永井孝尚ブログ

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95%節水できる蛇口。最大の価値は「節水」でなかった!?

メルオールデザイン公式サイトより https://meliordesign.com/products/meliorkitchen

「水不足=節水」という課題に特化して急成長する企業があるのをご存じでしょうか? DG TAKANOという会社です。

同社が販売する業務用の節水ノズル「Bubble 90」は、洗浄力を保ちつつ最大95%節水可能。大手レストランチェーンの8割、スーパーで5割の導入実績を誇ります。

水を大量に使う飲食店などでは、水道代は大きな負担です。これを大幅に節約できます。

私たちは「それだったら、売れない理由はないよね」と思ってしまいますよね。

しかし当初、全くと言っていいほど、売れなかったのです。

なぜでしょうか?

「最大95%節水できる。だから水道代が大幅に節約できますよ」というメッセージで喜ぶのは、経営者です。しかし同社が話をする相手は、現場の担当者でした。

現場の担当者もコスト削減は大事ですが、最優先課題ではなかったのです。このため、こんな会話が繰り返されました。

セールス「これ、最大95%節水できるんですよ」
現場担当者「ふーん。凄いですねぇ」

商談はそれ以上進まなかったそうです。同製品Bubble 90は賞を取るなど、技術的に高く評価されましたが、発売から5年間は売れず、同社は倒産寸前まで追い込まれました。

ここでユーザー分析の大切さに気付きました。

そもそもこの商品のお客さんって、誰なのでしょうか?

経営者?
購買担当者?
現場の皿洗い担当?

このあたりの分析が不十分だったのです。

そしてこの気づきは、その後、消費者向けに商品展開をする際に、役立ちました。

消費者向けの場合、業務用節水ノズル「Bubble 90」はそのままでは展開できませんでした。これはB2BとB2Cの違いによるものです。

業務用の洗い場は蛇口の種類は数種類。だからノズル側は少ない種類の品揃えで対応可能でした。しかし家庭用の蛇口の種類は無数にあります。賃貸で暮らす人も多いので、蛇口交換ではムリ。

そこでDG TAKANOが考えたのは「洗う側の蛇口側ではなく、洗われる側の皿で節水しよう」。

洗剤やスポンジを使わずに、すすぎ程度の食器洗いで汚れが落ちる食器を開発しました。当然ながら社内に技術はありません。研究は手探り。食器に特殊塗料を塗ってみて失敗、という試行錯誤の末に、ナノテクノロジーを活用した食器「meliordesign」(メリオールデザイン)」を開発しました。

ここまでは「モノづくり大国ニッポン」らしいお話です。同社が違うのは、この後でした。技術的に高く評価されたけども販売に苦しんだ「Bubble 90」からの学びを活かしたのです。

meliordesignは節水を目的に開発した商品でしたが、製品訴求の段階では、全く別のメッセージを打ち出したのです。

それはこんなメッセージです。

「一瞬で、食器洗い完了」

そして節水や環境問題解決への貢献は、少し触れる程度に留めました。

これは、毎日皿洗いしている人はよくわかると思います。

食器を洗う人にとって最大のストレスは、食器洗いそのものです。シンクにたまった食器を見るだけでストレスになります。

確かに環境問題や節水による節約も大事ですが、優先順位は食器洗いのストレスよりも低いことが多いのです。これはもしかしたら、仕事第一で頑張っておられて家事をあまりしない男性には、イマイチわからないかもしれません。

このmeliordesignは「魔法の食器」として話題になり、売れ行き好調。想定を上回るペースで売れています。

(以上、出典は日経クロストレンド 2024.1号 p.12-14を参考に作成)

この話は、「ものづくりが大事」という考えからなかなか離れられない私たちに、大きな示唆を与えてくれます。

どんなに技術的に素晴らしい商品を開発しても、その商品の価値が消費者に届かなければ売れません。

ここで自分に問うべきなのは、次の2つの問いです。

①「その商品で、最優先課題を解決できる人は誰なのか?」
Bubble 90の「95%節水で水道代節約」の価値を求めているのは、経営者でした。

②「自社が接するユーザーの最優先課題は何で、自社メッセージはどう変えるべきなのか?」
meliordesignは節水が目的でしたが、販促では「一瞬で、食器洗い完了」を訴求しました

