシェアを取っています。

その中には、意外な企業もあります。「超純水」を提供する栗田工業です。

半導体製造工程では、各工程で洗浄作業があります。ただ超微細加工です。普通の水だと不純物が含まれるので、半導体の配線にゴミがはいり、不良品になってしまいます。

そこで栗田工業は、超純水を作る製造装置や分析装置を作っています。その純度はドーム球場一杯の水に砂糖1グラムという純度レベル。

ここで注目したいのが、栗田工業は「超純水を売っている」のではなく、「超純水をサービスとして提供している」という点です。

超純水は、生産プロセスのちょっとした変化で純度が下がります。こうなると製品の歩留まりは一気に悪化します。素早い対応が必要になります。そこで栗田工業は、生産工程に入り込んで、常に高純度の超純水を提供するようにしています。

日経ビジネス2024.9.23号に掲載されている栗田工業の特集で、このようなビジネスにした経緯が書かれています。一部抜粋します。

—(以下、引用)—

半導体メーカーからすれば、一度栗田工業の超純水設備を採用すると他社の装置に切り替えづらい。同社は顧客の信頼を得て長期的な利益につなげるという意味で、「顧客親和性」という言葉を重視する。

(中略)

装置ではなく水を売る継続課金型のサービスも広げる。保守・運用まで一体で引き受ける。10年程度の契約を結び、水野供給量に応じて収益を得る。

(中略)

天野執行役は「単純なモノ売りだとレッドオーシャンから脱却できない」と語る。サービスなら装置の価格競争を避けて利益率を高められる。超純水は顧客工場の稼働にかかわらず一定量を消費するため、安定成長を見込める。

—(以上、引用)—

栗田工業は半導体工場以外にも、製油所、自動車工場、製紙工場、製鉄所、食品・飲料工場など、国内で2万件の顧客を抱えています。栗田工業の2024年3月期売上は3848億円。10年前から倍増し、営業利益率は2.8倍です。

さて、モノ製品の宿命は「コモディティ化」です。どんなに素晴らしいモノ製品も、いつか価格勝負になります。

そこでマーケティング分野で、21世紀になって急速に発展する分野が「サービスマーケティング」です。この中でも重要な概念が「製造業のサービス化」であり、それを実現するための「サービス・イノベーション」です。

サービス・イノベーションでは、長期的に顧客をより深く満足させる卓越したサービス提供の仕組みを作っていきます。

サービス・イノベーションで重要なポイントが、「いい商品を提供する」(栗田工業の場合は「いい超純水製造装置を提供する」)という「モノ売り発想」から、「いい体験価値を提供する」(栗田工業の場合は「常に超純水を提供して不良品ゼロを実現する」)という「顧客との価値共創の発想」への転換です。

あなたの会社は、「モノ売り発想」でしょうか?
それとも、「顧客との価値共創の発想」でしょうか?

     

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新規事業のチャンスは、意外と足下に転がっている

「新規事業を立ち上げよう」

こう考えても、「さて、何をやろうか?」と考え始めると、なかなか難しいものです。そして堂々巡りに陥って「何をやればいいのか、さっぱりわからない」という状況になりがちです。

ここでヒントになるのが、自分自身の何げない体験です。実際に、新規事業のきっかけは、ささやかな体験がきっかけということが多いのです。

たとえばAirBnBは、お金がなかった創業者たちが、家賃が払えずにアパートを追い出されそうになったので、家賃を工面するために、当時アパートの近所で予定されていた大規模イベントで、ホテルが満室が宿泊場所がつけられなかった人たちに寝室のベッドと朝食を提供したことが、起業のきっかけになりました。

Dropboxは、バス停でノートパソコンで大事な仕事を始めようとした創業者が、自宅にUSBメモリーを忘れたことに気づき、「どこでもデータにアクセスできるクラウドストレージが欲しい」と思ったことが起業のきっかけです。

相乗りサービス「ニアミー」は、創業者が埼玉方面にある自宅に帰る際に、最終バスを逃した人たちでタクシーに行列ができていて、「帰宅する方向は同じなのにタクシーに乗るのが一人一台なのはもったいないな」と思ったのがきっかけです。

そして「シェアして乗れば、安くなり、待ち時間も減り、タクシー会社も複数組乗せることで、走行距離が伸びて嬉しいはず」と考え、まずはハイヤー会社と組んで、2019年から需要の多い空港輸送を始めました。新宿駅と羽田空港間は、通常タクシーで7300円のところ、2980円で済みます。(参考記事:「気詰まりの壁 崩せた?ニアミー」日経MJ 2024.9.13)