技術的に高く評価された商品なのに売れないのは、この問いを怠っているからです。

逆にこの視点があれば、自社技術がなくても、社外から技術を調達することで、ビジネス成功の可能性が高まります。前々回に紹介したように、アップルも社外から技術を調達して、Apple Vision Proを開発・販売しました。

「その商品で、最優先課題を解決できる人は誰なのか?」
「自社が接するユーザーの最優先課題は何で、自社メッセージはどう変えるべきなのか?」

常にこの視点を持ち続けたいものです。

あなたの商品が持つ本当の価値は、当初自分が想定した価値とは、全く違うところにあることも多いのです。

   

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失敗するサブスクに共通する2つの根本的勘違い

サブスク型ビジネスが急速に広がっています。

収益化して持続的に成長するサブスクもあります。

私が主宰する「永井経営塾」もサブスクですが、2021年1月の立ち上げ段階でお客様が多数集まり収益化でき、今年で4年目を向かえました。

一方でお客が集まらずに継続できず、失敗するサブスクも数多くあります。

『サブスクリプション』(ティエン・ツォほか著)では、サブスクを成功させる鉄則として次の3つを挙げています。

鉄則1 顧客に「どうしても使いたい」と思わせる
鉄則2 顧客体験を常に高め続ける
鉄則3 収益化して継続(or 資金調達で拡大)

失敗するサブスクは、この3つのうち、初期段階では鉄則1で、中期的には鉄則3で失敗するケースが多いように感じます。そこで具体的にもこの2つについて見ていきましょう。

【鉄則1 顧客に「どうしても使いたい」と思わせる】

企業で、サブスク型ビジネスの新規事業を検討する方のお話を伺っていると、率直に申し上げて「それで、お客様は本当に欲しくなるのかな?」と感じることが少なくありません。

「お客様はこう考えるはず」と想定しているパターンが多いのです。

「何これ。メチャ安いじゃん」
→「どんな内容なんだろうなぁ?」
→「安いし内容もよさげ。やってみようかな」

しかし実際は上記のようになりません。安いだけでは、人は興味を持たないからです。これはご自身に置き換えるとわかると思います。

現実には、成功するサブスクではこうなります。

「何これ。メチャいいじゃん!」
→「しかも結構安く始められるぞ」
→「じゃぁ、まずは試しにやってみようかな」

お客さんは、まず圧倒的な価値の提供があることで興味を持ちます。価格を見るのは、その次なのです。

実際、成功しているサブスクは、次のようにまず圧倒的な価値を提供しています。

■女性向けに高級バッグ借り放題サブスクを展開するLaxus →女性に「気分がアガる」と感じさせる
■女性用の服借り放題のメチャカリ →「お洒落な服借り放題」
■カリフォルニア州で飛行機乗り放題のSurfAir →「ほぼプライベートジェット」

最初に考え抜くべきは「価格以外に、どんな価値を提供するのか?」。

「サブスクにすれば初期投資が少なくなる。だからお客は買うはずだ」と考えても、たいていはうまくいかないのです。

【鉄則3 収益化して継続(or 資金調達で拡大)】

サブスクで新規事業を考える方々のうち、収益化ロジックを突き詰めて考えていない方は、少なくありません。

「そんなのやってみないとわからないじゃん」という方が意外と多いのです。

しかしサブスクを立ち上げる時点では、最低限「どの程度のユーザーが集まれば、損益分岐点を超えて黒字になるか?」という目処は立てたいところです。

収益化ロジックを持つことで、そのサブスクが、どこまでやれば持続可能になるかが見えてくるからです。

先に紹介した女性用の服借り放題の「メチャカリ」は、ストライプという会社が提供するサブスクです。毎月3着、5,800円で借りることができます。しかも60日間借り続けたらプレゼント。

一見すると損得勘定抜きの大盤振る舞いに見えますが、ちゃんしたたかに収益計算しています。

①定価に対する1着当たり売上…通常の店舗販売だと6割です。メチャカリだとこれが2割になります。そしてメチャカリで戻ってきた服は、クリーニングの上でオンラインの古着販売で売って5割回収します。合計で定価の7割。つまり店舗より売上が多いのです。

②定価に対する1着当たり原価…メチャカリの服は自社製造なので原価は3〜4割。ちなみにアマゾンなどのネッツ通販は原価5〜6割で仕入れなので勝てます。

③1着当たりの粗利は…①から②を引くと粗利3〜4割になります。計算するとユーザー数1.1万人で損益分岐点を超えます。

メチャカリは既に数万ユーザー。損益分岐点を既に超えているので、収益化できているわけです。

おかげさまで「永井経営塾」も多くの方々にご入会いただき損益分岐点を超えて収益化できています。ですので安心してサービスを提供し続けることができています。

「サブスクで新規事業を立ち上げたい」とお考えの方は、この2点は最低限考えてみてはいかがでしょうか?

   

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Apple VisionProは世の中を変えるか

https://www.apple.com/jp/newsroom/2023/06/introducing-apple-vision-pro/ より

10日ほど前の2月2日、アップルはVisionProを米国で発売開始しました。VisionProはアップル初のゴーグル型ヘッドマウントディスプレイ(HMD)です。

ゴーグルで目を覆っていますが、本体前面に付いたカメラで撮影した現実の風景を目の前にあるディスプレイに映し出し、CGで合成した画像を重ねて、拡張現実(AR)空間を創り出します。

価格はなんと3499ドル(52万円)。しかし1月の予約開始以来、既に18万台が売れ、初年度出荷台数は30〜40万台と報じられています。

同じゴーグル型HMDでメタ(旧Facebook)のクエスト3は499.99ドル。7倍もの価格です。

価格戦略のキモは「値ごろ感」だと言われています。以下は、ソニーの創業メンバー盛田昭夫さんの有名な言葉です。

「いいモノでも『いいけど高い』、これは買わないよ。『高いけど、さすがだな』は買ってくれる。このニュアンスは月とスッポンだぞ。値付けはこの呼吸が勝負なんだ」

50万円を超える価格は、さすがに『いいけど高い』=買わない価格に見えてしまいますよね。こんな高い商品を出して、本当に売れるのでしょうか?

VisionProが発表されたのは、半年前。昨年2023年6月5日でした。

そのタイミングで、私は永井経営塾の会員限定メルマガでこんなことを書きました。

—(以下、永井経営塾会員メルマガに書いた情報)—

・VisionProに対し、ネットでは「50万円に絶句」「秒で陳腐化する技術分野で50万円出せるモノ好きが何人いるの?」という意見がある。これらは個人の意見としてはよくわかるが、製品戦略的にはやや的外れ。

・アップルが現時点で狙うのは、革新的であれば飛びつく「イノベーター層」(新しもの好き)。

・過去、アップルはユーザーインターフェイス(UI)革新で世界を変えてきた。たとえば、1980年代のマッキントッシュのマウスとGUI、2007年のiPhoneと指先入力。

・VisionProは、もの凄いUI革新を実現した。目・指・声だけで操作できる。これまでのゴーグル型HMD(メタのクエスト3など)は、両手にコントローラーを持つ必要があった。

・アップルが凄いのは、最新技術と、最新技術に必要なCPU能力やメモリーの成熟度を見極め、ベストタイミングで実用的なUIを市場に出し、一気にブランド認知を確立する点。UI革新が最優先。自前技術にこだわらず、必要ならどんどん外部から調達する。

・ここが、アップルがイノベーターとして高く評価される点。アップルはインベーター(発明家)ではない。あくまで市場を変えるイノベーターだ。

・iPhoneが成熟したのは3代目の3GSから。アップルはイノベーターのフィードバックを元に機能を強化し、3代目あたりでアーリーアダプターに顧客を広げ、キャズム越えを狙う。恐らく2年後(2026年)のVisionPro 3代目あたりで、世の中に本格的な変化が起こる。

・競合のメタ・クエストより高い価格になった理由は、解像度。メタの視野角は100度で解像度は773ppi。VisionProの視野角は160度で解像度は3400ppi。恐らく没入感がまったく違う。

・ハードウェアによるユーザー体験の大切さを知り尽くすAppleは、自前のハードウェアに徹底的にお金を掛ける。そしてアプリはエコシステムでパートナーに作ってもらうのが、基本戦略だ。

—(以上、永井経営塾会員メルマガに書いた情報)—

上記から半年後の今年2月2日、実際に発売されたVisionProはどうだったのでしょうか?