簡単にネットショップを開設できる「BASE」は、大分県で小売業を営む創業者の母親が「ネットショップを始めたい」と言い始めたのがきっかけです。「ネットに詳しくない母親も、ネットショップを作りたい時代なんだな」と思ったわけですが、「待てよ。誰でも簡単にネットショップで商品を売れる仕組みがないぞ」と気付き、BASEを立ち上げました。

かくいう私が、「永井経営塾」を立ち上げたのも、同じです。

当初は2019年末にKADOKAWAさんとの協業で、リアルで対面の研修コース(一人当りの参加費は年間で数十万円)として、「永井経営塾」を立ち上げようと考えていました。しかし翌年2020年からのコロナ禍で、中断を余儀なくされました。

この時期、私は大手食品メーカー様の年間研修も対面で行っていました。しかしコロナ禍で、途中からZoomによるオンライン期に切り替えました。すると受講者の満足度が10ポイントも上がったのです。講義を動画で何回も見ることができて理解が深まり、かつ自宅から参加できて利便性と受講の負荷も低くなったためでした。

この発見のおかげで、KADOKAWAさんと「永井経営塾も完全オンライン前提に再設計した方がいい」と合意して、2021年に現在の「永井経営塾」を立ち上げました。おかげさまで会員数は順調に伸びています。

新規事業で何よりも大切なのは、こういった「ウォンツ」の発見です。

「ウォンツ」とは「みんなが欲しいのに、ありそうで、実はないモノ」のことです。

多くの人は「ウォンツの卵」を発見しても、それ以上考えるのは面倒なのでスルーします。だからこそ、自分が身近に感じた何げない体験や「困りごと」を突き詰めて考えると、意外と「ウォンツの発見」に直結して、新規事業の種になるのです。

あなたの足下にも、「ウォンツの卵」はないでしょうか?

     

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ネットで知名度爆上がりの新人候補が、なぜ惨敗したのか

現職のベテラン市長。
任期満了間際で汚職疑惑。
市長選挙では選挙カーを走らせたり地味な街頭演説を繰り返すばかりで、演説には20人も集まりません。

一方で若い新人候補。
無党派ですが好感度抜群。SNSフォロワー数も急上昇。
ネットで叩かれてもいますが、知名度は爆上がり。
「騒がしい選挙カーなんて迷惑なだけで逆効果」と考えて、ネット中心で選挙活動。動画配信には毎回100人単位で集まり、リアル会場で行った決起集会は大盛り上がりです。

で、選挙結果は…。

現職のベテラン市長の圧勝。新人候補は惨敗です。

この話は、週刊モーニングに連載中の「票読みのヴィクトリア」の第1回・2回からの抜粋です。(まだコミック化されておらず週刊モーニング 2024/6/20号と2024/6/27号で読めます)

この作品、マーケティング視点でも実に面白いので、一推しです。

さて、あなたは選挙で投票する際に、事前に候補者のことを、ネットや動画できめ細かく調べるでしょうか?

もちろんそういう熱心な方もおられると思います。しかし現実には、選挙当日になって「あ〜。今日は選挙か。行かなきゃな。候補者誰だっけ?」という人も多いと思います。

マジメな人は、当日おもむろに選挙公報を見たり、スマホでちょっとだけ検索すると思います。でも「とりあえずこの人、名前は知ってるなぁ」と思って投票する人も多いものです。

有権者全員が熱心に選挙を考えるのが理想であることは、言うまでもありません。しかし現実の認識もまた、大事です。

ほとんどの人にとって選挙は「面倒くさい」のです。

選挙で勝つためには、まずこの事実を認識することが出発点です。

この物語の主人公である選挙コンサルタントは、こうなった結果を語っています。ポイントは下記です。

・全体の票数の中で、新人候補が期待できる票数は、無党派・若年層がもつ1割弱。本来、新人候補に必要なのは、ここから多数派に浸透する戦略である。しかしやったのは真逆

・最大の敗因は、SNSに頼り切ったこと。ほとんどの有権者はSNSなんて見ない。いくら盛り上がっても、票のごく一部である

・大多数の有権者にアプローチして印象づける方法は、地味な電話や選挙カー。新人候補はこれを「有権者に迷惑だから」と全部をやめた。一方の現職ベテラン候補は地道にやりきった