新聞やニュースなどで、実体験した人の話を見ると、やはり皆さん興奮した様子で「没入感が凄い」とおっしゃっています。

目に前に広がるディスプレイに映されたモノを指でつまむと選択され、声で操作できるなど、操作は驚くほどスムーズ。iPhone/iPadなどのアプリもそのまま使えます。

さて、マクルーハンは歴史的名著「メディア論」で、「熱いメディア」と「冷たいメディア」という概念を提唱しています。

【熱いメディア】情報の量が圧倒的に多く人が補完して解釈する余地が少ないので、人の参与も低いメディア。代表的なのはラジオ。

【冷たいメディア】情報量が少なく人の全感覚を支配するほどではないので、意識的に集中し、情報を補完して解釈する必要があるメディア。代表的なのはテレビ。

ちょっと混乱しますが、わかりやすく補足すると、マクルーハンが言う「情報量」とは、「感覚を支配するかどうか」であって、メディアが流す絶対的な情報量のことではありません。

テレビは「何かをしながら見る」ということはできません。意識的に「テレビを見るぞ」と集中して、情報を脳で補完しながら見る必要があります。だからテレビは意外と「冷めて(クールに)」見てしまいます。

ラジオは耳から自然に入り聴感覚を支配します。意識せず、つまり情報を脳で補完することなく、「何かをしながら」でも聞くことができます。そしてラジオなどで熱く語ると、その人の情熱はダイレクトに伝わります。だから『熱いメディア」です。

メタのクエストは、ディスプレイの解像度が低く、しかもコントローラーが付いていました。情報を脳で補完しまくる必要がありました。その意味では感覚は支配されない「冷たいメディア」といえるかもしれません。

VisionProは、解像度は4倍も高く、しかも脳の補完は最小限になるように、視線や手、声で自然に操作できます。まさに「熱いメディア」になり得る可能性大です。

このように考えると、VisionProの可能性が見えてくるのではないでしょうか?

iPhone同様、様々な分野で、従来のやり方を根本的に変え、人々を本格的なデジタル空間への没入体験へと誘(いざな)うゲームチェンジャーになり得る可能性を秘めていると思います。

一方で、VisionProの課題もあります。それは重量。

600gあり、長時間装着すると肩が凝ってしまうそうです。これから2〜3年間で、200〜300g程度に軽量化され、さらに低価格になれば、爆発的に普及する可能性もあります。

ちなみに現在は米国のみの販売。米国以外の地域は2024年下半期とのことです。実機を触るのが楽しみです。

   

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朝活永井塾 第84回 「骨太なビジネス思考が身につく『カント哲学』」を行いました

2月7日は、第84回の朝活・永井塾。テーマは「『骨太なビジネス思考が身につく『カント哲学』」でした。

カント哲学は超難しいことで有名です。カントの代表的な著書「純粋理性批判は、本書は『原稿を読んだ友人が「難し過ぎてムリ」と送り返した』という逸話があるほど超難解で、上下巻1000ページとものすごく分厚い本です。

しかし学術的なことからいったん離れて「自分がビジネスで様々な判断をする際の拠り所にしよう」と考えながら接すると、そのエッセンスは意外とシンプルですし、骨太なビジネス思考が身につくのです。

カントは「理性とは何か」を考え抜いた人でした。そして、その延長線上で倫理学も考えました。

カント曰く、善悪を判断する基準は「あなたの自分ルールが、他のすべての人にとっても正しければ、OK。自分だけが例外の自分ルールだとしたら、それって単なるズルですよ」と言っています。このような主観的な行動原理を、カント倫理学では「格律」と呼びます。

また世の中には「ウソをつくとバレるから、ウソはダメだ」と考える人がいますよね。カントいわく「これはNG」。「バレなければウソをついてもいい」と考える人が出てくるからです。最近の日本企業で多発する不祥事も、元を辿ればコレですよね。

さらに「評判が落ちないようにコンプライアンスに取り組む」という企業でありがちな考え方も同様です。「評判が落ちなければコンプライアンスは適当でいい」になるからです。

「道徳の基準は一切条件なし」と考えるカントは 仮言命法と定言命法という考え方を提唱しています。

【 仮言命法】「もし○○○したいなら、□□□せよ」と条件付きで、道徳法則を表現したもの
【 定言命法】「□□□せよ」と条件なしで、道徳法則を表現したもの

そしてカントは「道徳的に正しいのは定言命法だ」と言っています。

コンプライアンスの本質も、シンプルに「悪いことは、悪い」なのです。

たとえば一切の条件抜きで「より美味しいお酒をお客様に届けたい」と考える、獺祭で有名な旭酒造は、この純粋な想いを原点にして、ありとあらゆる常識を乗り越えて、業界全体が30年間で1/4に縮小する中で、売上が100倍になりました。

カント哲学と倫理学を実践することで、あなたのビジネスには底力となる「哲学」が宿り、ビジネスは骨太になるのです。

たとえばあなたの周りに「アイツ、ブレないなぁ」という人、いませんか? カント哲学と倫理学を実践すれば、あなたもそういう人になれます。

そこで今回の朝活永井塾では、下記の本をテキストに、「ビジネスに役立てる」という切り口で、カント哲学を誰にでもわかりやすいように噛み砕いて学んでいきました。

『純粋理性批判』カント著、石川文康訳
『自分で考える勇気 カント哲学入門』御子柴善之著
『カント入門』石川文康著

ご参加下さった皆様、有り難うございました。

【プレゼン部分】

またリアルタイムに参加できなかった方々には動画配信をお送りしました。

次回・3月6日(水)の朝活勉強会「永井塾」のテーマは「余裕の仕事術が学べる ゴールドラット著『ザ・ゴール』」です。申込みはこちらからどうぞ。

御社のブランドが衰退する理由

日経産業新聞が本年3月末に休刊、とのお知らせがありました。日経本紙がカバーしないコア情報が得られるので愛読してきました。個人的にとても残念です。ただ恐らく主な読者は、私のようなコアな愛読者だけだったのかもしれません。名前に「日経”産業”新聞」と”産業”という文字が入るのも、1960〜80年代の高度成長期の香りがあり、いまや古さも感じます。読者数も少なかったでしょうし、仕方がないですね。

ここで私はハタと気付きました。

「これって、多くの企業の老舗ブランドが衰退する現象と全く同じだ」

そこでブランドが成長したり衰退する仕組みを、気鋭のマーケティング学者バイロン・シャープが提唱する理論をベースにして整理したのが、図です。

まず図の上半分の説明です。市場全体で見ると、圧倒的に多いのは滅多に買わないノンユーザー。次の多いのがライトユーザー。ヘビーユーザーはごくわずかです。

コカ・コーラで考えると、1年から数年に1度飲むような人はノンユーザー、数ヶ月に1回程度飲む人はライトユーザー、毎月や毎週(あるいは毎日)飲む人はヘビーユーザーです。私は1年に1〜2回気が向くと飲むので、ライトユーザーからノンユーザーの間ですね。

私たちは「コカ・コーラの売上はヘビーユーザーが大半を占めている」と思いがちですが、実際に調べると、売上の半分はノンユーザーとライトユーザーです。

その結果を示したのが、図の下左の部分です。

よく「パレートの法則」を引用して「売上の8割は、2割のヘビーユーザーが占めている」と言う人がいますが、これは現実に即していません。実際に調査すると、ブランドの売上の半分くらいはライトユーザーやノンユーザーです。

また「顧客離脱を防ぐことが大事」とよく言われますが、実際に調べると、ブランドの顧客離脱は常に一定の割合で発生します。言い換えれば、顧客離脱は確率的な事象なのです。