・本当に意識すべきは「顔が見えない大多数」。彼らに候補者自らが懐に飛び込む必要がある

・つまり現職ベテラン候補は、地道に大多数へアプローチした。新人候補はごく一部のSNSユーザーだけにしかアプローチしなかった。選挙結果は必然だった。

この話、マーケティング視点で考えると、実に納得します。

実は最近のマーケティングで実にありがちな間違いが、「顧客を絞り込むこと」なのです。

「え? 顧客を絞り込むって、マーケティングの基本じゃん」と思ったとしたら、要注意です。

現実には「顧客を絞り込んでいる」つもりで、現実には「顧客のごく一部にしかアプローチしていない」ということが多いのです。まさにこの新人候補がやっていることですよね。

やるべきことは、

① まず市場全体を俯瞰して、その市場にいる顧客を細分化してそれぞれの特徴を見極める

② 自社のビジネス目標を達成するためには、それら細分化した市場でどれだけの顧客を獲得すればよいかを、把握する

③ ②で把握した顧客を獲得するために、様々なマーケティング施策を考えた上で、実行する

これを地道にやっていくことが必要なのです。

一時期、マーケティングの世界では「マスマーケティングはもう古い」と言われてきました。確かに市場全体を一つと考えて、単一のマーケティング施策(たとえば大がかりなテレビCM)でガッと市場を獲る戦略は、もう時代遅れかもしれません。

しかし、マスマーケティングはいまだに有効です。以前とは違うのは、マス市場を獲るためには、市場を細分化して、それぞれの細分化した市場に合ったきめ細かなマーケティング施策を考え、実行していく必要があることなのです。

皮肉なことに「マスマーケティングはもう古い」という考え方自体が、実はもう古いのです。

ただここで、勘違いしがちな点もあるので最後に補足したいと思います。

「顧客を無意味に絞り込む」のはNGですが、「顧客の課題を絞り込むこと」はいまだにとても大事だということです。

「顧客の課題を絞り込むこと」と「顧客そのものを絞り込むこと」は、全く違います。

例えば1990年代、散髪はどこも数千円で1時間かかっていました。多くの男性が内心、「10分/1000円で髪をカットしてほしいな」と思っていました。この課題に絞り込んで成長しているのが、QBハウスです。

QBハウスは「顧客を絞り込む」のではなく、「顧客の課題を絞り込む」ことで、大きく成長しています。

顧客の課題を絞り込みつつも、マスマーケティングをきめ細かく展開することがカギなのです。

     

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朝活永井塾 第91回『ビジネスパーソンが現代の経済を理解するための ケインズとフリードマンの経済学』を行いました

9月4日は、第91回の朝活・永井塾。テーマは『ビジネスパーソンが現代の経済を理解するための ケインズとフリードマンの経済学』でした。

この二人を取り上げた理由は、現代では、政府の経済政策はケインズとフリードマンの経済理論に基づいているからです。

しかし両方とも難解です。

1929年の大恐慌を機に「経済学を作り直そう」と考えて書かれたケインズの主著書「雇用、利子、お金の一般理論」は、当時の大多数派を占める古典派経済学者の論敵を論破するために、やたらと詳細に書かれています。

もう一方のフリードマンの主著書「資本主義と自由」は、1970年代のスタフグレーション(猛烈なインフレと失業が同時に起こる現象)の最中に書かれました。

フリードマンの主張はケインズとは真逆で一見すると過激ですが、当時、経済立て直しが急務だった米国と英国で経済施策の柱になり、日本でも小泉純一郎内閣の「聖域なき構造変革」の柱になりました。 しかし「フリードマンは貧富の差を拡大した張本人」と批判する人もいます。

このケインズとフリードマンの理論が理解できると、自分の仕事と経済政策を結びつけて考えられるようになります。

そこで今回は、下記の本をテキストに、ビジネスパーソンの視点で、現代の経済学の基本を学びました。

『雇用、利子、お金の一般理論』(ジョン・メイナード・ケインズ著)
『資本主義と自由』(ミルトン・フリードマン著) 

ご参加下さった皆様、有り難うございました。

【プレゼン部分】

またリアルタイムに参加できなかった方々には動画配信をお送りしました。

次回・10月2日(水)の朝活勉強会「永井塾」のテーマは『マッケターのための ボードリヤール「消費社会の神話と構造」』です。申込みはこちらからどうぞ。

普通の人が天才に対抗する唯一の武器は、「仮説検証」の徹底継続

世の中には「天才」と呼ばれる人たちが数多くいます。

一方で世の中の99%の人、言い換えれば私たちは、「普通の人」です。
しかし「普通の人」でも、「天才」に勝てる武器があるのです。

科学者ニュートンと言えば、私たちは「天賦の才能の持ち主」と思いがちです。実際にニュートンは、ニュートン力学を確立し、微積分法を発見し、英国造幣局長として兌換率も決定しました。凄い業績ですよね。