私たちが自分を振り返るとわかると思います。特定の店や商品を愛用していて、そこの販促キャンペーンもよく使っていたのに、なぜかある時、急に使わなくなることはありませんか? たとえば引っ越しや転職、気が変わったり、あるいは特に理由もなかったりして使わなくなることて、よくありますよね。これは、相手の会社から見ると「ヘビーユーザーの顧客離脱」なのです。

バイロン・シャープは「顧客離脱は、マーケターの努力で変えられるものではない」と言っています。

そこでここでは「顧客の離脱率は一定」と考えてみます。(正確に言うと「シェアが大きいほど離脱率は少ない」のですが、これは別の機会に紹介したいと思います)

さて、もう一方の新規顧客獲得は、マーケターの努力次第です。

成長するブランドは、新規顧客獲得に注力します。市場の大部分はノンユーザーとライトユーザーが占めますので、成長するブランドではライトユーザーが増えます。新規獲得の中にはヘビーユーザーもいますが少数派。結果、ヘビーユーザーの比率を下げつつ、全ユーザーが増えていきます。

コカ・コーラが大金を掛けてCMを流すのも、普段は滅多に飲まない私のようなノンユーザーとライトユーザーな人たちに「コーク、忘れないでね」と脳内に植え付けるためなのです。

では衰退するブランドはどうでしょうか?

衰退するブランドは、新規顧客獲得に注力しません。「ご愛顧いただくお客様が大事」という謎の号令がかかったりして、ヘビーユーザーに注力したりします。しかしユーザーは一定確率で離脱し続けるので、全ユーザー数がどんどん減り続けます。ただ使用頻度が高いヘビーユーザーの離脱率はライトユーザーより小さいので、こんな中でもヘビーユーザーの比率が上がります。

時々、「当社は売上減りつつあるけど、ご愛顧客が多いのが強みだ」という会社があります。かつては業界のリーダーだった老舗企業がよくおっしゃる言葉です。でもご愛顧客が多いのは、実は強みではありません。単に新規顧客開拓をしなかった結果なのです。

こう考えると、日経産業新聞が休刊に至った理由がよくわかります。日本経済新聞社が日経産業新聞の新規顧客獲得に注力せず、放置したからです。その結果、私のようなヘビーユーザーしか残っていない状態になりました。

ちなみに私は日本経済新聞、日経産業新聞、日経MJ、日経ビジネス、日経クロストレンドなどを購読していますので「日経のヘビーユーザー」と言えるでしょう。

しかし私は、必ずしも日経「だけ」のロイヤル顧客ではありません。他にも「週刊ダイヤモンド」「週刊東洋経済」など、他のビジネス情報メディアも愛読しています。

こうしたユーザーを「カテゴリーヘビーユーザー」といいます。カテゴリーとは、商品市場のこと。たとえばこの場合は「ビジネス情報メディア(ビジネス紙やビジネス誌)」です。

ここで大事な事は、ブランドヘビーユザーとカテゴリーヘビーユーザーは異なる、ということ。

特定ブランドに愛着を持つブランドヘビーユーザーとは異なり、カテゴリーヘビーユーザーは特定ブランドに必ずしも愛着を持っていません。購入頻度が高くても、ブランドから時に躊躇なく離脱します。

たとえば私はかつては日刊工業新聞も愛読していましたが、なんとなく購読を止めました。これはもしかすると、日刊工業新聞から見ると「ブランドヘビーユーザーの離脱」に見えたかもしれません。

さて、「ブランドは消費者の脳内にある」ので、企業の都合では書き換えられません。ですのでブランド戦略の鉄則は「広く浸透したブランドは、変えないこと」です。

たとえばP&Gは、洗剤やヘアケア製品など様々な一般消費財をマーケティングしています。P&Gは従来とは異なる新しい効能を持つ商品を出す場合、既存ブランドを拡張せずに、新ブランドを立ち上げます。P&Gはこのブランドの鉄則に従っているのです。

日経も日経産業新聞の休刊後、今後の専門情報は「Nikkei Primeシリーズ」という傘の下で、Minutes, Mobility, GX, Tech Foresightといった電子版にシフトするとのことで、新しいブランドを立ち上げる戦略です。

日経の新しいブランド、成功するといいですね。

   

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