しかしアンジェラ・ダックワース著「やり抜く力 GRIT」によると、ニュートンのIQは130くらいだった、という調査があります。

IQ 130は、50人に1人の割合です。普通の中学や高校で、同学年が150人いたとして、学年で上位3人目くらいのレベルです。

確かにニュートンは頭がいい人ではありましたが、「世間離れをしている知能の持ち主」という程ではありません。実は意外と普通の人だったのです。

ダックワースはこの著書で「現実の偉人は、そこそこの才能の持ち主が、コツコツ努力し、偉大な成果を生んだケースが多い」と述べています。

では、どのようにコツコツ努力すればいいのでしょうか?

そのカギが「仮説検証の徹底継続」です。

「仮説検証? もう耳タコだよ」という人もいるかもしれませんね。

でも意外とやっている人は少ないのです。

①まず「こうすれば上手くいく」という仮の答え(仮説)を立てる
②できる限り早く、実際にサクッと実行して、結果を出してみる
③①の「仮の答え(仮説)」と②の「結果」を照合し、改善すべき点を見つける
④改善すべき点を反映して、新たに仮の答え(新しい仮説)を立てて、上記の②に戻る(再び実行する)

これを何回も何回も、しつこく行い続けることで、学びが急速に進化し続けて、成功に近づきます。

ニュートンがやっていたことも、仮説検証です。

①ニュートンは惑星の運動やリンゴが落ちる現象を見て「全ての物体はお互いに引き合うんじゃないかな」と考え、「万有引力」という仮説を立てました。
②そこでケプラーの惑星運動の法則や、実際に地上での物体の落下現象の観測データで、仮説を検証し続けました
③観測結果は仮説と一致しましたが、一部合わない部分もありました。惑星の軌道が完全な円ではなく楕円の場合、当てはまらないのです
④そこで楕円軌道でも説明できるように法則を修正し、再び②に戻って検証しました

ニュートンは、こういったことを何回も愚直に繰り返したわけです。

ニュートンを例に挙げると「すごく遠い話」に聞こえてしまいますが、私たちの仕事でも基本はまったく同じです。

たとえばあなたが「新しいオンラインサービスの販促」を検討中だとします。

①たとえば「見込客が試用できる無料体験プログラムを提供すると、課金ユーザーが増えるかも」という仮説を立てます。そこで予算を組み、目標の課金ユーザー獲得人数を設定し、ウェブ広告を出してみます。
②ウェブ広告などで集客し、無料体験プログラムを実際に提供します。この際、実際の広告金額、ウェブ広告表示回数、クリック数、無料体験申込み人数、課金ユーザー数などのKPIも記録しておきます
③結果(広告金額、広告表示回数、クリック数、無料体験申込み人数、課金ユーザー数)を確認し、①の目標値と照合して、KPIを見て改善点を把握します。たとえばクリック数が少ないのは広告メッセージが弱いのかもしれませんし、クリック数は多いのに無料体験申込み人数が少ないのは、申込みページがわかりにくいのかもしれません。
④③の改善策を反映した上で、再び②に戻って検証します

これを何回も繰り返すことで、販促効果が急速に上がっていきます。

この「仮説検証サイクル」は回数勝負です。短い時間内に仮説検証サイクルをできる限り数多く回して、より多くの学びを積み重ねることで、ライバルよりも多くの学びを得て、有利に立ちます。

つまり「まずやってみる」「結果を検証する」「改善してまたやってみる」をひたすら繰り返し、実行した結果から学び続けるのです。

「そんなことで、本当に天才に勝てるの?」と思うかもしれません。

実は天才を含む大多数の人は、仮説検証サイクルを愚直に回し続けません。途中で飽きて、やめてしまうのです。

「ウサギとカメ」の逸話をご存じかと思います。

走るのが速いウサギに鈍いカメが勝てるのは、カメが突然速く走れるようになるからではありません。ウサギが途中で休んでしまうのに、カメが歩き続けるからです。言い換えれば、カメは時間を味方に付けているのです。

仮説検証プロセスは、カメが時間を味方に付けてウサギに勝つように、普通の人が時間を味方につけて天才に勝つ仕組みなのです。

     

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